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ユミル王との密会

カイン達との話し合いが終わった後、私と桔梗、そしてニエルドは飛蝙蝠でセントラルへと飛び立った。


ニエルドの隠れ場所で休憩しながら飛び続ること三日目の夜、私達はニエルドの頼みで、セントラル付近の影の者の隠れ家に降り立った。



ニエルドが合図をすると、影の者達が音もなく現れた。


彼らは興味深そうに私達のマントを見ながら、報告を始める。

「バルデル様から離反した者達は、後一週間ほどでセントラルに到着するでしょう。」


ニエルドは静かに頷くと、桔梗に問いかけた。

「さて、昔の忍び頭であればこのような時に、どうやって要人を守りますかな?」


桔梗は少し思案する……そして、彼の問いに答えた。

「ホッド様の性格をお聞きしておりましたが、あの方は直接、王を弑逆されるような方ではないでしょう。その為、第一に毒殺を警戒するのが肝要です。私は毒への耐性が強いため、王の親衛隊に就けた時には、毒見の役目を仕ります。」


ニエルドと影の者たちが納得した顔で頷く。


桔梗はニエルドに確認をする。

「ユミル王に王妃様はいらっしゃるのですか?」


彼は一瞬複雑な表情をするが、すぐに表情を戻して静かに答えた。

「ヒルデ様というとても聡明で美しい王妃がいらっしゃった。身罷られてしまったのが惜しまれる……あの方がいらっしゃれば、今のようなアルテミスの混迷は無かっただろう。」


桔梗はニエルドの一瞬の表情から、彼が何に苦しんでいるかを察して、思わず彼の背中を撫でてしまった。


ニエルドがハッとした顔で、影の者達を見回した。

彼らにしては珍しく、穏やかな顔をしながら深く頷いていた。


影の者達は、桔梗に他の側近のことを報告し始める。

「現在、ユミル王に完全に与しているのは宰相のオウル様、そして執務長のキリング様ぐらいです。後はホッド様の即位を望んでおられます。また、軍はトール様をサウスに賜られてからは、殆どがホッド様の手のかかった貴族の部隊長に指揮されるようになっております。」


桔梗は微笑して、影の者達に頭を下げる。

「良く分かりました。それならば、宰相様と執務長様には護衛を付けておいたほうが良さそうですね。何か異変があったら、笛のようなもので危急を知らせるようにすれば良いでしょう。それと、王はセントラルから脱出されることに抵抗はなさそうでしょうか?」


ニエルドが難しい顔をして考え込む。

「そればかりは、ユミル王次第と考えられます。あとは、あの錫杖が脱出の際にどのように暴走するかも未知数のため、それについても懸念していますね。」



皆が錫杖のことで思い悩んだ表情をする中、私は笑みを浮かべて語り掛ける。

「そんな物騒な代物はセントラルに置いていけば良いのだ。別にあれが無くても、ユミル様は王には変わらぬのだからな。」


ニエルド達が驚く中、私はさらに言葉をつづけた。

「私は王の腕輪の理力を見て感じたが、元々あのような錫杖がなくともユミル様は皆から王として認められていたのだろう? だったら、あのような禍根を残すものを無理に持ち帰る必要などないのだ。」


影の者が私に問いかける。

「ですが……もしホッド様が錫杖の理力を発現されたら、どうされるおつもりですか?」


私は微笑しながら、自信を込めてその問に答えた。

「その時は、同じ王同士で戦えばよいではないか。もともと錫杖があろうが無かろうが、ホッド様は王を自称なさるだろう。だが、王女であるフレイ様の夫であるカイン公は、ユミル王から禅譲を受けて正当に王位を継ぐのだ。民達から見て、二人の王のどちらに大義があるのかは明白であろう。」


ニエルドや影の者達が、彼らにしては珍しく大きく笑った。


一人の影の者が私に穏やかな声で伝える。

「王の錫杖を、ただの棒の様に考えるお人に初めて出会いました。確かに我らは錫杖ではなく王にお仕えする身です……大事なことを思い出させて頂いて、ありがとうございます。」


