王を継ぐ者の凱旋
私たちがセントラルを奪還してから一週間ほど経った。
カイン達率いる軍がセントラルに到着し、彼を待ち望んでいた民達が歓声を上げた。
セントラルの広場では、民と兵達がアルテミスの印章が描かれた旗を手にもって整然と並んでいる。
ユミル王とニエルド、そして私と桔梗は広場の中央で、カインの一行と対面した。
私と桔梗がカインに駆け寄って深く礼をすると、カインは私達の手を取った。
「ホッド様がセントラルに帰還する前に制圧してくれて、本当に感謝するよ。」
私は微笑して、ユミルを一顧する。
「私達は大したことはしていませんよ。ほとんど、ユミル王の独壇場でした。」
そして、ユミル王がセントラルで見せた見事な振る舞いについて語った。
カインは静かに頷きながら呟く。
「私も……ユミル王のように、民を導いていけるだろうか。」
私と桔梗は微笑してカインに告げる。
「カインさんなら出来ます。私達がこの世界に来てから、貴方以上の為政者は見ていないですから。」
カインは嬉しそうに笑った。
「ガイ君とキキョウ君にそう言ってもらえると、自信が沸いてくるよ。」
カインはユミルに進みよると、深く頭を下げる。
「サウス領主カイン、ただ今セントラルに推参いたしました。」
ユミルは満足気に頷くと民たちに向かって叫ぶ。
「セントラルの民達よ……この者こそがわが跡を継いで王となるべきものだ! 王女フレイがセントラルに到着次第、戴冠式を執り行う。」
セントラルの民達、そして兵達は歓喜の叫び声をあげた。
そして、王宮へ続く道への脇に集まって平伏する。
カインは彼らに笑いかけながら、ユミルと共に王宮へと悠然と歩んでいくのだった。
*
王宮の広間に主だった者が集まった。
ユミルが玉座に座ると、カインはそのすぐ右前に鎮座する。
私達がカインに傅くと、ロタとクリームが広間に通された。
ロタはクリームと共にカインに深く礼をした。
「この度は、私と娘に過分なるご厚情をいただいたこと、真に感謝いたします。」
カインは静かに頷いて、ロタに優しく告げる。
「貴女達を貴人として遇をすることをお約束します。今まで通りの部屋を、お使いになってください。」
ロタは目を見開いて、静かに首を振った。
「本来であれば、ホッド様と共に反逆罪で処刑されている身でございます。そのような待遇を受けては申し訳が立ちませぬ。」
カインは優し気にロタを諭す。
「情勢的にまだ不安定で、貴女とクリーム殿を狙うものがどこに潜んでいるか分からないのです。王宮であれば、影の者が貴女達を守ることができるということをご理解下さい。」
ロタはカインの懐の深さに感謝しようとした時に、クリームがカインに問いかけた。
「カイン公は、卑怯な手を使って王になろうとしていたとお父様が仰っておりました。なぜ、そのような方が私達にここまで優しくしてくれるのですか?」
ロタが青い顔をしてクリームを叱りつけようとしたが、カインはそれを手で制した。
カインはクリームの目を真っ直ぐに見て、静かに話しかける。
「そうだね、ホッド様からは私がそう見えたのかもしれない。だけど、その人の立つ場所によって人の見え方というものは変わってしまうものなんだ。クリームは今こうして、私を見た時に違和感を感じた。君は、これからいろいろな立場でものを見ることになるかもしれない。その時に、考えてほしいんだ……なぜ、自分が相手をそういう風に見えたのかを。」
クリームは少し悩んだ顔をしたが、素直に頷いた。
「分かりました。お父様が嘘を言っているとは思えないけれど、私の前に居るカイン様はとても素晴らしい人だと思います。」
カインは満足げに頷くと、ロタとクリームを下がらせた。
次に、ユーフラトの戦いで捕虜となった兵の隊長達が通される。
カインは彼らに問いかけた。
「貴方達の戦いは見事でした。命を捨ててでも王の為に戦うという姿勢は、称賛されるべきだと思います。ですが……あれは、何かに操られているようにも見えました。違いますか?」
