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ユーフラト平原での決戦(後編)

ホッドは各部隊からの救援要請を聞いて、激昂した。

「全く我が軍は何をしているのか……全ての方面で押されているだと! セレーネの部隊を後詰で出させるのだ。」


セレーネ軍は見事な動きで後詰を果たして、体勢を立て直していく。

だが、被害は見るからに甚大で、前陣は半分程度、右翼と左翼は三分の二以上が戦闘が不能な状態になってしまった。


だが、元々の数から考えれば、戦力的にはまだ同等である。


後詰として配備していたセレーネの兵が、それぞれの陣に援軍として入ったため、カインの軍とそれほど人数は変わっていないのだ。


問題があるとすれば、敵の強さである。


前陣のトールの見事な采配、そして左翼のバルデルとナインソード達は非常に厄介だ。

そして右翼を崩そうとしても、鉄壁の守りでクロードが耐えている間に、あの忌々しい超越者が将を狙って飛んでくる。


どうすればこの状況を打破できるかと逡巡していると、錫杖が輝き始めた。


ホッドは錫杖に導かれるかのように静かに頷くと、天高く錫杖を掲げる。


その瞬間に彼の体が錫杖の光に包まれ始めた。


リードを初めとした周囲の貴族や兵たちが、錫杖を持った王のあまりの威圧感に息を飲んだ。


光が収まり、彼らはホッドの姿を見て驚愕する。


金色の癖のある髪の毛は見事な白銀色に輝いており、神経質そうだった蛇のような眼は、威厳のある王の眼差しに変わっている。


そして、その右手に握られた錫杖の光を受けたセントラルの貴族や兵士たちは、強い使命感に駆られた。



――王の為に身命を賭して戦わねばならぬと。



リーグが動揺しながらもホッドに問いかける。

「ホッド様……でございましょうか?」


ホッドは氷のような冷たい目でリーグを一瞥した。

「リーグ、側近でありながら王の顔を忘れてしまったのか? まあよいだろう……これより、賊軍に真の王としての戦いを見せてやろうと思う。全軍、私についてくるが良い。」



錫杖を再度天に掲げてホッドは理力を発現する。


彼の軍全体が、その理力を感じて叫び始める。

「真の王の為に、我が命を懸けて敵を打ち破るのだ!」


だが、セレーネの兵達はそんなセントラルの兵士達を見て、不気味さを感じざるを得なかった。



――彼らは誰が為に戦っているのだろうか?


自らの愛する者たちの未来ではなく、国のためでもなく、ただ王の為に戦おうとしている。


これでは、王という神の為に自らの命を捧げるようなものではないのだろうか?



