第二十三話 ライバル
第二十二話です。
令和最初の投稿です。
「それは本当ですの!?」
メアリは驚いた声を上げて立ち上がり、机から乗り出すように自らの顔を俺の顔に近付けて来た。
『魔法がまた使える様になる』
その言葉が余程嬉しかったのか、勢い良く顔が近付けて来たものだから、思わずぶつかるのかと思ってビビッた。
「ち、近いって! 嬉しいのは分かるけど落ち着け」
「ひゃっ! す、すみません! 嬉しくてつい! はわわ~」
俺の言葉に我に返り、慌てて座り直して恥ずかしさに縮こまるメアリ。
希望が見えて嬉しい気持ちは分かるけどよ、おじさんとしては突然の美少女のドアップにドキドキしたぜ。
しかし、『無理じゃないかも知れねぇぜ!』と言ったは良いが、その方法自体は残念ながら聞いて無ぇんだよな。
しまったな……、あの時の俺は自分だけが特別って事に浮かれちまって、あいつが言った通り、他の者達の事なんざ俺には関係無いと思って聞こうとも思わなかった。
子供だったと言え、ちょっと考えればその情報の価値はこの世界では計り知れ無ぇってのも分かり様な物なのによ。
本当に夢に酔いしれた馬鹿なガキだったぜ、あの頃の俺は。
「ただ先に謝っておくが、詳しい方法は分からねぇんだ。すまねぇな。だが、昔俺の力の事を知っている奴が、『他の人は色々大変だが君には関係無い』と言ってやがったんだ。と言う事は、だ」
「私もまた補助魔法を使えるようになる……?」
「そう言う事だと思うぜ」
神の卑劣な策略に今まで翻弄されてきた俺だが、一つ言えるのは、あの言葉が今の俺の苦悩を嘲笑う為の罠だとしても嘘じゃねぇって事だ。
何故なら神達は、物語が好きだ。だからこの世界を作った。
しかも再三俺に活躍を期待しているとの言葉を投げ掛ける程、取り分け英雄譚が好みのようだ。
恐らくこの情報を俺に与えたのは、色々大変と言う言葉の先に有るのが徒労で終わるのでは無く、血反吐吐いてでも乗り越えた先で、それこそ物語の主人公の如く、イベントクリアする姿を鑑賞したいって事だろうぜ。
それに今まで神は、見方を変えれば嘘は付いていない。
いや、目先の嘘は付くが最終的には今のところ正しい事ばかりだ。
記憶の両親の知識は重要な情報が抜けているが、今まで役に立ってきた。
魔物を倒しても強くならなかったが、今の俺の強さは魔物共を凌駕し、魔法さえも全てを使いこなす。
その俺の強さに反応して魔族が襲撃してきた。
『なぜ?』は大量に存在するが、神の考えなぞ分かりたくも無ぇから知らねぇよ。
少なくとも、神が望んだ展開になってやがる。
まっ、神達が実はバッドエンドが好きとかならお手上げだがな。
「では、その方は今何処に?」
「それは……分からねぇ。ずっと会ってねぇから知らねぇんだわ。けど安心しろ。あいつは死ぬような奴じゃ無ぇから、俺が必ず探し出して知ってる事を洗いざらい吐き出させてやるさ」
何でもやるって言っちまったし仕方無ぇな。
神の物語が終われば、また俺の前に現われるんだろうが、それまで何年掛かるか分からねぇ。
なにせ、一匹目を倒すまでに、二十四年掛かったんだ。
ロキとか名乗るバカが頑張った所為で魔族が何匹いるか分からねぇし、下手すりゃ俺の寿命の方が先に来る可能性さえある。
それに、魔法好きのメアリの青春を無駄に過ごさせるのは可哀想だしな。
のんびりするのが俺の夢だが、いつ魔族が来るか落ち着かねぇより、こちらから打って出て全滅させた方が早いんじゃねぇか?
案外その途中で神が話し掛けて来たり、連絡方法が見付かったりするかも知れねぇしな。
それによ、夏休みの宿題だって七月中に終わらせれば、八月は遊び放題って言うだろ?
