表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/126

ブライとバルデル

サウスがノースの民のためにウエスタンに物資を多く回したのが原因で、セントラルでは物資が不足し始めていた。


当然のことながら、民達の生活は苦しくなり、不満は日増しに高まっていく。


ホッド達は情報統制をして、カインの卑怯な策略によりこの状況が引き起こされたという風にすり替えようとした。


だが、人の噂に戸は建てられず、真実が露呈してしまった。


セントラルの人々は自国を売り渡した暴君に対して怒りをあらわにする。


再び王宮の門に人々が殺到する中、ホッドは錫杖を手に民を叱咤した。

「もうすぐ我らは、アルテミスに平穏をもたらすために逆賊を征伐に参るのだ……黙って出陣を見送ろうとすることすら出来ぬのか!」


錫杖が怒り狂うような音を立て、光と共に圧倒的な威圧感が放たれる。


あまりに強大な理力を受け、民だけでなく、貴族や兵士達もすべてホッドに平伏した。


ホッドは錫杖を光らせて民たちに宣言した。

「正当なる王の理力を見て分かっただろう……余が新しい時代を切り開くべき王なのだ!」


彼の周囲にいる者たちは全て平伏して、表情は見えなかった。


だが、彼らは王ではなく錫杖に屈服している自分の姿を見て思っていた。


――我々は大きな間違いを犯しているのかもしれない。


そんな人々の思いを嘲笑うように、錫杖は禍々しくも美しい光を放ち続けているのだった。


 *


私はクロード達に先んじてウエスタンに戻ってから数日後、桔梗がサウスより舞い戻った。


彼女はカインとアルベルトからの書簡を私に手渡す。


カインからの書簡には、二ヶ月後に雌雄を決する戦いをユーフラト平原で行うと決まったことと、私の献策を採用してくれたことが書かれていた。


アルベルトからの書簡には、急ぎでテントなどの物資をウエスタンに供給するので、第一陣は二週間後、第二陣は一か月後に到着すると書かれており、彼の苦心が伝わってくる。



私とトールは、自分たちにもできることをするべく、ウエスタンの兵を交えた模擬演習を行って、兵の練度を少しでも向上させるように尽力するのだった。



それから約十日後、クロードとノースの民達がウエスタンに到着した。


私はブライとノースの民に、あと数日でサウスからの第一陣の物資が届くことを伝える。


彼らはこれで何とか生きていけると安堵して、涙を流した。



物資が来るまでの間のノースの民の処遇については、女子供については一時的に宿や民家に住まわせ、男たちについてはサウスの兵達と一緒のテントで生活することになった。


ウエスタンの民達が嫌がるかと私は思っていたが、私と桔梗がサウスを代表して広場で民に協力を願うと、民達は私達に傅きながら答える。

「ガイ様とキキョウ様はこの街だけでなく、国を救うために戦って下さっているのです。伝承のジャンヌ様と同様……いや、それ以上にです! 我らだけがのうのうと自分のことだけを考えてはいられませぬ。」


私達はブライ達と一緒に、ウエスタンの民の温情に感謝する。


ウエスタンの民たちは笑顔で私達に言った。

「この戦、皆の力で勝利しましょうぞ!」


広場に暖かな空気が流れ、土地を追われたノースの人々の中にも笑顔が戻っていった。


 *


民達の問題が一段落したため、私達はウエスタンの領主館で今後のことについて話し合うことにした。


領主館の広間でブライは複雑な表情をしながらバルデルと対面する。


バルデルは神妙な面持ちで、ブライに頭を下げた。

「俺の無謀な行いのせいで、そなたの父上を失わせてしまったことをお詫びする。」


ブライは色々な思いをぶつけたくなったが、彼に一つ問いかけることにする。

「バルデル様は、ユーフラト平原の決戦に参加なされるのですか?」


バルデルは真っ直ぐな目をして頷いた。

「今の俺はクロードの部下だから、当然出撃することになるだろう。だが、それ以前にガイ殿への恩を返さなければならないと思っているのだ。」


ブライはバルデルの目をみて納得したような顔になる。

「今のバルデル様は、呪縛から解き放たれたような顔をされていますね。ご武運をお祈りしております。」


バルデルはブライに深く頭を下げると、もう一言だけ付け加えることにした。

「恐らく、その後はノースの解放戦となるだろう……そこでも俺達は命を懸けて戦うだろう。それで俺がそなたらにしたことが許されるとは思っていないが、せめてもの償いになればありがたいと思っている。」


