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第二十話 聖女の願い

「メアリ! 本当にすまんかった!」


 俺は、この何も知らない者にとっては、まさに聖女と微笑みと言っても過言ではない無言の圧力に到頭(とうとう)耐えられなくなり、先手必勝とばかりに謝ってしまった。


 遠くから『やっぱりチュートリアルは手を出していたのか?』とか『え? ロリコン?』みたいな言葉が聞こえてくる。


 今すぐ怒鳴り散らしてやりたいが、メアリの手前今はぐっと飲み込んだ。

 いや、はっきり言って、そいつらはある意味被害者と言えるだろう。

 真の敵は『ロリコン』と言う言葉をこの世界に持ち込んだ神なので、いつか会う日が来た時のぶっ飛ばし回数に加算しておく事を心に決めた。


 勿論今『ロリコン』と言う言葉に笑っている人数分も含めてな。


 ん? メアリが俺の突然の謝罪に首を傾げて不思議そうに見ているな?

 『ロリコン』と言う言葉の意味が分からないから悩んでいるのか?

 うん、そのまま知らないでおいてくれ。頼む。


「あの……なぜ小父様は急に謝ったんですの?」


「は?」


 全く予想していなかった回答に俺は頭の中が真っ白になった。

 何言ってんだこの嬢ちゃんは?

 もしかしてアレか? 何に対して謝っているのか俺の口からちゃんと説明しろと言う事なのか?

 くっ! このきょとんと歳相応に可愛らしく小首を傾げる仕草をしておきながら、なんてエグイ事を要求してくるんだ?

 小悪魔女子と言うか大悪魔だなこいつ。くそ~、仕方無い


「いや、教会での事だよ」


「教会での事?」


 あれ? 今度は怪訝そうな顔で俺の事を見だしたぞ?

 これ本当に演技か? なんか俺の言葉をマジで分かってないようだが?

 もしかして、俺の勝手な妄想で実は気付いてないんじゃ?


「俺の魔ほ……」


「……その事は存じていますの」ヒソヒソ


 やっぱり気付いてはいるのか。

 『俺の魔法』と言い掛けたら、即座に知っていると返してきやがった。

 しかも、周囲に聞こえないようにわざわざ声を潜めて。

 どう言うつもりだ? いかん、探り合いじゃ拉致があかねぇな。


「いや、お前に魔法を掛けて聖女に仕立て上げた事だよ」ヒソヒソ


 どうも遠回しに言っても話は平行線のようだ。

 気付かれているならわざわざ隠す事も無いし、もしこれがメアリの腹芸だとしても付き合ってやる義理も無い。

 俺は単刀直入に核心へと切り込んだ。

 

「どうして、それを謝りますの?」


「へ?」


 更に思ってもみなかった回答に、真っ白になるどころか、意識と言うより思わず魂が飛びそうになった。

 

「いや、だって、勝手に聖女にされて迷惑だろ?」ヒソヒソ


 誰でも面倒事を押し付けられると嫌だろ?

 もしかして、こいつ聖女になってちやほやされた事に快感を得て、今後も俺に魔法を掛けさせる為に協力するよう脅迫しに来たのか?

 だとしたら、こいつはとんだ性悪だ。

 いや、こうなったのは不用意に力を与えてしまった俺の所為か。

 更正させてやる責任が有るだろう。まっ多少のお灸は据えてやるがな。


「あぁ、その事! でもそれは仕方の無い事ですの」


 あれれ? なんか急に笑い出したぞ?

 それも疑問が解けてすっきり! と言う様な、実に晴々とした歳相応の屈託の無い少女の笑顔だ。

 そのあまりの様子に、自分の不始末処理の覚悟を決めていた俺は、壮絶な肩透かしを食らってしまった。


 『()()()()()』?


 どう言う事だ? 思春期の少女の考える事はおじさんじゃ分からねぇ!


「いや、仕方の無いってお前……」


「だって、あの時は皆さんがとても不安がっておりましたの。教会に助けを求めていらっしゃったのに、私達の力だけではその方達の心を救う事はおろか、もっと不安がらせてしまって……」


「は? お前何を言って?」


「あの時、あの場所にそれこそ聖女と言うべき、皆さんの心の拠り所が必要でしたの。もしそれが有りませんでしたら、恐らく冒険者様が魔物退治された後も皆さんの心に不安は残ってしまっていたかもしれませんですの。あっごめんなさい。冒険者の皆さんが頑張ってくれましたのに失礼な事を言ってしまって……」


「い、いや、それは良いんだが……」


 おいおい? こいつの言っている事が全く理解出来ないんだが?

