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第二十三話 私の獲物に手を出すのは百万年早い……ですわっ!

 テーブルには鉄板料理やらスイーツやらが所狭しと並び、勉強会の『べ』の字も感じさせない雰囲気の今。香ばしく焼きあがった牛肉を口いっぱいに頬張る志賀郷を俺は横目でぼんやりと見ていた。


 それにしても美味そうに食べるよなあ。育ちの良いお嬢様というだけあってナイフとフォークの使い方は完璧だし、食に対する敬意を存分に感じる。この点については俺も見習うべきだろう。


「……そんなじっと見つめられても私のお肉はあげませんわよ」

「いや、別に食いたいわけじゃないって」


 志賀郷は牛肉を守るように両手で覆いながらこちらを睨んでくる。まるで小動物の威嚇のような態度だな。面白そうなので少しからかってみようと思い、ガードされた牛肉へ手を伸ばすと志賀郷は「シャーッ!」と謎の鳴き声を発してきた。なにこの可愛い生き物。


「私の獲物に手を出すのは百万年早いですわ」

「色々スケールでかすぎだろ。それサ○ゼの格安ステーキだぞ」


 なんてやりとりが繰り広げられた訳だが……。



 ◆



 五分後。

 志賀郷が必死に守っていたはずの鉄板料理が何故か俺の手元にやって来ていた。しかし牛肉は既に跡形もなく消えていた。残っているのは緑色の粒が少々、角切りにされた橙色の物体が二つ。


「……お前の獲物に手を出すのはまだ早かったんじゃないのか?」

「それとこれとは別ですわ」


 完全な手のひら返しだった。どうやら志賀郷はグリンピースと人参が嫌いなようで、俺に後始末をしてくれと頼んできたのだ。まったく、先程の食への敬意はどこに行ったんだか。残された野菜達が泣いてしまうぞ。

 俺はやれやれと溜め息をつきながら皿の上に乗っていたフォークを手に取って、野菜の山を口に運ぶ。味は普通に美味かった。


 一口、二口と食べたところで、テーブルを挟んだ先に座る四谷と目が合った。彼女は不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「さーくんと咲月ちゃんって……。間接キスとか普通にしちゃうくらいの関係だったの……?」

「…………え?」


 四谷は一体何を言っているんだ……? いきなり間接キスなんて突拍子もないことを……なんて思ったのだが、自分の右手に握るフォークを見た瞬間、全身に電流が走るような感覚に陥った。


 このフォーク……志賀郷が使ってたやつじゃねーか!!


 全く気付かなかったが、俺は志賀郷と間接キスをしてしまったのだ。なんてことだ……。学園一とも噂される美少女お嬢様の唇に触れていた物が俺の口に……って考えたら余計に恥ずかしくなってきたぞ。


「な、なななな! 違いますっ! 狭山くんはただのお隣さんですし、キ、キキキキスだなんて絶対にしませんわっ!」


 また、志賀郷も指摘されるまで気付いていなかったのか、俺以上に動揺していた。そういえば志賀郷ってキスとかそっち系の耐性がほとんど無かったんだよな。当事者ではないのにこの慌てっぷりだし。


「わ、悪かったな志賀郷。嫌な思いさせて」

「いえ、狭山くんが謝る必要はありませんわ。こちらこそ汚い物を渡してしまって申し訳ないです……」

「いやいや、志賀郷の口付けフォークなんて価値が黄金並だろ。俺なんかが手にしてはいけない代物だ」


 俺は一体何を言っているんだ……? 志賀郷の動揺に釣られたのか、自分でもよく分からない発言をしてるぞ。


「さ、狭山くん……! いきなりなんて事言うんですかっ!」


 志賀郷は顔を真っ赤にして俯いてしまった。どうやら怒ってるみたいだな。突然セクハラまがいの発言をしたから仕方ないと思うけど。


 自身を反省しつつ、この重たい空気をどう打破しようか模索していると、またしても四谷と目が合った。今度は気だるそうな顔でこちらを見ていた。


「……なんだよ」

「いや別に……。お二人のアツアツぶりを見せられると虚しくなるなあって思っただけだよ」

「なっ…………はぁ!?」


 くそぅ、この成立しない会話のドッジボールはなんなんだ。険悪なムードだというのに四谷は火に油を注ぐつもりかよ。


 ドンッ


 刹那、俺の隣の奴(志賀郷)は頭をテーブルに打ち付けていた。八方女神のお嬢様もとうとう怒り心頭か……?


「あらら、咲月ちゃんったら照れ過ぎてオーバーヒートしちゃったのかな」

「だからお前は何を言ってるんだ」


 もしかしたら俺がこの空気を理解していないのだろうか。混乱が混乱を呼び、思考回路は既にパンク寸前だ。



 それから暫くして志賀郷が正気を取り戻して事なきを得たのだが、本題である勉強会は結局ほとんどできなかったのだった。

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