サリウス・アレキライト
もう少し話を書き溜めてから投稿すればよかった..と今更ながらに反省しております。
「おう!来たかエルス!今日も元気だな!」
大きく快活な声で修練場に着いた俺を歓迎するのはこの二年間お世話になり続けているサリウス・アレキタイト先生である。
「元気なのは先生の方じゃないですか...?」
この先生はこの国一番の腕前の戦士で普段は国の持つ騎士団の団長様なのである。そんな人物がなぜ俺の先生なのか?それは決して俺の戦闘能力が優れているからではない。単なる親の力である。
「そうかもしれんな!まあ話は指導が終わってからにしよう!上手くいけば今日で指導は終わりになるかもしれないしな!」やはり大きな声でそう言えばサリウス先生は木製の両手用大剣を手に取りその豪快な性格とは裏腹に繊細で磨き上げられたお手本のような構えを見せた。
対する俺は同じく木製の片手用短剣を複数本手に取り、両手に一本ずつ持つと残りを腰につけている短剣を収納することのできる専用のポーチにしまいこんでから両手に逆手で持つ片手用短剣を構えた。体の左側を相手の方に向け、背中を曲げ左手を前に突き出し右手は体の後ろに隠しておく。この二年間の指導の中で最も馴染んだのがこの我流のスタイルなのである。
「エルスはやっぱりその型か!一番気に入っているようだし一番厄介だからな!」
「それはどうも、褒めてくれたのでお礼として先手は譲ってあげますよ?」
「はっは!言うようになったな!それではお言葉に甘えるとするか..なっ!」
俺の言い回しに対して豪快に笑うとすぐさま距離を詰めて上段に振りかぶった大剣を振り下ろす。やってること自体はシンプルなのだがその練度が高すぎるため威力はとてつもない。
この攻撃を受け止めるのは厳しい、そう判断した俺は体を深くまで捩じり一度力を蓄えてから即座に開放し力のまま回転しつつ飛び跳ね、回転の勢いと体重を乗せて両手の短剣で横から大剣の腹を打ち付ける。ついでにそのまま飛び跳ねた勢いと回転を乗せた回し蹴りを顔面に狙いをつけて放つ。
大剣の力を素直に受け止めるのではなく横から押して力業で軌道をずらし攻撃を回避しつつ相手への攻撃へ繋げる狙いである。
サリウス先生は少し驚いたような表情を見せつつも一度大剣から手を離し膝を曲げてから上体を軽く後ろに反らし蹴りを回避すると大剣を離し自由になった左手でこちらの脚を掴もうとする。
ここで掴まれると殆ど負けが確定してしまうのでそれを防ぐために右手の短剣を掴みかかってくる手に狙いを定めて投げつける。
短剣を投げたことに気づいた先生は慌てて手を引っ込めつつ右手でしっかりと大剣を握っている。俺もその間に体勢を整えポーチから新たな短剣を取り出し右手で握りしめる。
初撃はどうにかしたもののその後は..と考えているうちに向こうから第二撃を仕掛けてきた。腹部を横に一閃するように右から切り払ってくる。一旦後方に退避してから攻撃に転じるため切り払いのの終わった右側から距離を詰めていく。
その行動は予想済みなのかすぐさま左上から切り付けてくるが俺は移動の際に右側に移動していたため斜めに振り下ろしていた剣の軌道は上の方で既に水平気味になっていた。
こうなると逆に左側に空きができる。なので俺は姿勢を低くしつつ空いた左側に移動する。
さすがに先生もこれには面食らったような顔をしている。これまでの指導の中で一番大きな隙だ。この間に勝負を決めるために先生に向かって身を捻って飛び掛かり先程のように回転の力と体重を乗せた攻撃を今度は先生の身体目掛けて放つ。
獲った!と思ったのも束の間、先生は不敵にニヤリと笑うと斜めに切り下ろしている剣の軌道をいきなり変え回転したせいで大きくさらけ出している俺の胴体目掛けて振り下ろしてきた。
空中にいるおかげで俺はろくに回避行動はとれない。互いに攻撃しているため先に攻撃を当てたほうが勝つ。先に攻撃している俺の方が多少有利ではあるものの筋力や武器のリーチで負けている。状況的には五分くらいか..?
どちらが勝ってもおかしくないこの戦闘。しかし決着はあっけなくついた。
先生の放った攻撃が先に俺に当たり思いっきり腹にのめり込み、強烈な一撃を貰った俺の身体はあっさりとバランスを崩し攻撃を当てることはかなわず地面に叩きつけられた。
全身に感じる痛みと腹部を強打されたおかげで発生した嘔吐感に苛まれつつ最後の先生の攻撃のカラクリを予想する。とはいっても理屈自体は簡単だったのですぐに思いついたのだが..
「先生..最後の切り返し『慣性制御』なのですか…?」
「おお!気づいたか、騎士団の奴らは何度食らっても気づかないのだがお前は目聡いな!とは言え俺には詳しいことを理解できる頭はない!ただ形を真似て試してみたものが上手くいっているだけでな」
...呆れた、この人は自身の力だけで剣の軌道を変更したのである。ただ聞いただけでは大したことではないようにも思えるが一度想像するとわかりやすくなると思う。
長くて思い角材のような棒状のものを持ちそれをフルスイングする想像をしてほしい。一度振りかぶってスイングした角材を途中で停止させる..言うは易いが実際に行うとなるとこの行動には多大な労力がかかってくるのである。
元々重い角材には自身の全力でスイングした時の速度と遠心力が加算されるのだ。自分が全力を込めた力に元の角材の重さと遠心力が加えられより強大になった合力を止めるためには同じだけの力が必要になる。
こう考えると角材を停止させることだけでも難しいことだと理解してもらえるだろう。だがこの人は剣剣を止めたのではない。その勢いのまま軌道を変えた、こうなると止めるとき以上の力を出さなければならない。小難しい言い方をすると物理学の分野などで出てくる『慣性制御』、それをこの人は簡単にではあるものの自身の肉体の力でのみ行ったのであった。
それを可能とするまでに鍛え上げられた筋肉に加え、自身のすぐそばにまで攻撃が近づいてきているのにも関わらずあっさりとそれを行う胆力。その二つを国内で最も磨き上げている人物。それがこの人、“民護騎士団”第一師団長兼守護騎士筆頭、サリウス・アレキタイトなのである。