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錫杖の呪縛からの解放

バッカスと親衛隊の兵士たちは気絶したアレスを馬車に乗せ、急ぎセントラルへ向かう。


その途中で、ユーフラト平原で行方不明となっていた、五百人ほどの敗残兵と落ち合った。



バッカスは、敗残兵に声をかける。

「帰還した兵達から、戦いの厳しさは聞いている……生き延びてくれて嬉しいぞ。」


敗残兵の隊長が、バッカスに問いかける。

「何故、バッカス様と親衛隊がセントラルに向かわれているのでしょうか?」


バッカスは少し疲れたような顔をしながら、彼らにホッドに軍の実権を奪われたことを伝えた。


敗残兵の隊長は複雑な顔をしてバッカスを見る。

「確かに、ホッド王の話は魅力的でしょうな……ですが、戦場で()()を見た後となっては、信用が出来ませぬ。」


バッカスが食い入るような眼で、彼の肩を掴んだ。

「いったい何があったというのだ。もしや……あの怪しげな錫杖のことか!」


肩を捕まれた隊長が傷の痛みに顔を歪めたのを見て、バッカスは手を放した。

「すまぬ……つい興奮してしまった。」



隊長は静かに首を振って、その時の状況を語り始める。


戦場でホッドが錫杖を光らせた後に、セントラルの兵士が死を恐れずに敵軍に突撃させたこと。


敵の見事な策略に嵌ってしまい挟撃を受けた際にも、錫杖を光らせて捨て身の突貫をさせて自軍の兵を大量に死なせたこと。


そして、セレーネの兵達がその尻拭いをする為に必死でホッドの退却を助けたこと。


さらに、傷を負ったものを助けるそぶりもなく……戦場を去っていったことを。



敗残兵の隊長は語りながらも、悔しさで涙を流した。

「我らは確かにノースの対価を払うべく、援軍として推参いたしました。ですが、あの戦いでずっとセントラルの兵を助けるために戦ったはずでございます。しかし、それに対して何の感謝をすることもなく、傷ついた我らを助けることもなく、用済みの道具のように敵の真っただ中に置いて行く……そんな相手を信じることなど、到底できますまい。」


馬車の中で兵士たちの声を聴いたアレスが、無理矢理馬車から出ようとして地面に転がり落ちた。


バッカスが急いでアレスを助け起こそうとしたが、彼は首を振って必死に体を起こす。


よろめく体を無理やり動かしながら敗残兵達の前に立ったアレスは、深く頭を下げて謝罪する。

「俺が軽率な真似をしたために、お主達に辛い思いをさせてしまった……本当にすまない。」


そう言った後に崩れ落ちるように倒れ掛かったアレスを、敗残兵の隊長が慌てて支えた。

「もったいないお言葉でございます……ですが、その腕は一体?」


バッカスが敗残兵の隊長に伝える。

「ノースを得た代償だ……あの錫杖に証文の代わりに文字を刻まれて、ホッドに従わなければ文字が腕に食い込み、最後には死ぬそうだ。」


アレスは顔を歪めながら静かに首を振った。

「そんなものがなくても、俺達の力だけでノースを陥落できたんだがな……油断した結果がこの様だ。そして、多大な犠牲を出してしまった。」


敗残兵達は、アレスを支えている隊長以外皆傅く。

「我々は、あの錫杖の異常性を見ました……たとえ王といえど、なんの対策もなしにあの力に対抗するのは厳しかったと思われます。」


敗残兵の隊長はアレスに真面目な顔で伝えた。

「カイン様が、我らと将来的には良い関係を築きたいと申しておりました……ノースの返還という条件はありましたが、セレーネと肩を並べて歩く日が来ることを願っているという言葉に、偽りは感じませんでした。」