そう思ったところで、セレーネの兵は首を振った。

「どうであろうと、我らは盟約に従って戦果を挙げるだけだ。」


アレス王に今崩御されては、せっかく落ち着いてきたセレーネがまた分裂の危機に陥る可能性があるのだ。


盟約を果たさなければ王の命が危ないとなれば、国の為に我らもこの戦いに死力を尽くすしかあるまい。


結局、セレーネの兵たちも覚悟を決めて、セントラルの兵の勢いに身を任せるようにして敵陣へと突撃を開始するのだった。


 *


私は、ホッドの本陣からまばゆい光が放たれると共に、禍禍しい気配を感じた。


それと同時に敵の目が決死のものに変わるのを見逃さない。

「まずいな……あやつら、死兵と化しておるぞ。」


私はすぐにトールの元に戻り、敵が死兵と化してこちらに突撃を開始したことを伝えた。


トールは私の指示を求める。

「そのような相手は相打ちすら恐れませぬな……ガイ様に何か良い策はありませぬか?」


私は笑みを浮かべると、トールに耳打ちをする。

「実はな……そういう相手にうってつけの戦術があるのだ。」


トールは私の話を聞いて納得すると、すぐに各陣へ伝令を出した。

「各部隊に伝達、敵の勢いを本陣側に受け流すように、下がりながら防御陣形を維持するのだ。」


私はトールにその場を任せると、すぐに空を駆けてマグニのもとに降り立った。



マグニが敵の異様さに気づき、緊迫した顔をして私に問いかける。

「ガイ、随分と敵の勢いが激しいな。あれを止めるとなると、かなりの被害が出てしまうぞ。」


私は微笑して、マグニにトールへ伝えた策を教える。


マグニは笑みを浮かべて頷くと、私の肩を叩いた。

「上手くいけば、これほど面白い策はないな。俺はお前の策に命を預けたぜ。」


マグニは急ぎカインとユミルへ策を伝えに行く。


私は桔梗の動きを目を凝らして確認した。

「やはり右翼が押されるか……すぐに救援に行かねばな。」



左翼のバルデルとナインソード、そして彼らの率いる兵五百は腐っても帝国の近衛兵として戦ってきた。


そして、ノース兵達もセレーネの脅威に対抗すべく、厳しい環境の中戦い続けてきた猛者達の集団だ。



前陣のサウスの軍勢はマグニやトールに鍛えられているうえに、トールの理力により神がかった動きを見せることが出来る。


いざとなれば、マグニの力で戦局を変えることもできるかもしれない。



だが、右翼はクロード自体は優秀だが、戦況をひっくり返すような絶大な力を持つものが居ないのだ。


ウエスタン兵は、どちらかといえば他国の脅威がなく他の地域の兵に比べると、精強さでは見劣りしてしまう。


私とトールとの模擬演習の結果、彼らの動きは良くなってはいるが、敵が理力を使っていたり、死兵となるような異常時にはどうしても対応しきれなくなってしまうのだ。


今のところはクロードの采配のおかげで何とかうまく持ちこたえているが、敵の突撃の勢いが強すぎるため、予断が許さない状況になる可能性が高い。



私は急いで風に乗って空へ舞い上がり、右翼側(クロード)の救援に向かうのだった。


 *


上空から自軍の様子を見ると、クロード達はよく持ちこたえている。


だが、敵が間断なく攻め寄せるために、前線がかなり苦しい状態になっているようだった。


私はクロードの近くに舞い降りる。

「クロード様、一度私が敵を押し戻しますので、陣の左側にを敵を受け流してください。」


クロードは頷くと、声を張り上げて叫んだ。

「ウエスタンの兵達よ、我らの超越者様が援軍に来られたぞ! もう少しの辛抱だ、耐えるのだ。」


ウエスタン兵の士気が増す中、私は叫んだ。

「弓兵、一斉斉射! 私はそのタイミングに合わせて敵陣を押し返して見せるぞ。」


弓兵が敵に向けて一斉斉射をした後、私は空を駆けて敵の前線の兵に舞い降りる。

そして、武器を戟に変えて理力を込めた渾身の一撃を叩き込んだ。


軽い地響きのような振動が発生する中、一瞬我に返った敵兵に隙が生じる。


クロードがその隙を見逃さず兵たちに指示を出した。

「右側の兵は三列横隊になりながら敵の進軍を阻むのだ。中央より左側の兵は後退しつつ斜方陣の形成に移行する。」


右翼を攻め立てていた敵の兵たちは、少しずつ左方へ攻撃がずれていき、前陣のほうへと進軍方向を変えていくのだった。


 *


前陣ではトールとマグ二が敵を必死で捌いていた。

「鶴翼の陣を形成せよ。本陣方向へ敵を誘導するのだ! 決して敵とまともに戦おうとするな。下がって敵の勢いを受け流せ。」


ある程度、敵が前陣を突破したところで、トールとマグニの軍勢はきれいに二つに分断された。


敵の兵たちが一気に本陣になだれ込もうとしたところで、異変に気付く。

「本陣が見当たらぬぞ! いったいどこへ消えたというのだ……」


その瞬間、左右から矢が飛んできて彼らを貫いていく。

「何が起こっておるのだ……敵の軍が二つに割れて挟み撃ちの状態にされているではないか!」



トールたちが敵を防いでいる間に、ユミル率いる千の兵が自軍の左翼の背後側に移動し、カイン率いる千の兵は右翼の背後側に移動して、ホッドの軍を見事に挟み打つような形に移行していたのだ。


