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あれ!?投下されてなかった…
本日2本目です。
空はだいぶ明るさを増して、白い雲が見えるようになり始めていた。
改めて、二人は横に座っていた。
円形に開けた場所を、端から眺めていた。
ギルスはサージャの肩を抱き、サージャは頭をその胸に預けている。
「順を追って話すが、ごめん。たぶん上手くはまとめられない。私もまだ、受け止め切れていないんだ」
ギルスは遮らないように、無言で頷いた。
「昨日、私が王の間に飛び込んだ時、カーリアス兄上は、魔道具でディア姉とガルド義兄上を殺害した所だった」
目を瞑って、思い出すようにサージャは話し出した。
「カー兄はな、狂ったように笑ってた。私は思わず声を上げて、兄上に迫った。そうしたらな、気が付いた兄上が言ったんだ。『ああ、やっと来たか。お前は俺が殺さなくちゃならない』って」
その時の様子は、異様だった。見たことの無いカーリアスだった。
サージャは思い出して、ぶるりと身を震わせた。
「何故だって聞いたんだ。そうしたら、『そうか、お前は知らなかったのか。それなら全部話してやろう。お前の罪を全部話してやるから、聞いてから死んで行け』って言われた」
そうして、カーリアスは四方に火を放った。
彼の属性は火。
火の精霊は彼に力を貸して、王の間を燃やした。
サージャは早々に逃走ルートを封じられた。
「『お前は産まれちゃいけなかった。お前の存在を早く消してしまいたかった』と」
言って、思わず両腕を掻き抱く。
ギルスは、黙って頭を撫でた。
「私はな、父とディア姉の、子なのだそうだよ」
衝撃的な発言に、思わず撫でる手が止まってしまった。
「まさか・・・先代の王、ですか?」
驚いて、思わず聞き返した。
苦笑する気配が、胸元からする。
「そうだよな。そう思うよな。私も思った」
今は亡き王女、メイディアとサージャの年齢差は十五歳。
女性の体が子供を授かれるようになるのは十五歳前後と聞いている。
妊娠が十四で出産が十五だとしても、早いには早いが、出来ない事もない。
ただ、当時メイディアとサージャの母である前女王も三十代半ばだったはず。
こちらは少し遅すぎるが、やはり出来ない事もない。
サージャと兄のカーリアスの年齢差は十三歳。開きすぎている気もしなくはない。
年老いた妻に瓜二つの、若々しい娘。
間違いがあっても、まあ、あり得なくはない、と言う程度か。
ギルスにしてみれば、年老いていようと、サージャはサージャだ。
積み重ねた年月こそが大切だと思うのだが。
そうは思わない人種もいるのだろう。
ギルスはそんな邪推をしながら、サージャの髪を梳いた。
「最初嘘だと思ったし、実際否定したよ」
なされるがままにしながら、遠くを見て、サージャは言う。
「だけど、カー兄の憎しみに満ちた目を見て、本当だと思ってしまったんだ」
カーリアスは狂っていた。狂った憎しみを、全部サージャにぶつけてきた。
悲し気に、眉を下げる。
「ギルス、父が死んだ本当の理由を知っているか?」
暫く考えて、ギルスは返事をした。
「いいえ。詳しくは存じ上げません。ただ、サージャ様がお産まれになった一年後に亡くなったと。その死因が衰弱だったと聞いています」
「それが一般に公開されている情報だな。だけど、違うんだ。カー兄が、俺が殺したと、言ったんだ」
息を吐くサージャと、息を呑むギルス。
サージャは空を見上げ、話を再開する。
「私が生まれた日、父は『私の子だ』と口を滑らせたそうだ。ディア姉は決して赤子の父親が誰か、言わなかったらしい。でも父のその発言で、その場で気絶してしまったんだそうだ」
サージャは、両腕をきつく握った。
「『あの日のことは鮮明に覚えてるよ。お前の泣く声がうるさかったなぁ』と。兄はそう言っていた」
カーライルの声真似をして、苦笑混じりに言う。