 いや、理解したく無いと言うか信じられないと言った方が良いのか?

 特に俺の様な捻くれた心の持ち主にとって有りえねぇ考えを言っているような。


「だから、小父様には本当に感謝しておりますの。あの時あの力を授けて頂けて。そうじゃなかったら……、私……私達の力だけじゃ……あの方達の命を救う事が出来ません……でしたの」


 突然メアリは思い詰めた顔をして目からボロボロと涙を零し嗚咽と共に手で顔を覆った。

 その様子に俺もびびったが、それ以上にギルド内が騒然としだす。


「テメェーーー!! ソォータ! なに聖女様を泣かせてやがるんだ!」

「最低!! やっぱり手を出したのね! 街追放……いえ、国外追放よ!」

「教官! 見損ないました! 師弟関係はここまでです! 死ねロリコン野郎!!」


「ちっ、違う! 俺は何もしてねぇ! 誤解だ!」


「何が違う! 現にお前が何か言った途端、聖女様泣いてるじゃねぇか! このロリコン野郎! 死刑だ!」


 皆が皆が、俺がメアリを泣かせたと思い込み殴り掛からんばかりの勢いで非難し出した。

 幾ら俺が弁解しようと聴く耳持たず、とうとう武器を構える奴まで出て来やがった。

 

「だから本当に違うって! 落ち着けお前ら!」


 くそ! まるで魔族に操られた奴らみたいだ。

 俺の話を聞きやがらねぇ。どうする? 探知魔法で全員気絶させるか? 丁度それに耐えられるダイスが居ない事だし。


「そうです! 違います皆様!」


「「「「え?」」」」


 俺に続いてギルド内に少女の声が響き渡る。

 それはとても澄み透った水面の如く綺麗でいて、尚且つとても良く通る声で、皆の怒号が飛び交う中でも隅々まで広がり、それにより今までの喧騒が嘘の様に収まり、辺りに静寂が訪れた。

 その声にはそれだけの力が宿っていた。

 勿論その声の主はメアリ。

 目にまだ涙を溜めながらも立ち上がり、優しい笑顔で皆を見ている。

 その光景に皆が見惚れて言葉を失っていた。そう俺でさえ。


「皆さま、お騒がせしてすみません。私が泣いてしまったのは小父様……いえ、ソォータ様の所為では有りませんですの。あの教会での奇跡が起こる前、自分の非力さで皆を救えない事に絶望していた事を思い出してしまって……。でも、その後ソォータ様に励まして頂いて、私はまた立ち上がる事が出来ましたですの。ここに私が居るのはソォータ様のお陰。あの時は本当にありがとうございました」


 メアリはそう言って俺に深く頭を下げた。

 その言葉と仕草から溢れ出る気品によって皆は息を飲んだ。

 そしてその時、皆の心には一つの言葉が浮かんでいた事だろう。

 そう『聖女様』と……。


「だとよ。お前ら? 何か俺に言う事は?」


「ごめんなさい! ソォータさん!」

「私は信じてました! 本当ですよ?」

「さすが俺の教官だ!」


 こいつら……。ここまで綺麗な掌返しは見た事が無いぜ。

 覚えてろよカイ! 今度徹底的にしごいてやる。


「まぁ、いい。だが、お前ら奢り一回づつな」


「仕方無ぇ」

「許してくれてありがとう」

「まぁ教官はすぐに酔い潰れちゃうし、そんなの安い物ですよ」


「カイ! お前は三回だ!」


「え~! そんな~。ごめんなさい~」


「これで分かったろ? お前ら話の邪魔だから、ちょっとあっちに行ってろ」


 俺がそう言うと皆はクモの子を散らすように皆が元居た場所に帰って行った。

 カイでさえ反省したのかそそくさと立ち去る。

 やっぱり、このままじゃダメだな。

 そう思った俺は、メアリの視線がされた瞬間、()()を実行した。

 今度は気付かれないだろう。


 素早く秘策を実行した俺は、改めてメアリに向き席に着いた。

 メアリはまだ目が赤いがニコニコと俺の事を見詰めている。

 しかし、何なんだこいつは? 先程の言葉に嘘を付いているような所は無かったが。

 

