海鼠天使
―私は夏の晴れ日でもレインコートを着ている。
―半地下になっている店屋の軒並みがあり、まだ早い時刻であるためシャッターが降ろされている。
煉瓦造りを模している隘路なのだ。
階上からは白華の気配。ひかりの花。
頭上の出口は開放されていて、光陽が楔を撒くのだった。象牙の楔だ、とがって、網膜をこころよく刺し抜く。
其処に飲料の自動販売機が在る。
私は朝の散歩の道すがら、其処に立ち寄る事を習慣にしている。
何故というと、其処に私だけの愉しみが在るからなのだ。
自販機に硬貨を嚥ませると、ゴトと鳴る亨け口。
釦を押す事もなく、自生的に動作するのだ。
其処に粘液を纏いつつ海鼠の様な物体―、生物的に蠢動してはいるが。果たして生き物かは判然としない―、
其れを私は持参の軍手で摑み、百円均一の雑貨店で購入した透明な保存パウチに封入する。
私は其れを自宅へと持ち帰るのだ。外気の、象牙質の釘の霰を浴びながら。其れが実質の霰でない事をもちろん承知しているが、感覚的なものから、私は晴れていてもレインコートを身にしている。
―私がレインコートを常套しているのにはあと一つ理由がある。
浴室だ。
私のアパートの浴室は、持ち帰る『海鼠』が塚を成している。
其れらは腐敗する事も無く、形を崩しもしない。だから生物と結論するには疑念があるわけだ。
子どもの背丈くらい有る、塚、は微光を放ちながらひっそりと静かだ。
私はパウチから先程の収穫物を解き放った。
すると其れは今までの収穫物がそうであった様に、ぶわりと飛翔した。
此の際に粘液の雫が飛散し、事によると皮膚を浸蝕するがため、私はレインコートを着用しているのだった。其の場では痛くも痒くも無いのだけれど、のちに飛沫をこうむった部位を見てみると、抉りあとのような創傷となり、仄かに傷が輝いていたりするのだ。
さて、海鼠のやつは放っておくと宛ら無重力の理に取り込まれた動きを示して、数時間ばかり浮遊したあと、繰り糸が断たれた様に力を失い、塚の一部を成すだろう。
私は光る塚から、海鼠の死骸(、もちろん生体かは不明である以上、死体へと状態が刷新されるものかは不明だが、)をひとつ手に取り、茶碗に載せると、辣油醤油で喰った。
―阿片の様なものだろうか。
理由は無いが止められない。
私の肉体には最近、粒腫の大きなのや、瘤が実ってやまない。
然も其れらはあの海鼠の様に発光しているのだ。
―私は光を隠すためにレインコートを着ている。




