残月の死
―オレ、本名どうしよっかな、ハハ、じゃあね、オレは残月、と捻りもせずハンネまんまの偽名を名乗った厨二っぽさが痛い四十絡みのオジサンは、スカルのシルバーリングを全指にしていた。
まじで相手にすんのもシンドイので、テキトーに笑っておいた。つうか、美人局やし、あと二、三十分でボコにされてバイバイの奴に、本音で話する訳もない。
なるべく露出の多い服を選んだ為、チラチラ視線を這わせてくるのは察知されたけれど、きもいのを押し殺して笑顔の鉄仮面で気付かないフリに勤しんでいたから、まあ話題に集中するどころでも無かったし。
だけど、オカルトオタクっぽく、無頭人がどうとか悪魔がどうだのトルリの屋根だとかゲオマンシーとかブキミな文言を饒舌に捲し立てていたのが印象にある。まあ、其のへん、DTぽ。
で。
種明かし。
ショータイム。
バイバイ。
けど、旦那がヤリすぎたらしく、残月、死んじゃったらしく。
仕方ねえので、組織にコールして助け舟だして貰って、文字通り、船上から今度こそレッツゴー藻屑、バイバイした―
―ハズだった。
『其の変化』に気付いたのは旦那だった。
光夢の様子がおかしいと言うのだった。
娘は十二歳だ。私や旦那みたいな裏街道に進ませない為に、極めて気を遣って箱入りにしてきた積もり。
私たちの荒んだ振る舞いを移さない様に、此の子にとっての祖父母―、私の親だ―、の許に預けていたくらいだ。
会う日は限られている。
二週に一度。
だから、毎日、傍に付いていてくれるジイ、バア、が気取れない変化にも、却って敏く気が付けたのだろうか。
「ヒゲが生えてねえか、光夢のヤツ」
其の通りだった。
本当に美しい―、欲目ではなく―、天使の様に見え、繁華街を歩けばジュニアモデル候補としてスカウトされるのも稀ではない―、勿論、私自身の凋落を振り返って其んな道には入らせないのだけど―、娘。
その顔に、もう少し年嵩の少年が生やす様な、濃い産毛が現れていたのだ。
ホルモンの乱れる時期だから、其んな事もあるかもしれない。
私は自らに言い聞かせながらも、迫りくる仄闇に似た不安を覚えた。
だけれど、其んな私の心配げな顔を見て、光夢は小さな神様の様に笑い、
「なんか悲しそな顔してない。大丈夫よ、ママ」
と私の頬を撫ぜて呉れたのだ―、
私は相好を崩さざるを得なかった。娘には見えない様に後ろ手に握るこぶしには、ぎゅっと力を籠めながらも。
其の日、別れ際、夕陽にきらきらと明るむ光夢の脣のまわりには、夥しい産毛が、硝子の鎧をまとう不吉な小人みたいに反照していた。
―二箇月。
身元不明の腐乱死体として、残月が陸に上がった頃合い。
光夢の変化について、私の父から電話があった。
随分、取り乱していた。
―骨の病気ではないか。脳や内分泌系の病気じゃないか―、
其んな事を言うのだ。
―急に骨格が変化しだして、また太く声変わりしたのだ―、
―衣類の趣味も変転してしまい―、
―骸骨柄の物やら、銀製品のアクセサリーをねだる様になったのだ―、
―思考にさえ変調が、伝播しているんじゃあるまいか―、
其の様に告げるのだ。
黒い鴉が啼く様に響いた。
何か理由のない眩暈がした。
汗が流れていた。
「とにかく、光夢に代わって、お父さん」
其の声も私自身の声の様ではない。
「―ママ、無頭人って識っているかしら」
重たく嗄れた、四十男の声で娘は言った。
私は、過呼吸発作を起こした。




