栄螺
見る影も無い、とは凄い言葉で、―
破壊力抜群な爆弾で影すら焼き払った様子を連想させるが。
栄螺の身を毟りしゃぶる、此の子も爆弾で破壊された存在なのだろうか。
其の様に思索しいしい、私はズボンを脱いだ。
淫猥な行為に及ぶ積もりは勿論なく、単純に暑いから脱いだ。
私自身、対人恐怖感があるので、ぬさっとした肉の擦りあい等はとんでもない。願い下げだ。
そもそも夕果は、妹同然に接してきた相手であるから、其ういう気持ちにならない。
カーキのハーフパンツから覗く、芳紀らしい白いひざこぞう。微かに傷ついている。青い静脈が透けていた。
ひざは、無欠な物体の様に、まるく、しろい。
其の肉体の中に隠された球は、何故かタマオコシコガネを連想させた。
エジプト神話中のタマオコシコガネは太陽神ラアの化身である。彼れは動物の糞便をボール状にして転がしていくが、内部に虫自身の卵を宿した汚穢の球は、ある時に転変して幼虫という命を吐き出す。燦然たる生命の天体と化すのだ。
其れを考えると、室内に充満した栄螺の異臭が、光陽のかおりに感じられる。
人間の嗅覚器の奥に在する、嗅細胞、嗅球、などは観念的存在なのだろうか。
確かな事など何も無いのだろう。
美しい夕果は褐色の栄螺を頬張っている。柔らかい殻を象牙質で噛みしだき、嚼みこわし、咬んで、嚥下している―、
生命を構築していた有機物の残滓が、腐臭を放ちながらピンク色の臓器に再び収まる円環―、
まさにタマオコシコガネの象徴する聖き図ではないだろうか―、
『栄螺』は『異食』されていく。
髪も切らず、ひとりごとを垂らし続ける夕果によって―、
つややかな黒髪に茶色い栄螺の雫を流し、また清らかな睫毛や喉元までを汚穢に塗れさせた夕果によって―、
心無い医師や医学は其れを『症状』と言うだろう。
私は下着も脱ぐと、食卓から白磁の大皿を取った。
無垢な白色を跨いでひざを折ると、腸管を収縮させて息み、あたらしい栄螺を産む。




