逮夜
―肺炎を拗らせたのが終止符だった。
春の宵、老母が薨った。
まあ老いた親である。心理的距離はだいぶ有る。だが、―
―忽然―、
―とした感じは拭えなかった。私は本当は飲んではいけない酒を飲み、しばらく暮らした。
『鬼滅の刃』、『ジョジョの奇妙な冒険』、など少年マンガを読み読み昼酒を飲むのである。
自身が土竜の様に思われた。
(―と言おうか、文学作品で擬えるなら、カミュの『異邦人』的な現実乖離・齟齬の感じなのかもしれない。
なお、カミュの方では、ママンの喪中に女が出てきたけれど、私もまた女が欲しくなった。
―人間の精神構造は、作中人物だろうと実際存在だろうと大差ない。至極当然かも知れない―、神が人のすがたを起点とする様に―、フィクションにとっての創造神はわれわれだからである。)
確かに塒で騒々むなぐるしく酒を飲んでいるよりは、女に会った方がまだマシであろう。
―いっそ人間らしいくらいに惟わるる。枯渇に相対して喜雨を求めるのだ。
女に連絡を取るために、枕元のスマホをたぐり寄せる。其れしきの行為に幽かな動悸がある。
向精神薬を服用しながら酒を呷ったツケだが、莫迦な処しようを仕たものである。
初手から宙子に連絡を取れば良かったのだ。
扇情的なDVDを幾枚か用意して、人妻からの返事を待っていたが、夜になった。
―駄目。行けない。ダンナが熱を出して。―
方便か何うか。私には知る術は無い。
が、―愚かな事に涙が出た。あさましい涙だ。此んな涙があるだろうか。土竜以下、いや、土竜と『同じ』。畜生の思考の振幅である。
少し奮発しておいたテリーヌを冷蔵庫から取り出だすと、へべれけに成りながら。
地獄絵図にも似たピンク色の曼陀羅、まあ要するにポルノ―、
―を、
眼球の細胞に塗抹する様に、いや全身の全細胞で貪食む様に、
―観た。
私は悪食だから、観賞物の中には成人用アニメーションや、パソコンから落として焼いた3DCG等も混淆している。
感情が激しく高下する眼前、CGソフトで作成された―、
男好きのする人造少女が。
碧緑の髪をなびかせていた。
其の髪からネコの耳をピンと覗かしているのだ。
プラチナ製にも感取可能な艶めく手脚は細く短い。
妖精の様でもあるが妖怪の様でもある。
眼は片方ずつ色を違え、血の様な赤を左に、深い潭の様な青を右に、嵌めていた。
彼女は、スクール水着に薄い胴を隠しつつ。
―にゃん、―
と。
蠱惑のシナを作った次第である。
私はクリネックスの繭玉へと、ゆっくり愛を噴射した。
ひと段落した私は買い置いた氷結をまたぞろ―
―嚥下し、
なんらの目的も持たず、財布すらも持たずに、家の外へ身を投じた。
つまり夜にである。
闇に。
身ひとつを投げ入れてみるのだった。
何となく、死ぬのかも知れない―、と豫覚する。―アルコール依存症者の死は呆気なく、風船がパチリと破れる様なものである。
私の父は『おとなしいトラ』であったが、酔乱時に車に撥ねられて亡くなった。
黄泉の様に街が広がっていて、其れは暗い。
すれ違い過ぎゆく、牛丼屋、コンビニ等。
ロードサイドショップ内に。
オモチャじみた蛍光色の仄明るさと共に。
―人物が揺らめいたり、蠢いたり、―
―していたが、彼れらは人間というより自動人形に見える。
幻視える兆候だろうか―、
―其うだろう。
『幻覚した』のは、住まいから何丁か離れた蕭然の居住区であった。
夜は遅く闇の粒子も重く、濃い。
―アスファルトが泥炭を成す往来を来る者。
微細な花吹雪を纏って現れたのは。
ネコの耳をふあふあと頭部に生やした―、
オッドアイの女である。濃紺のスクール水着を着用していて、―
其うして、
―にゃあ、―
―と鳴いた。
忘れていたが花候である。




