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終わりから始まる恋物語~最強女子の王女様は恋心を隠している~  作者: 梅干 茶子
第一章 終わりと旅立ち
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5


 2時間程経過して、アオが戻って来た。


 ギルスはサージャの休む部屋に、アオを案内した。


 「アオ。良かった」


 サージャは、ベッドの上に身体を起こして迎えた。


「サージャ様・・・!ご無事で!」


 アオはサージャの姿を確認すると、直ぐ様頭を下げた。


 声は少し、震えている様だった。


 サージャは、そんなアオの様子にふわりと微笑んだ。


 「ああ、顔を上げてくれ。心配かけたな」

 

 そして表情を引き締めると、改めて尋ねる。


 「こんな状態で済まないが、報告を聞けるか?大方ギルスからは聞いたが、残る人員は誰になる?」


 「はい。残る人員は偵察部隊の半数、6人です。

 まず、王宮は侍女役でオウカとキララ、植木職人の丁稚役でリクになります。

 街側には冒険宿屋にムク、道具屋にマルカ、ギルドにルークです」


 聞いた言葉を脳内で反芻し、全員の顔と特徴を思い浮かべると、サージャはアオに返事をした。


 「なるほど、いい人選だ。マルカとマルアには悪いが、道具屋にはマルアが適任だしな」


 マルカとマルアは双子の兄妹だ。

 マルカが精霊術を習得しているように、マルアは鑑定術に長けている。

 その関係で、偵察部隊とは別に、今でも道具屋で生活していた。大変重宝されているようで、今回の部隊解散後は道具屋に就職すると決まっていたそうだ。


 オウカは侍女としてサージャに仕えていた。


 キララは料理上手で宮廷料理人の下で修業をしていたし、リクは植物に造詣が深く、薬学にも精通している。


 ルークは読み書き計算が得意で、よくギルド職員に「助けて!」と連行されていた。


 ムクは不愛想だが、ギルスの後輩的な感じで、宿屋のリズ夫婦に大変可愛がられている。


 偵察部隊の面々は皆、サージャによって暗殺術を仕込まれているが、普段は街に溶け込んで一般人と変わりない生活を送っていた。

 実際に、依頼に沿って誰かを暗殺した、なんて事は無い。


 精々盗賊の討伐任務を一人ずつこなしている程度だ。

 対象が何人であっても、一人でこなす、という但し書きが付くが。

 それが卒業試験でもある。


 「分かった。見事だ。ありがとう。逃亡組の殿(しんがり)は、アオ達だったな?全員軍人とはいえ、怪我ばかりだ。

 三十人も居るから大変だと思うが、分担して頑張ってくれ。

 ああ、あと生き残りの隊長が居たら、怪我人達の面倒はそっちに回してくれて構わないからな」


 テキパキと指示を与え、サージャはふっと息を吐く。


 「肝心な時に、助けてやる事が出来ないな。言うばっかりだ。

 すまん。情けない話だが、私は今、本当に使い物にならん」


 自嘲気味にサージャが呟けば、アオは、首を横に振る。


 「サージャ様。貴女のお命は第一です。ギルス殿しか同行させられませんが・・・我々偵察部隊以外の人員は、足手まといにしかなりません。

 必ず、北までお逃げください」


 暗に『俺達なら付いて行けるけどね!』と、言っているアオ。

 それに気付いて苦笑するのはギルスだ。


 「北の神殿に着いたら、一旦合流しよう。そのまま神殿の守りを任せることになると思うが、細かい指示はその時だ。

 先ずは、皆で無事辿り着こう」


 そうサージャが告げると、アオは立ち上がった。


 「はい。では北の神殿で」

 「ああ。北の神殿で」


 一礼して、アオが部屋から出て行った。




 ※ ※ ※




 アオの気配が遠ざかって、暫くして。

 ふうっと息をついて、サージャはベッドに仰向けに倒れた。


 「サージャ様」


 ギルスが駆け寄り、額に手を当てる。


 「また、無理をして・・・」


