第六十二話 冒険
「良かった~。バースの奴ら全滅していたんじゃなかったんだな」
ホテルでの俺の財布のライフが0事件の明くる日。
俺達は北の放牧場まで馬車に乗ってやって来ていた。
勿論、北の火山の麓に有るとされる封印の祭壇の調査と周辺の安全を確保する為だ。
ここより北は馬車が通れる道など無い土地となる為、取りあえずこの放牧場の宿舎を拠点として北の火山に向かう事になっている。
てっきり、大猿襲撃事件以降放置されていたのかと思っていたが、もう運営を再開しているようでバースの世話をしている飼育員の姿が見えた。
一応所々、護衛の為なのか騎士の姿も見えるな。
しかし、俺の言葉通り、以前バース目的で見学に来た時よりは数が少ないものの、かなりの数が無事に生き残っていたようだ。
この様子だと、女媧モドキはここには現われていないようだ。
「お待ちしておりました。勇者様、それにブレナン様にお供の方々もご苦労様です」
俺達の到着を待っていたのか、宿舎の入り口には騎士隊の他、この放牧場の責任者と思われる人物が立っており。俺達に挨拶をしてきた。
ブレナンとは、従者の爺さんの名前だ。
この爺さん、ギルドマスターを引退後に宮廷魔術師になっていたらしい。
それなりにこの王国では有名人物みたいだな。
そして、今は勇者の従者なのだが、いまいちそれが栄転か左遷かは、いまだこの世界の価値観には少々疎い俺じゃ分からねぇ。
それと、行く道すがら馬車の中で聞いたのだが、驚く事にこの放牧場は元々火山麓の樹海に封印されている魔族監視の為に作られた観測所であり、ここに居る従業員自体王国直下の監視員みたいなものらしい。
まぁ、長い平和の所為でこの前の失態を演じてしまったが、それにしても本来の観測対象とは異なる魔族の襲撃であったので仕方無い所も有るだろう。
今挨拶している代表の奴も教会の怪我人の中に居たのを覚えている。
重傷だった奴も何処かにいるんだろう。
まぁ、よく考えたら、あんな大量な怪我人が発生するレベルの襲撃を誰一人欠ける事無く街まで撤退出来たってぇんだから、従業員全員それなりに訓練受けていたとしてもおかしくねぇか。
「ふむ、皆、先日は大変だったようじゃな。全員無事で何よりじゃ」
「ありがとうございます。女神様の加護のお陰ですよ。それより、先のあの事件は、我が国の魔ぞ……、あ、いえ」
ん? 代表者の奴、俺見て話を止めたぞ?
あぁ、何かバツの悪い顔してやがるし、俺の事を一般市民と思って魔族の件を漏らさないようにと黙ったのか。
「あぁ、ソォータ殿は大丈夫じゃ。今回の調査隊の一人じゃ。国王からの許可も下りておる」
「そうでしたか……、いえ、彼は先日の襲撃の時、パジャマで教会に現われた変た……ゲフンゲフン。少しおかしな輩だと……」
「うっせーよ!! 言い直しもフォローになってねぇぞ!」
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「へぇ~、祈りの巫女ってお前の母さんなのか」
次の日、日が昇るよりも前の早朝から北の火山の麓にある祭壇に向けて出発した俺達は、女媧と戦った北の森を抜け、更に北上してジャイアントエイプの巣が有る大森林を目指していた。
北の森と大森林の間には、小高い山がいくつも連なっており、それらを越えた先に大森林、そして溶岩の名残で出来た火山岩の岩場の奥に目的地である火山がそびえ立っている。
俺もこの山々を越えた所までは来た事は有った。
しかし、それより北の地は行く用事も無かってんで、全く知らねぇ土地だ。
この先は案内人の先導だけが頼りになるだろう。
ちなみにその案内人とは、なんとあの瘴気にやられた重傷者だ。
怪我は大丈夫かと聞くと、女神様の奇跡のお陰で元気一杯と嬉しそうに答えていた。
まぁ、無事で何よりだぜ。
その後、幾つか山を越えた所で一旦そこで休憩と言う事になり、俺達は少し開けた所にそれぞれ腰を下ろし、簡単な昼食を取りながら体を休めている間、雑談を始めたんだ。
コウメの事を色々と聞いていると、どうやらこいつの母親が今回の再封印の儀式の祈りの巫女として選ばれているらしい。
勇者の母と言う娘の七光りなのだろうか?