「おい、さっきの言葉」


「はい、本当に感謝していますの。あの時、修道士様が倒れ、司祭様もシスター様も頑張っておられましたが限界のご様子でした。かく言う私も本当に自分の無力さに諦めかけて……」


 また思い出したのか、目に涙を浮かべだした。


「ちょい待ち! もう泣くな。また大変な事になる」


「す、すみません。どうしてもあの時の事を思い出すと……。ダメですね私」


 おいおい、これマジの奴なんじゃないか? いやしかしそんな。

 あの時、とても弱々しく今にも倒れてしまいそうな顔をしていたのは、自分の無力さと不安に打ちのめされていた14歳の女の子であるこの子の本当の姿だったからなのか?


「本当に小父様のお声と魔法のお陰ですの」ヒソヒソ


 メアリは『魔法』の部分だけ声を落としてそう言った。

 わざわざ周囲に聞こえない様にするって事は、俺が力を隠している事を分かって気を使ってくれてって事か?


「なぁ、もしかしてお前気付いてるのか?」


「えぇ、理由は分かりませんが、小父様がご自分の力を隠しておられると思いまして。私おっちょこちょいですから何度かポロッと言いそうになってしまって…。ごめんなさいですの」


 ぐっ! なんて事だ……。こいつマジもんだ。

 何度か言いかけていたのは、俺を脅す為じゃなくて普通に言い間違いしてただけなのか……。

 

「私が聖女と呼ばれるのはおこがましい事ですが、それも皆の不安を救う為に必要な事。だから本当に小父様には感謝していますの」


 生まれて初めて絶句と言う言葉の本当の意味を理解したぜ。

 どうやらメアリは外見だけじゃなく、心までマジもんの聖女の器の持ち主だ。

 こいつは人選ミスなんかじゃ無かった……、いや、やはり人選ミスだな。しかも最悪の。

 だって、ここまで内外とも聖女としか言いようのない者に、力まで与えてしまったら、もう完全に聖女じゃねえか。

 こりゃ、逆に俺プロデュースで聖女伝説を爆誕させた方が良いんじゃないか?


 いや~、しかし改めて俺って人間が小さい事を自覚したわ。

 何が小悪魔大悪魔だよ。それ俺自身の事じゃねぇか!

 捻くれ捲った俺の心が本当の性悪だ。

 こんないい子の事を悪く言って本当に恥ずかしい!

 ううぅ、罪悪感で心が痛いぜ。


「メアリ! 本当にごめん!」


「えっ? いきなりどうしたんですの? だからそれは仕方無いと」


「いやその事じゃねぇ。何も言わずこの謝罪の言葉を受け取ってくれ」


 俺はテーブルに額を付けて、今までの心の中で罵っていた非礼を詫びた。

 メアリはオロオロとしていたが、『良くは分かりませんが、分かりましたの』と言って俺の謝罪を受け取ってくれた。

 相手の事情を必要以上に踏み込まず、それでいて相手の意を汲み取って対応する優しさも持っているな。

 本当に自分が恥ずかしいぜ。


「で、でも、もう皆さんの不安は解消されましたし、いつまでも聖女様って呼ばれるのは、その恥ずかしいって言うか、私などには勿体無い言葉ですの。それで、その~」


 しかも謙虚だ! 筋自体は悪くないし俺が鍛えたら掛け値無しの聖女になれるぞこいつ。

 とは言う物のメアリは何処と無く今の環境を快く思っていない風にも思う。

 力無き自分に聖女の肩書きは重いとでも言うのだろうか?


「で、メアリはどうしたいんだ?」


「あの、お願いが有るのですが……。小父様のお力で……」


 ふむふむ、良いよ良いよ。なんぼでも力を貸してやろう。

 メアリのお願いならおじさん何でも聞いちゃうよ。

 俺プロデュースの聖女伝説でも何でも初めようか。


「私が聖女じゃないと言う事を皆に信じさせて欲しいですの!」


「は?」


 本日何度目かの想定外の言葉に、又もや頭が真っ白になってしまった。

 本当に思春期の女の子の考える事は、おじさん分からないぜ。


書き上がり次第投稿します。

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