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※2話同時投稿です。このまえにプロローグがあります※
サージャは綺麗。ギルスはカッコイイ。これが基本です。
※10/17 改稿
燃えていた。
なにもかも。
燃えないはずの石の壁も、玉座の椅子も、そこまで続く真っ赤な絨毯も。
折り重なるように血だまりに倒れる男女も。
独りで倒れ伏す男も。
唯一燃えてないのは、柱の一つに背中を預けて座っている女だけだった。
緑の輝きを宿す黒髪に、紫の瞳。
二重の閉じかけた大きな瞳とすらりとした鼻筋。薄い唇からは浅い呼吸音。
口からは血を流し、顔も青白いが、それでも美しい女。
サージャ・ノエ・イルカーシュ
現王の妹にして、この国屈指の暗殺者。
それがこの女だった。
決して、無事ではなかった。
両腕は、力が入らない。左の腕はズタズタに切り裂かれて、右の腕はまだ見た目無事だが、肩の関節が外れていて動かすことが出来ない。
両足も動かない。
最後に腹に食らった一撃が、鎧を砕き、柱まで自分を吹き飛ばした。
外傷は浅いが内臓に深刻なダメージと、肋骨を何本か。あとは恐らく、腰当たりの骨を折っている。下半身を動かすことが出来なかった。
肋骨が痛むせいで、呼吸はどうしても浅くなった。
口の中は血の味しかしない。
もってあと数十分。そんな命だった。
目は、まだ見えた。
サージャは視線を少しだけ動かして、燃え盛る炎越しに、重なるように倒れる男女を見た。
青い髪の男の上に、金の輝きを宿す銀の髪の女が覆いかぶさっている。
二人の背中には、大きな穴が空いていた。
二人共に、腹から穴を空けられた。
女を庇った男の腹に、まず穴が空き、次いで女の腹に空いた。
男が崩れ落ち、女は男を庇うように、覆うように、その上に崩れ落ちた。
部屋に飛び込んだ時、最初に見た光景だった。
間に合わなかった。
その絶望は、ゆっくりと、女の意識の中に再生される。
男は、ガルド・イシ・イルカーシュ。現女王の夫。
女は、メイディア・ガイ・イルカーシュ。女王本人である。
サージャの目から、一筋、涙がこぼれた。乾いた唇が少しだけ開く。
「ご、めん・・・ガル、義兄・・・ディア、姉ぇ・・・」
生きているものは誰もいない空間で、女の声は不思議なほど響いた。
「でも、あい、つらは、逃が、した、よ・・・」
脳裏には、今年十六になる甥と、十一になる姪の姿がよぎる。
カイル・ロイ・イルカーシュ。
ライラ・ロロ・イルカーシュ。
最後に見たとき、カイルはいい目をしていた。
まっすぐ前を見て、覚悟を決めた目だった。
ライラは、泣き叫んで、執事に抱えられていた。が、彼女はまだ幼い。
彼らは『これから』の存在だ。
彼らは今、海の上。西方の島国、クルド王国に向かって航行中のはずだ。
カイルの傍らにはクルドの姫君がいる。彼らの安全はクルドが保証してくれている。
彼らの護衛には、女王国随一の剣士サイファと、執事のゼルファの双子がいる。
二人共、西の港までカイル達を送る際に共に旅をし、その強さを確認した。
なにより彼らはカイルの絶対的な味方だった。
目を閉じて思い出す。
彼らは大丈夫。
安心感が、胸の内にあった。
再び目を開き、フラフラと視線を動かし、正面で止める。
一人倒れ伏す、赤い輝きを宿す銀の髪の男。
うつ伏せだ。表情は見えない。
正面が見られればその首が掻っ切られているのが分かっただろう。
カーリアス・ノエ・イルカーシュ。
今回の反乱の張本人で、実の兄。
彼は自分の血溜まりに倒れ、事切れていた。
「・・・カー兄・・・終わり、だ・・・」
フッと微笑んだ。また、涙が溢れた。
嬉しくなんか無かった。
