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終わりから始まる恋物語~最強女子の王女様は恋心を隠している~  作者: 梅干 茶子
第一章 終わりと旅立ち
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3



 「・・・あ〜・・・」


 ギルスは悔し気に顔をゆがめつつも、躊躇うことはなかった。

 今は欲望より、サージャの回復が優先だ。

 それ位、弁えている。


 スッと立ち上がり、音も無くドアへと歩いた。


 ドアを開けたら、やっぱりリズが居た。


 「はいこれ」


 ギルスはリズから、大きなお湯入りタライを渡された。


 リズ本人は、沢山のタオルと服を両手に持って入ってきた。


 「どうだい?サージャ様。ああ、お湯こっちに置いとくれ」


 ベッドの横に荷物を置いて、脇机を動かしタライを置かせる。部屋にあった瓶でタライの中のお湯を少しすくって、机に並べて置く。

 今度はタライの中に手ぬぐいを数枚落として手早く絞っては、広げて畳み、机の隅に積み上げた。


 サージャは荒い呼吸を繰り返し、意識は朦朧としているのか、リズの呼びかけに答えられない様だった。

 顔は青白く、その頬だけが妙に赤みが強い。


 手ぬぐいを一つ手に取って、サージャの額を拭うと、拭った額に手を当てて熱を測る。

 今度は首筋を拭って、手を当てる。


 脈が速い。体が熱い。


 リズは、サージャの様子を確認すると、汚れた手ぬぐいを折り返して、綺麗な面で顔をまず、拭った。


 濡れていない手ぬぐいを手に取って、水差しからまだ冷たい水を垂らし、軽く絞ってサージャの額に乗せる。同じように冷たい手ぬぐいを数枚作り、首筋もぬぐい、冷やす。


 その冷たさに、サージャの険しい顔が少しだけ和らいだ。


 「うぅ・・・」


 呻くサージャ。リズは固く絞った手ぬぐいで、今度は右腕を拭った。


 リズの横に、ギルスが来る。


 「高級回復薬を飲ませたんで、外傷は問題ない。けど、熱が酷いみたいで」

 「あれだけの傷だ。こりゃあ、熱が引くまで相当かかるよ・・・」


 左腕を軽く拭って、ズタズタになっていた傷が、新たな血を出さずに、治りかけているのを確認した。

 リズは、脇に置いてあった布の中から袋を取り出すと、ギルスに投げた。


 「旦那の古着だよ。その格好じゃ使いっ走りも出来ないだろ?あっちで着替えておいで」


 そう言って、繋がっている隣室の入り口を指差した。


 入り口にドアは無く、衝立が立っているだけの場所だった。


 そういえば、ギルスは本日、女王国騎士の正装姿である。

 護衛騎士の紋の入った黒いロングコートやコートの中に付けている、やはり紋章付きの銀の胸当ては目立ってしょうがない。


 もちろん、綺麗なままではないが。


 ギルスも、サージャ救出の前には、それなりに死闘を演じているので、コートはおろか、服はわりと全身ボロボロだった。裂けたり切れたり、焦げたりしている。


 この格好では、確かに使いっ走りは出来ない。


 「右肩脱臼、左腕裂傷、肋骨骨折、腹部損傷、こりゃ、内臓もいってるかい?あとは、腰椎骨折だね。

 右腕と、足の感覚が戻るまでは絶対安静っと。

 治療薬、よく飲めたね。おかげで内臓の方は大丈夫だろうけど・・・とりあえず、服を脱がせて、肩嵌めて・・・」


 独り言を言いながら、リズは手早くサージャの手当てを進める。


 その背中を頼もしい、とギルスは思った。


 リズは元々冒険者で、若い頃は国内でも有数のグループに所属してる治療師だったという話だ。


 元冒険者、と言う人種は酒が入ると過去の自慢話をしたがるせいか、ギルスも、リズと仲間だったという人物から色々聞いたことがある。

 曰く、昔は気が利いて優しくて、聖女然とした女性だったのだと・・・


 今のリズしか知らないギルスは、眉唾だと思っていたのだが、このリズの姿を見ると、あながち嘘では無いのかも知れない、などど、失礼なことを思っていた。


 「ギルス!何やってんだい!腰に添え木、あと水と氷追加!早く着替えて手伝っとくれ!」

 「はいぃ!すみません!」


 びっくぅ!っと肩を揺らして、即座に回れ右をした。

 ダッシュで隣室に行こうとすると、背後から「ああ、そうだ」と声を掛けられた。


 リズが睨んでいた。腰に手を当てて。


 「あたしが『いい』って言うまで、出て来るんじゃないよ」


 「・・・はい・・・」


 ギルスはリズの、迫力に負けた。




 ※ ※ ※ 




 結局、サージャの全身を脱がせ、各所に至る傷を確認したリズは、サージャの体にとりあえず布団をかけてギルスをすぐに呼び戻した。


 水がめを取ってこさせたり、お湯を換えさせたり、ギルスの使える氷魔法で氷を生成させたり、添え木を取りに行かせたりと、同じ怪我人とは思えないほどこき使った。


 一段落した時、隣室で机にぐったりと突っ伏す程に、ギルスの残り体力は失われていた。

 

