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保険証と哄笑発作
保険証を財布から取り出すと、刻まれているのは私の名前ではない。
―何処かで取り違えたのか。
慌てながら触れてみた口元には髭があり、女の私の物ではなかった。
鏡を見てみる。
知らない男が笑っている―
、獣の様に。
狂気は此の様にやって来るのだろうか―
、だが。
だけれど、おそろしさを包み隠して。
押っ取りで靴を履いて外に出てみる。
何かを篩い落とす様に肉体を動かす私。
其の私を裏切る様に靴は私の物ではない。
ブカブカで、ガサガサと、慣れないスニーカー。
ヒールの方がまだ歩きやすいだろう―、
と。
蹌踉としていると女の背中が舗装路に見えた。
見覚えのある背中だから―、
声を掛ける。
振り返る。
其の女は私の顔をしていた。―
戦慄するばかり。
言葉を喪い、私は震えた。
久しぶりに過呼吸発作を起こしかけた。
だけれど、鏡の前同様、真実には笑っているのだ。
男の私の哄笑が鼓膜を劈く。
若い女の『私』は怪訝な面持ちをしたし、―
其うして気味悪そうに場を去ろうとするばかりであった。
逃すまいと細い女の腕を取ると―
仕舞いには悲鳴を上げるので―
、諫めようとしたら勢いが余り―
、私は私を絞殺てしまうのだった。
―何うして此うなったのだろう。
髭を生やした私は立ち尽くしているのだ。
私の死骸を見下ろしながら。
笑いながら。