 ため息混じりに言って、傍らに置いてあった手拭いを冷たく濡らし、額に置いた。


 「アオ達には、まだ見せられないさ」


 苦しそうに笑って、サージャは言う。


 「俺には見せられますか」

 「そうだな」


 そう返されれば、ギルスはニヤけるのを止められない。


 この綺麗なお姫様は、見た目と違って頑固で、男勝りで、自分の弱さをえらく嫌う。

 周囲に弱っている所など決して見せないで、今日まで来た。


 但し、ギルスだけは、そんな弱い所を見ている。


 今まで、伊達にストーカーしてこなかったという事なのだが、サージャは知らない。


 弱ってる時に限って側にいる人。

 サージャにとって、ギルスはそんな存在だった。


 ――――決して、ストーカーされているとかは思っていない。


 「少し休む。準備は任せて良いか?」

 「ええ、下着までバッチリ支度しておきますよ」


 「それはアタシがやるからいい」


 会話に割り込んで来たのは、もちろんリズだ。

 手には背負袋が二つ。

 彼女は今まさに、部屋に入って来たばっかりだった。


 「サージャ様は安心して休みなよ。コイツに変な事はさせないからね」

 「変な事って!必要な事でしょ!?」


 心外です!と顔に書いて、ギルスは言い返す。


 「サージャ様の服はこっちで全部揃えたよ!アンタに触らせるもんかい!」

 「ええー!俺の好みがあんのに!」


 ギロッとリズに睨まれて、ギルスの抗議は封殺された。


 「ふふっ・・・任せる」


 少し笑って、サージャは眠りに落ちた。




 ※ ※ ※




 まだ夜が明けきらぬ頃。


 空はまだ暗く、うっすらとした赤みもささぬ時間。


 宿屋の窓がスッと音もなく開いた。


 ギルス達は借りた服を着て、サージャを背負い、目立たぬ様に森へ抜けた。




 ※ ※ ※




 森に入り、三十分位経過した頃、周囲は木々だらけになった。


 街の灯りは、もう届かない。


 人々の喧騒も、いや、時間的にそれはそもそも無かったか。

 あったとしても、届かない程には深い場所まで来ていた。


 北の森は、王家の直轄池で、人の手の入った森だ。

 木々はほぼ等間隔に並ぶ。

 材木として使える様に余計な枝葉は取り除かれて、一本一本が真直に生えている。

 下草も定期的に刈られている為か、さほど背丈は高くない。

 土は柔らかく、足が軽く沈むほどだ。


 月明かりが少しだけ差し込む夜の森を、ギルスは、振動も少なく縫うように駆け抜けていた。


 背後に背負われたサージャを気遣い、最小限の動きで駆け抜ける。


 ギルスの背に背負われたサージャは、起きていた。

 気になる事があった。


 「なあ」

 「はい?」

 「何で一番に出たんだ?」


 少し速度を落として、ギルスは返す。


 「だって、おんぶって目立つじゃないですか。他の人に見られたくないでしょ?」

 「・・・まあ、確かに」


 背負われたまま、サージャが返せば、ギルスは嬉しそうに速度を戻す。


 弱っているサージャを背負って運ぶ。


 自分だけに許された、特権だ。

 ギルスが嬉しく思わない筈が無かった。


 夜の森の中、いくら整備されているとは言っても、道があるわけではない。


 沈むほど柔らかい足元なのに、ギルスはまるで体重を感じさせない動きで、滑るように進んでいた。

 時々、材木として切り倒されたままの材木の山を、ピョンピョンと飛び越えたりする。


 この動きは、サージャの記憶にあった。

 ギルスがとても喜ぶ何かがあった時、彼はこんな風に走り回っていた。


 きっと今も、顔が笑っているに違いない。

 顔が見えなくても、その位はなんとなく分かる。


 「えらく機嫌がいいな」

 「ええ、そりゃもう。サージャ様軽いし、柔らかいし、背中あったかいし」


 また、目の前にあった倒木を、ぴょんっとび越える。

 振動で、サージャの腹はギルスの背にぶつかる。


 「お胸の丸みが背中に当たって、天にも昇る気持ちですっ」


 思わず拳を握った。


