第四十八話 舞台裏
「貴方は、メアリ様の事をどのように思っていますか?」
あの後、何とかメアリの屋敷に着いた俺は、屋敷に残っていたメイドに事情を話し応接室で、メアリの帰って来るのを、ただじっと待っていた。
そんな最中、この屋敷に仕えているメイドがいつも通り感情をゴミ箱にでも捨てて来たかのような無表情と抑揚の無い口調でそんな事を聞いて来た。
正直先程の混乱から覚めやらぬ今、呑気にお喋りする気分でもないので、最初は無視しようと思ったが、チラリと見たメイドの顔が普段の無表情な物と異なり、何処か真剣な目をしているのに気付く。
「メアリは、昔世話になったヴァレンさんとセリアさんの娘だからな。俺に取っちゃあ、姪っ子みたいなものだ。それに今あいつが苦しんでいる原因を作ったのは俺だ。なんとしても力になってやりたいと思っている」
その目が、質問はただ単に時間潰しではなく、何か意味が有るような気がして思わず本音を言ってしまった。
「……そうですか。それで貴方は力になれていると思っていますか?」
メイドの質問が続く。
力には……なれていないな。
「いや、全然だ。今回も結局メアリを危険な目に会わせちまった」
「危険な目?」
メイドから一瞬まるで殺し屋のような殺気を感じたが、すぐに消えた。
「まぁ、今貴方がノコノコとこの屋敷で寛いでいるので、無事なのでしょう」
「ノコノコって……」
「先程の言葉……。姪っ子のように思っているという事ですが、他にはどう思っているのですか?」
「他に? どういう意味だ?」
「はぁ~……。メアリ様、おいたわしや」
思わず聞き返した俺の言葉に、メイドがわざとらしい演技のため息を付きながら嘆いている。
何なんだこのメイド? さっきから訳が分からねぇな。
「まっ、良いでしょう。私としてはメアリ様のお側にお使え出来るのでしたら、それで良いのですから」
「何だそれ? でも良いのかよ? 今日はそのメアリの晴れ舞台だったんだぜ? それを留守番なんて」
「ヴァレウス様が私に留守を頼むとお命じになりましたから。それに元々晴れ舞台にならない事は承知しておりましたし」
俺の問いにメイドは不敵な笑みを浮かべた。
初めて見せた無表情以外の感情に少し戸惑う。
こいつこんな顔が出来たのか。
そんな事より晴れ舞台にならない事を知っていたというのはどう言う事だ?
計画を盗み聞きしていたのか? 何の為に?
なにより今こいつは王子の事を『ヴァレウス』と呼んだのか?
「……お前何者だ?」
「フッ、貴方に隠してもしょうがないですね。私は代々アメリア王家に仕えてきた御庭番の一族でした。王の乱心を不審に思った私の父と共に、出奔された王子に仕える為に王国を離れたのです」
「なっ、何だって!」
クッ、こんな時なのに、その語られたこのメイドの正体より、『御庭番』ってパワーワードの方が気になって仕方無ぇぜ!
恐らく神達が『御庭番って響き、とっても良いよね~』とか言ってこの世界に持ち込んだんだろう。
凄くツッコミたいが、今はその時じゃない!
取り敢えず鎮まれ俺!
「だから私も貴方の事を昔から知っていましたよ、ショウタさん。まぁ貴方は覚えてないでしょうけど」
「そうだったのか。……あぁ、記憶には無いな」
アメリア王国時代、何度か城に入った事は有るが使用人の顔とか全く覚えてないな。
このメイド、俺より十歳は若いと思うが、俺が逃げ出した二十年前と言うと八歳位だろ?
普通の使用人よりは目立つと思うが記憶に無い。
「そう……ですか。まぁ良いです。昔の事ですからね。この姿も当時とは変えてありますし。それに今の私はメアリ様の一ファンに過ぎませんから」
メアドは一瞬悲しい顔をしたが、すぐに普段の無表情に戻った。
しかし、また気になる事を言いやがった。
当時とは変えていると言うのも気になるが、もう一つの『メアリのファン』と言う言葉。
「何だよ、そのファンって?」
そう聞いてメイドの顔を見た瞬間意味を理解した。
先程までの無表情が見る見る蕩け出して、デレッデレな顔になって行く。
「私がメアリ様付きのメイドになって、早十余年! その愛らしい姿に魅せられてお世話して来た日々は、私にとって今まで生きてきた中で最高に幸せな時間で有りました~」
おい! ほんの数秒前の無表情人間は何処へ行った?