「お母さんは、お父さんに負けないくらい有名の凄い治癒師だから選ばれたのだ。えっへん」
コウメが自慢気にそう言った。
へぇ~、実力で選ばれたのか。
と言う事は、コウメは英雄と祈りの巫女に選ばれる程の治癒師との間の子供と言うある意味サラブレットな血筋と言う事か。
これじゃあ、逆にコウメの方が勇者として神に選ばれたってのが、ある意味親の七光りって言えるのかもしれねぇな。
『勇者』……。
これに関しては、聖女の条件と違い俺も知っている。
まぁ、去年凄い騒ぎになったから、その時に知ったんだがな。
それまで、英雄と同じく凄い奴に贈られる称号の上位版としか思っていなかった。
勇者の選出に関しては聖女のややこしい条件と違い、至ってシンプルだ。
ある日、体の一部に勇者の紋章が現れると共に、光の力を授かると言う事。
ちなみにコウメの紋章が現れた場所は、なんと左胸の上と言うギリギリやばい場所だった。
嬉しそうに俺に見せて来たので焦ったぜ。
今のところはぺったんこなんで、俺的には特にどうとも思わないが、あと数年もしたらそれなりに出て来るもんも出て来るだろうし、五年もすればこの世界じゃ成人だ。
冗談じゃ済まなくなるだろう
無闇矢鱈に見せるもんじゃないって説教したら、きょとんとした顔をしていたけど、こいつにはまだ羞恥心ってのが無ぇようだな。
神の奴め、女の子なんだから、ちょっとは場所を考えやがれ!
まぁ、勇者に関しては聖女と違って、実はそれなりの数が世界中に現存している。
逃亡旅の途中にも、その内の何人かを見かけた事さえあるくらい、世間一般ではポピュラーな存在と言えるだろう。
いや、聖女が特に貴重なだけで勇者が世に溢れているって訳じゃねぇし、この大陸にはコウメ含めて片手に満たない人数しかいないんだけどな。
そう言えば『聖人』なんてのもいるんだっけ?
これに関しちゃ候補にされそうになってる身としては知りたくもねぇな。
「そうなんですよ~。チェルシー先輩は凄い人なんです。なんでも若い頃から一人切りで巡礼の旅を続けていたみたいで、その旅路の果てに隣の国に落ち着いたって言っていました。旦那さんが亡くなったのを機に、この国の大神殿に司祭長として異動する事になりまして、私も一緒に付いて来たんですよ。孤児院も手掛けれてておりまして、本当に素晴らしい人なんです。それに巡礼の旅の各地で先輩の逸話が色々と残ってましてね、準聖女って呼び声も有る位なんですよ」
従者の治癒師のねぇちゃんが興奮気味で俺に解説をしてくれた。
ほう、その話が本当だとすると、確かにすごい人物の様だな。
そんな立派な人物が居たなんて今まで知らなかったぜ。
チェルシーねぇ?
何処かで聞いた事は有る気もするが、逃亡中は人の活躍話とか興味なかったし覚えてねぇや。
「へぇ~、そいつはすげぇじゃねぇか。コウメ、お前の母ちゃんも父ちゃんも立派な人達なんだな。お前も勇者に選ばれた事に胡坐をかかずに、両親の名に恥じない様に立派になれよ」
「分かったのだ! だから先生! 僕にいっぱい教えてほしいのだ!」
「ははは、分かった分かった。俺が鍛えてやるよ」
俺が見殺しにしたこいつの父親の代わりにな。
厳密には見殺しとは違うんだが、あの時はこの世界の住民なんてのは勝てない相手から逃げ出すだろうとバカにしていたし、勝てるんなら俺が出る幕もないモンスターだと思って、のんびり旅行気分で向かっていたんだ。
三年前のあの頃は、自分の力に奢り高ぶって心が冷めていたからな。
仮初めの安住の地を手に入れて、神の事を俺の妄想だと思い込もうとし出していたあの頃。
隠れての人助けさえ滅多にしなくなっていた。
この世界全てをバカにしていたんだろう。
けど、それは間違いだった。
この世界の人間は神々に作られたエキストラかもしれないが、それぞれちゃんと一生懸命に生きているんだ。
魔族襲撃のあの騒動から、様々な人達と心で触れ合う機会が増えた事で、それを理解する事が出来た。
「良かったのだ~。なんか喜んだらおなかが減って来たのだ……」
俺が感慨深く、これまでの人生の事を思い、気持ちを新たにしようとしていたらコウメがそんな事を言ってきた。
「今さっき食べた所じゃないか!」
「けど、減るもんは減るのだ」
勇者の力ってぇのは、この幼い身体には燃費が悪いのかね。
しかし、こいつ羞恥心の無い天真爛漫属性に、腹ペコ属性まで有りやがるのか。
本当に属性盛り過ぎだよな。
「そう言えば、コウメ。ちょっと聞きたい事が有るんだが」
「なんなのだ?」
「勇者は、紋章と一緒に光の力を授かると言うが、授かった力の中に『ドーン』若しくは『ぽよ』が付く魔法とか技は無いか?」
女神が残した口伝に『あげぽよドーン』と言う件が有るのだが、これが勇者由来の何らかのスキルではないか? と言う疑問が出て来た為、現在王子が勇者や魔法に纏わる書物を漁ってくれているのだが、結局出発の日まで顔を見せなかったので、すっかりその事を忘れていた。
先輩でさえ忘れていたんだから、俺は悪くないよな?
