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ううむ。字が多い。
※10/17 手直ししました。
昨晩、王宮に攻め込んだのは自国の反乱軍だった。
反乱軍の数は王宮に待機した自国戦力より多く、王宮は包囲されていた。
女王の所持する、他国には決して渡せない秘宝は、カイル王子に託し、ライラ王女と共に、既に数日前に国外に逃していたので、秘宝を奪われる心配は、本来は無い。
しかし攻め込んで来たカーリアスの反乱軍は、それを知らない筈だった。
秘宝を必ず奪いに来ると予想された。
それを手土産に、神聖帝国で確たる地位を、この王国の所有権を主張しようとカーリアスが目論んでいたからだ。
また、秘宝は、王の直系血族以外、持つ事すら出来ない呪いの掛かった物だ。
持ち運びは、王弟カーリアス本人以外、出来ない。
カーリアスが必ず、自分の手で決戦を挑んで来る。
それを読んでいたメイディア女王と夫であるガルド騎士団長は、最強最少人数の戦力だけを王宮に残し、秘宝を守るポーズをしつつ、一般兵は解散させた。
カーリアスは討てるかもしれない。しかしその背後にある反乱軍及び協力者の神聖帝国軍は一万。こちらは精々三千程度。数も力もどう足掻いても勝てないだろう。最悪殲滅される可能性すらあった。
兵力の多くを、いつか来る開放の日へ・・・
それが女王と騎士団長、そしてサージャの、望み。
残した兵力は精鋭部隊が百程度。どの人材も、大隊長以上の実力と、王家に対する高い忠誠心を持っていた。そして、その指揮を任されていたのが、ギルスとサージャだった。
入り口で雑兵を足止めしたのは、魔法部隊長のバージェスとその部下十人程度。そこを突入してきた部隊を、少数の人員を各所配置することで、少しずつ削り、最後の王の間に到達させるのはカーリアス一人にする。それが作戦だった。
作戦は成功した。
王の間前の広間に到着できたのは、カーリアスとその腹心キルギスと、クリオラという女騎士の三人。
カーリアス以外をギルスとサージャで足止めし、王の間へは一人で行かせた。
キルギスはギルスより力は無いが、経験で実力差を詰めて来た。クリオラはサージャより実力で劣るが、サージャは切り札をカーリアスに奪われてるので戦況は膠着した。
その状態で、十分も経った頃だったろうか。
王の間より爆発音が響いた。
途端にぞくり、と嫌な予感が背中を駆け抜けた。
その後のサージャは早かった。
一瞬の空きを見せたクリオラの懐に飛び込み、一刀の下にそのの首を切り捨て、すぐさま踵を返して王の間へ走った。
背後にギルスの「必ず迎えに行きます!」という言葉を聞きながら。
クリオラの『死』に多少なりとも動揺を表したキルギスの隙を突いて、ギルスはなんとか勝ちをもぎ取った。
その頃には王の間から火の手が上がっていて、心穏やかではいられなかったが。
火の手を、火傷も構わず突破しサージャを助けに入った時には、もっと心穏やかではなかったが。
状況から見て、カーリアスはサージャが打ち取ったのだろう。
目撃者は居ない。
王宮は炎に包まれた。
遺体も炎の中だ。
頭を悉く喪った反乱軍は、王宮を包囲するも、その後の指示がなく、戸惑った事だろう。
予想としては、自分達で新たに上に立つものを選ぶか、背後に待つ神聖帝国軍に使者を出し、支持を仰ぐか。どちらかだと思われた。
決戦の前に、神聖帝国軍が王宮から約一日離れた街の、王宮側の草原に布陣、待機していると言う情報は受けていた。
なので、リズの下に避難した当初は、使者が出てから伝達、進軍、到着までには早くても二日半はかかると見ていた。
少なくとも丸一日は稼げると思っていた。
※ ※ ※
深夜に情報をもたらしたのは、サージャ直属の偵察部隊の一人、アオという少年だった。
大体サージャが担ぎ込まれて二時間程経った頃、アオは宿屋の裏口を叩いた。
「アオか」
「はい。ギルス様、サージャ様共にご無事で何よりでした」
「ああ、悪い。サージャ様の状態が良く無くてな、連絡出来ずに居たんだ。で、そっちはどうした?」