アレスはセントラルの方角を見ながら隊長に伝える。

「俺はお主の話を聞いて、セントラルに行くことを決めた。カイン王に会って話をせねばならぬ。そして、そうだな……お主は、戦場で白銀のマントを纏った武人を見たか?」


敗残兵達は皆、その者の事を思い出して頷いた。

「あれ程の者は、セレーネにもいないでしょう……敵の右翼が手薄と攻めかかりましたが、あの者が空から飛来して、見事な指揮と技で一気に押し返してしまいました。」


アレスは満足げな顔をすると、彼らに問いかける。

「そうか……ノースでの振る舞いといい、大した人物のようだな。俺はセントラルに向かうが、お主らはどうする? 自分達の好きなようにするがよい。」


兵達はアレスの問いに即答した。

「我らの王はアレス様のみです……どうか最後まで運命を共にさせてください。」


アレスは微笑して、彼らに告げる。

「そうか……ならば俺と共に来るがよい。」


バッカスは敗残兵たちの様子を見て、ずっと感じていた違和感に気づいた。


――これが本来のアレス様に対する兵達の気持ちなのだ。


セレーネの兵達は、国を平定したアレス様のことを尊敬して、決して軽んじるようなことはしなかった。


ホッドが放ったあの錫杖の光を浴びた者達は、目先の欲望に溺れてアレス様を軽んじた。



他でもない自分も、アルテミスを手中に出来るという誘惑に駆られかけた。


だが、それ以上にアレス様の方が大事だったのだ。


アレス様と共に各地をともに戦ってきた親衛隊の気持ちも自分と同じだったのだろう。


だからこそ、あの錫杖の力に負けることなくアレス様をお助けすることができたのだ。



バッカスは天を仰いで、静かに呟いた。

「我々は……触れてはならないものに触れてしまったのだろう。」



だが、カイン王が傑物だということが分かっただけでも僥倖だ。


アレス達は、一筋の希望を求めてセントラルへ向かうのだった。


 *


戴冠式から二週間後、セレーネの兵千五百がセントラルの城門前に現れた。


セントラル達の民が騒然とする中、アレスが進み出て静かに告げる。

「我々は戦いに来たのではないのだ。カイン王に取次ぎを願いたい。」


門番が逡巡する中、騒ぎを聞きつけた私と桔梗がアレスに深く礼をする。


私はアレスに微笑して話しかける。

「ノースではお世話になりました。アレス王が直接ご来訪されるとは、誰も思ってもおらず、皆驚いているのです……無礼なふるまいを働いたことをお許しくださいませ。」


アレスは笑みを浮かべて私を見た。

「ユーフラトの戦いでは大した活躍をしたようだな。部下達がお前のことをずいぶんと評価していたようだぞ。」


私は彼の右腕の禍々しい気配が増していることに気づく。

「その右腕……どうかされたのですか? 差支えなければ見せていただけないでしょうか。」


アレスは一瞬躊躇したが、腕を私と桔梗に見せる。



彼の腕には白銀の文字が刻まれていて、痛々しいほどにその文字が腕に食い込んでいた。


アレスは自嘲するようにその文字を見ながら私に聞く。

「ガイ殿はあの錫杖のことをどう思ったかな?」


私は静かに首を振りながら答えた。

「ろくでもない代物ですね。あの錫杖が、自分を王だと勘違いしているというのは確かでしょう。」


私の声を聴いた白銀の文字が怒り狂うように光ってアレスを苦しめる。


アレスが痛みに苦悶する中、私は文字に向かって嘲るように笑った。

「王とあろうものが、他人を操ってなんとするのだ? 情けない輩めが……私に向かってくるがよい!」


文字が猛り狂うような音を立てて、霧状になって私に向かってくる。


私は桔梗に向かって叫ぶ。

「桔梗! アレス王を頼むぞ。」


桔梗は鞭鎌を使ってアレスを素早く引き寄せた。


私は武器を刀に変えて渾身の理力を込めて、霧に向かって居合切りを仕掛ける。


霧が二つに分かれた瞬間に、怒りに任せるままに叫んだ。

「人の運命は人が決めるのものなのだ! お前の好きにはさせぬ。」


私の背中から、その意思を後押しするような気配を感じる。


その気配はウエスタンで感じたあの気配と同様で、私は思わずつぶやいた。



――ジャンヌよ、おぬしもそう思うのだな。



私の武器が金色の炎を纏う中、一気に霧に向かって無数の斬撃を仕掛けた。


禍々しい気配がその場から霧散して、金色の光が周囲に降り注いでいく。


バッカスおよびアレスに付き従った者は、涙を流しながら私に傅いた。

「王を……我らの王をあの呪縛から解放してくださり、感謝致します。」



アレスは驚きながらも、トールがガイに仕えている理由を思い出す。



――このお方の度量に感服して、お仕えしておるのです。


彼は敵である自分さえも、何の見返りもなしに自らの信念の元に助けたのだ。


そして、バッカスや我らの兵達すら魅了している。


それは錫杖のような紛い物ではなく、確かな人の魅力に基づくものだった。



アレスが桔梗に感謝する。

「危急のところを助けていただいて感謝する。そなたが居なければ危なかっただろう。」


桔梗はアレスに優しく笑いかけた。

「凱さまからお聞きしておりましたが、アレス王は立派な方だとお見受けしました。」


アレスは微笑して、桔梗に答える。

「あの者に比べれば、私など大したことはない……ガイ殿を統べるカイン王はきっと素晴らしい人物なのだろうな?」


桔梗は静かに頷いた。

「そうですね……私が見た中でも、為政者としてあの方ほど素晴らしい方は居ないと思いますね。」


私はアレスに近づくと、彼の手を優しく握った。

「敵としてではなく、こうして会うことが出来たことを幸せに思っております。」


アレスは私の手を握り返して笑いかける。

「ガイ殿は私の予想を遥かに超える存在だな……ノースの時にもう少し貴殿と話しておくべきだったと、今では後悔している。」


私はアレスの手を取って、門番に告げる。

「私が責任を持つ……アレス王と側近をカイン王に引き合わせるのだ。」


門番は真面目な顔をしながら頷くと、セントラルの城門を開いた。


セントラルの民達が歓声を上げて私達を迎え入れる。



アレスとバッカスはその様子を見て、穏やかな気持ちでセントラルへ入城するのだった。

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平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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