第十七話 褒美
第二章の始まりとなります。
「しかし、これなんですかねぇ?」
ダイスが呑気な声で、足元に転がったプレートを指で軽くつつきながらそんなことを言ってきた。
俺的にはまだ動揺冷めやらぬ心中だったが、こいつは昔から切り替えが早いと言うか、どんな酷い状況に陥ろうが、それを有りのまま受け入れ、それでいて悲観せずにそれに打ち勝つために前向きだ。
まぁそこが良いところでも有るんだが、自分が疑問に思ったことなんかは、戦闘中でも聞いてきたりする所に通じているので痛し痒しだ。
「さぁな、魔族の名札みたいな物だろ? 欲しけりゃやるよ」
「いや、要りませんよ。何か呪われそうですし。先生が持っててください」
「お前酷いな!」
「先生なら魔族の呪いなんて効きそうに無いじゃないですか。それに先生が触った途端こうなったんですから、やはり先生が持つべき物だと思います」
うっ、まぁ言い得て妙と言うか、実際そうなんだろう。
確実に神のプログラムによるアイテムだ。
ゲームで言う所の中ボス撃破のドロップアイテムと言うところか。
今後これが俺に必要になるかもしれねぇな。
恐らく他の者が持ってても良いもんじゃねぇんだろう。
例えば他の奴がこれを持っていると、呪いによって『奴になる』とか……。
ははは……笑えねぇな。
「しかし、これでますます確信しましたよ」
仕方無くプレートを拾い上げると、それを見ていたダイスが何かさっぱりした顔でそんな事を言い出した。
「確信って何がだよ?」
「俺が触っても何も起こらなかったのに、先生が触れた途端ですからね。やっぱり先生は英雄……いや勇者になるべく生まれてきた人なんですよ」
その言葉に俺はドキリとした。
こいつの直感は突拍子も無いようで確信を突きやがる。
先程の件で、やはり神は俺の妄想だった訳じゃなく、現実だったと言うことを改めて思い知らされた。
かつて神は俺に言った。
『自分達の作った世界で招待した人が活躍する所を見たい』、そして『君の活躍を期待してる』と。
言わば、この世界は神々が享楽欲求を満たす為に、自分達が放り込んだ者の英雄譚を紡ぐ様を眺める為に作られた世界。
要するに俺が主人公の舞台劇。
俺が悩んで悲しんで苦しんでる事も物語のスパイスにしかなってないんだろう。
村人達の事もイベントの一つだったのか?
俺に殺される為に生まれて来たと言うのか?
もしそうなら絶対に許せねぇ。
「……先生? どうしました? 急に怖い顔して押し黙って?」
俺が神々に対して怒りにうち震えてると、ダイスが心配そうに尋ねて来た。
「あぁ、すまん。ちょっと昔の事を思い出してな。まぁ、あれだ。俺は脛に傷が有るから英雄なんて柄じゃない。勇者なんて以ての外だ。それに何より……」
「面ど「面倒臭ぇ! でしょ?」
うっ、俺の言葉に被せてきやがった。
こいつは本当に……。
「それにな、英雄とかそう言う物は功績の積み重ねで皆から言われるもんだ。俺はな、強くなるのが遅かったんだよ。出遅れ者なの。そんなポッと出のおっさんが英雄なんかおこがましいわ」
「先生……」
「今のお前くらいの時は、まだまだ魔法も碌に使えないただの剣士だったんだ。弱いなりに知恵を絞って、ただ現実から逃げる為。それだけの為に今まで生きて来たんだよ」
「先生、過去の事は分かりますが、あまり自分を卑下しないで下さい。先生は立派ですよ。……あれ? けど、それにしたら魔法の事とか瘴気の事とか詳しくないですか? 強い期間を殆どこの街で暮らしていた事になりますよ?」
うっ、本当にこいつは無自覚で確信を付いてきやがるな。
確かにそうだ。神のチュートリアルなんか役に立たない戯言ばかりですぐに消えやがった。
何も分からないままこの世界に放り出された俺が魔法や瘴気に詳しい理由。
生前の漫画や小説の知識も少なからず影響してるが、ほら魔法なんて現実には存在しないだろ?
