王妃の腕輪
私達がサウスに到着すると、カイン達をはじめとした家臣達が総出で出迎えてくれた。
馬車からユミルが顔を出すと、カインが深く礼をして挨拶をする。
「無事にサウスに辿り着かれましてなによりです。サウス総出で貴方を歓迎いたします。」
ユミルは鷹揚に頷くと、カインに笑みを浮かべた。
「そなたが付けてくれた護衛が優秀だったからな。そして、空を初めて飛んだが……あれほどに素晴らしい気持ちは初めてだった。」
そして、少し真面目な顔をして伝える。
「ニエルドとフレイを交えて一緒に話したいことがあるのだが……同席してくれるな?」
カインはフレイを一顧すると、静かに頷いた。
王の馬車が入門して領主の館へ向かっていく。
市場の民達は、王を一目見ようと沿道に群がった。
ユミルが民に手を振ると、彼らは感激のあまり叫びだした。
「ユミル王万歳!」
「王様の姿をこうしてまた見ることが出来るとは……なんと幸せなことだろうか。」
「アルテミスの太陽が来られるとは……サウスの未来は明るいだろう!」
ユミルはオウルに微笑を浮かべながら囁いた。
「もう少しサウスにも顔を出しておくべきだったな……これほど民達に歓待されるとは思っていなかった。」
オウルは穏やかな表情で民達を一顧して答えた。
「王はあの貴族達をよく従えて、善政を敷くように努力され続けてきました。サウスの民達にもそれが伝わっているのでしょう。」
さらに馬車が職人街を通って行く。
ユミルは店頭に並ぶ工芸品を見て目を細めた。
「ほう……以前に献上された品よりも、さらに芸術性が上がっているではないか。職人それぞれの良さがとても良く生かされているようだな。」
キリングがユミルにすまなさそうな顔をする。
「王の私室の工芸品も出来れば持っていきたかったのですが、何分時間がなかったもので……」
ユミルは優しげな顔でキリングに声をかける。
「工芸品よりも素晴らしい宝をすでに余は持ってきておる。」
キリングが不思議そうな顔をする。
ユミルはキリングを初めとした側近たちを見回して伝えた。
「お主らのように、最後まで誠実に使えてくれる家臣以上の宝はないのだよ。」
キリング達は嬉しそうに笑い、馬車の空気は穏やかな空気に包まれた。
*
領主の館につくと、カインとフレイ、そしてユミルとニエルドが応接室に入った。
ユミルが小箱をフレイに渡して静かに話した。
「これを受け取ってほしい。」
フレイが小箱を開けると、見事な意匠が施された銀色の腕輪が入っていた。
彼女が腕輪を手に取ると、腕輪が淡く光った。
フレイはユミルに問いかける。
「この腕輪はミスリルではないようですが……なぜ理力が働いているのですか?」
ニエルドがフレイに優しく話しかける。
「昔、私がウエスタンの伝承を教えたことがあったな。お前が憧れを抱いていたあれだ。」
彼女の目が見開かれた。
「まさか……メイガスの腕輪ですか! 現存するものが残っていたとは、知りませんでした。」
ユミルが少しだけ複雑な顔をして、腕輪を見ながら言った。
「ウエスタンの領主もまた、メイガスから腕輪を受け取っていたのだ。メイガスは彼のことを良き理解者だと思っていたのだろう。そして領主は理力の説明をすると共に、この腕輪を王へ献上した。」
そしてフレイを見ながら腕輪のことを思い起こす。
「メイガスが旅立った後だったせいか……その腕輪では、ミスリルのような理力は発現させられなかった。だが、この腕輪には素晴らしい特性が秘められていたのだ。」
――この腕輪は手に取った者の本質を発現させるのだ。
ニエルドが真面目な顔をしてフレイに伝える。
「アルテミスの王子の妻になるものは、厳重に目隠しをさせられた上で、この腕輪を手渡される。歴代の王がその時に発現した理力を見て、息子の妻に相応しいかどうかを決めてきたのだ。」
フレイはカインを見て、意地悪な笑みを浮かべた。
「カイン、私が腕輪に選ばれずに王妃に相応しくないと判断されたら……お前はどうする?」
カインは微笑を浮かべて答える。
「フレイは僕にとって最高の妻なんでね……腕輪に気に入られなくても、君を離すつもりはないけどね。」
フレイは満足げな顔をしてユミルに腕輪を返そうとした。
