キリコ
キリコの名画、『通りの憂愁と神秘』には、逆光のために形象のいっさいを真っ黒に塗り潰された少女が現前している。
あの少女が怕い。―、しかし怕いという字は、どうしてこう『こわい』のだろう。心に白と書いて、こわい。色彩を欠き落とす瞬間をとらえた語彙と言うわけであろうか。唸らざるを得ないな。
其れは蛇足だが。
白であれ黒であれ。
一色に染まってしまった存在体と言うのは、例えば理神の神への其れめいた畏怖心を惹起するに相違ない。
そんな事を考えながら、私は廃屋のそばを歩んだ。なにを為るわけでもない。ただ歩んだ。歩んでいた。ひねもす数字をいじくっていると、生計とは言え、イヤになるのだ。
アタマを空っぽにする為、私は淋しい通りを選んで歩く。
丁度。『通りの憂愁と神秘』という画題におあつらえ向きの『通り』ではある―、と惟うと、少し可笑しい。実際、しばらく振りで破顔ったかもしれない。
そう思惟し、顔を確かめようと破れ屋のくすんだ窓ガラスを鏡にする。
そうしたら、向こうから覗く顔があった。
其れは少女の顔だったが、非常に奇妙な形態をしていた。
族種としては、其れは人間なのか、果たして。
真っ黒に塗り潰されたかの闇に沈む相貌。
其処には在るべき眼球が無くて、ただ皮膚がのっぺり眼窩を塞いでいた―、
そうして、脣と言えない様な暗黒にて、ひたひたと破顔っていたのだ。
私は嘔吐した。
地肌に滑るその吐瀉物は、まるで人の臓器が濾したものでは無い様に、白一色にかがやいていた。