第161話 第三の魔族
「コマチ!! 行けるか?」
俺は目の前のギラギラ眩しい銀色巨人を牽制しながら、少し離れたところで勇者の呪文を唱えているコマチに声を掛けた。
土の勇者であるコマチは今も詠唱中の為、声は出せないもののコクリと頷く。
まだまだ半人前の勇者だが、ここ数日間みっちり行った俺の特訓のお陰で多少なりとも真の勇者として目覚めつつあるようだ。
周囲に集まった精霊の魔力は計画遂行出来る位には練り上げられている。
よし、そろそろだな。
「コバトもいくぞ! 二人とも魔力は俺が貸してやるから安心しろ」
「はい! いつでもよろしいですわ」
俺はもう一人の勇者に声を掛ける。
こちらは既に魔法が完成したようで返事を返してきた。
彼女は水の勇者。
コマチよりも三歳年上であと数年もしない内に勇者寿命は終わっちまうが、逆に言うと勇者としての最盛期と言ってもいいだろう。
魔力の練りの速さと魔力量も俺が知る奴の中でもかなりのもんだ。
しかもコマチと一緒に鍛えたから更なる成長を遂げている。
ただ、それでも二人共まだまだ足りねぇのは仕方ねぇな。
もとより勇者と言えど本来ならこんな少人数では実現不可能な作戦なんだからよ。
俺は事前に二人の勇者と繋げていた魔力バイパスに魔力を流し始めた。
これで充電切れって事もねぇだろ。
「んじゃコウメ! 一気に行くぞ! 奴を魔方陣まで押し込め!!」
「分かったのだ!! うりゃぁぁぁーーー!!」
「「迅雷! 縛風衝ぉーーーっ!!」」
目の前の巨人……タイカ国に封印されていた魔族タロスに向かって俺とコウメは、城食いとの戦いの際に苦し紛れに俺が考案した『迅雷縛風衝』を使い突撃を仕掛けた。
そしてタロスの前方左右から『迅雷縛風衝』の衝角を鋏の要領でがっちり挟み込み、力の限り前に突き進む。
このまま土と水の魔力を込めた魔方陣まで押し込めば俺達の勝ちだ。
ったく、イヨの言う通り『預言の権能』にしてもテラとか言う奴が書いた『旅する猫』にしても、それに出てくる魔族攻略法が全く役に立たねぇ状態になってやがったぜ。
この鏡の様に輝く巨人タロスだが、正直ちょっと舐めていた。
なんかその鏡面装甲は魔法だろうが物理だろうが反射しやがるんだと。
『旅する猫』でもタロスに落ちた雷が辺り一面に飛び散っちまって猫が涙目で逃げ回るって描写が書かれていた。
それでも第二覚醒を果たした俺なら魔法で一発、なんなら力の限り殴るだけでもぶっ壊せるんじゃねぇか? と思っていたんだ。
それに俺は魔族のスキルを無効化するしよ。
楽勝だぜと余裕かまして放った『疾風雷鳴斬』が、そのまま真っ直ぐ自分に跳ね返って来た時はさすがに背筋がヒヤッとしたぜ。
試しに拳で殴ったり剣で斬ったりしたんだが、勇者魔法と全く一緒で反射しやがった。
その所為で俺の剣が折れちまって悲しい。
結構気に入ってたのによ。
どうやらこれは理屈ではなく概念的な現象らしい。
『全ての攻撃を反射する』ってな。
恐らくギミックを解かなきゃ倒せない系のボスなんだろうさ。
そう言や、ロキが「魔族を舐めるな」と忠告してたが、こう言う事かよ、ったく。
俺の世界の青銅巨人タロスと言や踵の栓を抜いたら倒せるって話だったが、このタロスの奴にはそんなもんは無い。
じゃあどうやって倒すのかと言うと、なんか岸壁へ誘い出してから海へと叩き落し、そのピカピカの身体を錆びさせて倒すとか言う割とベタな攻略法なんだが、クーデリアのバグでおかしくなっちまった今じゃ、俺を餌に誘導しようとしても全く乗って来ず、ズシンズシンとタイカ国の首都目掛けて歩みを止めねぇんだよ。
だからしょうがなく封印の地と首都の中間地点にある無人の荒野が広がるこの場所で決着を付ける事になったんだ。
おっかしぃなぁ? ロキの奴は魔族達の目標を俺に再セッティングしたんじゃねぇのか?