とても幸せそうに顔を真っ赤にして、くねくねと体を振っている姿は完全に別人だ。
「日々の成長をお側で感じる事が出来る喜びは何物にも代え難い喜びで有ります~」
あぁ、文字通り『メアリのファン』だな、コリャ。
何だか、笑いが込み上げて来たぜ。
「プッ、アハハハハ。何だよ、お前。そんな顔出来るのか」
俺がメイドの仕草に笑い出すと、それを見たメイドはくねくねを止め、普段通りのメイド然とした姿勢に正した。
しかし、顔は普段の無表情でなく、優しげな笑みを浮かべている。
「やっと、笑顔になられましたね。その顔でメアリ様を迎えてやって下さい。先程までの顔では、メアリ様が悲しまれます」
「なっ! それを言う為に、今の話を?」
「いえ、ファンなのは本当ですよ」
そう言うとメイドは舌をペロッと出しながらウィンクした。
ハハッ、こいつには敵わねぇな。
けど、確かにこいつの言う通りだ。
メアリが帰ってきた時、さっきまでのしけた面で迎えてやるより、笑顔の方が良いよな。
「ありがとうよ。えぇと?」
「いえ、全てはメアリ様の為です。それと私の名前はシルキーと申します」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「小父様!!」
メイドとの会話から暫く経って、応接間の扉が勢い良く開かれたと思ったら、メアリが駆け込んできた。
そのまま俺の元に走ってきたので、俺は立ち上がり笑顔でそれを向かい受ける。
メアリは俺を見た途端、広場の時の様にくしゃくしゃな顔になって泣き出した。
そのままメアリは俺に抱き付き、堰を切ったように大声で泣き出した。
俺は優しく頭を撫でる。
「ショウタ。慰めてやってくれ。メアリにはそれが一番の癒しとなる」
遅れて入ってきた王子がそう言ってきた。
続いて先輩とフォーセリアさんも来る。
姉御とアンリは居ないので家に帰ったのか?
しかし、王子の事だからてっきり抱き付いているメアリを見て、『離れろーー!』とか怒り出すかと思ったが、さすがに泣きじゃくるメアリを引き離すのは父親と言えども出来ないのだろう。
俺達の姿を相変わらずの無表情で見ているシルキーの顔が、何処と無く悔しそうに見えるのは気のせいじゃ無ぇんだろうな。
姿勢を保ってる様に見えて、指を少しわきわきさせているし。
ファンとして自分も抱き締めたいんだろう。
「王……、ヴァレンさん。あの後どうなった?」
「メアリは無事に聖女を返上する事が出来たぞ。また、大司祭様が今回の事をメアリによる奇跡とはせず、今後とも女神様の言葉通り一信徒として特別視せず扱うと仰ってくれた」
「そうか、良かった……」
少し心配していたんだ。
あの出来事を奇跡として取られるんじゃねぇのかと。
ある意味メアリの嘆きが女神を召喚したとも捉え兼ねられないからな。
もしかすると、先程の出来事が奇跡として、改めて聖女に認定されるんじゃねぇかと思ってた。
「とは言え、腫れ物に触る感じなのだろう。少しメアリへの態度がよそよそしかったからな。何せ女神直々にメアリに手を出したら許さないと言うお墨付きなのだ」
「なるほどなぁ。そりゃ、信仰心の厚い奴等程、そう言うしかないか」
確かに女神の言葉通りに取るとそう聞こえるよな。
教会の奴らが、これでまた聖女だ何だと言い出す訳が無ぇよな。
「ふふふっ、と言う事はだ。メアリ手を出そうとする不埒者が現われないと言う事なのだ。メアリはずっと嫁に行かず、家に居たらいいのだよ」
「こらっ! バカ親父! 何を嬉しそうな顔してとんでもない事言ってんだ」
「バ、バカ親父とな……」
本当に王子はメアリの事になったらIQ下がるよな。
先輩もだが、もっと子供の意思を尊重してやれってんだ。
シルキーは今のやり取りに無表情のまま噴出している。
何処か笑いのツボに入ったのか?
「お父様? 女神様が仰ったのはあくまで他者からの事ですの。なので私からプロポーズするのはカウントされませんの」
いつの間にか泣き止んでいたメアリが、そんな事を王子に言い出した。
「なっ! そ、それは……しかし……」
「ははっ、メアリに一本取られたな」
メアリの言葉に皆が笑い出した。
「済まなかったな、メアリ。あんな怖い目に合わせて」
泣き止んだので、メアリをいい加減抱き付いているのを止めさせ様としながら俺はさっきの事を謝った。
ん? 何だ? メアリ? 体から離れねぇ。
ガッチリホールドされてる!