隊長達はあの時のことを思い出して、身震いしながら答えた。
「ホッド様が錫杖を光らせた後、我々は自らが仕える王のために、命を捨ててでも戦わなければならないという使命感に囚われました。後のことについては、カイン様がおっしゃる通りです。」
カインは眉をひそめたが、彼らに優しく告げる。
「あの戦いで、貴方達は十分にホッド様に対する忠節は果たせたのではないかと思います。敵として戦ったとはいえ、セントラルの兵達はアルテミスの民であることには変わりありません。以後、私に仕える気があるならば、恩赦を与えたいと思っているのですが、いかがでしょうか?」
隊長達は、自分たちの死を覚悟していただけに驚いたが、カインに平伏して感謝した。
「身に余るお言葉です……自らの過ちを正す機会を与えて下さったことに感謝いたします。」
カインは微笑して私達に告げる。
「皆さん、ユーフラト平原で雄姿を見せた彼らは、戦いの遺恨を忘れて我々とともに戦うことを選んでくれました。これより彼らは同士として、共に歩んでいくでしょう。快く迎えようではありませんか。」
私はカインの言葉に呼応して叫んだ。
「共に新王とアルテミスのために戦わんことを!」
周囲もそれに呼応すして叫ぶ。
「新たなる仲間とともに国を守るのだ!」
隊長達は涙を流しながら、カインへの忠節を誓うのだった。
隊長達が広間を退出した後、負傷して退却できなかったセレーネ兵が通された。
カインはセレーネ兵に話しかける。
「盟約に従い、献身的にホッド様の軍を支え続けたその振る舞いはとても見事でした。」
セレーネ兵は苦笑してカインにの称賛に応える。
「我らを完膚なきまでに叩き潰した方に、そう言っていただけるとは光栄ですな。ですが、我々とて好きであそこまで支えたわけではないのですぞ。」
訝し気な顔をするカインへ、セレーネの兵たちはアレス王がホッドにされたことを説明した。
私は、ノースでアレスと握手した時の禍々しい気配を感じた時のことをカインに伝える。
カインは沈痛な表情をしてセレーネの兵を労わった。
「自らの王を盾に戦わされ、自軍が壊滅状態になっても最後まで踏み止まらなければならないとは……どれほどの苦痛だったのか想像がつきません。」
セレーネの兵達は少し心を動かされたようで、カインに問いかける。
「カイン様は我が国とどのような関係を築きたいのでしょうか?」
カインは彼らの目をまっすぐ見据えて答えた。
「できれば有効な関係を築きたいですね。ですが、ノースは返してもらいます……あの土地で暮らしていた者達のためにも、それは譲ることはできません。」
セレーネ兵は静かに首を振った。
「ノースを得ることは先王の時代からの悲願でした。そう易々とお返しするわけにはいきませぬ。」
カインは静かに頷くと、彼らに告げる。
「そう答えると思っていました。貴方達を解放します……アレス王に、今の私とのやり取りをお伝え下さい。」
セレーネの兵達は驚いた表情をしていたが、カインに深く感謝した。
「ご厚情感謝いたします。戦場でまたお会いしましょう。」
そして、逡巡するような顔でカインに告げる。
「……一つだけ戯言を言うことをお許しくだされ。アレス王がホッド様と出会う前に貴方に会っておられたら、また違った結果になっていたかもしれませんな。」
カインは穏やかな顔で彼の言葉を受け取った。
「いつか、肩を並べて歩くことができる日があると、信じておりますぞ。」
セレーネ兵たちは痛む体を必死に堪えながらも、立派な態度で広間を退出していった。
最後に、戦いで捕虜となったホッド派の貴族達が広間に通された。
彼等は見苦しく狼狽しながら、カインに媚びへつらった。
「我々はホッド様に騙されていたのです……錫杖の理力が発現できるから王の資質があるという、あの方の妄言に付従っただけで、カイン公に対する害意など初めからありませんでした。」