これは、まだ寝ている偵察部隊長のサージャに代わり、ギルスが対応した。
場所は部屋より移動して、宿屋一階の食堂である。
反乱軍に包囲させるより前に、一般市民の避難は完了させてあった。
にもかかわらず、城下町には何件か『協力者』がおり、この宿屋のように、閉店した上で避難せずに滞在していたのだ。
飲食客はおろか、宿泊客も一人も居ない。
誰も居ない食堂で、ギルスとアオは向かい合う。
ギルスは椅子に座り、アオに対した。アオにも椅子を進めるが、首を振って辞退する。
「火急の要件です。ガルガ神聖帝国の国旗を持った軍隊が、あと半日の位置に陣を貼っています。既に進軍の準備が整い、いつ出てもおかしくありません」
アオはサージャの直弟子で、暗殺術を習得している。
今回、偵察部隊は戦線には参加せず、敵国の動きを見張らせていた。
「そうか。わかった。本格的に動き出すのは朝日が昇ってからだろうが・・・こちらの戦力と、現状は?」
神聖帝国軍にとっては慣れない土地だ。
夜間に動き出すのはリスクが高すぎる。
先発した反乱軍より連絡が途絶えている想定外の事態だとはいえ、自国の事でもないのに危険を冒すとは思えなかった。
「王宮の戦闘を生き残った兵士で、無事に包囲を抜けられたものは大凡三十です。サージャ様の直弟子がうち十ニ人おりますので、それぞれ分かれて町中に分散、待機しています。
ですが、程度の差があるとは言え、皆負傷しています。今は回復に専念しており、とても連戦出来る状態ではありません。
対して、敵の数は凡そ八百。もう、喧嘩にもならないかと」
アオの率直な物言いに苦笑するも、それが正しい見方だろうと思い直す。
戦えないとなると、残されたのは撤退しかない。
こういう事態の想定は、事前に為されているし、撤退先も既に決まっていた。
なら、迷うことは何もない。
「では、一般人に紛れられる偵察部隊のみを残して、北の神殿まで撤退する。朝日が出る前の闇に紛れ、五人前後に分散して撤退するように」
「はっ」
「アオ、悪いがお前殿を務めてくれ。みんなが森に入ってから、ギリギリのタイミングでマルアとティナと組んで来い」
マルアは、偵察部隊内では珍しい精霊魔法を習得している。
本来なら魔法部隊に所属している人材だが、サージャが引っこ抜いてきた。
精霊魔法は王家の血にしか反応を示さない特殊な術で、彼も実は王族の分家筋に当たる。大分血は薄いので、一種の先祖返りだが。
ティナは獣王国の生き残りで、サージャが拾って鍛え上げた女子。
アオは投擲武器を得意とし、小さな頃に北の神殿付近に捨てられていた男子で、やはりサージャが引き取って鍛え上げていた。
まだ全員十代前半の少年兵だが、戦力も経験も共に大人を遥かに凌ぐ。
十分に殿を任せられた。
「了解しました。では伝達後、その様に動きます。チーム決めはこちらで手配しても?」
「そうだな。的確な指示が出せるサージャ様が、今は動けないからな。副長のお前に任せる」
ギルスは護衛騎士。偵察部隊内部に関してはギルスよりアオの方がよっぽど信用できる。
偵察部隊に関して、実質動くのは全てアオだ。
残る人員、撤退するメンバーのチーム分け、それらは全てアオに任せるのが妥当だろう。
「お任せを」
「残る人員が確定したら、一度報告に戻れ。それまでにサージャ様の準備をしておく」
「はっ!では行って参ります」
アオは気配を消して、宿の裏口から出ていった。
一方ギルスは部屋に戻った。
「リズ」
「なんだい?」
リズはサージャの額の手拭いを冷たい物へ替えているところだった。
「状況が変わった。なるべく休ませたいんだが、明け方に出る」
はぁっとリズは、ため息を吐いた。
「全く、どんな形にせよやっとお役目が終わったのに・・・ゆっくりさせてやれないね」
切ない顔でサージャの寝顔を見た。やっと高熱が引き、スヤスヤと寝息を立てている。
「高熱はある程度落ち着いたけど、体力までは回復しきちゃいない。朝まで寝かせておきたかったんだけどね。・・・仕方ないね。アンタ、背負ってお行きよ」
「わかった」
