第六十八話 懐かしき故郷
「あれ? 声が聞こえて来ねぇぞ? なんでだ? 魔法を失敗しちまったか?」
本来なら、魔法を掛けた後すぐに始まる鑑定の音声だが、一向に始まる気配は無かった。
一応プレートの周囲に取り巻いている魔力を流れを感じ取る限り、魔法自体は成立しているようだが……?
「なっ! なんだこれ?! 真っ白に……?」
始まらない鑑定結果に首を傾げて名札を眺めていると、まるで貧血の時の様に急に目の前が真っ白になっていった。
しかし、貧血とは違い気が遠くなる様な事も無く、意識はしっかりとしているし周囲からの樹海に住まう動物や虫の鳴き声も聞こえたままだ。
どこかに転送されたと言う訳でもなく、俺の視界だけが白い世界に閉じ込められたようだった。
一瞬魔族の罠かと思ったが、何かが近寄ってくる気配も魔力も感じない。
魔族が俺以上の隠蔽魔法の使い手ならいざ知らず、かと言ってこんな短時間で次の魔族がやって来るとは思えねぇ。
「なら、このプレートの効果なのか? だとしてもこれは一体どう言うこった?」
俺が突然起こったこの事態に混乱していると、真っ白だと思っていた目の前のある一点に黒い染みみたいな物が浮いているのに気付いた。
なんだ? と意識を向けた途端、その染みは徐々に大きくなり始める。
「こ、これは……、もしかして……?」
黒い染みと思っていたものは、大きくなるにつれてそれが何なのか理解した。
いや、理解したと言ってもその理屈と言う訳じゃねぇ、その先に何が有るかって事をだ。
黒い染みと思っていたのは穴だったようだ。
ただの穴じゃない、まるでテレビの画面の様にその奥に何処かの景色が映っていた。
上空から俯瞰で見下ろしているような位置からの映像だ。
そして、その景色は……。
「俺の故郷……なのか?」
故郷と言ってもこの世界の、だが。
時刻は真夜中なのか月明かりで薄っすらと辺りが見えるのみで、それでも山のシルエットや近くに有った湖の水面に映る月の輝き、全て記憶の中に残る懐かしき風景。
間違い無く俺の故郷だろう。
ただ記憶と違うのは、そこに有った筈の村は存在していなかった。
山の上の森の中、多少開けている場所のようにも見えるが、草木は生い茂り、所々にいくつもの黒い岩が顔を覗かしている、そんな殺風景な景色でしかなかった。
いや、それは当たり前だ。
なんせ、二十四年前に大陸渡りによって滅んだ……違う。
そもそも、そんな村など本当に有った訳じゃねぇんだ。
全て記憶の中の……、記憶の中の出来事……だ。
有る筈がねぇ……。
そう自分に言い聞かせながら、懐かしい景色を眺めていると、真っ暗だった景色が白み出してきている事に気付いた。
どうやら、夜明けが近付いてきたのだろう。
徐々に東の空が明るくなり、やがて朝日が顔を出し始め、暗かくて良く分からなかった俺の故郷がその光によってその姿を現し出た。
俺は朝日に照らされた故郷の姿を見て息を呑む。
岩が散在しているだけの何も無い森の中と思っていたが、それは岩ではなく崩れ落ちた住居の跡と言う事が分かった。
黒い岩と思っていたのは、高温で焼け落ちた土壁やレンガが煤で黒くなっていただけだった様だ。
もしかして、本当に村は存在していたのか?
……いや、これも想定内だ。
なんせ俺の村が滅ぼされた瞬間を見た奴は大勢居る。
俺が薬を届けに麓の町まで出かけた際に、衆人環視の元で大陸渡りの奴は村を焼いたんだ。
あの時の記憶に関しては、俺がこの世界に最初に降り立ち、村の生き残りとして保護された際の町の人達の言葉を照らし合わせた結果、実際に有った出来事であった事が分かっている。
王子の話し振りでは、王宮からも調査隊は派遣されただろうし、なにより神は歴史を作れるからな。
焼かれた村の認識が有るのに、その焼かれた村の跡がその場所に存在していなかったら人々の認識に矛盾が生じる。
神は言っていたじゃねぇか、『時間軸の連続性確保』とか『集団的認知バイアスの関係』とか言う理由で、無理矢理な情報修正は『世界の理』を壊すってな。
だから、『焼かれた村の跡』と言う証拠を捏造し、この世界の住人の認識を補完したんだろう。
だから、村の跡が無い方がおかしいんだ。
だから、アレは俺が育った村のレプリカみたいな物だ。
だから、だから、だから……、だけど。
心に何度も言い聞かせるが、懐かしく、そして悲しい思い出の景色を見ていると郷愁の念が沸き起こり頬を伝う涙が止まらなかった。
「神のクソッ垂れめっ! 本当に厄介な物を俺の心に刻み付けてやがって。絶対ぶん殴ってやるから覚えてやがれ!」
もう自分でも嫌になるほど言ってきた神への呪いの言葉を叫ぶ。
偽りの故郷を見るのが嫌なら目を瞑ればいいのだが、俺の想いと身体はそれを良しとしなかった。
何故、俺は今こんな物を見せられているのだろうか。
神の策略で有る事は間違いないが、今まで二十年以上ほったらかしにしておきながら、最近の保護過ぎるくらいの介入具合はどう言う事だ?
