表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/126

セレーネとの同盟

セントラルの王宮では、ホッドと貴族達が今後の方針についての話し合いをしていた。


ホッドが大広間に集まった貴族達に静かに告げる。

「お主らが父上を取り逃がしたせいで、カイン公は正統な後継者として認められることになるだろう。」


貴族達は恥じ入るように下を向いて、顔を上げる者は居ない。


ホッドは貴族たちに問いかける。

「さて、今後の対応について、何か良い案を出せるものはいるかな?」


一人の貴族が笑みを浮かべながらホッドに進言する。

「セントラルの近衛兵の精強さ、王都の常駐戦力は地方領主の数倍でございます。一気にサウスに攻め込んで、逆賊を成敗するのが良いと思われます。」


ホッドは首を振って却下した。

「なぜ余がウエスタンに出陣しなかったのかを忘れたのか? 我々が出陣すれば、北の隣国(セレーネ)が背後を狙うかもしれぬのだ。」


発言をした貴族は押し黙ってしまい、広間は静寂に包まれた。


ホッドが苛立ちを見せ始めた時に、側近の一人が静かに手を挙げた。

「現状、我らは不利な状況に置かれています。サウス側はウエスタン、へカテイア……そしてイースタンも現在は中立でしょうが、恐らくはあちらに味方するでしょう。それに対して、こちらはセントラルのみ……ノースは中立で動かず、さらにセレーネが背後で爪を研いでいるとなれば、かなり危うい状態です。」


ホッドは静かに頷く。

「確かにそうだな。さて、リーグよ……お前はその苦境に対して、どのような打開策があると考えるか?」


リーグは笑みを浮かべて話し始める。

「いっその事、セレーネと同盟を結んでしまってはいかがでしょうか? 我らに協力すればノースを差し出すとでも言えば、奴らも助力をするでしょう。」


貴族達が色を成して彼を非難した。

「我が国土をあの蛮族どもに売り渡すというのか!」

「あの蛮族どもは、十数年前にも同盟を無視して、攻めかかってきたのですぞ!」

「セレーネを利用するのは危険です……あの蛮族に信義などはありませぬぞ!」


リーグは彼らを見据えて言い放つ。

「私を批判するのは勝手ですが、急がなければカイン公が我らを攻め落としに来ますぞ。ここで手をこまねいていては、自滅するのは目に見えております。」


貴族達はなおも騒ごうとしたが、ホッドが彼らを叱咤した。

「そなたらの失態のせいで、このような事態になっているという自覚はないのか! 父上を逃し、側近の家族すら人質にとれなかった分際で理想を語るでない。」


錫杖がホッドの怒りを示すように激しく輝き、周囲の者は平伏した。


その時、大広間に悠然と何者かが入ってきた。


それは、よく鍛えられた体躯をした、白銀色に輝く短髪に赤い目をした精悍な男だった。

年は三十前で、見事な意匠がされた鎧に虎の毛皮のマントを羽織っている。

そして彼の傍らには、壮年の男が付き従っており、油断なく周囲を伺っていた。



貴族達の視線がその者に集まり、彼をとがめた。

「王の御前に何の挨拶もなく現れるとは無礼な! 立ち去るが良い。」


男は貴族を一瞥すらせずにホッドを見据える。

「セレーネから来てやったというのに、随分な対応だな。俺を呼んだのはお前だろう?」


ホッドは訝しげな顔をした。

「貴様は何者だ……余がお前のようなものを呼んだとでもいうのか?」


男は呆れた顔で首を振る。

「お前が使者をよこしたのだろう? ノースを明け渡す代わりに同盟を組みたいとな。それにな……俺はお前のような紛い物の王ではないぞ。名実ともにセレーネの王だ。」


リーグが静かにホッドに頭を下げる。

「時間がないと思ったので、先に動いてしまいました……申し訳ありません。まさか、アレス様(セレーネの王)が直々にいらっしゃるとは思っていなかったもので。」


ホッドは笑みを浮かべてアレスを恫喝する。

「そんな話は知らぬし、お主をここで殺せばもセレーネも弱体化すると思うのだが、どう思うかな?」


アレスの傍らの男が腰の武器を抜こうとした。


だが、アレスは笑みを崩さずに、手で男を制した。

「馬鹿な真似はやめることだな。俺が何の対策も講じずにセントラル(こんなところ)に来るわけがないだろう? すでにノース付近には兵を伏せてある。俺が戻らなければ、すぐにノースを陥落させるという算段だ。」


ホッドは少し残念そうな顔をしながらも、アレスに問いかける。

「現況として、余は貴国を味方として逆賊を打ち滅ぼしたい。そしてアルテミスに平和をもたらしたいのだ……そちらの返答はいかがかな?」


アレスは首を振る。

「どうも立場を理解していないと見える。俺達はノースを攻め落とそうと思えば、今すぐにでも陥落させられるのだ。お願いしますと、お前らが頭を下げるのが筋だろう?」


ホッドは歯噛みをするが、頭を下げるしかないと思った時に、錫杖が光って彼の体を包み込んだ。


アレスはホッドから威圧感を感じて一歩下がってしまった。


――この俺が威圧されているだと?