「さて、じゃあちょっと代わりな。朝飯持って行けるようにしてやるから」
そう言って部屋を出ようとするリズを、ギルスは手を掴んで止める。
「リズ」
「なんだい?そんな泣きそうな顔して」
一拍置いて、ギルスは言った。
「・・・すまない。あんたたちを、置いて行く」
苦しそうに、吐き出すように言った一言に、ああ、何だそんな事かとリズは笑った。
「何言ってんだ。あたし達にも拠点は要るんだから、当たり前だよ。あたし達は覚悟の上で協力してんだ。今更、何言ってんだか」
笑いながら、リズは自分より背の高い、ギルスの頭をワシャワシャ撫でた。
「ほら、泣くんじゃないよ坊主。いい歳して男が人前で泣くんじゃない。大丈夫だ。アタシらはアタシらで上手くやるよ」
ギルスにとって、リズとその旦那は親代わりだった。城に連れて来られた頃、稽古厳しさに、人恋しさに城を抜け出した。腹を減らしてフラフラと歩いていた時、リズの旦那に拾われた。
『なんだぁ?坊主、腹減らしてんのか?なら来い。飯だけは食わしてやるから。そんな湿気た面すんな』
そう言って、宿屋に連れてこられて、飯を作ってもらった。
そこで出会ったのがリズだ。リズには人との繋がりの大切さを教えてもらった。
この宿に訪れる人は、皆とても暖かかった。
人の暖かさに、その後も、それこそ何度も、命も心も救われたものだ。
命の恩人と言っても良い。
そんな人達を、敵が攻め込む戦地に置いて行く。涙が出ない訳がなかった。
「本当に、仕方ないねぇ」
そう言って、リズはギルスの両手を握った。
もうリズより大きなギルスの両手を、同じく両手で、包むように握る。
「ギルス」
下から目を覗き込まれた。
「・・・」
ギルスは涙も拭わずにリズを見返した。
「あたしたち町の皆は、アンタを応援してんだ。やっと、サージャ様は開放されたんだろ?なら、アンタも、報われて良いじゃないか」
リズ達は知っていた。
普段冗談の様に言っているギルスの、サージャへの想いが本物である事を。
また、サージャも憎からずギルスを思っている事を。
今までは王族の立場が、反乱を許す政治状況が、二人の関係を決して許さなかった。
どれほど歯痒い思いをしてきたことか。
ギルスがぶつかり、玉砕して帰ってくるたびに励まし、叱咤し、慰め、前を向かせたのは、他ならぬこの宿屋の者達だ。
時に斜め向こうのとんでもない方に暴走するギルスの方向修正をしたり、教え、諭したり。
皆で、親の無いギルスを育ててきた。
その自信があった。
騎士であろうと親の無いギルスと、王女のサージャ。
その距離は近くとも、身分の壁は遥か高く、彼らを分断した。
いや、分断していたのは、己の道が辛く険しいものであることを理解していたサージャの方か。
しかし、彼女はとある理由で決して王位を継ぐことは出来なかった。
それは国民全員に知れ渡っていた事だった。
次の王が起てば、王位を放棄する。何もなければ、サージャは遠からず一般市民になるはずだった。
その日をギルスが、応援する皆が、どれほど待ちわびたことか。
でももう、それも終わった。
前王族の一員として、前王族を終わらせる役目を、過程はどうあれサージャは成し遂げた。
後は次代に任せて、引退しても良いはずだ。それだけ過酷な状況下を生き抜いて来たのだから。
それはリズやアオ達、次代の王族が戻るのを待つと決めた国民たちの、残った王国軍達の、一致した意見だった。
もし、今回のことを成し遂げて、サージャ達が生き残ったら、必ず生きて逃がすこと。
これが最後の仕事だと、決めていた。
ギルスは知らない。知らせようとも思わない。
でもそれでいい。幸せになって欲しい。
リズはギルスを我が子のように思っていた。
否、リズだけじゃない。
この宿でギルスを見守って来た者は、皆、同じ思いだった。
「お行き。必ず、サージャ様と逃げるんだよ」
そう言ってリズは微笑んだ。
目尻の笑い皺が深くなる。人の心を暖かくする、最高の笑顔だと、ギルスは思った。
前半部分は、書き直すかもしれません。
大筋の変更は致しませんので、今回はこれで、今しばらくご容赦下さい。