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第五十八話 勇者

「お前が道案内なのか? う~ん、何か頼りなさそうなのだ」


 俺はお前の方が頼りなさそうに見えるんだが。

 ()()が本当に勇者なのか?

 『子供ぽい所が有って~』とかダイスは言っていたが……。


 ちんちくりんな背格好に、ショートヘアと言うか適当に短めに切ったという感じの茶髪のボサボサ頭。

 顔は健康的に日焼けしており、鼻と半ズボンから覗く膝小僧には絆創膏。


 何処のガキ大将だ!


「なぁ、こいつ本当に勇者なのか?」


 俺は思わず、目に前のちんちくりんの後ろに控えている従者と思しき、魔法使いの格好をした爺さんに尋ねた。

 爺さんは、少し疲れた顔の笑みを浮かべて頷いた。


「マジか~」


「マジなんですよ~」


 爺さんの隣に立っていた別の従者が、同じ様な表情でそう答えた。

 そちらは爺さんではなく30歳手前と言う所の、女性治癒師のようだ。

 二人の態度からどうやらこのちんちくりんは確かに勇者らしい。

 そして、従者二人の表情からすると、猪突猛進馬鹿である事も間違いないようだ。

 勇者の年齢は多く見積もっても成人なんてには程遠い。

 恐らく十歳にも満たないだろう。


 …………。


「ってか、ダイス! こりゃ、()()()()()じゃなくて、子供だ!」


 ったく、神は何だってこんな年端もいかない坊主なんかを勇者に選びやがったんだ?


 こんな事なら、下見は俺一人で行くって言うべきだったぜ。

 俺は、五日前の国王との会話を思い出しながら愚痴を零した。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「いやはや、残念な話では有るが、仕方無いのぅ。これ以上無理強いしてこの国から逃げられても大変なので諦めるとするか」


「すみませんね。国王。俺なんかに対して過分な話と言うのは分かっているんですが……」


「よいよい、それに儂が諦めても、あやつが止まるかは別なのでな」


「え~、それ勘弁して下さいよ!」


 笑劇的な口伝に関して、ギャル語の存在を知らないこの世界の住民としては、神の世界の言い回し程度にしか思っていないので、俺による解説をまるで遺跡の石碑に刻まれていた碑文の解読結果を聞いたが如く、素直に感心して聞いていた。

 俺の居た時代でもギャル語と言えど、中学生だった俺が知っている限りではあそこまで崩れていなかったと思うのだが、他の世界の流行でも取り入れたのだろうか?

 

 とまぁ、そんなこんなで俺達は無事にこの国の魔族に関する情報を聞きだす事に成功した。

 俺的には、平穏な未来へに至る道を色々潰されたかのような数日間だったが、一応国王も俺の正体がバレない様に守ってくれるとの事なので良しとするか。


 先程の会話に戻るが、何の話かと言うと口伝の話の後に歓談をしていると、その会話の節々にどうやら姫さんだけじゃなく、上の二人の姫さん達も含めて誰かを宛がおうとして来た事を俺が断ったからだ。

 初めは冗談かと思って適当に相槌を打っていたが、どんどんその二人のお薦めポイントをあれこれと話して来だしたので、どうやら冗談では無く本気の様だった。


 そりゃ俺は、この世界、特に王族に取ったら建国に纏わる伝説に語られる『神の使徒』だと言う事も有り、自らの血筋に取り込みたいと言う思いが湧くのは理解は出来る。

 さっき、俺の生い立ちに感動してトチ狂った先輩と王子も、そんな考えが有ったのかも知れねぇな。


 ただ、そうだとしても嬢ちゃんやメアリ、それに上の姫さん二人の気持ちを無視して良い訳じゃないだろう。

 嬢ちゃんとメアリ達は好きな人が居るし、何より若すぎる。

 二四歳差なんて、夫婦生活の想像も付かねぇ。

 二人の姫さんの歳は二五歳と二三歳と言う事で、多少はつり合いが取れるかも知れねぇが、会った事どころか存在すら今まで知らなかったし、それ以上に俺が上流階級の奴らと会話が成立するとは思えねぇ。


 ……どうでも良いが、この世界的に上の二人の姫さんは所謂行き遅れって奴じゃないのか?