戦場ですら感じたことのない圧力に、アレスは驚いた。


ホッドが冷徹な目をして、彼自身の頭に直接語り掛ける。

「ノースは明け渡すが、その分しっかりと働いてもらう。 王同士の約束だ……約束を違えれば、どうなるかわかるな?」


錫杖から霧のようなものが吹きだして、アレスの右腕に纏わりついた。

彼は必至でそれを引きはがそうとしたが、それは叶わず……彼の右腕に薄いミスリルの文字が張り付いていく。


ホッドは冷酷な声で告げる。

「約束を違えなければ、何も起こらぬ……だが、少しでも妙な気を起こせば、その文字がお前の腕に食い込む。そして、完全に裏切れば……そなたの血にミスリルが混じって、お前は死ぬことになるだろう。」


アレスの傍らの男がホッドに切りかかろうとしたが、アレスが彼を止めた。

「バッカス、よすのだ……おそらくお前が切りかかった瞬間に俺は死ぬだろう。」


バッカスはじくじたる顔で、動きを止めた。


アレスは首を振って、ホッドに告げる。

「いいだろう……ひとまず俺はセレーネに戻って、お前達に三千の援軍を送る。あとはカインとの決戦に勝ってから話をしようではないか。」


ホッドは満足げに頷いた。

「それくらいが妥当といったところだな。あまり援軍を送られると、セレーネのおかげで勝利したなどと勘違いをされてしまうからな。」


アレスは苦笑しながらホッドに念を押す。

「ノースの明け渡しのほうはすぐに頼むそ。援軍を送るにしても、そこでごねられては話にならないからな。」


ホッドはリーグへ指示をする。

「勝手に動いたのだから、しっかりと責任はとれるな? すぐに二千の兵を率いて、ノースに明け渡しを要求せよ。」


リーグは冷や汗を流しながらも頷いて、すぐに広間から退出していった。


ホッドは周囲の者に威厳のある声で伝える。

「決戦の時は近いだろう、今のうちにできる準備はすべてしておくのだ!」



周囲の者達が傅く中、アレス達は静かに大広間を退出していくのだった。



アレスはバッカスと共に大広間を退出した後に呟いた。

「あの錫杖はいったいなんだ? ホッドがあの光に包まれた瞬間に別人のようになっていた。」


バッカスが心配そうにアレスの右腕を見る。

「まさか……このようなことになってしまうとは、私がついていながら申し訳ありませぬ。」


アレスが静かに首を振った。

「お前のせいではない。俺が油断しすぎたのだ……まさか、あのような不思議な力を使われるとは思っていなかったからな。なんにせよ、まずは戻ってノースを手に入れるとしよう。」


アレスの腕に刻まれた文字は……彼の動向を見守るように怪しく輝くのだった。


 *


ホッドは青ざめた顔で私室に戻った。


――錫杖が私に理力を発現させた。


錫杖自身が強い意志を持っていることを、あの時に痛感させられたのだ。

そして、アレスと同様に自分も錫杖を裏切れば、あれに殺されるということがはっきりとわかった。


冷や汗をかいている彼を妻が出迎えた。


ホッドを見た彼女は、綺麗な翡翠色の目を曇らせる。

「ホッド様……お顔の色が悪いようですが、大丈夫でございますか? 侍女に暖かい茶を入れさせましたので、お飲みになってください。」


ホッドは暖かい飲み物を飲んで、少し気が楽になった。

「ロタ、いつもすまないな……そういえば、(クリーム)の様子はどうだ?」


ロタは優しげな顔でホッドに伝える。

「まだ八歳だというのに、貴方に似たのか……とても聡明な子です。勉学だけでなく芸術の才もありそうです。」


ホッドは穏やかな笑みを浮かべた。

「容姿は君に似ているだろう。月のように美しい白銀の髪に、理知的な目……きっと大きくなれば、誰もが振り向くような美女になるだろう。」


ロタはホッドに体を寄せて、優しくささやいた。

「あまりご無理をなさらないでください……貴方は王の重責を背負われておりますが、休息も必要でございましょう。」


ホッドは少し思案しながらロタに問いかける。

「ほどなくして……カイン公と戦いになるだろう。お前の実家(元サウスの領主)を取り潰したあの憎き相手だ。あいつを倒してサウスを開放してみせるからな。」


ロタは静かに首を振る。

「あれはお父様たちが悪かったのです……カイン様に非はありませんでした。むしろ、私の両親のせいで、貴方様に多大なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」


ホッドは静かに笑う。

「いや……そのおかげで単純な兄上と貴族達が失脚してくれたのだ。私が裏で手を引いているとも知らずに、彼らはよく踊ってくれたものだ。」


ロタは目を見開いてホッドから離れる。

「まさか……お父様たちを処刑させたのは!」


ホッドは心外だという顔をして首を振る。

「兄上の親衛隊を暴走させている間に、こっそりと義父上は助けようとしていたのだが……内通させていたものがしくじった為に、皆殺しにされてしまったのだ。こればかりは本当にすまなかった……私の手落ちだったことは認めよう。」


ロタは逡巡していたが、ホッドの手を両手で包んだ。

「正直にお話し頂けて良かったです。不慮の事故だったということが分かっただけで十分です。」


ホッドは窓の外を見て、血に染まったような赤色の夕焼けを眺めて思った。


――私の手は血にまみれてしまった。


王になるために色々な手段を講じた……他人にさせたとはいえ、多くの人の犠牲の上に今の自分がある。



ホッドの気持ちを察したのか、彼をやさしく抱きしめたロタの髪は、同じ夕日に照らされたのに美しく輝いている。


彼は愛する妻の髪を優しく撫でることで、自らの穢れを祓っているような気持ちになるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作を書いてみることにしました。

魔王軍の品質管理人

平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