「なんなのだそれ? 紋章もそんなの知らないって言ってるのだ」
「え? その紋章喋るのか?」
「そうなのだ! と言っても、その声が聞こえるのは僕だけなのだ。頭の中に聞こえてくる感じで……」
「分かった分かった、服を捲り上げるな。って言うか、人前で見せるなって言っただろ! いいから早くしまえ」
ガバーッっと上着を捲り上げて、自慢気に紋章を見せようとしたから、慌てて注意した。
従者達は別に良いが、この案内人に見せるのは何かムカつくしな。
「わかったのだ。今後は気を付けるのだ」
「ったく。でっ、その紋章ってのは、なんでもべらべら喋るのか?」
もしかしたら、その紋章ってのは神との通信機みたいな物かもしれねぇからな。
俺が神の声が聞こえていた当時、それこそ背中とかに浮き上ってたなんて事だったら、その存在に気付かなかくても仕方無ぇだろ。
少なくとも今は紋章なんて物が付いて無ぇのは分かっている。
それにアメリア王国に居た頃にはもう無かった筈だ。
有ったら他の奴が気付いただろ。
特にレイチェル……とかな。
「ベラベラ喋るなんて事は無いのだ。質問しても婦長さんみたいに冷たい感じで勇者の技とかを教えてくれるだけで、他の事は何も言ってくれないのだ」
「婦長? 誰だそれ?」
「あぁ、シスター長の事ですね。あの人は淡々と事務的に物事を喋るんで、子供からしたらちょっと冷たい人と思ってもおかしくないかもしれませんね。でも結構情に厚くて涙脆い所も有るんですよ」
「そんな情報要らねぇよっ!」
兎も角、淡々と喋るってのは少なくともあの神じゃない事は確かだな。
あいつは喋り出したら止まらなかったし。
それに、こちらからの問いかけに答えないって言うのは、鑑定の魔法みたいに音声垂れ流しと言う事なんだろう。
と言う事は、勇者の技のガイド的なもんで、ゲームで言う所のポップアップヒントかシステムメッセージみたいな物か。
ちぇっ、 神との通信機だったらコウメに文句の言伝を頼みたかったのによ。
それより、今の情報が正しなら今現在も書物を漁ってくれているだろう王子が気の毒だな。
まぁ『ぽよドーン』が勇者由来じゃないからと言う可能性もワンチャン有るんで、それに望みを掛けるとしようか。
俺達が帰る頃にはそれなりの結論が出てるかもしれねぇし、一応期待しておこう。
「う~む、勇者様と対等に喋ってるなんて、この人は一体? あの時、教会にパジャマで現れた変な人って聞いたんだけど……」
俺達のやり取りを不思議そうな顔で見ていた案内人がそんな事を言ってきた。
「うっせーよ!!」
くそ、放牧場全体に俺の噂が広まってやがるな。
これじゃ恥ずかしくて、今後バース見学に行けねぇじゃねぇか。
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休憩を終えた俺達は北上を開始した。
今日中に大森林を抜け、火山の麓まで行く予定なので、突貫での森林縦断行となっている。
やはり人間が住まない地である為、それなりに魔物の襲撃が有り、その度に足を止める羽目になっているのが鬱陶しい。
魔物自体は雑魚みたいな奴しか出てこないので楽勝なのだが、何が鬱陶しいかと言うと、案内人が居る所為で身バレの危険が有って俺はほぼ戦力外となっているからだ。
俺の事をバラしてしまおうかとも思ったが、従業員の奴等って共有情報として俺を変人扱いしてやがるくらい口が軽い奴等ばかりの様だし、俺の力の事なんてあっと言う間に広まりそうなので止めておこう。
今のところ女媧モドキには会っていない。
いや、居るのか自体不明なので会わない可能性だってあるのだが、一応警戒だけは怠らないとな。
地面からいきなり湧いてくる様な危険な魔物だ。
俺やコウメ、従者二人は大丈夫だろうけど、この案内人の無事だけは絶対死守する必要がある。
だって、こいつが居ないと迷子になりそうだし。
大森林全体に逆土槍をかましても良いんだが、さすがにこれだけ広い森の中でそれをやるのは、地中内に生息している生態系を破壊しそうなので止めておこう。