「あぁ、それはな、俺の母親は魔法使いだったんだよ。小さい頃に色々と教えてくれた」
これは紛れも無い事実だ。勿論生前では無くこの世界の、しかも俺の記憶の中にしか存在していない母親の話だがな。
因みに父親は戦士だった。
二人に色々と教えられ鍛えられた。……こちらも記憶の中でな。
それが役に立っている。
今思うと、それ含めた全てが織り込み済みだった気がしてならないが。
「なるほど! そうだったんですか! 先生のお母さんが先生の先生と言う訳ですか。会ってみたいな~。あっ、天涯孤独って事は……」
「あぁ死んだよ。俺が冒険者として旅に出た理由だ」
「……すみません」
現実には会った事は無いのに、思い出すと悲しみで胸が締め付けられる。
マジで神は要らん事しかしないな。
会う機会が有ったらマジでぶん殴ってやるぜ!
「気にすんな。昔の事だ。それより英雄なんてお前みたいに若い内から活躍してる奴こそ相応しいってもんだ。それに勇者って言ったら最近出てきたろ?」
「え? あぁ、あいつですかぁ~。う~ん、まぁ強さはそりゃかなりの物ですが、何事にも熱くて一直線で暴れ牛みたいなところが有るんですよね。悪い奴では無いんですが……」
それって熱血バカって事か? 傍迷惑だな。
どうやらダイスはその熱血バカ勇者と知り合いの様だ。
よく考えたら当たり前か。
大陸中を冒険して活躍しているんだから面識はそら有るわな。
「それに子供ぽい所が有って、中身まで勇者と言うにはまだまだ時間は掛かりそうですね」
「お前に言われるなんて、そいつ余っ程だな……」
オーガニックピュアボーイなダイスが言う程なんだから相当アレな奴なんだろう。
絶対に関わりたく無いな。
「酷いですね先生。と言いますか、多分先生と気が合うと思いますよ。今度紹介しましょうか?」
「止めろ!! 今、心の中で絶対関わりたくないって思った所なんだよ!」
ただでさえ近い内にまた魔族襲来が有るかも知れないってのに、これ以上の面倒事は御免だ。
「今回の事で、なぜ先生が目立ちたがらないのか知る事が出来て良かったです。先生がそれ程の力を持ちながら、ただ単に怠け者だから実力を隠していたんじゃないって事が分かって。本当に怠け者だったとしたら幻滅してましたね」
「いやいや、分からんぜぇ~? 実際に怠け者の面倒臭がりだからよ。俺は」
「はははっ、本当にそうなら何だかんだ言ってコソコソと人助けなんかしませんって。教導役をやってるのだって、若い奴が事故とかで死んで欲しくないからなんでしょ? それに冒険者が育てばそれで助かる人達も増えますしね」
「うっ……ち、違ぇよ! お前どれだけ俺の事を聖人だと勘違いしてやがるんだ? 教導役は金になるんだよ」
「またまたぁ~。先生はツンデレだなぁ~」
「ぶっ! 何言ってやがんだ! もういい! この話しはここまでだ!」
……有るんだ。この世界にツンデレって言葉。
まぁ、あの神の事だし、然もありなんって奴だな。クソッ!