 それはさて置いて、姫さん自身は王族の癖に結構口が悪くて、俺とは気が合いそうだし、どうやらそう言う気も有りそうでは有るのだが、それはトラウマ解消をした俺への感謝の想いを、好意と散り違えているだけだろう。

 所謂『お医者様でも草津の湯でも~』って言う流行病みたいな物で、その内コロッと治っちまうさ。


 そりゃ『神の使徒』と言うのを知られたらその限りじゃないだろうが、それにしても俺自身の事を好きになった訳じゃない。

 『神の使徒』がそんな良いモノじゃなく、ただ単に『神々のオモチャ』と言う事を知っている俺としては、素直にその好意を受ける程、現状を割り切れてねぇしな。


 と言う事で、幼馴染のクレアに操を立てていると言う訳じゃないが、俺に対して過分な話では有る国王達の話は全てご辞退させて頂いたと言う訳だ。



「ふむ、それでは魔族の話に戻るとするか。しかし、時間を操る魔族と言うのが口伝の通りだとしたら、とても厄介だのぅ。ご先祖も良く封印したものだ」


 国王が、難しい顔で首を捻り考え込む。

 確かにいきなり来たよな。

 ()()()()なんて大物感溢れる能力の持ち主。

 二番目に来ていい敵じゃねぇんじゃねぇか?


 やっぱりタイムリミット来たから無理矢理にマッチングさせた疑惑が真実味を帯びて来やがったぜ。

 俺には魔族の能力は効かないらしいが、こう言う能力の場合どうなるんだろうな。

 昔神が言った通り、洗脳や即死系能力は無効なのだろうが、時を操るなんて能力にまで適応されるのか?


「他に魔族について伝わってる情報とか無いのですか?」


「う~む、無い事も無いのだが……、『テンアゲマシマシ、あげぽよドーンにバーンでオールおけ』と言う言葉が残っているだけで……、どうしたショウタ殿」


 突然のギャル語に不意を突かれてしまい、またも白目を剥いて失神しそうになってしまった。


 なんだよドーンにバーンって、チコリーかよっ!! 語彙が少な過ぎるだろ。


 この口伝を残した神は間違いなく、俺を連れてきた神だな。

 しかし、やはり俺の時代のギャル語より言語破壊が進んでいる様だ。

 何処の世界の流行だ? ロキとか言う奴の世界だろうか?

 それとも口伝の途中で伝言ゲームの様に言葉が変わってしまったのか?


「さすがの俺でも難しいですね。特に『ぽよ』の部分の意味が分かりません」


「ほっ、他の箇所は分かるのか!」


 先輩が驚いて聞いて来た。

 分からない事もねぇが、合ってる自信も無ぇな。


「何となく……、けどこの言葉の中には魔族に対抗出来る情報は入って無ぇと思う」


「むぅ、そうか。でも一応は聞いておこうか」


「え~と、気分を激しく高揚させた状態で……、いや、ドーンにバーンは良く分からねぇ。恐らく攻撃しろと言う意味だと思うが……。そうすると全て大丈夫、と言うような意味に取れる」


「いや、ショウタよ。もしかすると、『ポヨドーン』と言う事かもしれないそ」


「あぁ、なるほど。魔法名って線か……。それも考えられる」


 元の世界で『あげぽよ』と言う言葉をうっすらと聞いた事が有った気もした所為で、てっきり『ぽよ』は意味が無く『あげ』にただ付けるだけの装飾的な語句とイメージしていた。

 だから、テンションを『上げた状態』と訳したが、王子の言った通り『ドーン』に付く枕詞、いや名詞的な語句と言う事も十分考えられる。

 となると、『テンアゲマシマシ』も別の事を指しているのかもしれねぇな。

 なんせ、ここまで荒廃的な語句は言語として成り立つと思えなぇしよ。

 と言う事は、それが魔族を倒す手掛かりかもしれねぇ。

 