あまり力を入れると怪我させてもなんなので、ゆっくりと引き離そうとするのだが、この小さな身体の何処にそんな力が有るのかと思うくらい、俺の体から離れてくれない。
何度か試したが無駄だったので諦めた。
「怖かったですけど、何か有ったら小父様が救けてくれると信じていたですの」
俺が諦めた瞬間、メアリは抱き付いたまま俺の顔を見上げてそう言った。
グッ……、そんな目で見られるのは辛いな。
信じてくれるのは良いが、今回俺は何も出来なかった。
世界を敵に回してでも連れて逃げるなんて事まで考えちまった。
「あ~、すまん。一つ良いか、ショウタ」
俺がメアリの言葉への回答に詰まっていると、先輩が間に入って来た。
その表情から何やら俺に尋ねたい事があるらしい。
「何だよ先輩?」
「あ~何だ。あの出来事はお前の仕業じゃ無ぇんだよな?」
「あぁ、アレは違う」
アレは神だ。
けれど……、アレは……。
「そうか……、じゃあの方は本当に」
女神クーデリア……。
この世界の神。
しかし、最後に微笑み掛けて来た時のあの目は……。
いや、まさかな。
「そう言えば、メアリ? 聞きたい事があるんだ」
「なんですの、小父様」
「まず離れてくれないか」
「嫌ですの」
「……そうか。まぁ、いい。あの広場で俺が駆け付け様とした時、何で拒んだんだ? てっきり嫌われたんだと思っていたんだが」
「嫌う訳無いですの。だって私は……」
「わぁーーー! わぁーーー!」
「ヴァレンさん急にどうしたんだよ。五月蝿いっての! で、なんでなんだ?」
「だって、あの場で小父様が私を救い出そうものなら、嫌でも目立ってしまって小父様の夢であるのんびり暮らす事が出来なくなるじゃ有りませんですの」
メアリの言葉に、心が吹き飛びそうな衝撃を受けた。
いや、正確には心に刻まれた傷跡の上にこびり付いた小汚いカサブタと言うべきか。
あの時、どれ程心細かったと言うのだろうか。
計画の失敗に突然の暗黒。
そして大司祭による糾弾に民衆の憎悪の全てを向けられたんだ。
十四歳の女の子が受けて良い仕打ちじゃないだろう。
あの時だって混乱の中、心細かった筈なんだ。
そんな状態だったのに、俺のくだらない夢の為に?
「お、小父様、泣いてらっしゃいますの? あ、あの何処か痛いとこでも有りますの?」
「いや、そうじゃない。……ありがとうな。メアリ」
もう二度と危険な目には合わせやしない。
絶対に……!!
「あ~、メアリちゃん? お前さんの気持ちは偉いと思うが、コイツ昨日の段階で自分自身からのんびり暮らす事を放棄しやがったからな」
「なっ! これ先輩! 嫌な事思い出させるなよ!」
「そう言えばそうでしたですの」
「メ、メアリまで……」
「それで思い出したですの! 小父様! 王女様と踊っていた時、鼻の下を伸ばして、チークでもないのにベタベタし過ぎだったですの」
「ち、ちが! 鼻の下なんて伸ばしてねぇし、今のお前の方がベタベタし過ぎだろ」
「そうだぞ! メアリ。そろそろショウタから離れるんだ」
「嫌ですの。まださっきの事が怖くて仕方無いですの!」
バンッ!
「メアリーーー!! やっぱり心配になって来ちゃ……たよ? なぁーーーっ!! なっなんでソォータさんと抱き合ってるのっ!」
「え? なっ、なんで嬢ちゃんが!」
「おやまぁ、こりゃお邪魔だったかい?」
「あ、姐御っ! なんで嬢ちゃんを連れて?」
「私を除け者にしようって魂胆? 問答無用! 歯ぁ食い縛れセクハラ親父!!」
「ちょっと待て! 俺今動けないって! 止めろって!」
「フフフ。平和ね~」
「ハハハ。あぁ平和だね~」
「ちょっとセリアさんに姐御! 笑ってないで助けてくれぇーー!」
……まぁ、全く締まらねぇが、これが後の世に語り継がれる『女神の降臨』事件の舞台裏って奴だ。
第三章の最終話です。
書き上がり次第投稿します。