最後にマグニが左翼側、トールが右翼側に回り込むようにして防御陣形を築くことで、敵の勢いを見事に流してしまった。


左翼と右翼両方からおびただしい矢の雨が降らされて、ホッドの軍は混乱状態に陥った。


ホッド側の兵士達は尚も突撃を敢行しようとするが、二方向に勢いが分散されている上に左翼はバルデルとナインソード、そしてマグニといった勇者たち、そして右翼にはトールと私が兵を手足のように動かして進撃を阻んでいる。


兵達が倒れ行く中、錫杖が激しく光って尚も兵士たちを動かそうとする。

だが、この状況では焼け石に水となり、ホッドはセントラルに向けて退却を開始するのだった。



トールとクロードが私に追撃をするか確認をしたので、私は静かに首を振った。

「恐らく、死兵と化した者達を捨て駒にしてでも退却するでしょう。互いに無用な殺生はせぬほうが良いと思われます。」


彼らは頷くと鬨の声を上げ始めた。

「王の後継者が誰なのかが、この戦いで明白になった……皆の者、カイン様とユミル様を称えるのだ!」


クロードとトールの周りの兵から鬨の声が上がり、最終的にはユーフラト平原に鬨の声が響き渡った。



私はカインの下に行くと、カインは私の手を取って感謝した。

「まさか、敵の突撃を利用して、挟み撃ちにするような戦術があったとは……恐ろしい策だったね。」


私は少しだけ表情を曇らせて答えた。

「あの錫杖により、兵たちが死兵と化していたのが大きな要因でしょう。もう少し恐怖を感じていれば、このような策に引っかかることもなかったでしょうね。」


そして、カインに笑みを浮かべて告げる。

「ニエルド様が、セントラルで民たちの暴動に合わせて動くそうなので、私と桔梗もその支援に行ってきますね。フレイさんもセントラルに来るのでしょうから、少し不穏の根を積んできれいにしておきますよ。」


カインは苦笑して私の方に優しく手を置いた。

「ガイ君、ありがとう……それでは、私もセントラルに向かうことにするよ。」


私は微笑すると、空へ舞い上がって桔梗の方へ向かった。

「桔梗、助かったぞ……お前のおかげでこの戦いが勝てたも同然だった。」


彼女は微笑すると、下を見て私に告げる。

「ユミル王が、私達と一緒にセントラルに行きたいようですよ。」


私が下を見ると、ユミルがこちらに手を振って降りてくるように指示をしている。


すぐに彼のもとに舞い降りると、ユミルは真面目な顔で私に頭を下げた。

「ニエルドには指示をしたが、やはり余が行くことでセントラルを動かすことができると考えている。どうか、余をセントラルに連れて行ってはくれぬか?」


私は快諾すると、近くにいた影の者に休息場所の確保を願った。


彼は、休息場所の目印と合図の笛を私に手渡した後、微笑する。

「間近で見させていただきましたが、素晴らしい采配でした。私はこの戦に加わることができたことを末代までの語り草とさせていただきます。」


私と桔梗は彼に静かに礼をすると、ユミルと共に空へ舞い上がり、セントラルへ向かって飛び立った。




ユミルは眼下に広がる戦いの跡を見て、静かに目を閉じた。



――ユーフラトの伝説と後世の人々はこの戦いを語り継ぐだろう。



ユミルの予測通り、カイン公と英雄達の勇壮さ、そして死兵と化したホッドの軍を見事に捌いて挟み撃ちとした戦術は、後世の人々へアルテミスの伝説として語り継がれていくのだった。

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魔王軍の品質管理人

平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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