 「ギルス、あんたもコレ飲んで少し休みな」


 一通りの治療が終わって、サージャに服を着せた後、リズは隣室に顔を出し、ギルスに小瓶を放ってよこした。回復薬だった。


 「あ、すんません」


 ギルスは受け取って一息に飲み干す。

 体中に熱が走る。

 着替える時に、簡単に止血だけして放置していた割と大きい脇腹の裂傷や、手足に走る刀傷、気が付いていなかった手や足の軽いやけど等が熱を持って癒されていく。


 「ぐっ・・・」


 少し呻いた。

 情けない、とギルスは思った。

 呻いたこともそうだが、これほど自分が傷を負っていた事に。


 その顔面に、冷たい手ぬぐいが、びしゃっと叩きつけられた。


 「あんたのそれは名誉の負傷だろ。情けない顏するんじゃないよ」


 口調こそ厳しいが、そこに込められた確かな優しさに、泣きそうになる自分が居た。

 手ぬぐいが落ちないように、顔に押し付ける。


 「・・・ははっ」

 「何笑ってんだ。ほら、立てるかい?」

 

 手ぬぐいで顔を乱暴に拭って、横まで来ていたリズを見上げる。


 「・・・立てない。リズ、手貸して」


 手を差し出せば、リズは嫌な顔をしながらも、肩を貸してくれた。


 「はぁ。まったく。成りばっかりでかくなって、まだまだ子供だねえ」

 「俺、もう二十二だよ?立派に大人でしょ?」

 「そう思ってるのが、子供の証拠だよ」

 「おわっ!」


 ため息交じりにリズが返答したところで、備え付けのベッドに転がされた。


 ギルスは成人男性としては大きいほうだ。身長も、体格も。対してリズは、背丈は標準、年相応の恰幅の良さはあるが、普通のおばさんだ、とギルスは思う。


 わりと本気でふら付いていた大きな男を支えてなお、その足取りによろめきはなかった。

 結構な力持ちである。


 「まあ、あたしら夫婦の前で大人ぶる必要は無いからね。ここだけにしといてやるよ」

 「俺も、リズとおっさんの前で大人ぶるつもりはねーわ。部下の前でこんな姿曝したこともないけどな。今日はちょっと、色々あり過ぎた」

 「だろうね。サージャ様の高熱と外傷の回復は、少なく見積もって三時間。熱が完全に引いて動けるようになるには六時間はかかるよ。あんたも休んどきな。明日には出るんだろ?」


 どこから出したのか、冷たい手ぬぐいをギルスの額に折り畳んで乗せるリズ。

 ギルスの持っていた方の手ぬぐいは、さっさと回収してしまう。


 「明日一日、被害状況の確認に走り回って、手配して・・・そうだな。夜に紛れて出るか」

 「まあ、そんな所だろうね。じゃあしっかり休むんだよ」


 言って、リズは隣室に向かう。

 その背中に、ギルスは声をかけた。


 「なあ、リズ。俺ちゃんと出来てるのかな?」


 サージャを死に掛けさせてしまった事、ギルスの中では本気で落ち込む出来事だった。


 何が護衛騎士か。守る対象の方が大怪我を負うなど、あってはならないというのに。


 避けられない事態に、分断された。

 暴走したのはサージャで、自分は後に残された。


 後顧の憂いを断つために残ったとはいえ、少し目を離した隙に最愛の人は死にかけていた。


 「俺、サージャ様の護衛騎士で、いいのかな」


 決して周囲には吐き出したことの無い弱音。


 強くあろうと思った。

 サージャを何者からも守れる様に、強くあろうと、自分を律してきた。


 だというのに、この体たらく。

 自分で自分が許せなかった。


 「自身が無いのかい?」


 リズは振り返り、ギルスに問いかける。


 「・・・」


 対するギルスは無言だった。


 はあ、と短いため息を吐いて、リズが続ける。


 「・・・何があったかは詳しくわからないけどね、これだけは言えるよ。あの状態のサージャ様を救えたのも、ここまで連れてこられたのも、命をつなげたのも、あんた以外には出来ない事だよ」


 一呼吸おいて、リズが二カッと笑った。


 「よくやった。ギルス」


 言って、さっさと隣室に引き上げていく。 


 リズの背中が見えなくなって、ギルスは額の手ぬぐいを目元に擦り下げた。


 なんだかよくわからないが、胸が熱かった。


 「・・・やっぱ俺、子供だわ」


 口元には、笑みが浮かんでいた。



リズは、ギルスの養い親みたいなものです。

リズ好き。

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