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終わりから始まる恋物語~最強女子の王女様は恋心を隠している~  作者: 梅干 茶子
第一章 終わりと旅立ち
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6


 イルカーシュ王国の王都は「ジャイル」という。

 北の神殿の町は「マーカス」という。

 「ジャイル」から「マーカス」へ抜ける公道は、一本しかない。

 東より張り出した山脈の一部が直線距離を分断している為、山裾を山に沿って迂回する街道がメインになる。


 この街道は、かなり大きい。

 馬車などの乗り物で移動する大通りを中心として、その左右に徒歩用の通りが作られていた。

 途中に宿場町も備えられた大街道である。

 徒歩で八日、馬車で三日。大体、「マーカス」へはその位の時間で辿り着くことが出来た。


 国内に存在する四つの神殿の中でも、北の神殿は特に王家との繋がりが深い。

 王家の血筋の中でも、近しいものが北の神殿の巫女に成る事が定められている。

 北の神殿は王家にとって、最も近しい分家のような立場だった。

 いざと言う時は、北の神殿がイルカーシュの中心になる。

 古より、そう決められていた。


 ゆえに、一般のルートとは異なる、王族専用の秘密のルートが存在する。

 大幅に時間を短縮し、一日のうちに「マーカス」を飛び越えて北の神殿まで到達するルートだった。

 そのルートは、街道を逸れて、迂回するはずの山をいったん上る。

 そして、山の中にある遺跡を目指す。

 サージャと共に何度かそのルートを通っているギルスは、当然、そちらを選んだ。




 ※ ※ ※




 ギルスは広大な北の森を、凡そ二時間で抜けた。


 北の森の後半、木々の種類が変わる場所がある。

 そこは背の高い垂直に生える針葉樹ではなく、横枝を大きく張り出した広葉樹の森だ。

 ここでギルスは、大きい木の枝に跳び乗った。

 木から木へ。

 ギルスは跳んで移動した。


 これこそが『足手まといになる』とアオに言わしめた理由だった。


 強靭な脚力と、身体能力。サージャを背負ったままでそれを可能に出来る冗談みたいな体力。

 さらにこの森は、手入れがされているおかげで邪魔な枝が少なく、非常に移動がしやすい。


 北の森の走破は、ギルスにとって苦でもなんでもなかった。


 ただし山はそうはいかない。

 王族専用の逃亡ルートを隠す為に、手を入れていないからだ。


 森を抜けて、一旦街道に出る。

 街道を走り抜け、山側へ。

 目印である石碑を見つけた。

 ここからは、道の無い山を登らなければならない。


 一時間も山を登れば、突然開けた平地に出る筈だ。

 ここを当初の目的地としていた。


 山登りを前にして、ギルスは少し考えた。


 逃走ルートを隠すことを考えると、下手に切り開くわけにも行かない。

 空は、まだ暗い。端が少し明るくなってきた位だ。人の目はまだ無いと考えて良い。

 木の間を跳んで行ければ音も殆ど無く、目立つことも無いのだが、手入れをされていない木々は、時々とんでもない所から枝を出している事がある。

 なので、落ちるかも知れない。サージャの安全を考えると、あまりやりたくない。


 悩んだ結果、藪の中を掻き分けて進む事にした。


 サージャを覆い隠す様にマントを被り、しっかりと膝裏を紐で固定。

 ついでに前でクロスして、背に回し、サージャの脇の下を通して更にクロスさせ、紐の端を前に垂らす。

 ギルスの腹で交差している所で結んで固定する。

 簡易的だが、おぶい紐の完成だ。


 これで、ギルスの両手も空くし、サージャの手首も足首も露出せずに済む。

 本当のおぶい紐のやり方は知らなかったので、ちょっと不格好だし動き難いが、これしかない、と思った。


 空いた両手で背の高い草を掻き分け、なるべく根を踏まないようにして一歩一歩進んだ。


 一時間ほどで、ギルスでも疲労を感じ始めた。

 空は既に白みがかっている。日の出までもうすぐだ。


 少し辛く感じ始めた頃、視界が開けて平地に出た。

 広さは人が二十人も居れば狭く感じる程度の場所。


 ここが目的地だった。


 「・・・着いた・・・」


 思わず声に出した。

 ちょっとした達成感が、疲労を心地良くした。