「それで事情を察したカー兄は、怒りに任せて父を斬った。母が間に入ったせいで殺せなかった、と悔んでいたよ。事実を知った母は、父を幽閉した。姉が婚前に出産したなんて、外聞が悪すぎるから、私は母の子にされたのだそうだ。
だけど、母は日に日に成長する私と、それを慈しむディア姉を見ているうちに、憎しみに染まってしまった。愛する人を奪ったメイディアが許せない、と言ったそうだ。でも殺すことも出来ず、母は死んだ。自殺だ。」
「まさか、先代は急な病に斃れたと・・・」
「表向きはな。実際は自死。狂って死んだ、ってカー兄は言ってた。王族のスキャンダルだ。そりゃ隠すさ」
サージャの口元が、苦い苦い笑みを浮かべる。
サージャはギルスの胸に預けていた頭を持ち上げた。
顎を膝に乗せ、両腕で足を抱え、小さくなった。
その目は何も写してはいないようだった。
「その時にな、母は私を呪ったんだそうだよ。だからお前の髪は王家の色じゃないんだって、言われた」
自分の前髪を一房手に取って、パラパラと落とした。
「可笑しい、とは思っていたんだ。王族の直系は銀髪なのに、なんで私だけ緑の髪なのかってな。
でも、それで納得いったよ。
ディア姉がな、私が小さい時に、昔は貴女も銀の髪だったって言ったことがあってな。じゃあ何で色が変わったんだって思ってたから。ディア姉は、答えてくれなかったからな」
また、空を見る。
「とにかく、母が死んで、父が幽閉されたままになった時、カー兄は暴走したんだ。
ディア姉は父に近づきたがらなかったから、面倒は私が見るって言ってな、一任されたって。
食事は死にはしない程度の最低限与え、それに精神を病む薬を混ぜて与えたそうだ。父は日に日に壊れて、兄はそれを笑って見ていた、と言っていたよ。最高の見世物だったって、嗤っていた」
ふうっと息をついて、目を閉じる。
目の裏には、ついさっき殺したカーリアスの狂った嗤いが焼き付いていた。
当初は動揺を誘う為の会話だと思った。
だけど、カーリアスの目に宿る憎しみの炎が、すべて真実であると物語っていた。
「カー兄はな、ディア姉を、愛していた。肉親の情じゃなくて、一生添い遂げる相手として、ディア姉を欲していたんだ」
うっすらと目を開けて、自分の両手を見た。兄を殺した感触を、まだ覚えている。
「なし崩し的に王位を継いだディア姉は、周囲の言いなりになってしまった。まだ若かったカー兄は政治関する発言力が無かった。だから、ディア姉の宝物だった私を預かって、鍛え上げることで姉の信認を得たんだと。だけどな」
ぎゅっと拳を握る。
「未熟な私に精霊術を使わせたのは、暴走による偶然で殺す為だと。幼い私に人を殺す術を教えたのは、心を壊す為だったと言われた」
それで死ねばよかったのに。
兄の怨嗟の声は、耳に残って離れない。
「私はな、これでもカー兄が好きだったんだ。得難い師匠だと思っていたんだ」
ポロポロと、サージャが涙を溢す。
「知って、いましたよ」
ギルスは事実知っていた。サージャがカーリアスを慕っていたことを。
カーリアスにこそ、認められたいと思っていたことを。
カーリアスから教えられた技を大切にし、磨き、弟子たちに伝えていた事を。
幼い頃に、カーリアスに教えてもらったのだと、その技を自慢げに披露していたのを覚えている。
キラキラ輝く笑顔を、覚えている。
今回の件も、カーリアスをサージャは最後まで信じていた。
残酷なことに、彼女の諜報能力が、真実に行き着いてしまった。
それでもサージャは、カーリアスを殺すことに、最後まで反対していた。
どうしようもない時は、自分がその手に掛ける事を、周りに了承させるほどに。
「でも、カー兄は違ったんだ」
最後の最後で、恨みを全てぶつけられたサージャ。
彼女の心は、押しつぶされた事だろう。
サージャは膝を抱え、顔を隠し、泣き声を堪えている。
小さな子供の様だ、とギルスは思った。
そっと、その頭を撫でる。
何もかける言葉が無かった。
まだ終わらない。
シリアスパート。
次、もう少し二人の距離が動きます。
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