第六十一話 心に棚を作る
「イチゴショートケーキおいしいのだ~」
俺は今、ロイヤルグランドホテルのカフェに来ている。
勿論コウメに、なぜこの世界にこんなモノが有るんだ? と言う疑問を隠し切れないイチゴショートケーキを約束通りに奢ってやる為だ。
「うわ~、本当に美味しぃ~。それにこのホテルに来たの初めてだけど、見た事の無いメニューがいっぱいね~」
何故か嬢ちゃんも付いてきているんだよな。
まぁ、これで機嫌が治るなら安い……いや、安かねぇーよ!!
ダンス講師料の殆どが消えちまった、トホホ……。
介抱してくれたチコリーも誘おうとしたんだが、着ていく服が無いと断られた。
その代わりに今度また家に飯を食べに来て欲しいと言われたんだが、それは嫌だと無理矢理連れて来ようとしたら、全力で逃げられた。
くそっ! 財布が軽くなるのよりそっちの方が怖いぜ!
睡眠薬なんか盛られて寝ちまった日にゃ、これ幸いに二人からどんな目に会わされるか考えるだけで恐ろしい……。
古今東西の文化が入り乱れた世界とは言え、普通に文明の上限は中世レベル程度だ、そんな世界観に真っ向から対立するイチゴショートケーキなんてふざけた代物をメニューに出してるこのホテル。
さすがに気になったので値段無視してメニューを見ると、嬢ちゃんは見慣れないと言っていたが、俺的には見慣れたメニューばかりなのはなんでなんだ?
勿論元の世界での話だがな。
まず、ハンバーグはミンチをこねて焼くだけなんだから、これは有りだろう。
オムライスは……、まぁ有りかもしれない。
一応米はこの世界でもそれなりにポピュラーな食材だし、ケチャップも地味に存在する。
そして後は卵を薄く焼いたのを被せるだけだからな。
……カレー。
いや、香辛料とかそう言う大航海時代的な話は神が好きそうだ。
それに英式カレーじゃなく、本場のインドのカレーなんかはルーを使わないらしいから、存在していてもおかしくないと言えるかもしれない。
ただ、チキン南蛮はセーフなのか? しかもタルタルソース付きの。
それに同じ揚げ物系の天ぷらとかもギリアウトな気もするし、すき焼きはドストライクでアウトだろう。
と言うか、そんなんカフェのメニューじゃねぇし。
神の奴等め、自分の食べたい料理を持ち込んだんじゃねぇだろうな?
なんせ今、目の前をウェイターが運んで行ったカレーは、普通に『ホテルのカレー』って言葉が似合いそうな英式カレーだったしよ。
……ゴクリ。
しかし、嬢ちゃんをこの場に連れてくるのは、ちょっと気が引けたんだよな。
なんたって、瓜二つのご先祖様の肖像画がすぐ上に『ででーん』と飾られてるんだからよ。
一応嬢ちゃんは姉御譲りの赤髪で、髪形も癖っ毛の有るショートヘアだから、金髪ストレートロングな肖像画とは印象がまるで違う。
それに嬢ちゃんはすっぴんなんで、ばっちりメイクな肖像画とそうそう結び付かないだろ。
とは言え、肖像画を見慣れている従業員が、時折嬢ちゃんの顔を不思議そうに見ているので、あまり長居はしたくはねぇな。
余計なトラブルをしょい込み兼ねんし。
「すまんな、先輩。ここに嬢ちゃんを連れてくることになって」
「まぁ、仕方無いだろ。それに多少似てるからって理由で、そうそうバレる訳も無いしな」
そう、この場には、俺と嬢ちゃんとコウメの他に、あと三人が同席している。
一人は先輩、あとの二人はコウメの従者達だ。
「しかし、知らなかったぜ。その爺さんがうちのギルドの先代マスターだったとはな」
「まぁ、知らないのも無理はないだろ。何せお前が来た時には既に俺が引き継いでいたしな」
逃げ出したギルドのメンバーが戻って来なかった理由。
そして、何かが割れるような音をしてから皆が演習場になだれ込んで来たのは、この先代マスターの爺さんが階段の途中に対人結界を張ってくれていたお陰らしい。
先輩の力でやっと破れたとの事だった。
勇者に気を取られていたとは言え、それほどの結界術がいつ張られたか全く気付かなかったのは、この爺さんの魔法力がいかに凄いかと言う証左だろう。
元ギルドマスターと言う肩書は伊達じゃないと言う事か。
王様の密命を受けて、俺の素性がバレない様にしてくれていると言うのは本当らしいな。
ただ、嬢ちゃんの存在に気付かず、演習場に残したままだったってのは頂けないが。
「それにしても、師匠。来るならまず俺の所に来てくれりゃ良かったのに」
「師匠?」
「あぁ、そうじゃよ。ガー坊が、まだ勇者様より幼き頃に、儂に弟子入りしていたのじゃ」
「ガー坊? え? それって」
『ガー坊』って、まるで先輩の偽名である『ガーランド』から取ったあだ名みてぇじゃないか?