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ダイスと別れてから、俺は久し振りに宿から出て大通りを歩く。
行きかう人の顔は明るく楽しそうだ。
結局、この街から出て行くのは保留とした。
ダイスに会って決心が揺らいだってのも有るが、北に飛んで行った光は恐らく次の魔族の元へ行ったのだろう。
魔族がどうやって俺の居場所を察知しているのかは分からない。
もしかすると、犬の様に匂いを嗅いで追ってくる可能性も有る。
そうだとすると、まず奴が来るのはこの街と言う事だ。そうなりゃ住民達に被害が出る。
だから、少なくともそのカラクリが分かるまでは、ここに居て魔族達を迎撃していた方が安心だろう。
何より来るまではのんびり出来るしな。
今、俺が通りを歩いている理由はただ散歩がしたかったからじゃない。
ダイスが言っていた言葉、『ギルドマスターならそこら辺詳しい』と言うのを聞く為だ。
今まで過去から逃げ続けていた俺は、元居た王国の事を知ろうとしなかった。
冒険者の先輩であり、俺の罪を庇ってくれていたギルドマスターは、そんな俺の心情を理解してくれて、二人っきりの時も王国の事は喋らないでいてくれている。
しかし、ダイスの言葉で少しだが前を向く決心が付いた。
一時は神の思惑通りになるかと、自殺も考えたが、よく考えたら『あ~この子はここまでか~』とか『次はどの子にしよ~』とか言い出しそうで、それもムカつくので止めた。
次の犠牲者が可哀そうだしな。
「神々のおもちゃは俺だけで十分だぜ」
それに、これは神が作った物語だ。
物語にはいつかエンディングがやって来る。
ハッピーエンドを迎えたら、神に褒美を要求してやる。
勿論、神をボコボコにしていい権利を! だ。
そんな事を考えながら歩いていると、冒険者ギルドが見えて来た。
五日振りだがどこか懐かしく感じる。
まぁ、この五日間非日常的な事ばかり考えていたし、やっと日常に戻って来たと言う事か。
そうだな、平和な日常に乾杯! と言う事でまずは酒場で一杯するか。
「お久~……ゲッ」
俺はいつも通り挨拶をしながらギルドの扉を開けようとしたのだが、ふと視界の隅にそこに居るのが有り得ない人物が映り、すぐさま扉を閉じた。
「気付かれたか? ……いや、大丈夫みたいだな」
ゆっくり扉を開けてその隙間から中を覗いたが、元々昼間のギルドの中は冒険者達の喧騒で五月蠅い事この上ない。
俺の事に気付いている奴は居ないようだ。
それになんだか今日はいつも以上に人が多いな。
まだ祭り騒ぎに浮かれているのか?
それはさておき、なんだってあいつがこんな所に居やがるんだ?
まさか俺に会いに来たって事は無いだろうが、何となく顔を合わせるのは拙い気がする。
酒は諦めて裏口からギルドマスターの所に行くかぁ~。
「あっ! ソォータさん! やっと見付け……、フゴゴ」
そう思って裏口に回る為に振りむこうとした瞬間、背後から大声で名前を呼ばれた。
突然の事に慌てた俺は、思わずそいつの背後に素早く回り込み、その口を塞いだ。
ん? 誰かと思ったら、受付の嬢ちゃんじゃないか。
外に居るって事はお使いにでも行っていたのか?
取りあえず大人しくするように言い聞かせるか。
今の姿って凄い『事案』な感じだしな。街を行きかう人の目が痛いぜ。
あっ、そこの人! 警備員呼びに行かないで! 違うから!
「嬢ちゃん声がでかい! しぃ~」
「急に何するんですか! びっくりするじゃないですか!」
手を離した途端、プリプリと怒り出した嬢ちゃん。
しかし、俺の意図は汲んでくれたのか、声のトーンは落としてくれた。
「いや、すまんすまん。それよりなんであいつが中に居るんだ?」
「えっ? あいつってメアリの事? ん? その言い方……もしかしてソォータさん! やっぱりあの子に何かしたの!?」
メアリ? そうかあの子の名前はメアリって言うのか。
って、『やっぱり』って事は、本当に俺に会いに来たと言う事か?
「いや、何もしてねぇよ! と言うか今名前を知ったレベルだ。それより何故こんな所にあいつが居るんだよ。時の人だろ?」
時の人。今この街で話題の人物は二人居る。
一人は英雄ダイス。
そして、もう一人は……。
「『こんな所に』ってなんですか! それと聖女様に手を出したなんて事が噂になったら、ギルドの評判に関わるんですからやめて下さいよ!」
そう、あの時の見習いシスター。
俺が身バレを怖がって無理矢理聖女に仕立て上げてしまった可哀想な娘だ。
いや、それよりも……。
「手なんか出すかバカ!! 年が違い過ぎるわ!」
それだけは主張しないとな! マジで!
書き上がり次第投稿します。
章のタイトルはネタバレになりますので章の終わり公開します。