それに俺に会わない限りは普通のモンスターだろうし、この森自体は誰も近寄らない所だからな。
無理に探し出して虐殺する必要も無ぇだろ。
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その後、女媧モドキは結局姿を現さず、普通に縄張りに入ってしまった事によるジャイアントエイプの襲撃やウォーウルフの群れとの遭遇、キラーベアの強襲などの、森林地帯あるあるな特に面白みの無い獣系の魔物との戦闘は何度か発生したが、誰一人掛ける事無く無事に大森林を抜ける事に成功した。
まぁ、こんな所でオーガやらドラゴンなんかに住み着いてられていても、それはそれで大事なんでこれでいいんだけどな。
やっぱり女媧モドキはアレで最後だったのか、それともたまたま出会わなかったのか、結論は未だ闇の中だな。
そして、夕方頃にやっと火山の麓にある樹海が見える場所まで辿り着いた。
「どうする? もうすぐ夜だぜ。一旦ここらで休憩するか?」
目的地はもうすぐだし、暗闇の中じゃ調査も何も無いしな。
俺の経験上、こんな時は無理せず休んだ方が良い。
ちょうど今居る所はかつての火山活動の名残とでも言うべき火山灰の堆積によって出来た平地が広がっており、火山岩で出来たちょっとした岩山が幾つも点在している。
俺はそれを指さして、皆に尋ねた。
岩山を背にするとそちら側は警戒しなくても問題無いし、ただ単に開けてる所より安全だ。
「そうですね。今日はここらで休みましょうか。それにほら、あそこを見てください。私達は定期調査の際にあの岩山の凹みを利用して野営をする事になっているんですよ」
案内人が指差した先には、確かに火山を背にして、こちら側が大きく抉れている岩山が見える。
なるほど、ただ単に岩山を背にするよりも、岩に囲まれている方が安心だな。
俺達はその場まで行き各々腰を下ろした。
「ちょっくら、そこの樹海まで行って薪になりそうな物でも探してくるわ。それと儀式の祭壇はどこら辺だ? ついでに見ておきたい」
案内人に祭壇の場所を尋ねた。
夕暮れに差し掛かってきているが、日没までにはまだ暫く時間が有るし、出来るなら状態だけでも今日中に確認しておいた方がいいだろう。
それに祭壇を鑑定したら何か分かるかもしれねぇしな。
祭壇にはプロテクトが掛かっている可能性が高いし、その場合俺じゃないと鑑定出来ねぇだろう。
だとすると一人の方が都合がいい。
「あぁ、それでしたら、この方向の先ですね。樹海に入ってしばらく行くと石柱群が見えてきます。そうすると石畳跡がありますので、それに沿って道なりに行けばすぐですよ」
「ありがとよ、暗くなる前に帰ってくるぜ」
樹海の中の遺跡って、なんか凄く良いよな。
ちょっとワクワクするぜ。
なんか久々に冒険を楽しんでいる気分だ。
長く苦しい逃亡生活から、この街に居ついたつい最近までこんな純粋に冒険を楽しむなんて機会は無かったからな。
若返った気分だぜ。
「僕も連れてって欲しいのだ!」
俺やこの道に行き慣れている案内人は兎も角、爺さんや治癒師の嬢ちゃんはくたくたで、今日はもう立ちたくもないと言う顔をしている中、さすが勇者と言うべきか、コウメが元気いっぱいに俺に付いてくると言い出した。
いや、単に子供と言うだけかもな。
まぁ、いいだろう、一緒に行くとするか。
コウメはちょっと馬鹿だし、魔法を唱える隙なんざ沢山転がってるだろう。
しかし、コウメに会うまでは、天然猪突猛進馬鹿に会うのは嫌だと思っていたが、ダイスの言った通りになったな。
転生者じゃないようだが、同じ神に面倒事を押し付けられた者同士と言うシンパシーを感じているのか、俺達はなんとなく気が合う気がするぜ。
「よし、一緒に行こうか」
「やったーなのだ!」
さてと、鬼が出るか蛇が出るか、いっちょ祭壇目指して行くとするか。
書きあがり次第投稿します。