「それをバーン……か。何かの攻撃魔法が有効と言う訳か? もしかしたらその事が『勇者が必要』と言う話に繋がるのかもしれねぇ」


「よしっ! 魔法学園の図書館で勇者に関する記述を漁ってみるとしよう」


「王子、お願いするぜ。神ももっと分かりやすい言葉で残してくれていれば……」


 なんか、先輩が嬉しそうだな。

 自分の説が魔族を倒す決め手になるかもしれないってのがそんなに嬉しいのか。

 しかし、神の野郎め! 残り全ての王国に伝わっている伝説がこうだとすると頭が痛ぇな。


「儂も一度王宮に戻り、他に何か文献として残っていないか調べてみる。そこで、ショウタ殿。一つ頼まれてくれぬだろうか?」


「え? 何ですか? 王都について来いとか娘を貰ってくれとか以外なら何でも言って下さい」


 なんか、王都について行ったら、そのまま軟禁されそうだし嫌だよな。


「そうか……それは残念だのう。いや、それが頼みでは無いのだ。一度封印の祭壇に何か異常が発生していないか、事前調査を行って欲しいのだ」


「下見って事ですか? まぁ、俺としても一度見に行かなければと思っていた所なので構いませんよ。何なら明日朝にでも行きましょうか?」


 元々火山が禁足地になっていて、無断で入ると捕まると言う懸念が有ったので行くのを止めていただけで、許可が出たんならすぐにでも行って、ちゃっちゃと解決したいと今でも思ってるからな。

 最悪もし既に魔族が蘇っていたとしても、時を操るか知らねぇが、そんな事をされる前にバッサリやっちまえば、さすがに魔族と言えども倒せるだろ。

 『ポヨドーン』でしか死なねぇとかじゃない事を祈るとするか。


「いや、待って欲しい。クーデリア様の言葉には勇者と共に力を合わせてと有ったのであろう? 至急勇者を呼び戻しこの街に向かわせる。どうか一緒に現地調査を向かって欲しい。それに儀式には教会本部から腕利きの治癒師が祈りの巫女として派遣されるとの事になっておるのだが、事前に祭壇周辺の危険な物を排除しておく必要も有るのだよ。それも合わせてお願い出来ぬか?」


 え~勇者ぁ~? ダイスの話では、猪突猛進馬鹿と言う話だろ?

 今絶対会いたくない人間の上位三人に入っているんだが……。

 まぁ神が一緒に力を合わせろと言う位だから、俺一人では倒せねぇ理由が有るんだろうが、面倒臭ぇ制約を付けやがって、ったくよ。


「仕方無いですね。んじゃそれまでこの街でのんびりさせて貰っておきます」


「よろしく頼むぞ。ショウタ殿。報酬は、儂の娘……」


「要りません」


 この国王、油断も隙もねぇな。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 次の日、王様は姫さんを引き攣れて帰って行った。

 姫さんはこの街に残るとかわがままを言っていたのだが、国王の『お前にはまず花嫁修業が必要だ』との言葉で、何を勘違いしたのか俺との結婚を認めて貰えたと思ったようだ。

 そして、あろう事か『先生に相応しいレディとなって戻ってきますわ』とか言い出したので、『来なくて良いぞ』と言っておいた。

 まぁ、『本当に先生は素直じゃ有りませんわね』とか言って、全く聞く耳持たなかったがな。


 全て冗談で有って欲しい。


 それから数日間、相変わらず女神降臨事件の余韻で、お祭り騒ぎが続いており、他の街からの噂を聞いた観光客が大量に押し寄せて来たりしたが、特に目立ったトラブルも無く、実に平和な日々だった。

 まぁ、女神が降臨した土地で問題を起こす馬鹿はそうは居ないんだろう。

 と言う事で、女媧騒動以来色々とトラブル続きだったこの街も、それ以前の平和を絵に書いた様な日々の営みが戻りつつあった。


 ……俺以外は。


 何故かと言うと、舞踏会での俺のダンスの話を見聞きした奴らが、老若男女身分の区別無くレッスンの受講希望者として殺到したからだ。

 そりゃ、先輩達も言っていた通り、巷で噂の『踊らずの姫君』初のパートナーと言う事が原因なのだが、ここまでとは思わなかったぜ。

 姫さん達が帰った次の日にギルドに行こうとしたら、入り口前にとんでもない数の受講希望の人だかりを見た瞬間、思わずそのまま帰りそうになったくらいだしな。

 ただ、こう言うのは拒否して逃げても騒動が大きくなるだけなのは目に見えているし、取りあえずダンス講師の話を受ける事にした。

 しかし、なんで皆俺の事を『シータ』と呼ぶんだ?

