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アレス王の失墜

カインが戴冠式を行っている頃、ホッドはノースに到着した。


ノースに駐留しているセレーネ兵達は、自軍の帰還兵がたった千人程度しかいないことに驚いた。


ホッドは威厳のある声で、セレーネ兵に告げる。

「アレス王と今後の方針について話し合いたい……取次を頼む。」


セレーネの兵達は、嘲るような顔でホッドのほうを見た。


だが、次の瞬間ホッドが一人のセレーネ兵を片手でつかみ上げて、五メートルほど先に放り投げた。

「蛮族には言葉が通じぬのだったな? 早くアレス王を連れてくるがよい。」


セレーネ兵達が殺気立つ中、アレスが進み出て彼らをいさめる。

「やめぬか! 敗れたとはいえ、この方は王であるぞ。」


セレーネの兵達をバッカスに任せると、アレスはホッドと共に私室へと向かうのだった。


 *


ノースの領主館の私室に入ると、アレスは部下に飲み物を用意させる。

「話をする前に、まずはのどを潤すべきだ。殺気立った状態では話も出来ぬ。」


ホッドは微笑して、飲み物を口に含んだ。

「お気遣い感謝するぞ。」


アレスは呆れた顔で静かに首を振りながら、ホッドに話しかける。

「どうやら惨敗を通り越して、一方的に蹂躙されたようだな……どこをどう戦えば、ここまで酷い状態で帰還できるんだ?」


ホッドは、冷たい目でアレスを見据えた。

「余の采配には問題はなかった……それに応えるだけの能力が全ての者になかっただけだ。」


アレスは少し戸惑ったような顔でホッドに尋ねる。

「随分と雰囲気が変わったようだが……お前は何者だ?」


ホッドは笑みを浮かべた。

「余は……アルテミスの王だ、それ以上でもそれ以下でもない。」


アレスは当惑した顔でホッドが握りしめている錫杖を見て思った。



――どうやら、完全にあの錫杖に飲まれてしまったようだな。



アレスは、ホッドに問いかける。

「それで、国を失った王様はこれからどうするつもりだ? 俺達も慈善で兵糧を供給するつもりはないぞ。」


ホッドは無表情だが、はっきりとアレスに告げる。

「知れたことよ……セントラルへ攻め入り、我が王都を取り戻すのだ。」


アレスはホッドを憐れむような顔で見据える。

「一万の兵で勝てなかった相手に、どうやって勝つというのだ……まさか、また俺達の力を貸せとでもいうのか? お前達に手を貸したところで、俺達には何の益もないのだから手を貸すわけがないではないか。」


ホッドは冷酷な笑みを浮かべて、アレスを見つめる。

「アレス王……もちろん何の見返りもなく、余がセントラルを攻めるなどと言うわけがない。セントラルを陥落させた暁には、セントラルをお主にくれてやっても良いと思っているのだ。」


アレスはホッドが言っている意味が分からず、混乱した。

「どういうことだ? それこそお主に何の益もないだろうが。俺達にセントラルを明け渡したら、お主達はどうするつもりだ。」


ホッドは狂ったような笑みを浮かべて、錫杖を見ながら告げる。

「お主が、この錫杖を手に国を治めればよいのだ。どうせこの体は後半年も持たないだろう……なんの力もないようなものが、無理矢理に王の理力を発現させたのだ。それくらいの代償は仕方がないものだろう? そして、セントラルの者達はことごとく余に逆らった……その報いは受けさせねばらなぬと考えておる。」


アレスはなるべく平静を装いながら、ホッドに告げる。

「持ち主を使い捨てにするような奴と組むのは俺は御免だ。いつ捨てられるかわかったものではないからな。」


ホッドはアレスの言葉を聞いて静かに笑った。

「正直な者は嫌いではない……だが、余の話をよく聞くがよい。」


アレスが身構える中、ホッドが話しかける。

「カインが敵対している以上、セントラルを抑えなければノースを失うということは自明の理だろう。元々ここは、セレーネからの侵攻を防ぐのに特化しているから、そちら方面の守備は堅い。だが、セントラルからの攻撃に対しては無力だ。セレーネに抑えられた時のことを考えて、セントラル方面からの守備が出来ないような構造になっているのだからな。」