カインは眉をひそめて彼らに問いかける。
「貴方達は、自分の意思でホッド様に付き従っていたのではないと言われるのですか?」
貴族達は笑みを浮かべてうやうやしくカインに礼をする。
「そうでございます。あの錫杖の力に屈していただけで、我らの本意は全く別でした。」
カインは静かにニエルドに問いかける。
「彼らはこう申しているのですが……ニエルド様はどう思われますか?」
ニエルドは冷たい表情をして手を三度叩いた。
何処からともなく、侍女が数人表れてニエルドに書簡を手渡す。
貴族達は彼女達の顔を見て慌てふためいた。
彼らの一人が、侍女の一人を指さして叫ぶ。
「シ……シエル! どうしてお前がここにいるのだ?」
シエルと呼ばれた侍女は無表情で彼の問いに答えた。
「私はこのような時のために貴方達のことを探っておりました。そうですね……影の者と言えばお分かりになるでしょうか?」
貴族達の顔が真っ青になり、必死で抗弁をする。
「ち……ちがいますぞ! これは何かの罠に違いませぬ。私共は決して何もやましいことはしておりませぬ。このような下賤な者の話など信用なされるな。」
ニエルドは書簡を見て、バルデルに手渡した。
バルデルは書簡を見た瞬間に激怒した。
「貴様ら……ライルの……あいつの暴走は仕組まれたものだったのか!」
ナインソード達が、バルデルの言葉を聞いて一気に殺気立った。
ユミルがバルデル達の反応を見て目を見開く。
「サウスの元領主達を処刑したというのは……まさか!」
バルデルは静かに首を振る。
「たとえ、ライルの暴走だったとしても、我々が独善に走って彼らを誅殺しようとした事実は消えませぬ。」
貴族達はここぞとばかりにバルデルを責め立てる。
「我らが何かをするまでもなく、バルデル殿は部下を化け物に変えて暴れまわらせたことが真実でございますぞ! 彼らこそが罰せられるべきだとは思いませぬか!」
バルデルが激高しそうになったところで、私が貴族に言い放った。
「私は全くそうは思わぬ。バルデル様は最後まで自分を慕ったものに対しては、その気持ちに誠実に応えようとしていた。刃を交えた私が保証しよう。」
貴族達が私に食って掛かる。
「下賤なものが口を出すでないわ! 我らと貴様では立場というものが違うのだ。」
カインが威厳のある声で貴族達を叱りつけた。
「黙れ! 彼が私にとってどれだけ大事な相手だか分かったうえでの非礼であろうな? いいだろう……それほどまでに保身に走りたいのであれば、ノースに戻って我らに打ち滅ぼされるが良い。この者達の身分を剥奪したうえで、ノースに追放するのだ。」
周囲の者達は、カインがこれほどまでに激高するところを初めて見て、彼の怒りの大きさを感じた。
貴族達は兵士達に乱暴に掴まれながら、広間から連れ出されていった。
カインは周囲の者達に頭を下げた。
「すみません……少し感情的になりました。」
私はカインに深く頭を下げた。
「やはりカインさんは大事な友人です。私のために、ここまで怒ってくれたということは忘れませんよ。」
バルデルが私の肩を叩く。
「俺も、ガイ殿が庇ってくれたことは忘れないぞ。俺も友人ってことで構わないよな?」
私は嬉しげに彼の肩を叩きかえした。
「もちろんです。あなたも大事な友人です。」
場の空気が和んだところでユミルが静かに告げる。
「それでは、フレイが来るまでに戴冠式の準備を始めるとするか。」
広間の中で慌ただしく皆が動くのを、カインは微笑ましげに見つめている。
ユミルは玉座から立ち上がり、カインの肩に優しく手をのせた。
「見事な判断だった……これで安心して、カイン公に後を譲ることができそうだ。それに、良い仲間に恵まれておる。少し貴殿がうらやましいぞ。」
カインは嬉しそうな顔をして周囲の者たちを見ていた。
――この者達と協力していけば、きっと良い国を作ることができるだろう。
広間で自分の為に楽しげに働く者たちを見て、カインはそう確信するのだった。