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戴冠式

カインがセントラルに到着してから一週間経った頃、サウスからフレイとアルベルト、そしてセリスとシェリーが乗った馬車が到着した。


セントラルの民は総出でフレイを歓迎する。


フレイは苦笑して、アルベルトに話しかけた。

「私が生を受けてから……これほどまでに民たちに歓迎される日が来るとは、思ってもみなかったよ。」


アルベルトは微笑する。

「母さんの人徳の賜物ではないでしょうか? それだけの働きをされてきたと、私は思っています。」


フレイは静かに首を振る。

「お世辞はよすんだな。民達が新しい王を望んでいて、私はそのついでに過ぎないというのが実のところさ。」


セリスは微笑しながら首を振る。

「お母様、私もアルの意見に賛成です。ずっとお母さまがアルテミスとサウス、そしてお義父様(カイン公)の間をうまく取り持とうとしていたことは、間近にいた私達がよく知っていますよ。」


シェリーも頷いてフレイに笑いかける。

私の夫(マグニ)に対しても、裏ではとても良くしてくださっているのに、全くそういうところは表に出さないですよね……同じ女性として、そういったところに憧れを抱きます。」


フレイは根負けしたように、嬉しそうな顔をしながら顔の前で手を振った。

「お前たちの話を聞いていると、自分が聖人のような存在だと勘違いしそうだからやめてくれ。だが、その気持ちはありがたく受け取っておこう。」


そして、街道でフレイを見ている民達に手を振って応える。


民達の歓声が一層大きくなる中、馬車は王宮へとゆっくりと進むのだった。


 *


私達は王宮についたフレイを総出で出迎えた。


フレイが私と桔梗の手を取って感謝する。

「ホッド様との闘いだけでなく、父上(ユミル)をずいぶんと助けてくれたようだな……お前達には、本当に感謝しているよ。」


桔梗が笑顔でフレイの手を両手で包んだ。

「こうしてまた無事に、フレイ様とお会いできて嬉しいです。」


私は笑みを浮かべてフレイに頭を下げる。

「フレイさんがヘカテイアやイースタンに調略を仕掛けてくれたおかげで、こちらはホッド様との戦いに専念できたのです。」


フレイが悪戯っぽく笑いながら、ニエルドの方を見た。

「義父上とガイ殿で、随分と暗躍したようですな……私など、あれに比べればまだまだですよ。」


ニエルドがフレイの称賛に笑みを浮かべる中、カインがフレイに駆け寄った。


カインはフレイの手を取って、嬉しそうに話しかける。

「フレイ……こうして君に会えると、戦いに勝てた実感がわいてくるよ。」


フレイは静かに頷いて、感慨深げな声で答える。

「こうしてカインの温もりを感じることで、私もようやく実際に勝ったという実感がわいてくる……本当に貴方は大した男だよ。」


私達は、カインとフレイが穏やかな顔で手を取り合っている様子を静かに見守った。


しばらくした後、カインが気恥ずかしげに周囲の者に詫びる。

「すみません……今になって、戦いに勝った実感が沸いてきてしまって。」


堰を切ったように皆が笑う中、カインとフレイは幸せそうな顔をするのだった。


 *


私達は広間に集められ、フレイが更衣をするのを待った。


その間に、別の馬車でセントラルに向かっていたアケロスとクラリスが、カインの私室に通される。


カインは、アケロスに声をかけた。

「アケロス……来てくれて嬉しいよ。王になる前に、君に会いたかったんだ。」


アケロスが笑みを浮かべる。

「あのイースタンの陰謀から一年経たないうちに、もう王様になるっていうんだから、世の中わからねえもんだよな。」


カインは苦笑しながら頷いた。

「ただ、必死で現状を打破しようとし続けていたら、いつの間にかこうなってしまったよ。まったくガイ君たちの力はとんでもないものだね。」


アケロスは静かに首を振る。

「カインだって大したものじゃねえか。常に皆のことを考えて、部下を信じながら真っ直ぐに前に進んでいったんだ。そして結果が出てもそれに奢ることはなく、今こうして俺に会おうとしている。」


カインは嬉しそうな顔をした後……少し寂しげな顔でアケロスに告げる。

「王位を継いだ後は、僕はセントラルに留まることになるだろう。」


アケロスは複雑な顔をしてカインに問いかける。

「いっそのことサウスに遷都でもしちまえば良いんじゃないか? その方が、色々とカインもやりやすいと俺は思うんだが。」


カインは静かに首を振った。

「セントラルの民達は国を二分した戦いで、大いに傷ついているんだ。死んだ兵の中には、家族を残して死んでいったものも多かっただろう。僕はそれに対して、見て見ぬふりはできないよ。」


アケロスはしばらく天井を見つめた後、カインの肩を優しく叩く。

「まあ……カインらしくて良いんじゃねえか? だが……寂しくなるな。イースタンでお前と馬鹿みてえにケンカしながら一緒に酒を飲んだ日が、今になってみるととても貴重な時間に思えてくるぜ。」