アレスは深く考え込む。


――確かに、それについては一理ある。


ノースの街はセレーネに対しては関所のような構造をしている。

だが、ノースはセントラルからの駐屯兵を受け入れる構造になっているので、どうしても籠城には向かないのだ。


そして、ノースの民の受け入れを行ったカインが、彼らの為にここに攻め入ってくるのはほぼ間違いないだろう。


ここでノースを手放せればそれで万事解決するのだが、今更になってユーフラトの戦いで二千もの兵を失ったのが手痛い。


何も得るものがなく、ただ多くの死傷者を出した状態で全面降伏のような形でノースを手放すなんていうことは、家臣達が許さない可能性が高いのだ。



ホッドは、さらに優しげな声でアレスに告げる。

「それに考えてもみよ……今、セントラルには、アルテミスの主要な領主と兵士が集まっている。ここでカインを打ち破れば、アルテミス全土を手中に収めることも不可能ではないのだ。」


アレスはホッドを見据えて言い放つ。

「お前の考え方は気に入らない。セントラルの民を犠牲にしてでも王に居座りたいというのは、どうかしていると思うぞ。」


ホッドは笑みを浮かべてアレスに問いかける。

「ならば、慈悲深いアレス王はなぜノースを求められた? ノースを足掛かりとして、セントラルを落とした際に民をどうなさるつもりだったのか。」


アレスは真っ直ぐな目でホッドの問いに答えた。

「敗れた国の者に何かを言う権利はないだろう。だが、王として自国の民となったものに対しては、それ相応の慈悲は与えてやるものだ。それが出来ない王は、従わない民を奴婢として扱うしかなくなる。ちょうど目の前にいる紛い物の王のようにな。」


ホッドはとても残念そうにアレスを見て、錫杖に理力を込める。

「もう少し賢明な男かと思ったが、残念だ。しばし休養するがよい……その間に余がセントラルを落とせば、少しは考えも変わるだろう。」


腕に刻まれた文字がアレスを蝕み、激痛のあまり彼は床をのたうちまわった。


だがアレスはでホッドを睨み続けた。

「このようなことをしたところで、俺がお前に屈するとでも思うのか! 俺を殺したところで、セレーネの兵がお前を八つ裂きにするだろう。」


ホッドは興味なさげにアレスを見ると、理力を緩めた。

「ならばどうするというのだ。カインと和平でも結ぶのか? それとも余と組んでセントラルを攻めるのか……何も決められずに、偉そうなことを言うのが真の王の振る舞いとでも言うつもりか。」


アレスが反論しようとしたが、ホッドは静かに言い放つ。

「余の考えが正しいかどうかを、当事者に聞かせて判断してもらおうではないか。お主が判断が出来ぬなら、皆に決めさせれば良いのだ……。」


ホッドは悠然と歩いてアレスの私室を後にした。


アレスは、必死でホッドをとめようとしたが、体がうまく動かずにそのまま気絶してしまった。



 *


ホッドはノースの広場で王の理力を発現して、周囲の者たちに語り掛けた。

「勇猛なる者達よ……カインはセントラルの民を扇動して、我らを賊軍として討ちに来るだろう。ノースはセントラル側からの攻めには余りにも無力だ……故に、アレス王はノースをカインへ譲り渡して、そのままセレーネに帰国しようと考えられている。お主らは本当にそれでよいのか?」


セレーネの兵士たちが驚いたような顔でホッドを見て叫んだ。

「自国の兵を失ってまで手に入れたこの地を、なぜ何の見返りもなく返すというのか!」


ホッドは、彼らの声に静かに頷く。

「余は我らのために戦ってくれたそなた等のには感謝しておる……その努力をなかったことにはできぬ。だからこそ、お主らがセントラルを攻めるのであれば、我々は惜しみなく協力する。」