私は折角なので、ニエルドには話していた王宮からの脱出方法について、影の者たちに聞かせることにした。


彼らはその内容を聞くと、興奮した顔でニエルドに話しかける。

「これは、セントラルの歴史に残る脱出劇になりますな。後世の吟遊詩人あたりが歌にでもしそうな、途方もない手段です。」


ニエルドは微笑して、彼らに告げる。

「そういうことで、そなたらにはしっかりと準備をしてもらいたい……王宮内の手の者には私からしっかり動くように手配をしておこう。」


影の者たちは静かに頷くと、音もなく姿を消していった。


ニエルドが穏やかな顔をして私達に話しかける。

「普段は闇に徹するあの者達が、童心に返ったかのような顔で動くとは……ガイ殿とキキョウ殿は不思議な魅力をお持ちのようですな。それでは、明日は馬車で行かねばならぬので、少し休むと致しましょう。」



月が穏やかな光で私達を照らしている。

それは、影の者達が錫杖という呪縛から解き放たれたことに対する、静かな喜びを示しているようだった。


 *


翌日、私達は影の者達が用意した馬車に乗ってセントラルの門に到着した。


門前は厳戒態勢となっており、兵士たちの表情も非常に硬い。



ニエルドは穏やかな笑みを浮かべながら、門を守る兵士へ、サウスの重鎮が使者としてセントラルへ来たことを伝える。


彼らは訝しげな顔をしていたが、ニエルドがまだ王の側近だと思っていた為に、すんなりと私達を通すのだった。



私は馬車の中で、ニエルドに耳打ちをする。

「王がサウスに伝えられた内容は、ホッド様達にまだ知られていないのですか?」


ニエルドは静かに頷くと、小声で答える。

「迂闊に知られると王の身にも危険が及ぶため、ウエスタンの調略が終わってからにするつもりでした。まさかこんなにも早く、ウエスタンがサウスになびくとは誰も想像できなかったので……」


それを聞いた私は、ニエルドに献策をすることにした。

「それならば、サウスから内密に報告をすることがあるということで、ユミル王と我々のみで話すことは可能でしょうか? ニエルド様が直接来られたということで、尋問官であるフレイ様からの情報を王にお渡ししたいという形にすれば、ホッド様や貴族達も納得なさると思います。」


ニエルドは深く頷いて、御者を務める影の者に伝えた。

「我々は特務により、王宮に帰還したことにする。例の札は持っているな?」


影の者は静かに頷くと、王宮の入口に馬車を停めた。


そして、衛兵に木札を見せて何かのやり取りをする。



衛兵が下がっていくと、ニエルドが私達を案内し始めた。


彼に従って王宮の庭園の片隅のほうに進んでいくと、花壇の隅に何かを嵌め込む穴があった。


ニエルドがその窪みに腕輪を嵌めると、近くの壁が静かに動いて入口が現れた。


私達は彼に続いて中に入ると、壁がまた静かに動いて入口が閉じられた。


暗くなった壁の中で、ニエルドが私達に静かに告げる。

「ここは歴代の王が、お忍びで密会するために使われる部屋へ通じている道なのです。」


ニエルドは松明を点けると、再び私たちを案内し始めた。


少しかび臭いが、立派なつくりの石造りの迷路のような通路を抜けると、長い螺旋階段に辿り着く。

階段を登りきると、立派な紋章が描かれた扉が見えた。


ニエルドは、扉を三回ノックして静かに告げる。

「ニエルドでございます……ガイ殿とキキョウ殿と共に、ウエスタンの調略についてのご報告に参りました。」


扉の向こうから威厳がある声が返ってきた。

「大儀であった……入るがよい。」


ニエルドが扉に腕輪を嵌めると、扉が静かに開いて光が通路に差し込んでくる。


開かれた扉の向こうには、着流しを着たユミルが座椅子に悠然と座っていた。


私と桔梗がユミルに傅くと、彼は満足そうな笑みを浮かべて問いかけた。

「ガイとキキョウよ、セントラルへよくぞ馳せ参じた。お主らをセントラルに派遣したということは、カイン公はウエスタンの調略を行う気になったと考えて良いのだな?」


ニエルドが静かに首を振る。

「王よ……調略は既に終わっております。」


ユミルが不思議そうな顔をして、ニエルドに問いかける。

「ニエルドよ……何を申しておるのだ? お前がセントラルを立ってから、まだ三週間程度しか経っていないではないか。どんなに早く進軍したとしても、今時分にサウスの軍がウエスタンへ到着するのが関の山だ。」


