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セントラルの新王

王が広間から退出して私室に戻った頃、ホッド達は我に返った。


ホッドは大きくひび割れた広間の床を見て、身震いがした。

だが、錫杖が淡く光って彼を勇気づける。


彼は気を取りなおして兵士たちに命じた。

「何をしておるか! 父上をここに連れ戻すのだ。」


そして、貴族達へ指示をする。

「父上から王位を継がねばならぬ。禅譲の準備をしておくのだ。」


広間にいた者達があわただしく動く中、ホッドは王位を継いだ後に皆が自分に傅く姿を想像して、笑みを浮かべながら顎をさするのであった。



しばらくしてから、庭に出ていた貴族達が慌ただしく広間に駆け込んで来た。


ホッドは眉をひそめて貴族達へ問いかける。

「下民でもあるまいし、何を狼狽えている。王の前ではもっと節度を持って振る舞うべきだぞ?」


貴族が震える声で報告する。

「王が……王が……空を飛んで王宮を脱出されました。」


ホッドは呆気にとられた顔をした……だが、すぐに貴族達を叱咤する。

「父上を取り逃がして、そなたらはおめおめと私の前に何の手土産もなく帰っていたというのか……王の側近を捕らえよ! 彼らならば父上の居場所を知っているはずだ。」


貴族達が青ざめた顔で首を振る。

「それが……彼らも煙のように消えてしまい、どこに行ったか分からなくなりました。」


ホッドは怒気を帯びた声で貴族達を怒鳴りつける。

「一体貴様らは何をしていたのだ! それならば、側近の家族達をとらえればよいではないか。早々にとらえて人質にせよ。」


貴族の一人が気まずそうにホッドへ報告をする。

「それなのですが……ニエルド様が宮殿に到着した時に、すでに手が回されていたようです。カイン公への返礼のために、重臣の家族共々訪問するという名目で、先に出発させてしまったようです。本件は王の重臣が取り仕切っていたため、衛兵もすんなりと信じ切ってしまっていたようで……」


あまりの無能さに、ホッドは怒髪天を衝く。

「貴様らはどこまで間が抜けているのだ! まだ重臣達は遠くに行っていないはずなのだから、至急追っ手をサウスに放て。周辺を捜索させながら、急ぎサウス方面の道を封鎖するのだ。」


ホッドの怒りに合わせるように、錫杖が禍々しく輝く。


貴族達はその光に怯えるように、広間から飛び出すように逃げ出した。



それからしばらくすると、今度は急に宮殿近くが騒がしくなり始めた。


ホッドが訝しげな顔をして、周囲に居る者に問いかける。

「今度は一体何だというのだ……父上を連れ戻すことができたのか?」


周囲の者が状況の確認をしに、広間から出ようとした時、兵士達が駆け込んできた。

「大変です! 民達が暴動を起こして宮殿に迫っております。」


ホッドは驚愕して、彼らを問いただす。

「一体何をしたというのだ! 何故、民達が暴動を起こしたというのか?」


兵士に促されて、衛兵が震える声で仲間を指さして報告する。

「王がセントラルの広場で演説をされた後に、空へと飛び立って城壁を超えていきました。その際に……こやつらが王に向かって矢を射かけようと致しました。」


ホッドはあまりのことに身を震わせた。

「そなたらは……王に刃を向けたというのか! なんと恐れ多いことを……この者達の首を即刻はねて、民達の前に晒すのだ。」


王に射掛けようとした衛兵達が必死に命乞いをするが、ホッドは静かに言い放った。

「愚かな……民の前で私の顔に泥を塗ったのだぞ? 下賤なお前らが私の名誉をけがしたのだ……死罪すら生ぬるい。お前の一族全てを処刑してやるから、死後の世界で家族共々仲良く暮らすがよい。」


