元騎士、死す?
いやぁ〜やっとヒロイン登場です!
エクティスは九頭龍犬狼という天災のような存在にビビりながらも油断なく構えていたが、結果から言うとそれはエクティスの命の存続になんら影響を及ぼさなかった。
九頭龍犬狼はまずは小手調べと言わんばかりに三つの首で同時に食いかかってきた。
目をいっときも離さず見ていたのに、狼の名に恥じぬ電光石火の速度で噛み砕こうと接近する顎門
刻一刻と近づいてくる牙に対して、エクティスは構えた体勢のまま1ミリも動けずに、自分の短い人生を走馬灯のように思い返していた。
蛇に睨まれたカエルがそうであるように、死ぬときとはそういうものなのだ。
目の前が真っ暗になり、自身の死を確信していたら、緊迫感のかけらもない鼻歌感覚、しかし鳥のように澄んだ声が呟く。
「贋流殺法 偽剣・燕返し」
呟いた後か前かわからないが、鈴の音のような音が流れる、これはエクティスにも慣れしたんだ音、つまり鞘から剣を抜いた時に発する抜刀音。
星の無い夜空のような漆黒の闇に3本の流れ星が流れた気がした
硬質な物同士がぶつかり合い、耳障りな音が鳴り響くこと連続で三回、次に何か重いものが落ちる音も三回、後に完全な静寂が訪れる。
その静かな時間は実際には一瞬程度だったが、エクティスには体感的に、数秒にも何億年にも感じた。
一瞬の静寂が九頭龍犬狼の苦痛の叫びによって破られた。
『グルァァァァァァッ!??!!?』
九頭龍犬狼の無数にある首は異口同音に悲鳴を上げ続けているため、不思議な重奏音を奏でていた。
今の所聴覚にしか頼っていないエクティスの鼓膜を少女の声が刺激する。
「大丈夫でござるか?」
その声で我に帰るエクティス、暗闇が晴れたと思ったら、どうやら目の前の少女が振り向いただけらしい、彼女の黒い髪で前が見えないのを、死後の世界の入り口と勘違いしたのだ。
「ここは拙者に任せて、其方は逃げるでござるよ」
エクティスの無事を確認したら前に向き直りつつ飄々とそう言ってくる少女。
「は?君みたいな」
「危ないでござる!!!」
「ブラァァァァッッ!!!?!」
女の子を置いて行けるわけないだろ、と言おうとした途中で少女の回し蹴りで吹っ飛ばされるエクティス。
一瞬後にエクティスがさっきまでいた場所に九頭龍犬狼の頭が突き刺さる
「獣流別露巣ならさっきので終わりなんでござるがなぁ〜……まぁこのまま首切っていけば………ありゃ?」
そう呟く少女の視線の先で、いつのまにか三つも首を失っている九頭龍犬狼の頭を絶たれた首から新しい頭が生えてきた。
生えてきた頭の前に火球が生成され、少女に放ってくる。
難なく避けるが、今度は火球だけでなく、色とりどりの魔法弾を打ち込んでくる、エクティスの位置から見ると非常に幻想的な光景で心を奪われそうになるが着弾時の爆音に顔しかめ耳を塞ぐ。
数打てば当たるの理屈で数えるのも馬鹿馬鹿しい数を乱射する九頭龍犬狼。
人一人に対しては過剰火力の絨毯爆撃、エクティスは少女が火で焼かれ、雷に打たれ、風で切られ、土に押しつぶされ、水に流され、闇に侵され、光に浄化され、この世のありとあらゆる力にミンチにされ、骨すら残らない姿を幻視した。
しかしそんなエクティスの悲惨な予想を良い意味で裏切られた、少女は汗ひとつ浮かべず、全ての攻撃を見切る。
柳に風、風に乗った木の葉のように、ヒラリヒラリと紙一重でかわし続ける。
「なるほど、緋夢怒羅の再生能力も持っているでござるか………こうなったら一度に全ての首を切り落とすしかないでござるな」
そう呟くや否や、流星群のような弾幕を抜け九頭龍犬狼の前に躍り出る。
『ガルルルシャァァァア!!』
魔法が当たらないなら、直接噛み砕けば良いと判断したのか、狼と蛇の声が入り混じったような奇妙な咆哮を上げながら少女に九つの顎門で食らいつきに行く九頭龍犬狼
少女は九頭龍犬狼の咆哮に比べると小さく澄んでいて綺麗、だが刃の鋭さを持った声で囁く。
「贋流殺法 昇華の太刀 十重交差斬り」
エクティスには横薙ぎを一閃したように見えただけだったが、次の瞬間、九頭龍犬狼の九つの首だけでなく、尻尾まで斬り落とされた。
首のなくなった九頭龍犬狼の前に着地し、もう用はないというように踵を返す少女。
「そこそこ強かったあの魔物に匹敵する強敵と聞いていたのに……期待はずれでござるな」
瞳に憂鬱さを宿しながら呟く少女
しかし九頭龍犬狼は最後の力を振り絞り後ろから少女に爪をつきたてようとする、前が見えないはずなのに、偶然にも少女を捉える。
「なっ?!?まだ生きて!?」
少女は後ろからの攻撃に気づくも、一歩遅い、このままでは引き裂かれてしまう、そう思ったらエクティスはいつのまにか彼女を突き飛ばしていた。
「危ねぇ!!」
「きゃっ??!」
一瞬前までいた場所を九頭龍犬狼の鋭い爪が空を切る。
突き飛ばされた少女は転がりながらも姿勢を正し、エクティスに怒号を飛ばす。
「お、お主まだいたのか!………助けてくれたことは礼を言うが、危ないから逃げるでござる!!」
エクティスはさっき言いそびれた分、自身の騎士道精神心得を少女に思う存分ぶちまける。
「ふざけんな!!俺は騎士だ!!雑用でこき使われる下級騎士だろうが、騎士団をクビになろうが、相手が九頭龍犬狼だろうが、女の子を一人置いて逃げられるわけねぇだろ!!!俺の騎士道精神に反する!!」
「なっ?!?」
少女は呆気にとられた顔を浮かべるが、そんなもん御構い無し。
エクティスは九頭龍犬狼に向き直り裂帛の気合を込めながら叫ぶ。
「失せろ!!龍か蛇か犬か狼かわからんゲテモノが!!!それ以上近づいたら叩っ斬ってやる!!!」
ヤケクソ気味に大声をあげ、それに対してしばし止まる九頭龍犬狼。
自身の死をまた確信してたら、音もなく倒れる九頭龍犬狼。
どうやらもともと死にかけで、悪あがきの一撃しか放てなかったようだ。
「し、死ぬかと思っ……た……」
自身の安全を確認した直後、直立したまま剣を落とし、倒れこむエクティス。
「助けられたことなど久しぶりでござるよ…………と言うか、さっきの剣を使わない剣技……鬼神位の剣気?………まさか………やっと見つけたでござる」
少し頬を染めた後に、恋慕の感情、驚愕の声、長年追い求めた物を手に入れた達成感、様々なものを滲ませながら呟く少女
そんな少女の独白が聞こえた気がするが、意識がどんど遠のき完全に気絶したエクティスにはどうしようもない。
エクティスは人生最大最高の厄介な勘違いを治すチャンスを失ってしまった。
ここまで読んでくれてありがとうございます!どんな話になるのでしょうか!(作者もまだ考えてない)