まっ俺はそんな殊勝な事はしか事無ぇがな。
今なら光が飛んで行った北に向かえば魔族と途中で鉢合うかも知れねぇし、やっぱり朝思っていた通り、近い内に旅に出……。
「ダメですの!!」
「うぉっ! びっくりした!」
旅に出る決意を固めた途端、それを遮るようにメアリが大声で叫んだ。
この小さくて華奢な身体の何処から出たのか分からないくらい、さっきの俺の激高かくやと言った声量にビビッた。
「小父様! いま旅に出ようとか考えていらっしゃますの? 私この街から小父様が居なくなるのは嫌ですの!」
「え? 嫌って言ってもお前。旅に出なきゃそいつにも会えないんだぜ? それにそんなに掛かりゃしねぇよ」
居なくなるのが嫌って言われてもなぁ。
あれか? 俺がこのままどっかに消える事を警戒してるのか?
まぁ、ほぼ初対面なおっさんだもん、さすがにそう思われても仕方無ぇよな。
「小父様が旅に出るなら私も付いて行きますの!」
「はっ? はぁあ? 何言ってんだよ! そんな事出来る訳無ぇだろ。お前まだ14歳じゃねぇか!」
「私ぐらいの子だって冒険者は居ますの! ほらあそこに座ってる女の子なんか、私とそう変らない歳みたいですの」
そう言われて振り向くと、まぁ確かに居るわ。
つい最近ギルド入りした子で、一番新しい俺の教え子だった奴だ。
確か年は同い年だな。嬢ちゃんが言っていたわ。
いつもは草原に薬草を取りに行っている時間の筈だが、なんてタイミングだよ。
俺の説得力が無くなっちまったじゃねぇか。
「あいつは、薬草採取専門の奴だから冒険なんて出ねぇよ。そんな事より聖女様を連れ出せる訳無いだろ? 俺が誘拐犯にされちまうわ。あと親御さんにもなんて言や良いんだ? 安心しろって、本当すぐだからよ? な?」
「そう! 聖女の件! それですの! 小父様、聖女の事でお力をお貸し頂きたいですの」
そう言や違うって事を皆に信じさせたいとか言っていたな。
えらく食い下がってくると思ったらそう言う事か。
このまま俺がこの街から居なくなったら聖女の道が確定しちまうし、忘れてたぜ。
「あぁ、そう言えば最初にそう言っていたよな。俺と話していたら辞めたくなったって。そうだな、まずそれをどうにかしようか。と言っても俺に何をさせたいんだ?」
「ありがとうございますの。その前に約束して欲しいですの。旅に出るなら私を連れて行って頂くか、旅に出ずにこの街に居てくれると言う事を」
あれ? それは前提なのか? 聖女じゃなくなったら別に俺に付いてくる必要も無いと思うんだがな。
旅に出ずってのもなぁ。いや、結局魔族を倒して行く事が近道なんだから、この街に居てもいつかは叶うとは思うが。
「まぁ、分かったよ。ここに居ても当てが無い訳じゃないしな。勝手に旅には出ねぇよ。けど、いつになるか分からんぜ?」
「ありがとうですの! 小父様が居てくれるのなら、いつまでも待ちますの。……(でも一緒に旅に出るのも捨て難いですの)」ボソッ
「ん? 今なんて? クソッ! マジであいつら五月蝿いな! 小さい声が聞こえやしねぇ」
「ふふっ、何でも無いですの」
「まぁいい。しかし、俺が言うのもなんだが、なんで聖女を辞めたいんだ? 結構チヤホヤされて将来安泰だろ? 腕に自信が無いのなら俺が治癒魔法鍛えてやるぜ?」
面倒臭いっちゃあ面倒臭いが、食うには困らないし良い生活は出来ると思うんだがなぁ。それこそなりたい奴は五万と居るだろってのによ。
魔法の研究なんかも、国に言えば予算回してくれるだろうし、それこそ補助魔法が使える様になりゃ歴史に名を残すレベルな訳だから、自由に研究出来るようになるんじゃねぇか?