ブライは少し戸惑ったような顔をしながらも、静かに頷くのであった。



私は桔梗からの報告を受け、カインとアルベルトが献策を受け入れてくれたことをクロードとマグニ、そしてニエルドに伝えた。


クロードは桔梗から書簡を受け取り、安堵した顔になった。

「どうやら物資面では問題がなくなりそうだ。後はユーフラト平原に出陣するだけだな。」


私は少し思案した後に、クロードに問いかける。

「ノースに駐屯しているセレーネの軍勢が、ウエスタンに進行してくる可能性はありますか?」


クロードは微笑して首を振った。

「その可能性はほぼ無いと考えられる。ガイ殿みたいに空を飛べるならまだしも、あの山々は迷いやすい上に、崖が多いのだ。桟道を使わなければ、こちらに来るのも大変なのさ。だからこそ我々も、桟道の出口での待ち合わせをしていたわけなのだ。」


ニエルドが笑みを浮かべて私に話しかける。

「狼煙の担当役は、あそこで生活するのはきついとよく言っておりましてな……干し肉の土産を渡したら喜んでおりませんでしたか?」


私は休憩場所にさせてもらった山頂付近で任務に励んでいる影の者が喜ぶ顔を思い出して、彼らの任務の過酷さを思い起こした。


私はニエルドに、戦いが終わったら、彼らに褒美としてサウス名産の”干し魚”と”燻し魚”を送ってやりたいと話すと、彼は嬉しそうな顔をして頷いていた。


私達の話を聞いていたブライが、意を決したように願い出る。

「少数ではございますが、我らも戦いに参加させていただきたく存じます。今回の件でのご厚情に少しでも報いさせてほしいのです。」


マグニは微笑してブライの手を取った。

「義父、カインの代わりに礼を言わせて頂きます。長年セレーネの脅威と闘い続けてきた方と、肩を並べて戦えるとは光栄です。」


ブライはトールの顔を一顧した後、すぐに笑みを浮かべてマグニの手を握り返す。

「そういえば、以前トール様と一緒にマグニ様がノースに来て下さった時に、ノースの危機を救ってくださった英雄のご子息と一緒に戦えることがあれば光栄だと、貴方に伝えていたことを思い出しました。今こうして共に戦うことが出来るのも、何かの縁なのかもしれないですね。」


マグニはとても嬉しそうな顔をした。

「そうですな、その時が来たのでしょう。お互いに武勲を立てましょうぞ。」


ブライはバルデルの方を見て彼のもとへ進み出る。


そして彼の手を握った。

「色々なことがありましたが、今こうして貴方様と共に再びセレーネと戦うというのも運命というものなのでしょうね。お互いに協力して敵に打ち勝ちましょう。」


バルデルは一瞬申し訳なさそうな顔をしたが、しっかりとブライの手を握り返した。

「汚名をそそぐ機会を与えてくれることに感謝するぞ。」


サウス、ウエスタン、ノース……それぞれの軍がセントラルに対峙しようとしている。


普段は交わることのない者達の心は、戦いの前に固く結びついてゆくのだった。


 *


その頃、フレイは秘密裏にダナンにカインとユミルの書簡を持たせてイースタンに派遣していた。


カインとユミルの書簡を受け取ったイースタンは、直ちに内応を表明する。


元々親カイン派だったイースタンの住民だけでなく、鉱山で労務を行っている蛮族たちについても、ダナンの説得で完全にサウス側につくことが決まったからだ。


フレイは笑みを浮かべてユミルに話しかける。

「過去のアルテミスの歴史で、これほどの状況はあったでしょうか? セントラル以外の領主がすべて反旗を翻した状態で決戦に臨むなど、古今の歴史上でもなかったことです。どちらに大義があるのかは、これで明白になったでしょう。」


ユミルは娘の手腕に驚きつつも深く頷いた。

「ホッドに王としての資質がなかっただけでは、こうはならなかっただろう。カイン公だけでなくその仲間たちの力量があまりにも強大なのだ……フレイ、お前も含めてな。」


カインはフレイを優しく見つめる。

「僕は君と生まれてくる子供の未来のためにも、この戦に勝ってみせるさ……あと少しで出陣となるけれど、ヘカテイアの件やサウスのことをよろしく頼むよ。」


フレイはカインにそっとキスをして笑った。

「父上もついておられるし、貴方自身も天命に恵まれている。きっと勝てると信じているさ。」



ユミルは微笑まし気にカインとフレイを見つめていたが……心の中でホッドを導けなかった自分を責めた。


――王になるのが目的になるように成長させてしまった。


王になるのはあくまで過程であって、国をどう導いていくのかが大事だということを最後まで教えられなかったことが悔やまれる。


ユミルの心を察したのか、フレイが彼を静かに抱きしめた。

「父上は国を良くするために心を砕いてこられました……どうか、この戦いから生きて帰ってきてください。私に幾ばくかの親孝行をさせてほしいのです。」


ユミルは涙を流しながらフレイの背中を撫でた。


そして、未来をつかむために決戦に向かう覚悟を決めたのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作を書いてみることにしました。

魔王軍の品質管理人

平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