ホッドは泣き叫ぶ彼らのことを一瞥した後、周囲の者に告げる。

「そなたらが何の役にも立たないことがよく分かった。かくなる上は、私が錫杖の理力を発現して、愚かな民へ誰が王なのかを示すしかない。」


錫杖が鈍く輝いて威圧感を放つ。

その場にいたものは一歩下がって、ホッドのために道を開けた。


ホッドは自分のために作られた道を悠然と進んでいく。

貴族や兵士たちはホッドの後に、従順に付いて行くのだった。


 *


王宮の門前では、民達が怒りの声を上げ続けていた。

「王を弑逆しようとした暴君は許せぬ!」

「王は申された、カイン公こそが正統な後継者だと。」

「セントラルに秩序と正義をもたらすのだ!」


衛兵が必死で彼らを抑え込もうとするが、彼らの勢いは止まらない。

民達が門を押し破ろうとした時、門が内側から開かれた。


一気に民たちが王宮の中に入ろうとしたところで、眩い光が発せられた。



あまりの眩しさと強烈な威圧感に、皆がひれ伏す。



――そして、人々は見たのだ……


光り輝く錫杖と共に威風堂々たる表情で見下ろしている王の姿を。



ホッドは、錫杖から与えられる万能感を存分に感じながら、威厳のある声で語りかけた。

「セントラルの民よ……父上は、この混迷した情勢から逃げ出したのだ。不貞の末にこの世に生を受けた穢れた娘のフレイは、その生まれに相応しい卑怯なる策謀をもって私を嵌めようとした。」


王を射殺しようとした衛兵達の首が民たちの前に転がされ、民達が一歩後ろに下がった。


ホッドはさらに言葉を続ける。

「その者達は王を殺害するふりをして、私を陥れようとしたのだ。実際に王は矢で撃たれなかったであろう?」


民達は確かにそうだと考え始めた。

石を投げつけると、彼らは逃げるように王宮へ走ったのを皆見ていたからだ。


ホッドは笑みを浮かべて錫杖の理力を発現させる。

「これが何か、わかるな? 王の錫杖が私を選んだということは、王の資質があると認められたということだ。だが……父上は、不義の子が今になって可愛くなった。そして、フレイも自分の夫を王にするという野望を叶えるために、敢えてこのような回りくどい手段で私を嵌めようとしたのだ。」


錫杖の理力が発現していることに、民達は動揺しながらホッドの話に耳を傾けた。


ホッドは、涙を流しながら話しかける。

「そして、兄上とウエスタンの領主もこの陰謀に加担していたのだ。先ほど、兄上に使い捨てにされた者の使者が、私の元へ息も絶え絶えで辿り着いた。なんでも、ウエスタンにたどり着いたは良いが……どうも様子がおかしく、サウスの将軍がすでにそこにいたそうだ。」


民達は新たな事実に驚き、目を見張った。


ホッドは、哀しそうに首を振る。

「何も知らずに兄上を信じて付いていった貴族と兵たちは、兄上を必死で諫めた。だが、彼らの思いをあざ笑うがごとく、ウエスタンとサウスの将軍は、卑怯な騙し討ちを行ったのだ。そんな状況でも彼らは必死に兄上を説得しようとしたが……兄上は自分の親衛隊を醜い化け物に変えてまで、事実を隠蔽しようとし始めた。彼らはせめて真の忠誠を示すため、死に物狂いで抵抗をして、自分のもとへ駆けつけてくれたという次第だ。」


民達はもはや何を信じて良いのかという表情で、ホッドの手に握られた錫杖を見つめた。


錫杖がその思いに応えるように激しく輝く。


ホッドは錫杖が何を言わせたいのかを察して、皆に向かって訴えかけた。

「自分は彼らの無念を晴らすためにも、先代の後を継ぎ、王となる。そう……余は真の王たる為に、正義を貫かなければならぬ。たとえそれが、先王である父や兄であってもだ……まして、穢れた不義の娘とその夫は卑怯極まる。なおさら許しておくことはできぬのだ!」


貴族達と兵士達が、ホッドに傅いて叫んだ。

「我ら新しい王に忠節を誓い、身命を賭して敵を殲滅いたします。」


その瞬間、錫杖がさらに眩しく輝き……

民達はホッドに平伏させられた。


ホッドは満足げに頷くと、王宮に戻っていく。


民達は平伏しながらも違和感を感じていた。



――ユミル様の理力は、王が錫杖を通じて我々に語り掛けるようだった。



――だが、今のは錫杖がホッド様を通じて我々に語り掛けてはいなかったか?