リーグが慌ててホッドを諫める。

「ホッド様、おやめください。国を完全に売り渡すつもりなのですか!」


ホッドは錫杖を光らせながらリードを怒鳴りつける。

「余にノースを売り渡すように進言したのはお前ではないか。今更、国士にでもなったつもりか?」


リードが何も言えず平伏する中、彼はセントラルの兵たちに向かって叫ぶ。

「そなた等はセントラルの民達……いや、アルテミスという国から捨てられたのだ。この雪辱を晴らしたいとは思わぬのか? このまま棄民として死ぬか、セレーネの盟友として生きるか今決めるがよい!」


セントラルの兵達は平伏して、ホッドの言に従うことにした。


ホッドは笑みを浮かべてセレーネの兵たちに告げる。

「今、セントラルにはサウス、ウエスタン、ノースの領主と主だった将軍、そして兵が集まっている。つまり、セントラルとの決戦に勝てばどうなるかわかるな?」


セレーネの兵たちが色めきだった。

「アルテミスそのものを手中にできるということか!」


ホッドは彼らの言葉を肯定するように頷く。


セレーネの兵たちが感情のままに叫んだ。

「セントラルを攻め落とすのだ! アルテミスをこの手に!」

「先王様の思いを今ここに実現するのだ!」

「セレーネに栄光あれ!」


ホッドは満足げにうなずくと、彼らに告げる。

「一つ、余はそなたらに頼みたいことがあるのだ……」


セレーネの兵達が訝しげな顔でみつめる中、ホッドは切実な顔で語り掛ける。

「セントラルを陥落させた後……彼の地を治めるものに私は王位を譲りたい。()()()()()()()()に、セントラルの兵とアルテミスを託したいのだ。」


セントラルの兵もセレーネの兵も、ホッドの潔さに感動して叫んだ。

「真なる王よ、我々は貴方様のことを信じよう!」


ノースの広場はセントラル、セレーネ双方の兵達の完成で溢れかえった。



バッカスに支えられたアレスがようやく広場に辿り着いたが、彼らは冷たい目でアレスを見ている。


ホッドは笑みを浮かべてアレスに告げる。

「どうやら皆は、余の言葉を受け入れてくれたようだ。」


アレスは首を振ってセレーネの兵たちに問いかける。

「お前たちは本当にそれでよいのか……錫杖の力に惑わされてはいないのか?」


セレーネの兵たちは冷たい声でアレスに言った。

「我々はアレス王こそが、先王様のご無念を晴らして民達を飢えから救ってくださる方と信じてまいりましたが……どうやら見込み違いだったようですな。」


バッカスがセレーネの兵達を叱責する。

「何を申すか! 今までどれほどアレス様が国のために尽くしてきたのか、分かったうえでの発言か。」


セレーネの兵達はホッドを見て、バッカスに告げる。

「ホッド様は、自らの命をも犠牲にして我らに尽くそうとしているのです。ノースを戦わずに返還しようとする腰抜けを、我らの王と仰いでいた自分達が恥ずかしくなりました。」


ホッドは嘲るようにアレスに宣告する。

「そなたはもう必要ないようだな。国に帰っても立場がないであろう? セントラルに許しでも乞いに行くがよい。」


アレスは激高してホッドに掴み掛ろうとしたが、錫杖の理力を受けると激痛に襲われて動けなくなる。


あまりにも情けない王の様子を見て、セレーネの兵たちが嘲笑するが、アレスの親衛隊が彼に駆け寄って叫んだ。

「不忠者どもめ、もう見てはおれぬ……我らは王を連れてセントラルに出奔させていただく。」


アレスが必死で彼らを止めようとしたが、声も出せずに気絶した。


バッカスと千人程度の親衛隊が去る中、ホッドは叫んだ。

「我らの未来をつかむためにセントラルを陥落させるのだ!」


彼が王の錫杖を光らせると、ノースの広場は半ば狂ったような熱気に包まれた。



それを尻目にアレスの親衛隊たちは目を覚まさない主人を馬車でセントラルに運んでいく。


バッカスはじくじたる思いで先代の王に詫びた。

「私があの時、アレス様をしっかり守っていれば、このようなことには……本当に申し訳ありませぬ。」



バッカスと親衛隊達は、絶望に心を沈ませながらも主君を助けたい一心でセントラルへ向かうのだった。

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平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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