第七十三話 愚かな行為
「そう言や、先輩は彼奴等のその後を知ってるみたいだったよな」
今の話に出て来たのもそうだが、先日の夢での懐かしさに反吐が出そうな封印してきた記憶を思い出した所為で、彼奴等のその後が少し気になって聞いてみた。
俺の言葉に先輩は少し驚いた顔をしている。
まぁ、この前は聞きたくねぇって断ったから仕方無いだろう。
十中八九あいつらの事を聞いたって胸糞悪い結果にしかならねぇってのは承知だが、さっき今の俺が有るのは逃亡生活のお陰と言う先輩の慰めによって、多少過去に放置したままの俺の負債に向き合う覚悟が湧いて来たんだろうと思う。
ある意味心の整理が付いたって事だな。
それに、どっちにしろ俺は近々アメリア王国に戻らねぇといけねぇみてぇだし、あいつらの現状を知らねぇまま、ばったり再会しちまったら気まずいを通り越して刃傷沙汰が勃発し兼ねぇしよ。
……勿論、俺から仕掛けるって事だが。
「ほう、聞く気になったか? お前の中の気持ちの整理が全部終わったようだな」
「そりゃ全部とはいかねぇが、ある程度はな。飲み込めねぇとこがまだ有るが、少し前にあいつらの夢を見ちまって、気にはなっていたんだよ」
「そうか……。よし! じゃあ、語ってやろう。だが最初に言っておくぞ。あいつらが今何処で何をしてるかのかは知らないぜ」
「え? そうなのか? この前の話し振りではなんか知ってそうだったんだが」
「いや、奴等のその後を聞くか? としか言わなかっただろう」
「そうだったっけ? まぁ、いいや。しかし残念だな、三人共当時でもかなりの腕だったんだ。それなりに有名になってもおかしくねぇと思ってたんだが……。それに今あいつらが何処で何をやってるかって知れた方が逆に気が奮い立ったのによ。まぁ恨み節って奴だがな。はははは」
自嘲気味にそう言って、俺は笑った。
先輩も『違いねぇな』と苦笑を零す。
「ハハッ。そいつらも今の先生が世界最強の神の使徒だなんて知ったらどんな顔をするんでしょうね。まさにざまぁみろって奴ですよ」
ダイスが嬉しそうにそう言って来た。
まぁな、今すぐ彼奴等に会いに行ってざまぁってのは今までも何度か考えはしたが、気持ちの整理も心に余裕も無かった俺じゃ、ざまぁと思う前に手が先に出ちまってただろうぜ。
と言うか、どこにいるかも分からん奴を探しに行くのは面倒臭さかった……、いや、これは単なる言い訳だ。
本当はただ単に過去から逃げ出したかっただけ……。
なんせ長い逃亡生活の所為で、俺の身体にゃ逃げ癖が染み付いちまってたからな。
あれ? そう言や、ダイスはなんでハリー達の事を知っているんだ?
「おい、ダイス。お前、奴らの事を知っているのか? って、……あぁ、そう言えば俺の過去の話は先輩に聞いたんだったな」
「えぇ、実はその人達のその後も聞いてます。と言ってもマスターと同じで、今のそいつらの事は知りませんけどね。会ってガツンと言ってやろうかと思って、少し調べてみましたが分かりませんでしたよ。少なくともこの大陸まで伝わって来るような有名人ではない様です」
「すまねぇな、ショウタ。前にも言ったがお前の過去を喋らねぇと、お前と差し違えてやるみたいな目で迫って来たからよ」
「勝手してすみません。けど、俺なんかが先生と差し違えるなんて不可能ですけどね」
「いや、それぞれが俺の事を思って動いてくれた結果だろ? 怒りなんて湧いて来ねぇさ」
皆に気を使わせちまってるみてぇだ。
まぁ、犯罪者で逃亡者で理を破る者って複雑な存在だ。
その上、神の使徒ってのも追加されたんじゃ普通ならどう扱っていいか困るだろ。
それなのに先輩もダイスも今まで通りに付き合ってくれている。
元からそうじゃないかと疑われていたってのも有るかもしれねぇが、それでも嬉しいや。
「ショウタがそう言ってくれると助かるぜ。勝手に喋った事はずっと気に病んでいたからよ。んで、彼奴等の事だが、尋問の間一頻りお前の悪口を言いやがってな。あぁ、レイチェルに関しては悪口みたいな事は言ってなかったみたいだがな」
「レイチェルは言ってない? いや、まぁ、そんな事はどうでもいいや。どっちにしろ俺の事を庇おうとしたりなんてのはしてねぇんだろ? チラッと聞いた噂じゃ、彼奴等全員俺の行きそうな所は吐いたって聞いたしよ」
今更、レイチェルがどうだったって意味は無ぇ。
俺の目の前でハリーと抱き合った事で、俺の中のヘイトはカンストしてるぜ。
「あぁ、取り調べ自体は騎士団がやったんで俺はメイガス経由で聞いただけだけだが……、その頃はまだメイガスの騎士資格返上が国王預かりで保留の段階でな、取り調べには立ち会っていたようだ」
「なるほどな。いや実際当時アメリア国内じゃ俺が逃げた先々に検問が有って焦ったぜ。ったくあいつらやってくれるな」
「あぁ、特にレイチェルはお前は故郷の村に帰っている筈だと主張していたぜ」
ん? 故郷の村? なんでだ?