必死に表舞台に立たそうとする嫌いは有るには有るが、ここ数週間で起こった数々の事件に関して、間接的に所か二度も直接介入して来やがった。
思い起こすと、どれか一つでも欠けていたら、俺はその時点でゲームオーバーになっていただろう。
聖女騒動を始め、身バレと言う立場的な事も有るが命自体を落とすような場面も一度や二度ではなかった。
今回の事にしても、女媧モドキの時の声やコウメとの出会い。
それに間接的にだが、晩餐会での姫さんとの出会いでさえ、国王と面識を持ち、クァチル・ウタウスの情報を入手する切っ掛けとなったと言えるだろう。
まぁ、介入の度に漏れなく面倒事が増えて行っている気はしるし、今更神を許すなんて気はさらさら無ぇが、灰色だった俺の人生に色が付き始めた……、さっき死を意識した時にも思ったが、やっと面白くなってきた、そう思えてくる。
神の策略に乗るようで癪だがな。
「な、何だあれ!」
神に対する矛盾を孕む様なことを考えながら、懐かしい景色を眺めていると、東の方に光る点が有るのに築いた。
目を凝らして確かめると、どうやら光る何かが凄まじいスピードで向かって来ている様だ。
白い鳥……? いや……違う!!
「アレは魔族のバトンか!」
あんな速度で光り輝く鳥など居ない。
間違い無く先程ここから飛び去った魔族の力の源、次なる魔族の目覚めを促す、あの光の玉!
それが東から南南西方向に飛んでいる。
故郷の位置から推測するに、あの方角はアメリア王国の南方の国、確かタイカって名前の国が有る方だな。
操られた第二王子がその国の姫を攫い、その報復としてアメリア王国は滅亡したんだ。
それ自体は王子でさえ仕方無いと納得しているから良いが……。
そう言や、現在アメリア王都にはメイガスが領主として居るんだったな。
それにタイカの姫を妃にしていると先輩は言っていたか。
「ハッ!! もしかして、神の奴はこれを見せたかったって事か?」
なるほど、そう言う事だったのか。
恐らく女媧の次はタイカ国の魔族が本来のルートだったんだろうな。
あまりにも遠いんで、こんな手を使って無理矢理行き先を知らせてきやがったのか。
神もこの世界を行ったり来たりさせるつもりなんかは無かったみてぇだな。
あくまで今回はイレギュラー対応の為の特別阻止だったと言う訳だ。
なんせプレートも急ごしらえ仕様だったからな。
これ以降のプレートが皆そんな感じだと、魔族に対して憐憫の情が湧きそうで嫌なんだが仕方無ぇか。
「取りあえず次の目標は決まったぜ。まずメイガスに会って、タイカ国の魔族についての情報を入手する。う~ん、問題はどうやってアメリア王都まで行くかだな」
真面目に行くなら馬車に揺られて船に乗ってと数ヶ月はたっぷりと掛かるだろう。
その間に復活されていたら厄介だ。
生憎な事にこの世界の魔法には空を飛ぶだのテレポートだのは存在しない……と思う。
少なくともそんな情報は聞いた事無いし、母さんによる魔法講義でも出てこなかった。
まっ、そこら辺は魔族討伐の報告がてら先輩や王子に相談するか。
そう言えば、王子ってば今クァチル・ウタウスの倒し方を探ってくれているんだよな。
無駄足に終わらせてしまったが、まぁ倒したんだからいいか。
そうだ、国王に相談したら、何か王家御用達の移動手段を持っているかも知れねぇ。
んじゃ戻るとするか。
と思った俺だが、そこではたと気付く。
「…………ん? そう言えばどうやってこっから戻るんだ?」
次の魔物のヒントの為とは言え、勝手に映像を見せられたんだ。
俺がやった訳ではないんで当然戻り方が分からねぇ。
「おいっ! 神! 分かったから早く戻しやがれ! どうせそっちから声を掛けてくる気は無ぇだろうが、俺の声は聞こえてるんだろ?」
取りあえず、聞いてる筈の神に対して戻すように叫んだが、目の前の景色は相変わらず故郷の空からの景色だった。
既に魔族のバトンは南方に飛び去り見えなくなっている。