 前に背負った荷物を大きな木の根元に置いて、紐を解き、マントを外す。

 木の根本のスペースに荷物を背もたれにするような形でマントを広げ、休憩場所を整えてから、背負っていたサージャに声をかける。


 「サージャ様、着きましたよ」

 「ん・・・ああ、すまない」

 「休憩しますから、いったん降ろしますね」


 そっとサージャを降ろす。

 まだ寝ぼけていた王女は素直に降ろされた。

 ぼうっとした目で周囲を見回す。


 「ギルス、ここは?」


 ギルスは体を伸ばして体を左右に捻る。三時間強背負っていれば、それなりに腰が痛い。


 「北の森を抜けた、山の中です」

 「ああ、そうか・・・北の神殿に行くんだったな」


 サージャはそう言って、軽く頭を振ってから伸びをした。


 「う〜んっ・・・ああ、よく寝た」

 「それは良かった。寝心地良かったですか?」


 体操しながら、ギルスが聞くと、サージャは罰が悪そうに目を逸らした。


 「・・・その、悪かったな。結局ずっと背負わせてしまって」

 「いえいえ、なんの。この位、役得ですよ」


 最後に大きく伸びをして、ギルスはサージャに微笑みかける。


 「それで、体調はどうです?」

 「うん・・・」


 問われたサージャは、立ち上がって様々な関節を回し、動きを確認した。


 「うん。もう大丈夫だな。痛みもないし、熱も取れてる」


 暫く歩き回ったり、ちょっと飛んでみたり、軽く走ったりして調子を確認していた。


 借り物の服装は、町娘のそれだ。

 少し長めのスカートの裾が、ふわりと翻った。

 普段は結い上げている髪が、動きに合わせて跳ねる。


 黒い、黒い、緑の髪。


 夜の闇に紛れれば、その髪の色は深い黒色になり、朝日を浴びればその輝きは濃い緑になる。

 背の半ばまで真っすぐに伸ばしたそれは、主人に合わせて左右に、上下に、自由に動いた。


 サージャはこの髪が原因で、王位継承者から外された。


 銀の髪と銀の目。精霊の色を輝きだけ宿せる者。

 それが、王位継承の条件の一つだからだ。


 黒の髪に緑の輝きを宿し、紫の目をしたサージャは、王位継承者たり得なかった。

 大地の精霊を宿す空きが、全く無い色彩をしていたからだ。


 でもそれで良かったと、ギルスは思う。

 お陰で、今回の事態を生き延びられたのだから。


 もし、王位継承権を持つ容姿をしていたら、この地を手にしたい神聖帝国軍は血眼になって彼女を探し、殺しただろうから。

 彼女の性格上、次代に委ねることも無かっただろうし、死ぬまで戦っただろうから。


 「ありがとうギルス。絶好調だ」


 嬉しそうに、紫の目を細めて笑うサージャは、とても綺麗だった。

 目が離せなくて、茫然と、上から下まで眺めてしまった。


 「・・・ぐっ!」


 突然、ギルスは右手で口を覆い、下を向いた。


 こんなお綺麗に成長為されて・・・では無い。


 サージャ様が、サージャ様が立った!・・・でも勿論、無い。


 ギルスは激情に耐えていた。


 引き寄せて、抱き締めて、めちゃくちゃにしたい衝動に、耐えていた。


 「ギルス?どうした?お前無理したのか?」


 心配そうな顔でサージャが近づいてきた。


 色々と無理はしてるんだが・・・近づくんじゃない!

 心の中で返事をすると、焦ったギルスは左手を突き出して、サージャの接近を止めた。


 「だ、大丈夫です。腹が減っただけです!ほら、朝ごはんにしましょう!!」


 身体ごと向きを変えて、鞄の前にしゃがみ込み、中をガサゴソ漁る。


 ギルスの目は捉えてしまった。

 町娘の服で、足元は脛半ばのスカートで、ぴょんぴょん跳ねれば当然綺麗な白い長い足も見えるわけで。

 その脚線美は、ギルスが長年、見たいと思っていたものだったわけで・・・


 「無防備すぎますって・・・」


 聞こえないように呟いて、ため息を一つ吐く。


 今まで城でだって一度も見たことが無いようなサージャのはしゃぐ様子に、ギルスの心臓はうるさいぐらいに音を鳴らしていた。


 服装も良くない。


 煌びやかに着飾った彼女は、式典などで何度も見たことがある。


 露出の高いドレス姿も、夜の社交場に出席する際に同伴して見てきたが、足を見せるものはなかった。


 戦闘服には一部の隙も無い。黒のパンツと、同色の詰襟の上着だ。


 どの服も、どの装飾も、彼女を飾る全てが、彼女を最高に引き立てるのを知っている。


 けれど、けれども!


