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比良坂でランデヴー

作者: 雪河馬

どうしてこの世から争いがなくならないのだろう。

どうして人は殺し合うのだろう。


そんなことを考えてたら、奈美が僕の顔を心配そうに覗き込んでいた。


「どうしたの、そんな深刻そうな顔をして。」

「ごめん、ちょっと考えごとをしていた。」


奈美は少し拗ねたように頬を膨らませた。

「もう、めったに会えないんだから。私とのデートに集中してよね」

「ごめん、今日はどこへ行く。」


奈美は少し考えてから僕の腕に自分の腕を絡めた。


「私、東の海岸に行ってみたいな。今まで行ったことないし。」


僕たちは東に向かって歩き始める。


海岸は穏やかに凪いで、波が穏やかに打ち寄せて奈美の素足を濡らす。

「こんな素敵なところならもっと早く来ておけば良かったね。」

裾を少し持ち上げて、波打ち際で遊ぶ奈美を抱きしめてキスしたいと思った。


「奈美、愛している。」

「私も愛している。永遠に愛しているわ。」


二人だけの楽しい時間はあっという間に終わろうとしていた。

奈美の表情が曇る。

僕の表情も同じだろう。


「もういかなくっちゃ。」

奈美は泣きそうな顔で僕に別れを告げた。


僕は奈美の手を強く握った。

奈美も僕の手を強く握り返す。


「また会えるよね。」

奈美の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「また会えるさ。」

僕は奈美を抱き寄せる。


「いつ会える?」

奈美は僕の腕の中で、震えていた。


「すぐ、すぐ会えるさ。」

僕は震える奈美の髪を撫でる。


突然、奈美は僕の手を振り払った。

「嘘、嘘だよ。もうあえないんだ。これっきり会えないんだよ。」


「そんなことない。絶対、絶対会えるさ。」

そう答える僕の声は震えていた。


明け告げ鳥が鳴いた。

東の空が少しずつ茜色に染まる。

もうすぐ別れの朝が訪れる。


奈美は涙を手で拭きながら手を振る。

「ごめんね、困らせちゃって。じゃあ、私行くね。今日は楽しかった。ありがとう。」

くるりと身を翻し、走り出す。


いいのか?

本当にこのまま別れていいのか。

次はないかもしれないんだぞ。


・・・・・・・・・・。


いや、良くない。


僕は全力で追いかけ追いつき、背後から奈美を抱きしめた。

「だめだ。君を行かせない。」


奈美は悲しそうな表情を浮かべて手を振り払おうとする。

「だめだよ、私、死んでるんだよ。陽が昇ったら私の醜い姿が見られちゃう。」


朝陽の一条の光が奈美を照らし、朽ちかけた奈美の姿があらわになる。


「見ないで・・・。あなたには絶対見られたくなかった・・・・。」


奈美は顔を覆いしゃがみこんだ。


僕は決心した。

二度と彼女から逃げない。

僕は奈美を抱き起こす。


「行こう、奈美。一緒に黄泉比良坂を越えよう。」


奈美は信じられないという顔で呆然とする。


「だめだよ、那岐くん。黄泉の国に足を踏み入れたら、那岐くんは神じゃなくなっちゃうよ。」


僕は笑った。


「ああ、そうだね。でも、君のいないこの世でひとり神として生きたって仕方ないさ。」

「でも、那岐くんがいなくなったら世界が、人が生まれない。」

「僕は人を生み、君は人を冥府へと導く。その(ことわり)を僕たちは繰り返してきた。でも、実際は違った。僕は人を苦しめるために生み、君は人を救うために殺す。」


「那岐くん・・・・・。」


「すべては僕が悪いんだろう。僕の未練や悲しみが愛しい我が子たちを争わせ、苦しめてきた。覚えているかい。僕たちの世界の末路を。」


「私たちの世界はいつも悲劇的な結末を迎える。でも、今度は違うかもしれない。」


「いや、同じだろう。僕たち神は自分に似せて人を作るのだから。愛を失った神は人に愛を与えられない。」


「本当にいいの。あなたは世界の創造よりも私を選ぶと言っているのよ。」


「僕には君が一番大切だ。この世の何よりもね。それに気づくのに随分回り道をしちゃったよ。」


僕たちは手を取り、ふたりで坂を越えた。

一歩進むたびに奈美は美しさを取り戻し、逆に僕は光輪を失っていく。


世界は創造されず、人は生まれないかもしれない。

しかし僕は楽観的に考えている。


僕は奈美の頬に口づけをした。


どう考えてもホラーじゃないのですが、かといってハイファンタジーでもローファンタジーでもなく。


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