仲間にも故郷の村の事は言わなかった……、いやレイチェルだけは知っていたか。
寝物語でレイチェルに小さい頃の事を聞かれた時、油断してポロっと喋った事が有った。
幼馴染のクレアの話に差し掛かった途端、無茶苦茶怒り出したのが怖かった印象が強くて忘れていたぜ。
だが、それにしても村に関しては辛い思い出だから、あそこには二度と行かねぇって言っていたと思うがな?
辛い思い出ってのは本当だが、実際はただの現実逃避だ。
作られた記憶と現実の違いを知りたくはなかった。
神が言った事が事実なら、俺はこの世界で一人ぼっちだ。
なんせ、因果律だか魂の総量だか知らねぇが、魂レベルで完全に異分子なんだからな。
ずっと一緒に居るって言っていた神に見捨てられた後、この世界との繋がりを作られた記憶の中で感じていたかった。
甘える事なんて出来ないくらい厳しい両親に育てられた俺が、記憶の中ではこの世界の両親によって過保護なまでの優しさなんて物を十四年も味あわされっちまったんだ。
情け無ぇ事に甘える事に依存しちまったってたんだろう。
そんなガキの俺には一人の寂しさが耐えられる訳が無ぇさ。
だから逃亡中と言えども、故郷に帰るなんて事は思わなかった。
もし帰って記憶の中の出来事はやはり幻だったと言う現実を自覚したら、寂しさの余りこの世界からも逃げ出したくなって自殺でもしていただろう。
その頃はまだ何処かで神が助けてくれる事を信じていたんだろうな。
本当に甘ったれで馬鹿なガキだったぜ。
「故郷に戻る事なんて全く考えていなかったな。 レイチェルは何を根拠にそんな見当違いの事を主張したんだ?」
「さあな~、実際に大掛かりな調査団が山狩りを行ったんだが、廃墟が有るだけで何の手掛かりも見付からなかった。実は俺も付いて行ったんだぜ? 丁度メイガスが隊長責任を問われ王宮に召喚された際だったもんで、庇う奴も居ねぇから何とかねじ込ませて貰ったんだよ。とは言え、お前がそこに居なくて助かったぜ」
「苦労かけちまった様だな。ありがとよ先輩」
「いや、いいって事だ。それにその村には俺も興味有った……いや、なんでもない」
なんだそれ? 俺の村に用でも有ったってのか?
あぁ、そう言えば先輩って『大陸渡り』を利用して国を出たんだったか。
それに滅ぼされた村なんだし興味が会っても仕方無ぇな。
言うのを止めたのは俺に気を使ったって事か。
しかし、レイチェルの奴はなんだってんだろうな……、あっ!
