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方舟
渋谷で会った少女は、魚を孕んでいた。
ブレザーを着ていたが、其れは薄汚れていた。
ちなみに、少女の側から私を呼び止めたのだ。
凝った眼で、私を見、以下の様な妄想を話した。
―私は此処で船を待っているの。謂わゆる方舟ね。おじさま、貴方が善い動物かは私には分かりませんけれど、船が来たら乗り遅れませんようにね。
―おなかには魚が居るの。此のおさかなを、方舟に乗せてあげなくては。其れが私のいのちがけの使命なんです。
カットソーを捲ると、たしかに魚影が透けて見えたのだ。それは白い衣用繊維を透過したのはもちろん、彼女の白皙の胴までを濾す様だった。
うつくしい少女ではあったが、赤い脣のまわりに繊毛があり、其れがキラキラと唾液で光っていた。
私は何榑と行き詰まり、自殺を考えていたくらいだったから、少女と一緒に方舟を待つ事にした。