少女の首
少女が、死んでいた。
以上でも以下でもない。唯の事実であり、譬えではない。
然も、首を斬られていた。
細っそりした胴体からくびき離れた梟首。
其れは、土にまぶれ、ゴロリと死臭を烟らせていた。
彼女れはうつくしい面貌をしてい、長い髪が、碧い植物や蒼い水の流れに見えた。
つまり宝石に似た頭部だった。
苺の脣を飾っていたけれど、あえかな百合色のまぶたは無惨。
黒糸で縫い綴じられてい、二度と開きそうにはない。黒い糸は、絹糸であろうか。艶をはらみ、なにやら呪術性と言うか、儀式的採美の手管が感ぜられた。
むごたらしくも、儚い『美』を私は感覚した。在るまじきこと、あろう事か。
―無論、無論。夢のはなしである。
―だから。だから。だから、だから。
―此の様なことに成るはずがないのだ。
解どけてゆく幻夢とともに、凝結してくる物質界のベッド。即物的な皮膚感覚、繊維の凹凸を私の脚はなぞる。
結ばれてゆく室内風景。結ばれてゆく私の顔の皮膚の表在組織、其れからそこに触れて離れる空気の粒子。
眼を開けると、座卓のグリーンが結ばれた。其れから机上のオレンジはマグカップ。むかし聴いていた歌ではないが、琥珀色の飲み物が其の内側に横たわったまんまだろう。私が昨夜、飲みさしにしたコーヒーが枝折の様に所在しているはずだ。
―其れから、其れから。
―次にはフローリング床の茶色が結ばれた。結ばれた上には切株が結像したのだ。
起き抜けの私の目には、あまりにも硬い物体だった。視神経に異和の感触をあたえた。
其れは人間の切株だった。
端的に言えば、夢で見た少女の骸だった。圧倒的死臭をはなっていた。
在るまじきもの、ありえない物だった。
斬首の少女が、ゴロリと切株の様に、死している。
其れは赤い、あかすぎる赤い朱線を引く。引かれた線は。閉ざした綴じた玄関ドアの向こうまで、廃線路の錆びみたいに続いていそうだった。
轢かれたネコの様にして、小振りな玄関マットもずくりと濡れて赤い。―私の、てのひらも、其の、マット、そっくりに。―濡れていた。
ドアの向こう側に赤いサイレンがけたたましく鳴いている。
私がまぶたを綴じると、
目裏の血溜まりで。
首だけの少女が微笑った。
破顔った。
咲った。
花のよう、に、嗤った。