民達の不安をよそに、門は閉じられていく。



――我らの未来も門のように閉じられていくのではないか……



そんな予感を民達は、感じずにはいられなかったのだった。


 *


それから一週間後、バルデルから離反した壮年の貴族達がセントラルに帰還した。


食料が途中で尽きてしまったせいか、彼らは少しやつれて痩せていた。


ホッドは自ら迎え出て、彼らの手を取る。


最悪、殺されるかもしれないと思っていた彼らは、新王の慈悲深さに感謝すると共に永遠の忠節を誓った。



だが、それから二日後……


ウエスタンで治療を受けた兵士と、死化粧を施された遺体がセントラルの門前に辿り着いた。


彼らは確かに傷を負ってはいたが、先日戻った貴族や兵達に比べて明らかに血色がよく、十分な食事をとっているようだ。


門番は彼らから仔細を聞き、その内容に驚愕して、すぐにホッドに報告するのだった。


 *


ホッドはその頃、ウエスタンから帰還した貴族達から何が起こっていたのかを聞いていた。


貴族は卑屈に笑いながら、バルデルへの不満を述べ続けている。

「バルデル様は、部下を人間として扱っておりませんでした。ナインソードが角が生えた異形の化物となって暴走した後、あの方は卑怯にも私共にあの化け物をけしかけたのです。」


ホッドは憐れみを込めた目で話に付き合う。

「ひどい目にあったようだな……ウエスタンを征伐する際は先陣を務めてもらうので、存分に手柄を立てるがよい。」


貴族がいやらしい笑みを浮かべながら、ホッドに傅いた。


その時、ホッドの側近が広間に入ってきて彼に耳打ちした。


ホッドは少し思案した後に、冷徹な目で側近に指示をする。

「騒乱罪でその者達を捕らえるのだ。」


側近は頷くと、すぐに広間から退出した。


ホッドは優しげな表情を浮かべて、傅いている壮年の貴族に近づいて耳打ちをした。

「面白い話を聞いたのだが……兄上はお前たちが見捨てた仲間を治療したそうだ。そして、十分な食料を渡してセントラルに帰したそうだ。さらに、死者には死化粧までして丁重に棺桶に入れたみたいだな。 お前の報告とはずいぶんと違うな?」


壮年の貴族は青ざめた顔でかぶりを振る。

「そんな、まさか……私はホッド王を騙すつもりは全くありません……これは何かの陰謀なのです。」


ホッドは満足げに頷いて、周囲のものに告げる。

「ウエスタンがまた卑怯な陰謀をわれらに仕掛けてきた! 余の為に忠誠を誓った者たちを汚そうとしたのだ……そのような陰謀に加担したものは絶対に許すことはできぬ。誰か、そのものを誅殺する勇気のある者はおるか?」


周りが戸惑う中、ホッドは壮年の貴族に目で促す。


――口封じをする機会を与えてやっているのだ……


壮年の貴族が傅きながら叫んだ。

「我らの忠節を汚すものを許すわけには参りませぬ。身内の恥さらし者の成敗を、どうか我らにおまかせください!」


ホッドは慈悲深げな顔をして、静かに頷く。

「貴殿らの忠節を疑ってはおらぬが、そういった事情であれば任せるしかあるまい。他の者もそれで異存はないであろうか?」


広間にいるものは皆、深く頭を下げてホッドの意思を肯定した。



哀れな帰還者達は、何も話すことも許されず刑場の露と消えた……


だが、ホッドも壮年の貴族たちも重要なことを忘れていた。



――彼らが途中で立ち寄った村々で、真実を伝えていたことを……


そして、彼らの無事を祈り、その帰りを心待ちにしていた者のことを……



真実を知る人々は、ホッドのことを陰でこう呼び始めていた。



――錫杖のような冷たい心を持つ暴君と……

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魔王軍の品質管理人

平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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