鑑定の魔法が掛かっている間だけ見えるのかとも思ったが、既に鑑定の魔力は消え失せているので、正規の効果時間は終わっているのだろう。
暫く待ってみたが戻る様子は無い。
相変わらず音や肌に感じる気温などは封印の祭壇の場所のままだ。
しかし、視界だけは俺の故郷の上空数十メートルの位置にいる。
元々、標高の高い場所だったが、更に高く見晴らしだけは素晴らしい。
それに、いつの間にか朝日差す太陽はその姿を全て現し、すっかり辺りを照らしていた。
その光によって故郷の姿はより鮮明に見えて来る。
俺は戻る事を暫し諦めて、その見えて来た故郷の風景に目を奪われた。
「二十四年経ってもクレーター跡はすげぇな」
それは『大陸渡り』のブレスによって大地に穿たれた傷跡。
どうやら、ほぼ俺の家を中心として四方数十メートルに渡り巨大な穴が開いている。
二十四年経った今では草木に覆われており、先程までの暗がりでは窺い知れなかったが、朝日に照らされた今ならハッキリとそれが『大陸渡り』の置き土産である事が分かった。
「人が住まないとここまで荒れるもんかね……」
さすがに生えてる木は小ぶりだが、幼馴染達と遊んだ通りや広場などは既に人がかつて住んでいたと思えない様な有様だ。
記憶の中にしか存在しない子供の頃の記憶に物悲しい気持ちになっていると、視界の隅に何かこの廃墟に有る筈の無い物が存在しているのに気付いた。
見間違いかとそちらに目を向けると、どうやらそうではないらしい。
「あれは……焼け残った廃墟……じゃねぇよな?」
向けた視線の先には、急拵えの掘っ立て小屋の様な建物がそこに存在していた。
ロッジと言やそれなりにかっこよく聞こえるが、高さはそれなりに有るものの丸太を適当にぶった切った物をロープや釘で無理矢理家の形に整えたと言う感じか。
俺の記憶では、そこは村の入り口だった場所だ。
ただ村からの出立や帰郷の際、それに偶に村に来ってくる行商人等がまず腰を落ち着ける、そんな特別な理由も無くただ単に開けていただけの場所だったので、少なくとも作られた記憶の中にはそんな建物は存在していなかった。
と言う事は、俺がこの世界に連れて来られた後に誰かが住み着いたって事か。
一体何考えてこんな辺鄙な所に住もうと思ったんだ?
猟師が狩りの為に住み込み用の小屋でも建てたんだろうか?
見た感じそれほど古い……と言うより、丸太の切り口を見る限り風化による変色も見られない程のつい最近建てられた物の様だ。
ボロいとは言え、旅人が道すがら風雨除けの為に建てたにしたら立派過ぎるだろう。
それにその周囲も草木は刈って整地したのか、他の場所と違い地面が見えていた。
と言う事は、今も中にこれを建てた奴が住んでいる可能性が高い。
折角なのでその物好きな住人の顔を拝んでやろうと掘っ立て小屋の入り口を眺めていると、扉がガタガタと揺れ出した。
恐らく中の住人が扉の閂外しているのだろう。
「おっ、丁度出て来るみたいだな。どんな奴が住んでんだ?」
ゆっくりと開いていく扉を、少しワクワクしながら眺めていると、中から入り口のサイズに比べてかなり大柄な男が鴨居をくぐる様にして姿を現した。
出て来た男は背筋を元に戻すと、少し伸びをしてから歩き出す。
手には長くて太い棒の様な物を持ち、引き摺っていた。
その男の第一印象は一言『デカい』。
そして次に続く言葉が『筋肉ダルマ』。
先輩を凌ぐかと思うほどの巨躯だ。
いや、確実に一回り以上は大きいだろう。
この俯瞰した角度からでは、顔があまりよく見えなかったが、不意に立ち止まり再度伸びをした際にはっきりと見る事が出来た。
すぐに体を戻したのでまた見えなくなってしまったが、その顔に俺の頭は真っ白になり、胸が激しく脈打ち出した。
「そ、そんな……、あれは」
俺は目に映るその姿に、記憶の中の姿を重ね合した。
書き上がり次第投稿します。