姉たちを殺した兄を、自分が殺った。
ただそれだけだ。
最後に暴発した魔法兵器の一撃を喰らった。
避けられなかった。
炎はその兄を中心に渦巻いている。
彼の身体を焼き、地をなめ、柱をなめ、壁をなめ、全ての物を焼き尽くそうとしていた。
彼の手を離れた小さな杖が一本、サージャの傍らに落ちている。
杖の先端に緑の石が嵌められ、その石を中心に、サージャを炎から守る風の壁が生じていた。
だが、徐々にその壁も狭まってきている。放り出された足先を、チリチリと焼かれる感覚がある。
また、風自体も弱まってきていた。
少しづつだが、周囲の空気に煙が混じり始めている。
もうすぐ自分も死ぬ。この戦いに勝者は居ないのだ。
虚しい・・・そう、思った。
直後、軽くむせて、少しだけ血を吐いた。
口元を拭う力はない。
なんとなく、顔を上げた。ほんの僅かに。
「・・・」
そこに何かある訳ではない。
まだ燃えてない、白い天井が見えるだけだ。
直後、真上の天井が崩壊した。
落ちてくる石の塊を見つめ、死にきれない自分に慈悲が下りたのだ、と思った。
「・・・ギ、ル、ス・・・」
ささやくような声で、呼んだ名前。
脳裏に、金髪碧眼の青年剣士の笑顔が浮かんだ。
はて、なんで私はこの名を呼んだのか?
自分でもよくわからなかった。
ちょっと笑った。
「サージャ様!」
焦った男の声が聞こえたと思った。
瞬間、落ちてきた天井が爆砕。
横から飛び込んで来た男が、手に持った剣で一撃の下に天井の破片を吹き飛ばした。
「―――」
視点の合わない目で、ぼうっと男を見る。
ギルスだ。本物だ。
「あ」
夢では無いだろうか?
半信半疑で見つめてしまった。
目の前に、たった今思った相手がいたのだから。
ギルスは無言でサージャの傍らに走り寄り、脇に置いてある杖も拾って、サージャを抱き上げ、天井に空いた穴へ跳躍。
「あっ・・・」
と言う間だった。
おおよそ人間業とは思えない高さを飛び、屋外へ。崩壊する建物の屋根を駆け抜ける。
振動が酷く、苦しさから口を開く事もできなかった。
でも、抱えられた腕が、支えられている掌が、やけに冷たく感じられた。
少しだけ、震えているような気がした。
屋根から屋根へ飛び移り、何とか被害のない草地に着地。
周囲に追手が無いことを確認すると、今度は草地を抜けて塀を飛び越え、住宅街の中を走りだした。
衝撃が少なくなって、やっとサージャは声を出した。
「ぎ・・・」
今更、喉が焼けて、ろくに声が出せないことを知った。
さっきまでの独り言は、喋れているように思えただけだったのかもしれない。
「ぎる、す・・・置、いて・・・」
行け
言外にそう告げると、サージャを抱き上げている手が、ギュッと強く握り締められた。
「俺が、必ず迎えに行くと、そう言っただろ!置いて行く訳ないでしょうが!」
もう絶対に離さないと、全身で叫ばれているようだった。
「・・・」
サージャは、苦笑した。
ギルス・グラーニ。
サージャ付きの護衛騎士。
サージャを愛していると言って憚らない大馬鹿野郎。
サージャが王族である限り、決して答えられないのを知っているのに。
震えはきっと、サージャを失う恐怖からなのだろう。
そうだったらいいなと、思ってしまった。
ギルスは、息を吐いて、激情を抑えた。
「もう少し、我慢しててください」
先程までの激しい口調ではなく、抑えた声。
微かに女は頷き、頭を男の胸に預けて目を閉じた。
抱き締める腕の強さはそのままに、後は無言で、夜の静かな町を疾走した。
設定を少し。
王家の名前の真ん中の部分
ガイ 女王
イシ 王
ノエ 女王の兄弟姉妹
ロイ 女王の子(男子)
ロロ 女王の子(女子・時期女王)
女王が、退位すると兄弟姉妹諸共「ノル」になる。