先輩が今の名前『ガーランド』を名乗ったのって王家から出奔した以降だろ?
なのに、なんでそんな若い頃から知っている爺さんが、『ガー坊』って呼ぶんだ?
偽名に合わせてそう呼んでるんだろうか?
「師匠! その呼び方やめて下さいよ」
先輩が顔を真っ赤にして文句を言っている。
なに恥ずかしがってんだ?
今の感じじゃ元々そう呼ばれてたみてぇだしよ。
「その『ガー坊』ってどう言う事だよ? 先輩の小さい頃だったら『ラー坊』ってんじゃねぇのか?」
「はっはっはっ。こいつは小さい頃から一度言った事は絶対に曲げない頑固者でな。儂に弟子入りしに来た時も最初は突っぱねておったのじゃよ。まっ、おぬしはもう知っておるみたいじゃな? こいつが……と言うのをの。何回断ってもやってくるんで、ついに儂が折れて仕方無く弟子にしたのじゃ」
まぁ、王族が弟子入りしに来たらやりにくいよな。
しかも、天才とか呼ばれていたガキだぜ?
俺も断るわ、そんな面倒臭い相手。
ただ、そんな天才が弟子入りしようと思うとは、やはりこの爺さんはただ物じゃないんだろうな。
「で、その話でどこに『ガー坊』と繋がるんだ?」
「あ~師匠が言うには、頑固坊主ってのから『ガー坊』って俺の事を呼ぶようになったんだとよ」
「ぶふぅぅぅ! ガ、ガー坊ってそう言う事かよ! プププ。ん? と言う事は?」
もしかして『ガーランド』って名前の由来って『頑固坊主のランドルフ』から取ったのか?
「笑うな! お前と同じ理由だよ」
あぁ、呼ばれ慣れない偽名で反応出来ないのから身バレを防ぐってやつか。
それならば納得だ。
ショウタとソォータ、どっちで呼ばれても反応し易いからな。
「なになに? お父さんの小さい頃の話?」
俺達がケーキに夢中な嬢ちゃんにこれ幸いと内緒話をしていると、笑い声に反応して嬢ちゃんが話しに入って来た。
そう言や、先輩が昔の事を話してくれねぇとか言っていたな。
チラッと聞こえてきたので興味持ったのか、知られちゃ不味いし話を変えるか。
「どうした嬢ちゃん? もうケーキ食べ終わったのか?」
「うん! すっごく美味しかったぁ~。はぁ~こんなに甘くて素敵な食べ物初めて食べた~。とても幸せ~」
嬢ちゃんは頬に両手を当て、とても蕩けた顔でそう言い身体をくねらせる。
こんな嬢ちゃんを見るのは初めてだな。
仕方無ぇな。
俺はそっと財布を見た。
ひぃ、ふぅ、みぃ……。
「はぁ……、嬢ちゃんそんなに美味しかったんなら、もう一つなんか頼め。奢ってやるよ」
晩餐会の夜、ご馳走を持って帰ってくれたお礼がまだだったしな。
「本当!! やった~うれしい!! ソォータさん大好き!! あっ……い、いや、そ、そういう意味じゃ……」
嬢ちゃんはあまりの嬉しさに俺の事を『大好き』と言ってしまった事に焦っているようだ。
分かってるよ、その『大好き』は純粋な意味の『パパ大好き』みたいな近親者への愛情って事だろ。
「はいはい、分かってるよ。コウメはどうだ?」
俺がそう言うと、なぜか嬢ちゃんは少し不満そうな顔をした。
優遇は自分だけと思ったのか? まぁ、俺としても懐事情的に嬢ちゃんだけにしたいのは山々なんだが、嬢ちゃんに奢ると言った瞬間のコウメの期待に満ちたキラキラな眼差しを無視出来るほど俺の心は強くねぇからな。
「僕も良いの? 先生は優しいのだ! 僕も大好きなのだ!」
待ってましたとばかりにコウメが嬉しそうにメニューを選び出した。
嬢ちゃんは不満で口を尖らせていたが、すぐに新しいケーキに意識が移ったようで、あっと言う間に満面の笑みに変わってメニューから目が離せなくなっている。
ふぅ、何とか誤魔化せたか?