カインは目頭が熱くなりながらも、アケロスの手を握った。

「マグニとアルベルト達のことを君に託したい。良き相談役になってはくれないだろうか?」


アケロスは笑顔で快諾した。

「任せておきな。あいつらの面倒はしっかりと見てやるから、お前は自分の仕事を全うすればいいさ。」


そして、クラリスを見ながらカインに告げる。

「だがな……任せっぱなしというのも良くねえよな? お前は一年に最低一回はサウスに来い。お前のために燕月亭の一室はずっとあけておいてやる。もちろんフレイと子供が来ても良いように、大部屋をあけておいてやるさ。」


クラリスがカインに優しく話しかける。

「カインさんは領主という身分の隔てなく、アケロスと仲良くしてくれました。また、イースタンの料理が恋しくなった時にでも……燕月亭で羽を伸ばして、アルベルトやセリス、そしてガイとキキョウに会ってくださいませ。」


カインは涙を流しながら、二人に感謝するのだった。



カインとアケロス、そしてクラリスが昔話に花を咲かせてしばらくした後、フレイの更衣が終わった。


カインは執務長(キリング)を呼び、アケロスとクラリスを広間に案内するように指示をすると、フレイを迎えに行くのだった。


フレイの部屋に入ったカインは、思わず目を見張った。


彼女は藍色に金の刺繡が施されたドレスを、見事に着こなしていた。


綺麗に結われた彼女の髪の毛が、金色に輝いていてその美しさを引き立たせている。


思わず見とれているカインにフレイが問いかける。

「やはり私にはこのような姿はあまりに合わないかね?」


カインはすぐに我に返って、微笑した。

「そんなことはないよ。結婚式の時もそうだったが、君は綺麗だよ。」


フレイは嬉しそうな顔をした後に、カインに手を伸ばす。

「そう言ってくれるのはお前ぐらいなものさ。さあ、広間に行こうか。」


カインはフレイの手を優しくとって、広間へ一緒に向かうのだった。


 *


カインとフレイが広間に現れると、玉座に座っていたユミルが私たちに向かって宣言する。

「カイン公は、僭王ホッドとの決戦に打ち勝って、王たる資質があることを十分に示した。余は彼に王位を譲り、これからのセントラルの行く末を託そうと思う……これに異を唱える者はおるか!」


私達は傅いて叫んだ。

「我らはカイン様を新王として、生涯の忠誠を誓う!」


ユミルは玉座を立ってカインのもとへ近づいた。

「カイン……我が跡を継ぎしものよ、王は何をするものと心得るか?」


カインはユミルの問いにはっきりと答えた。

「家臣と民の幸せのために身を捧げ、そして彼らが間違うことなく正道を歩むことができるように導くのが王道と心得ます。」


ユミルは満足げに頷くと、穏やかな顔でカインに自らの王冠を被せて私達に告げる。

「皆の者、今の言を聞いたな? そなたらも民達が正道を歩むことが出来るように、カイン王を支えるのだ!」


私達は皆、カインに深く礼をして忠節を示すのだった。


 *


カインはフレイと一緒に、セントラルの広場へ向かって市街を練り歩く。

カインの親族であるアルベルトとセリス、そしてシェリーとマグニはその後ろに続き、さらにアケロスとクラリス、そして私と桔梗はその後に続いた。


セントラルの民達が、待ちに待った瞬間に歓声を上げる。

「カイン王万歳! フレイ様万歳!」

「アルテミスの未来に栄光あれ!」


カインとフレイは沿道に群がる民に手を振って応えると、彼らの熱気が最高潮に高まっていく。


広場に到着したカインは、セントラルの民たちに演説を始める。

「まず初めに……ユーフラトの戦いで戦没した者たちに哀悼の意を捧げます。」


セントラルの民達が、静かに黙祷する。


カインは威厳のある顔でセントラルの民達を見渡した。

「私は確かにユミル王から王位を継ぎました……ですが、やり残したことがあるのです。」


民たちの視線がカインに釘付けになる中、カインははっきりと宣言する。

「私は僭王ホッドによって売り渡されてしまったノースを取り戻し、元の民たちに返します。それが私が王となって初めになすべき使命なのだと確信しているのです。皆さん、私に力を貸していただけますか?」


私達は皆で叫んだ。

「我が王の道を切り開くために、剣となって逆賊を打ち滅ぼして見せん!」


民たちも叫ぶ。

「我らがノースを奪還するのだ! 国を売り渡したものに鉄槌を下すのだ!」


カインは頷くと、皆に向かって叫んだ。

「それでは私は、ノースを奪還してアルテミスの平穏を取り戻すことを約束する!」



アルテミスの広場で新しい王を仰いだセントラルの民達は、皆思っていた。


――我らは新しい王に付き従い、未来を切り開くのだ。



セントラルに錫杖がなき今、カインは王の理力の発現をしていない。


だが、民達が抱いていた数か月前までの不安に満ちた気持ちは全くなくなり、自分達の手で未来を掴もうとする熱気だけがその場を包んでいるのだった。

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平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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