ニエルドが私の方を見て、王の問いかけに答えるように促した。


私は真面目な顔をしながら、静かな声でユミルへ伝える。

「ウエスタンはすでにカイン公の傘下に加わりました。そしてバルデルとナインソード、そしてあの方から離反しなかった五百の兵につきましては、全てクロード様の臣下になりました。」


ユミルは驚きに目を見開きながら、ニエルドを見る。


ニエルドは深く頷いて、私の話に偽りが無いことを示すのだった。



私達はユミルへ、飛蝙蝠でウエスタンに向かったことや、ジャンヌの祝福、そしてバルデルとナインソードとの立ち合いについて報告した。


 *


ユミルは私たちの報告を聞いて感嘆した。

「なんという恐ろしい武略と知略だろうか。さらに超越者ジャンヌの祝福という奇跡まで引き起こしてしまうとは……ニエルドが同行していなければ、到底信じることができなかった話だ。」


そして、私と桔梗に深く頭を下げた。

「バルデルをよく調略してくれた……もう二度と生きて会うことは出来ぬと諦めておったわ。それにあの不肖の息子の心も救ってくれたこと、本当に感謝している。」


私はユミルへ傅きながら、穏やかな声でバルデルのことを伝えた。

「バルデル様は、最後まで周囲のご期待に添えるように邁進しておられました。そしてナインソード達の忠節も紛れもない真実でございます。ですが……壮年の貴族たちやミスリルの武具に、その気持ちを歪められてしまったのでしょう。それらが無くなった今、あの方達は憑き物が落ちたように、本来の前向きさで未来へ向かって歩こうとされています。」


ニエルドが思い出したように、ユミルへ一通の手紙を手渡した。

「王よ、バルデル様からの手紙です。」


ユミルは目を通した瞬間、涙を流した。

手紙にはただ、一文のみ書かれていたのだ。


――父上……ウエスタンで、デボラとあなたの孫と一緒にお待ちしております。



ユミルがニエルドに問いかける。

「カイン公は王位を継ぐ気になったのか?」


ニエルドは静かに頷いた。

「カイン公は王になられるのに条件を出されました。」


ユミルは不思議そうな顔をしてニエルドに再び問いかける。

「彼は何を求めたのか?」


ニエルドは微笑してその問いに答えた。

「一つは王から禅譲という形式で王位を継ぐということ。そしてもう一つは王位を継ぐ前に、王とフレイ様が和解なされることです。」


ユミルは感動して、再び涙を流した。

「カイン公がそこまで気にかけてくれるとはな……何としても、生きてサウスに行かねばならぬ。」


ニエルドが穏やかな声で王に告げる。

「カイン公は王の身を案じられて、ガイ殿とキキョウ殿を護衛につけたいと申されております。私としてはセントラルにいる間は、王の親衛隊としてお傍に置きたいのですが、よろしいでしょうか?」


ユミルは鷹揚にうなずいた。

「この二人が護衛となるならば、私も安心出来る。喜んでそなたの進言を受け入れよう。」



その時、慌ただしくこちらへ駆け寄ってくる足音が聞こえた。

私たちが警戒する中、扉が丁寧に叩かれる。


そして、生真面目そうな声が扉の向こうから発せられた。

「執務長のキリングでございます。王よ、バルデル様と共にウエスタンに向かった貴族からの使者が参られました。」


ユミルは静かに立ち上がると、私達に命じた。

「ホッド達に、頼もしい近衛の者を教える良い機会になるだろう……ついてくるがよい。」



ニエルドが扉を開けると、キリングが恭しくユミルに礼をする。


それと同時に私達の存在に気付いて、王に問いかけた。

「王よ……何故サウスの重鎮がこのようなところにおられるのでしょうか?」


ユミルは笑みを浮かべながらキリングへ伝える。

「カイン公が私の身を案じて護衛につけてくれたのだ。セントラルにいる間は、近衛の者として護ってくれるそうだ。」


キリングは納得した顔で私達に深く礼をした。

「王をよろしくお頼み申し上げます。」



私と桔梗は彼に頷くと、王とキリングの後に続いていく。



薄暗い迷路のような通路は、この後に起こる政局の混迷を示すかのように、私達を広間へと送り出すのだった。

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魔王軍の品質管理人

平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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