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終わりから始まる恋物語~最強女子の王女様は恋心を隠している~  作者: 梅干 茶子
第一章 終わりと旅立ち
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2


 人がすれ違うのがやっとの幅の通りの一角に、緑の布がはみ出している窓があった。


 ギルスが窓を軽く叩くと、カーテンが開いて恰幅の良い赤髪の女が顔を覗かせた。

 周囲を確認して、すぐに窓を開く。


 ギルスは無言で窓から屋内へ入った。


 そこは寝室だった。


 赤髪の女は緑の布を回収すると、すぐに雨戸を閉めて窓を閉鎖する。

 ギルスの腕の中の女の様子を確認して、眉をひそめた。


 「ギルス、サージャ様をこっちへ」


 言いながら、女はベッドを整え、降ろす様にギルスに指示する。

 掛け布団を剥いだりクッションを増やしたり。

 その手は素早く、あっという間にベッドメイクは終わった。


 「リズ、感謝する」


 ギルスは、大切な壊れ物を扱うように、そっとベッドに下ろした。


 「・・・り、ず?やど、や、の?」


 ベッドに下ろされたサージャが薄目を開け、リズを見た。


 「ああ、意識あったのかい?サージャ様」


 心底安心したように、笑い皺の刻まれた目元を細めて、微笑んだ。


 リズはサージャのベッドの側へ膝をつき、そのふくよかな両手でサージャの比較的無事な様に見える右手を、動かさないように、注意深く、そっと握った。


 「そうだよ。宿屋のリズだ。サージャ様、ちょっと休んでいきな」

 「あ、りが、とう・・・」


 サージャが、嗄れた声で途切れ途切れに感謝を伝えると、リズは握った手をポンポンっと優しく叩いて頷いた。


 返り血で斑に染まる髪を撫で、その痛々しい姿を確認し、悲しげに笑う。


 さてと、と立ち上がり、目じりを拭ってリズは部屋から出て行った。


 ドアが閉まるのを確認して、ギルスはサージャの横へ移動する。


 腰に吊るした道具袋から小瓶を一本取りだし、それを開けて中身を口に含んだ。

 苦し気に目を閉じるサージャの、顔の左側に手を付き、自分の顔を近づける。


 唇と唇が触れ、液体を流し込む。


 サージャは一瞬目を大きく開けたが、諦めたように、流れ込んでくる液体を苦労して飲み下した。


 高級な回復薬だ。体組織を活性化させ、発熱と引き換えにあらゆる傷を治す。

 味は、お世辞にも美味しいとは言えない。サージャは嫌いで、極力飲まないようにしていたくらいだ。


 口の中に含ませられた段階で、口の中が熱くなる。通った喉もカッと焼け付くように熱くなった。


 炎で焼けた喉が徐々に癒やされていくのが分かった。


 胃に落ちて、今度は腹が熱くなる。内臓をやられていたので、口や喉の比ではない熱さ。


 「う、あっ・・・」


 思わず呻いた。


 一回目を飲み込んだのを確認して、ギルスは顔を上げ、都合三度、瓶の中身が空になるまで繰り返した。


 一回目よりも二回目が、三回目がと徐々に飲み込むペースも上がっていった。

 臓器が癒され、熱を発し、肋骨が癒され、熱を発する。負傷している腕が、肩が、腰が、癒されていく。


 同時に唸るほどの熱が体中を駆け回る。


 「うああああっ!」


 熱い、でも、まだ体は動かない。完治までには数時間が必要だ。

 その間、ただただひたすらに熱い。


 唯一動く頭が、左右に振られる。


 空瓶を枕元に放り、ギルスはサージャの顔を両手で挟み込んだ。


 顔を再度近づけて、四度目の口づけ。


 口の中にもう薬は無い。貪るように乱暴に、深く、舌が侵入してくる。


 「んむぅ!?」


 舌が嬲られる。吸われる。


 「・・・あ、ふぅっ・・・」


 優しく、激しく口内を冒されるうちに、気が付けばサージャも、ギルスを求めていた。

 舌と舌とが絡まり合う。


 腕も上がらない、身体もまだ動かない。


 体の中の呻くほどの熱が、次第に収まり、違う熱に侵されていく。


 サージャは頭の中が真っ白になる快感に溺れそうになった。


 ふいに唇が離される。

 ツウっとお互いの唇に、糸の橋が架かる。


 「・・・っはぁ」


 どちらともなく、吐息が漏れた。


 唇の唾液を拭って、代わりに、コツンと、今度は額を合わせる。


 青い目と紫の目が見つめ合う。

 熱を持った女の目と、泣きそうな男の目。


 「あんたが死んだら、俺も死ぬからな」


 睨まれた。


 「だから、死ぬな」


 泣きそうな、震えた声だと、思った。


 体が熱い。


 このまま喰われてしまっても良い、そう思えた。

 なのに、ギルスは体を離した。


 名残惜しくて、右手が少しだけ、動いた。

 持ち上がりはしなかったけど。


 ギルスはベッドに腰を掛け、両手で顔を覆ってしまう。


 泣いている。

 泣かせてしまった。


 胸が、ギリッと痛んだ。


 抱き締めたかった。

 でも、体がまだ動かなかった。


 大丈夫だと、言いたかった。

 男が泣くな、と言ってやりたかった。

 でも何も、言葉に出来なかった。


 やがて、両手を外し、右手で口元を覆って、フゥーっと大きく息を吐いた。


 サージャの左手が動いて、ギルスの服の端をギュッと掴んだ。

 驚いた顔で、まだ目元の赤いギルスが、サージャを見る。


 「ありがとう、来てくれて」


 声が出た。嗄れていない声が。


 良かった。伝えられたと、少しだけ安堵する。


 服の裾を握ったサージャの手を、大きなギルスの手が取った。

 目を瞑り、その手に額を付ける。


 「礼を言うのは、俺の方です」


 左手に口づけの感触。


 「ありがとう。生きていてくれて」


 彼の涙が手の甲に落ちた。


 体が熱い。


 もう、いつ死んでもいいと思っていた。

 自分の役目はここまでだと、思っていた。


 先程までは。

 あの口付けまでは。


 今はもう、ギルスを置いて死にたくなかった。

 違う、ギルスに置いて行かれたくなかった。


 ギルスを見つめる。

 目の縁が赤い。

 きっとサージャの目も赤い。


 苦しかった。

 体が熱かった。


 徐々にギルスの顔が近づいてくる。


 サージャはスッと目を閉じて。

 そして・・・





















 コンコン




 部屋のドアがノックされた。


うん。これ以上はね。

やらせねえよ?

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