「え? あの、だって聖女の仕事って、その~」
メアリは俺の質問に急にモジモジしだした。
何故だか顔を赤くして上目遣いで俺を見て来る。
もしかして聖女って一般には知られていないだけで裏では色々とヤバイ事でも有ったりするのか?
裸で儀式したりとか、それとももっと酷い事か?
そうだったらちょっと許しておけねぇな。
俺の責任だから何でも力を貸すし、最悪教会をぶっ壊してでも……。
「なんだ? なんか聖女って何か恥ずかしい事でもやらされるのか?」
「い、いいえ! そう言う事では無いのですの! 聖女は光栄で素晴らしい事だと思うですの。それに教会の皆様もお優しいですの」
「ありゃ、そうなの? じゃあなんだ?」
「あの~、その~。聖女と言うのは一生涯、操を神に捧げないとダメらしいですの。少し前まではその様に思う方は居りませんでしたので、実感が無かったのですの。でもその~、やっぱり好きな方と結ばれたいと思うようになりまして~。きゃっ恥ずかしいですの!」
ありゃりゃ、顔真っ赤にして両手で覆っちゃったわ。
あ~なるほどそう言う事か~。思春期迎えた女の子に取ったらそりゃ一大事だわな。
下手したら世界の危機よりも大切な事だわ。
おじさん気が効かなくてごめんな。
好きな奴が出来たなんて秘密の恋バナを、こんな会って間もないおじさんなんかに話すのはそりゃ恥ずかしいよな。
「分かった分かった。聖女返上の手伝いでも何でもやってやるよ。で、結局俺に何をさせたいんだ? さっきは話が逸れちまったけどよ」
「その事なんですが、一応お耳を貸していただきたいですの」
「ん? あぁこうか?」
一応魔法で他の奴には聞こえないと思うが?
まぁ気持ち的なもんも有るだろうしな。
なにせ、この国じゃ数十年現われなかった聖女様の誕生を無かった事にするなんて大それた事だ。
慎重になるのは仕方無いか。
「ありがとうございますの。あのですね、三日後に王都の大神殿から神官様達がやってきますの。その時に皆の前で私の聖女としての審査をする事になっているそうですの。その時に小父様のあの発動魔法で、ごにょごにょごにょと……と言う感じなのですが、出来ますか? 小父様以外では無理だと思うですの」
「あぁ~なるほどな。いや、出来るけどよ。お前結構ぶっ飛んでんな。けど、それやりゃ皆お前が聖女じゃないって事を信じるわ。魔力の無駄遣いの研究やる奴はバカだとか言っていたが、お前も相当だぜ?」
「いえ~それ程でも~」
バカと言われて喜んでやがる。
魔法オタクに取ったら誉め言葉の様なものなんかね?
しかし、このお嬢さんは見かけに寄らず大胆不敵と言うかバチ当たりと言うか。
さすがの俺でもここまでの事は考えなかったわ。
それにまず俺に魔法を使える事を確認したのも頷ける。
俺と喋りながら聖女辞める事を考えたそうだが、実は元から計画練っていたんじゃねぇか?
ただ実現出来る奴が居なかったと言うだけでよ。
まぁ、いいぜ。それに面白ぇ、やってやろうじゃない……。
「あーー!! 何二人して顔を近付けて笑ってるんですか!! ソォータさんいやらしい!!」
「うぉっ!! びっくりした!! な、なんで嬢ちゃん?」
マジでビビッた! なんで嬢ちゃんがここに居るんだ?