「カイン公もああ言っていおりますし、これは私には過分な品物でしょう。私は腕輪により王妃に選ばれるのは望みません。私の愛する稀代の英雄に選ばれた妻で十分なのでございます。」
その時、腕輪が黄金色の輝きを発した。
母に抱かれるようなとても優しい温もりの中、どこからか声がが聞こえてくる。
――新たなる王妃よ、貴女と共に私達は進みましょう。
フレイの両脇に、美しい金髪と優しい目をした双子の女性達が現れた。
ユミルとニエルドは思わず目を見張った。
なぜなら、彼らが最も愛する妻達がそこにいたからだ。
彼女らはフレイに微笑んだ後に何かを耳打ちする。
そして、ユミルとニエルドを優しく抱きしめた。
ユミルとニエルドが涙を流す中、静かに彼らに何かを伝える。
そして、カインの前に進み出て、深く礼をして消えていった。
光がフレイの腕に集まって消えていく……
彼女の腕には金色に変わったメイガスの腕輪が着けられていた。
カインは優しくフレイに問いかける。
「ご婦人達から何を伝えてもらったのかな?」
フレイは嬉しそうな顔をして答えた。
「実はな……貴方の子を宿しているそうだ。男の子だそうだぞ。」
カインは目を見張った……そして、フレイを優しく抱きしめた。
ユミルとニエルドはそんな二人を見ながら、顔を見合わせて苦笑する。
自分たちの妻から優しく告げられたからだ。
――若き王と王妃を支えてくださいね。そして貴方達の孫をしっかり頼みます。
ユミルは目を細めてニエルドに呟く。
「まさか本当に孫ができるとは……嬉しいものだな。」
ニエルドは静かに頷いて、幸せそうにしているカイン達を嬉しげな顔で見つめるのだった。
*
フレイがユミルに深く頭を下げた。
「腕輪を通じて、貴方がどれ程妻を愛していたのかを知りました。王の不貞は絶対に許されざること……ですが、あなたは覚えておいでですか?あの部屋に腕輪が置かれていたことを。」
ユミルは目を見開いた……そして、察した。
「確かに……小箱に入れられていたはずの腕輪が、気が付いたらスクルドの腕にはまっていた。それでは……あの時にいたのは本当にヒルデだったのか!」
ニエルドも目を見開いて……そして後悔した。
「スクルドは私を裏切ってはいなかった……ただ、腕輪に残されていた王妃様の心が王恋しさに、一時の逢瀬を求めてしまったというのか!」
フレイは首を振りながら腕輪を見つめる。
「愛の強さというのは、時に悲劇を呼ぶものなのでしょうか……伯母様も酷なことをなされたものだ。ですが、母上は今では伯母様を許しているそうです。そして王のことも。」
彼女は泣き崩れるニエルドを優しく抱きしめて告げる。
「母上はずっと貴方を愛していたし、死んだ後も貴方のことを心配し続けたそうです。色々とありましたが……私をここまで育ててくれたのは貴方に他なりませぬ、私の子供も立派に育つように助けて下さいますか?」
ニエルドは嗚咽を漏らしながら、フレイを抱きしめて言った。
「もちろんだとも……こんな私でよければ、是非ともそうさせてほしい。」
フレイは優しげな顔をした後、ユミルに話しかける。
「経緯はどうあれ、貴方のおかげで私はカインという素晴らしい夫を得ることができました。そして、貴方が確かに愛した者の娘として生まれたということになりますかね……娘として色々とわだかまりもありましたが、貴方が抱いた相手は確かに叔母様でもあったわけです。だから今となっては、あなたを恨むこともできますまい。あなたのことも親として敬ってよろしいでしょうか?」
ユミルは逡巡した後に、フレイに深く頭を下げた。
「余の過ちのために苦労を掛けてしまったのだ……今更許せというのは虫が良いとはわかっている。だが、父としてできる限りのことをさせて欲しい。」
フレイはお腹をさすりながら微笑して答える。
「王としてお力添えをしていただくのも嬉しいですが……そうですね、この子が生まれたら王道というものを教えてやって下さりませ。良き王子になれるようにしてやって欲しいのです。」
ユミルは嬉しそうに頷くとニエルドの手を取った。
「お互い、孫の為によき教育者となりたいものだな。」
ニエルドは嬉しそうに頷いた。
フレイの腕輪がそんな二人に微笑みかけるように、優しく金色に輝く。
カインはフレイの頭を撫でながら、穏やかな顔をしてフレイの父親達を見つめるのだった。