 町娘の服は見たことが無い!これをここまで美しく、艶やかに着こなすなんて・・・!


 襟のある、くすんだ白のふんわりとしたボタンシャツに、臙脂のふんわりスカートで、こんなに心揺さぶられるなんて、ギルスも思っていなかった。


 「サージャ、恐ろしい娘・・・」


 ここまで、背中に背負って来て良かった。

 心底そう思った。


 「私が、何だ?」


 横に並んでしゃがみ込んだサージャを見て、どきり、とする。


 しかし、無邪気なサージャの様子にギルスは気づいてしまった事があった。


 そして、気づいてしまったからこそ、煩悩は急に静かになった。


 「とりあえず、飯にしましょう。火は焚けませんけど、リズが朝ごはんを持たせてくれましたから」


 背負い袋から、大きめの包みを二つと竹の水筒を取り出して、サージャを誘って木の根に腰を下ろす。


 「ん。そうだな。私もお腹が空いている」


 サージャはギルスの横に腰を下ろし、包みと水筒を受け取った。


 包みを開けると、そこには細長いパンのサンドが2つ。

 一つは胡椒の効いたハムとチーズ、葉物野菜をサンドしたもの。

 もう一つはゆでた鶏肉を細く割いて、根菜のサラダと挟んだものだった。


 そして水筒の中には。


 「ん!?おいし・・・」

 「昨日の残りだそうですが、スープを入れてくれたそうです」


 野菜が煮崩れるまで、塩と水だけでコトコト煮込んで、一度濃す。それをベースに、新しく具材を入れて、更に煮込む。

 このスープは、冒険宿屋の名物だった。


 水筒に入るよう、リズが具材を除いてスープだけを入れて持たせてくれていた。


 「もし、熱の影響で食べられないようだったら、スープだけでも飲めって言ってましたよ」


 サンドイッチ片手に伝える。

 サージャはスープをゴクゴクと飲み干してしまった。

 

 「ふう・・・流石、リズ殿だな」

 「ええ」


 そう言って、ギルスもスープを飲む。

 野菜がベースだと言うのに、濃厚な風味が広がった。


 「でもスープを飲んだら余計にお腹が空いてしまったよ」

 「それがこのスープの不思議なところなんですよね~」


 そう言いながらサンドに噛り付く。


 チーズとハムの塩気、サラダにまぶしてある油とレモン汁を混ぜたドレッシングの酸味が口の中に広がって、さっぱりした。時々ピリリと故障の辛さが混じるが、それもいいスパイスで食欲を増進させた。


 あっという間に一つを食べきり、二つ目に噛り付く。

 今度は塩気のあるゆで鳥を、根菜サラダに和えられたヨーグルトとレモンと油で混ぜて作るとろみのあるドレッシングがしっとりと包み込み、その美味しさを引き立てる。歯ごたえのある根菜をよく噛めば、腹を満足に満たしてくれる。


 ギルスもサージャも、あっという間にパンとスープを食べ終えた。


 「ふ〜・・・ああ、美味しかった!」

 「ですね。流石リズ」


 ギルスがそう笑って、包みを片付けようとすると、サージャがピッタリとくっついてきた。


 「サージャ様・・・誘ってます?」

 「違う・・・と、思う」


 顔を赤くして、サージャはそっぽを向く。


 ギルスはサージャのそんな様子にため息を一つ。


 包みを横にどけて、サージャの顎に手をかけるとこちらを向かせた。


 桜色の薄い唇に、触れるだけのキスを落とす。

 真剣な目で見つめれば、うるんだ紫の瞳が見返す。


 ああ、やっぱり。とギルスは思った。


 「サージャ様、何を隠しておいでですか?」


 途端に、サージャの目が驚愕に瞠られた。



 なんとか、本日二本目。

 ストックのあるうちは、一日二本を目安に行きたいのですが、手直ししたりしてると結構難しいんですね…


 投稿してみて、皆さん凄いな、と改めて思いました。

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