 誰だか知らねぇが、舞踏会で俺の事を『シータ』と呼んだ奴のが広まったって事かも知れねぇが、この街の奴まで俺の事を『シータ』と呼んで来るのはなんだか淋しいぜ。

 まぁ、訂正するのが面倒臭ぇし、身バレ防止になりそうだからそのままにしているけどよ。


 コーチを受けた理由は簡単。

 民衆の流行なんてのは水物だ。

 実態を晒せば、途端に飽きて話題にも上らなくなるもんだからな。

 それに、しっかりと受講料を取って懐も暖かくなったし、たまにはこう言うのも良いだろう。


 老若男女とは言ったが、実は受講者は主に(ろう)(なん)より若女(にゃくにょ)が多かった。

 理由は簡単だ、さっきも言った通り『踊らずの姫君』と『()()()()()()()』と言うネームバリューの効果だろうさ。

 どこの世界でも女性はミーハーだ。

 俺も女性不信では有るが、女性自身が嫌いな訳では無いので正直な所悪い気はしなかった。

 ……(ろう)程ではない(にょ)の有閑マダムな方々も多かったが、その感想は語らないでおこう。


 色々なお誘いとか怖かったしな。


 あぁ、カモミール(チコリーの母)も勿論来たが、チークでもないのに身体をグイグイと押し付けて来て、練習にならないので出禁にした。


 場所はギルド地下の演習場を間借りして行っていたが、その間、何故かドンドンと機嫌の悪くなる嬢ちゃんとチコリー、そして毎日の様に受講しに来るメアリ。

 極め付けに姫さんからの『他の女と踊るなんて先生の浮気者』とか言う訳の分からない手紙が届いたりと言うトラブルも有ったりと散々だった。


 とは言え、十二年と言う逃亡生活に費やした荒んだ月日と、八年と言うこの街で身バレを気にした隠遁生活と言う暗い過去では味わえなかった、それなりに楽しい時間では有ったな。

 まるで、神に唆されて冒険の旅に出た、あの毎日ワクワクしていたあの頃。

 そんな気持ちを思い出したんだ。


 と言う、楽しいながらもながら俺的に心休まらない日々を送っていたのだが、それは突然終わりを告げた。


 そう、とうとう噂の勇者が俺の前に現れやがった。

 そして、俺を見るなり『頼りなさそう』とか言い出しやがったんだ。


 改めて見直しても、やはり今年成人の嬢ちゃん達より三歳以上は若いだろう。

 従者二人は勇者だと言っているが、どこからどう見ても近所の悪ガキにしか見えねぇな。


「おい、坊主! 勇者だか知らねぇが、初対面の目上の者に対しての言葉遣いくらいはちゃんとしろ! 失礼だろうが」


 先輩や、最近王子にまでタメ口な俺だが、こっちはちゃんと許可を貰ってるし問題無い。

 そして、俺はお前の失礼な言葉遣いを許可してねぇから、そこはしっかりと言わせて貰うぜ。

 ダイスの奴にも初めに行ったのが、生意気な言葉遣いを徹底的に治す事だったしな。


「おい! 何処に目を付けてるのだ! こんな可愛いレディに向かって坊主とは、お前の方こそ失礼なのだ!」


 …………は?


「お前女かよっ!!」


 あまりの衝撃に思いっ切りツッコミを入れた。

 いや、『可愛い』の部分にもツッコミを入れたかったが優先順位的に第一声では断念した。

 にわかに信じられなかったので従者の二人に目を向けたが、少し疲れた笑い顔を浮かべていた。


「マジなんですよ~」


 従者の女治癒師が、俺の目に宿った信じられないと言う困惑の想いを汲み取った様でそう言って来た。

 その言葉に俺はこう返すしか出来なかった。


「マジか~」


書き上がり次第投稿します。

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