 「私のっ、重くて申し訳ない!移動もし辛いだろうしっ!ていう気持ちを返せっ!」

 「返しませんっ!ご馳走様です!あ、手を離しちゃダメですっ!落ちますって!危ない、危ないって!!」


 サージャが拳骨を振り上げようとすると、ギルスは()()()よろけて見せる。


 そう、()()()だ。

 それくらい分かる。


 しかし、体の熱が完全に引いていないサージャは、それでも落ちそうになってしまった。

 慌てて、ギルスの首に両腕を巻いて、引っ付いた。


 「・・・くっそ」

 「そうそう!そうやってくっついてて下さいね!」


 今にもハートマークが飛び出しそうな、実に喜んでいる声音だ。

 サージャは不機嫌になり、プイっと外を向いた。


 背中越しに、サージャの様子はギルスに間違い無く伝わる。

 ギルスは苦笑してから、少し真面目に話しかけた。


 「森を抜けて、山の中の開けた所までは留まらずに行きます。だいぶ掛かりますから、本当に、力まないで、寝ててくださいよ。熱が完全に引いて無いんですから」


 ギルスは首に回された腕に、軽く手を添えてきた。


 ギルスの手が、ひんやりと感じられる。


 確かに熱は高いらしい。

 しかし、サージャとしては疑問が残る所だ。

 体はだるさを伝えているが、そんなに熱があるとは思っていなかった。


 熱と言っても、きっと種類が違う。


 不意に、思い出してしまった。

 助けられた時の事。

 その後のあれこれ。


 サージャの顔に、急に朱が差した。


 死にかけていたとはいえ、何という事を・・・。


 正常な自分の状態では、まず考えられない事態だった。


 私が、ギルスを受け入れた、だと・・・?


 嫌だった訳ではない。

 むしろその逆で、だからこそ、正直、どんな顔をしたら良いのか、分からない。


 こんな状況で、こんな事態の中で・・・私は何を思って、何をしたのだ。


 考えれば考える程、自分の感情を唾棄すべきものだと感じてしまう。


 結果、膨れっ面になる。


 「・・・寝る」


 言ってから、わざと全身を弛緩させて、ギルスに持たれ掛かった。


 完全にふて寝だ。


 そして思考を放棄した。


 今はちょっと、考えられない。

 そう結論付けた。


 「おっと」


 ギルスは優しく、サージャを背負いなおしてくれた。


 ギルスの背中は広くて、温かくて、高級なベッドより寝心地が良い。


 今だけ、甘えてしまおう。


 目を閉じれば、心地よい睡魔があっという間にさらってくれた。



 ※ ※ ※




 すう、っという寝息を聞いて、ギルスは苦笑する。


 本当は気が付いていた。

 体の熱は、もう薬からくる熱だけではないのだと。


 全神経が背中にあるような、そんな錯覚を、ずっと感じながら走っていた。


 冗談にでもしないと、自分自身ももう抑えられない。

 サージャだって、無自覚だとは、もうギルスも思っていない。


 だが・・・


 「こんなに安心しちゃってたら、うっかり手を出せないじゃないですか・・・」


 顔を見られなくてよかった。


 自分は今、きっととんでもなく、真っ赤だ。

 頬に上った熱から、それを察することが出来た。


 かといって、油断していい状況では決してない。

 出発からまだ少しだ。

 城からはさほど離れていない。


 暴走しそうな熱情を、心の奥底にどうにかしまい込む。


 「さて、もう少し頑張りますか」


 三時間ほどで、森を抜けた山の中腹の、開けた場所に出られると見立てていた。


 勝負はそこでかけよう。

 もちろん、サージャの体調を見計らって。


 今日まで連戦連敗。

 しかし今度こそ、勝てる気がする。

 ギルスは、気合を入れ直した。


 背中を揺らさぬよう、周囲への警戒を緩めぬよう気を配る。

 気を引き締め直して、決意を秘めて、ギルスは進んだ。


 休憩場所につくまでの間、サージャは一度も起きなかった。


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