ただ、むっちゃ高くついたがな。
先輩の身バレを庇ったお礼に少しばかり助けて貰うか。
「すまねぇ、先輩。足らなかったら貸してくれ」コソコソ
「分かった。いや、こっちこそすまねぇな。娘まで奢らせちまってよ」コソコソ
「いや、いいんだ。最近嬢ちゃんには迷惑掛けっぱなしだしな」コソコソ
「どうしたのソォータさん?」
「な、なんでもねぇよ! ほら、嬢ちゃん。こっち気にせず好きなの選んどけって」
「はぁ~い」
ふぅ~やばいやばい
まぁ、これで安心だ。
会計の時に金が足りなくて恥かかなくて済むぜ。
「あぁ、そういえば従者の二人に聞きたかったんだが、コウメって孤児か?」
両親が居ると言っていたが、赤ん坊の時に引き取ったって可能性もある。
孤児なら転生者の可能性が有るから一応確認しておかねぇとな。
「いや、おぬしもさっき勇者殿から聞いた通り、父親はかつて英雄と呼ばれた戦士である事は間違いない。それに母親は治癒師なのじゃが、こやつの先輩でな」
「はい、先輩が身重の時を知っていますし、勇者様……コウメちゃんが生まれる時に産婆として立ち会いましたから、間違いなく先輩から生まれた子ですよ」
「そうか……、いやすまん。勇者って言うからどこかから降ってわいたのかと思ってな。気になっただけだよ」
生まれる瞬間に立ち会ったって言うんなら、コウメは現地人で間違いないのか。
俺の後釜って訳ではなさそうだな。
二つの意味で安心したぜ。
一つは俺がお払い箱になった訳じゃねぇって事。
もう一つは俺みたいな神々の犠牲者が増えなくて良かったって事だ。
「おいおい。神の使徒たるお前がそれを言うか? お前だって両親から産まれてきたんだろうが」
「あぁ、そうだったな。ハハハッ、違いねぇ」
違うんだよ。
俺はこの世界に降って湧いたんだ。
その後、追加のケーキが運ばれて来た。
二人とも幸せそうな顔して食ってやがるぜ。
しかし、コウメの奴、最初の態度は本当になんだったんだ?
確か俺の目を見たら、俺の事で頭がいっぱいになったって言ってたな。
ダイスの事が消えそうになったからイライラしたって事らしいが、やっぱりスイッチが入ったからなのか?
それにしちゃ、俺に負けた後は今みたいに結構懐いてるみたいだし、訳が分からねぇな。
「なぁ、コウメ。最初俺見てイライラしたって言ってただろ。あれどんな感じだったか分かるか?」
「ん~? なんか先生の顔を見た途端、ポーっと心が温かくなって、キラキラって感じに見えたのだ。教会の鐘がカランコロン鳴ってる音が聞こえたような気持になって~」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
コウメから飛び出たあまりの内容に、皆が一堂に間抜けな声を上げた。
ん~? 今のフレーズにイライラに結び付く言葉有るか?