疎外の魔法掛けてるから、俺達の事を認識出来無ぇ筈なんだけど。
「なんで? じゃないですよ! 急に居なくなったと思ったら、ちゃっかり席に戻ってて、しかも二人して顔を近付けてるんですもん。こんな事見過ごせませんよ! 何処行ってたんですか?」
「えぇ~、そんな馬鹿な。だって魔ほ……ゲフンゲフン。い、いやずっと居たぜ俺ら。なあ? メアリ?」
「えぇ。ずっと居ましたですの」
「え? 本当~? あっあれ? そう言えばずっと居たような気も~? あれ? なんで気にしてなかったんだろ? 何か有ったらと大変なんでずっと監視しようと思ってたのに? あれれ?」
この反応は典型的な疎外の効果を受けた人間の反応だな。
おいおい、疎外の魔法が効いてるのに、それを割って入ってきたのか?
俺達が顔を近付けてるのに気付いて? そんな馬鹿な、魔法使いのメアリなら兎も角、そんな素養の無い嬢ちゃんに俺の魔法が破られるなんて。
まさか、いつの間にか魔法が解け……いや、掛かったままだな。
嬢ちゃん恐るべし。
「小父様? 女の子の勘は馬鹿に出来ませんですの。特に気になる方に関しては」
「気になる方~? なんだそれ?」
「なっ! 何言ってるのよ! メアリ! だからそんなんじゃなって!」
えらく嬢ちゃん焦ってるが、なんなんだ?
しかし、女の子の勘ねぇ~。そんなもので俺の魔法が破られるとは信じられねぇ~。
それに、気になる方か……? って、親友のメアリの事か? なるほど。
「あぁ、そんなにお友達のメアリの事が心配だったのか? だから言っただろ? 俺は紳士だからよ。レディに対しては、ちゃんと丁寧に扱うさ」
「どの口が言うか! このセクハラ親父! メアリ? 本当に大丈夫? 何もされなかった?」
「えぇ、大丈夫ですの。それにとても楽しくお話させて頂きましたの」
「へ、へぇ~。そう……なんだ。ど、どんな話をしてたのかなぁ~?」
「フフフッ、そうですわね~。例えば、アンリと私はライバルって事とかですの。ねっ? 小父様?」
「は?」
そんな話してたっけ?
そりゃあ魔法の事なんて言える訳無ぇし、聖女返上なんてのも持っての外か。
けど、こんな思わせ振りな事言ったら嬢ちゃん余計気になったりしないか?
何かメアリって嬢ちゃんに対してはちょっと意地悪と言うかからかっている所が有るよな。
まぁ、友達同士ってこんなものか。
「な、なんですって~!! い、いつの間にメアリ……? ソォータさん! やっぱり何かしたんですね!」
「なっ! 何もしてねぇよ!」
「メアリ! 本当の事を話して! ちょっと! ソォータさんはあっち行ってて下さい。今からメアリに事情聴取を行います!」
「なっ、なんだよおい。ちぇ、まぁいいか。んじゃメアリ。またな」
「ええ、小父様。ごきげんようですの」
「や、やっぱり、仲良くなってる……ちょっとメアリ話を聞かせなさい!」
「フフフ、分かりましたですの……」
俺は何か良く分からん嬢ちゃんの乱入によってメアリと別れ、本来の目的であるギルドマスターの部屋に向かって歩き出した。
しかし、ライバル? ライバルねぇ。そりゃ父親同士はライバルだったが、だからと言って、今の二人は職種は違うし冒険者って訳でもねぇしな。
「あっ! もしかして恋のライバルって事か?」
何かメアリは好きな奴が居るから聖女辞めたいみたいだったし。
もしかして、嬢ちゃんと同じ奴が好きになったって言う事か?
「なるほど、そりゃライバル同士だわ」
けど、嬢ちゃんに好きな奴が居るなんて知らなかったぜ。
嬢ちゃんも隅に置けねぇな。
小さい頃から知ってるから、ちょっと感慨深いぜ。
しかし、メアリが言うにゃあ、俺と話している間に辞める決心をしたらしいから、ギルドの奴なのか?
けど、この場合どっちを応援してやりゃ良いんだか。
まぁ誰かは知らんが、誰か分かったらそいつを祝福がてらに、地獄の特訓で徹底的にしごいてやるか。
……少しでもそいつが長生きして、嬢ちゃん達を悲しませない為にな。
書き上がり次第投稿します。