「分かったぜ。あいつ俺が故郷に戻らねぇって言っていたのを聞いて、逆にそこに戻って隠れていると邪推したんじゃねぇか? へっ、そうは行くかってんだ」
はっはっはっ! これは策士策に溺れる奴だな。
そこに本当に廃墟が有ったんだとしても、神が整合性取る為に作っただけで、誰も住んでた事なんてねぇんだよ。
俺含めてな。
「そうそう、そう言えば。なんか急に国境の検問の人員が薄くなった事が有ったんだよ。あれはその大規模な山狩りって奴に担ぎ出されてたって事だったんだな。まぁ、お陰で国外に逃げ出せたし、レイチェルの馬鹿な勘違いにざまぁの想いを込めて礼を言わねぇとな」
「……ふむ。そうか……」
俺がレイチェルの勘違いに笑っていると先輩が何やら考え込んでいた。
「どうしたんだよ先輩。なんか有ったのか?」
「いや、なんでもない。それにしてもレイチェルがそんな勘違いしてラッキーだったな」
「あぁ、んで、その後どうなったんだ? 彼奴等は」
「程なくして解放された。そりゃ彼奴等自身には罪は無いからな」
「まぁそうだろ。それに関しちゃ異論は無ぇよ。俺の所為で掴まったんだしよ。謝るつもりは無ぇけどな。で、隣国に行ったのか?」
ハリーの話じゃ、Aランクパーティーに誘われてたって言うし、手柄は挙げられなかったが俺達のパーティーは消滅したんだから気兼ね無しで行けただろ。
……レイチェル共々な。
「いや、行ってねぇよ」
「ハァ? 何でだ? 確か隣の国の冒険者パーティーに呼ばれてるって話を聞いたぜ」
俺の言葉に先輩は苦虫を噛んだような顔をして少し唸った。
「お、お前、知っていたのか? あいつらがAランクパーティーから引き抜きの話が有った事……」
「あぁ……夜中に目が覚めた時に偶然彼奴等三人でその事を話してるのを聞いた」
その言葉に、先輩は息を呑み目に怒りの火が灯るのが伺えた。
横に居るダイスも唇を色が変わるくらい噛んでおり、その目には憎悪が浮かんでいる。
そうか、二人共俺の為に怒ってくれているのか。
少し気が晴れたぜ。
「……あいつらめ! チッ、まぁいいっ! 結局自分達がした愚かな行為でそんな未来もご破算になったんだからな」
「愚かな行為?」
「あぁ、あいつらはな、冒険者としてやっちゃいけない事をしたんだよ」
やっちゃいけない事?
別にパーティーの引き抜きってのは普通に有るだろ。
それなのに引き抜こうとしたパーティー側が入れるのを止めたってどう言う事だ?
犯罪者が出た為に自然消滅したパーティーだ。
しかも、ハリー達はその俺の行為に無関係だったし、断る理由なんて無ぇんじゃねぇのか?
「あいつらは、仲間を助ける為に行動した仲間に対して暴言を吐き、一方的に切り捨て、あまつさえその仲間を売って保身に走ったんだ」
先輩はまさに吐き捨てるようにそう言った。
額に血管が浮き上がり顔を真っ赤にしている。
「……いや、ちょっと待てよ。確かにそうだが、助けたって言っても内容が内容だぜ? どうしようもなかったって事が判明した今ならいざ知らず、当時はそんな事分かる奴なんて居なかったじゃねぇか。魔物を操ったって言う嫌疑も有ったしな」
「それにしてもだ! 冒険者のパーティーって言うのはな、互いに信じあって、そして命を預けて何ぼなんだよ。お前がただ単に犯罪を犯しただけって事なら話は別だが、あれは仲間を助ける為だったんだ。例えそれが結果として犯罪になったとしてもな。はっきり言うが、あんな状況冒険者ならお前じゃなくても同じ事をした筈だ。それなのに仲間の事を信じもせず、しかも喜んで他人に情報を売る様な真似なんかする奴は冒険者じゃねぇっ!」
いや、それは分かるが……。
しかし、だからと言って。
「ハリーもドナテロも事情聴取の際、我が身可愛さに騎士に取り入ろうとしてお前の事を散々笑い物にしながら嬉々として有る事無い事喋りやがった。それは冒険者として最大のタブーだ。仲間を売った卑怯者なんて話が広がりゃ、冒険者達の間じゃ誰もパーティーに入れたがらねぇさ。仲間の為に命張れない奴に預ける背中は無ぇしよ。実は今更な話だが、すぐに冒険者ギルドに逃げ込めばお前の事を匿ってくれた可能性だって有ったんだぜ? 当時聴取していた騎士達の間でさえ思わず吐きそうになる程の苛立ちを覚えたとの事だ」
自分の騎士団を操り同士討ちさせたかも知れねぇ相手に対しての悪口でさえ腹が立つ程だったのか。
後日、捜査がメイガス預かりになったってのも、もしかしたらそれが有ったからかもしれねぇ。
ギルドが匿う可能性が有ったってのは驚きだが、冒険者の信頼ってのはそこまで強い物だったんだな。
「……それで、ハリー達はどうなったんだよ。それにレイチェルは?」
「ハリーとドナテロは、Aランクパーティーに入れなかった事で性格が歪んじまったんだ。ギルドの酒場で毎日毎日お前の悪口を喚き散らしては周りに喧嘩を売るなんて真似をしていたんで、とうとうギルドから追放されてしまったよ。まぁ、仲間を売った卑怯者として既に居場所も無かったしな。暫くして二人して王都から逃げる様に去って行った。その後の事は分からねぇ。あそこまで虚栄心が強かった奴等だ。さっきも言った通り何処かの国に仕官したって話も聞かねぇし、それこそ何処かで野垂れ死にしててもおかしくねぇな」
「……ふぅ、そうか」
言葉が出ねぇ。
心の中がぐちゃぐちゃになって思考が纏まらねぇや。
ぶっちゃけ、一番聞きたくなかった答えだ。
俺の中の負債はシャボン玉の様に消えちまったって訳か。
この想いを何処にぶつけりゃ良いんだ?