と言うか、今の言葉ってなんか方向性が違うと言うか……。
「いや、お前なんか、ダイスの事が俺の顔で消えていくのがイラッとしたとか何とか言ってただろ?」
「そうなのだ。大好きなダイスくんの顔が、先生の顔に変わっていくのが、なんか許せなくて……けど、それを止められなくて……。どうしたらいいか分からなくなって、それで……。ごめんなさいなのだ」
コウメがどんどん涙目になっていく。
懐いちまった俺に、会ったばかりだからと言って迷惑を掛けてしまった事を後悔しているんだろうか?
「あ~、怒っている訳じゃないから、泣くんじゃねぇって。しかし、ちょっと待て……え~とつまりどういう事だ?」
いや、考えたくはないんだが、それってもしかして、俺に一目惚れしたって事か?
まだ幼いからそれと分からず、好きな人が頭の中から消えていく原因となった俺を憎んだと?
「おいコウメ? ダイスの事は好きなんだよな?」
「う~ん、ダイスくんも好き? だけど、先生も大好きなのだ!」
いい笑顔でそう言ったのだが、いやいやちょっと待て。
今なんかダイスへの『好き』は若干疑問形になってたぞ?
「う、上書きされてる……」
嬢ちゃんが驚愕の顔して呟いた。
うん、なんか上書きされてしまっているよな。
それより嬢ちゃん、口の周りクリームでいっぱいだぜ?
しかし、こいつはやばいな。
なんか奪った様な感じでダイスに悪い気がするってのも有るが、それ以上にコウメってあのダイスがあそこまで嫌そうにする程のアタックを掛けて来る輩って事だろ?
そんなの絶対嫌だ!
カモミールだけでも迷惑だったってのに、先日姫さんが増えて、更に猪突猛進馬鹿だろ?
不幸な未来しか浮かんで来ねぇ!
何とかしなければ……、そうだ!
「コウメ! 俺の目を見ろ!」
「何なのだ? あっ。ポッ!」
目が有った途端、頬を染めるな!
「コウメ、まず心に棚を作るんだ。分かるか?」
「棚? どう言う事なのだ?」
「物とか入れて置く家具の事だ。その一つにダイスが大好きと言う気持ちを置く。ちょっとやってみろ」
「分かったのだ。ダイスくんが大好き、ダイスくんが大好き、先生も大好き、ダイスくんが大好き……。出来たのだ」
混じってる混じってる。
しかし、こいつ素直で単純だな。
何か見てるだけでちょっとほのぼのして来たぜ。
「よしっ、いいぞ。次に俺への気持ち。『俺はちょっと頼りになるおじさん』と言うのをダイスの棚より少し小さい棚に置く。いいな?」
「う、うん。先生はちょっと頼りになるおじさん、先生はちょっと頼りになって大好き、先生はちょっと頼りになるおじさん、先生はちょっと頼りになるおじさん……」
だから、なんか異物が混じってるって。
けど、そろそろ良いか?
「どうだ? ダイスと俺への気持ちを言ってみろ」
「う~ん、ダイスくんは大好き。先生は頼りになるおじさん……?」
「そうだっ! それで良いぞ! ふ~、これで安心だ」
再上書き完了!
「お前それ洗脳だろ……」
先輩が人聞きの悪い言葉を呟く。
いやいや、俺はダイスからNTRない様にしただけだから……ハハハ。
何も、『これでこいつの傍迷惑アタックの標的にされなくて済むぜ』なんて思ってねぇよ。
ん? なんか嬢ちゃんも安心したって顔してるが……、そうかそうか、嬢ちゃんの好きな相手はダイスじゃねぇって事だな。
ダイスが好きだったら、コウメを俺に押し付けようとしてただろうしな。
「あれれ? なんかおかしいのだ?」
コウメは一人首を傾げてそんな事を呟いた。
書き上がり次第、投稿します。