それに……。
ん? 『ハリーとドナテロ』が『二人』?
「今、ハリーとドナテロの二人って言ったな? レイチェルはどうしたんだ? 一緒じゃなかったのか?」
レイチェルの奴、てっきりハリーと同じ穴の狢同士付き合ったのかと思ったんだが、なんでハリーとドナテロだけで街から去っていったんだ?
「あぁ、レイチェルの奴はお前が故郷に帰ったと言ったっ切り黙秘を続けてな。埒が明かないって事で先に釈放されたんだ。あと治癒師に関しちゃ教会の声が五月蝿くてな」
「なんで黙ったんだろ? 他にも行きそうな所は知ってる筈だぜ? 実際最初にデートした北の湖なんて暫く隠れてたしな。本当に馬鹿な奴だぜ」
「さあな。まぁ、その後すぐに王都から姿を消したんだ。お前を追って行ったと言う噂が流れてたが。……会ってないんだよな?」
「知らねぇよ。会う訳ねぇだろ! 追って来たんだとしても、どうせ恨みでも晴らそうとしたんだろうぜ。教会に問い合わせたらなんか分かるんじゃねぇのか?」
「そうか。教会に関してだが、あれは国を越えた独自の組織だし無理だな。自分達の仲間の情報なんて、例え一国の国王相手だろうがそうやすやすと洩らさねぇよ」
なるほど、そう言うものか。
治癒師のねぇちゃんが名簿の情報をペラペラと喋ってたから勘違いしたぜ。
そう言えば、そん時は俺の事を治癒師と思っていたっけ?
正直この世界の教会なんて組織が、どんな物なのかいまだに詳しく知らねぇ。
とは言え、行く気も調べる気も無ぇけどな。
出来るならこの先も係わり合いになりたくないぜ。
ポロッとこの世界の内情を洩らしちまうと、狂信者達が何をしてくるか分からん。
それこそ、神の敵とされちまう可能性だって低くないだろうよ。
「まぁ、いいや。もう過去の事だ。しかし、彼奴等の事を聞いたのに、なんか聞いた気がしねぇよ。余計もやもやしか残らねぇな」
「ははは、そうだな。すまんな。俺も彼奴等の事は腹が立っていたんで係わり合いにもなりたくなかったってのも有るが、それ以上にお前の捜索やその後の魔族による国家転覆計画への反抗で忙しくなっていったからな。それに戦争のどさくさに巻き込まれてって事も、まぁ有り得るだろうよ」
「そう言やそうだったな。国中が混乱に陥ったんだ。なら仕方無ぇさ」
そうだ、仕方無ぇ事だ。
あれから二十年、噂一つ流れて来ねぇってんだから、どっかで死んでてもおかしくねぇだろ。
彼奴等への怒りや恨みはいまだに心の中で燻っているが、そう思うと寂しくはあるな。
けど、折角俺が念入りに鍛えてやったんだ、どっかの国で二人共意地汚く生きてくれていた方が百倍マシだったぜ。
そして、どうせなら出世なんかして悪代官してくれていて欲しかった。
それなら大義名分有りの仕返しなんかも出来たのによ。
いや、もしかしたら、偽名使ってよろしくやっている可能性だって有るかも知れねぇ。
そうだ! 彼奴等がそう簡単にくたばる筈がねぇよな! って。
……クソッ、死ぬ程恨んだ彼奴等に対して生きていてくれればなんて思う日が来るとはな。
俺も焼きが回ったもんだぜ。
今度里帰りした際に少し調べてみようか、生きていたら会えるだろうし、死んでいたら……。
線香でもあげてやるか。
まっ、この世界に線香なんて無いけどよ。
書き上がり次第投稿します。