なんで俺の誘いに乗って来ねぇんだ。
まぁ、これに関してもイヨが言っていた預言……ラグナロクの到来が関係しているかもしれねぇな。
「もう少しだコウメ。踏ん張れよ」
「やってやるのだーー! おりゃーー」
俺達の『W迅雷縛風衝』でゆっくりだが確実に後退って行くタロス。
魔法陣まであと少しだ。
全てを反射するはずのタロスの能力だが実は抜け穴があった。
その概念はあくまで『攻撃』である事が条件らしい。
そうでなきゃちょっと風が吹いただけでも周囲に風が舞う事になるだろう。
大地を踏みしめることさえままならない筈だ。
だけど、こいつは普通に歩くし、その動きによって気流が発生する事もない。
極めつけは、ただ単に転がってる岩にぶつかった時に躓く仕草をしやがった。
それに気付いた俺達は色々試した結果、攻撃スキルじゃなければ反射しない事が判明したってわけよ。
こうやって俺達がタロスを押し返えせているのは、あくまで防御スキルである『迅雷縛風衝』を使ってるからだ。
目には目を概念には概念をってやつさ。
あと50m、30m……10m……よし!
「コウメは離脱しろ! 巻き込まれるぞ! 後は俺が押さえとく」
「わかった。先生も気を付けるのだ」
「あぁ任せとけ!」
『迅雷縛風衝』を解いたコウメが急いで魔法陣から離れて行くのを確認し、離れたところで待機している二人に合図を送った。
「コマチ! コバト! 俺の事は気にせずブチ噛ませ」
「わかったよーー! 『烈震崩落激』!!」
「いきますわっ!! 『暴流瀧濫』!!」
二人が魔法を唱え終える瞬間に大きくジャンプした俺は、『迅雷縛風衝』を最大限に広げてそのまま重力に任せタロスの野郎を上から押さえ込む。
それぞれの魔法は簡単に言えば、地面を崩落させて大穴を開ける『烈震崩落激』と周辺の水分を無理矢理集め激しい水流を発生させて相手を押し流す『暴流瀧濫』。
この作戦の為に土と水の勇者魔法を元に俺が開発したオリジナル魔法だ。
突貫で作った所為で呪文だけではどうにも出来ず、魔法陣が必要になっちまったのはご愛嬌。
それとネーミングセンスに関しては大目に見てくれ。
勇者魔法の力の根源、中二病さを出す為だからな。
これで何をしたいのかと言うと、要するに海が無ければ造ればいいって事だ。
ぶっつけ本番だったが呪文の効果は無事に発動してくれた。
一瞬でタロスの足元が大きく崩落し俺と共に穴に落ちて行き、更にそこへと大瀑布のように大量の水が流れ込んでいく。
そろそろ俺もヤバイな。
巻き込まれないように離脱するか。
俺は風の精霊力を周囲に充満させる。
そして、大きく飛び上がった!
そう、とうとう完成したんだよ。
フェルモントの街でコウメが使っていた風の精霊による物体飛翔。
人体にゃ使えねぇって言っていたけど、もしかして神の土カドモンである俺だったら出来るんじゃねぇかなと思ってやってみたら少しの間浮ける事が分かった。
んで、練習の結果まだ長くは無理だが数秒間ならある程度飛べるようになったんだ。
飛ぶってより滑空に近いけどな。
「コマチ! 次の魔法だ。海の塩っ辛いのを思いっ切り想像しろ。そして土の精霊にその成分を集めるように頼むんだ」
「あい!」
まぁ水に海の成分を溶かしてハイ完成です!って訳には行かねぇがこれは理屈じゃなく概念の話だからよ。
原初の海が強酸だったとか何億年かけて今の姿になったとか関係無ぇ。
そもそもこの世界はそんな風に創られてねぇんだ。
今の海水と成分似てたら行ける筈だぜ。
おっと、タロスの奴壁をよじ登ろうとしてやがる。
そのまま逃げられたら堪らんな。
んじゃ最後の仕掛けだ。
「コウメとコバトは協力して穴ん中の水を思いっ切りかき混ぜろ」
「任せるのだ!」
「行きますわよー!」
風と水の勇者二人の力によって穴の中の塩水が洗濯機の様に大きく渦巻き出した。
それにより張り付いていた壁から引き剥がされたタロスは渦の中心で成すすべもなくグルグルと回っている。
如何に魔族と言えど二人の勇者の力に加え、俺が燃料タンクとなって魔力を供給し続けてんだから当たり前だな。
攻撃判定されるかと心配したが、まぁ概念的にはあくまで水を撹拌してるだけだからよ。
ノーカンと判断してくれた様で安心したぜ。
激しい水流の中で身動き取れないでいるタロス。
その銀色に光り輝く身体は海と言う概念によって、輝きが徐々に鈍く色褪せていった。
『旅する猫』に出て来たタロスは、最後錆びた身体にもう一度雷を受けて崩壊するってオチだった。
要するにピカピカしていたのが『反射』の概念で、それが無くなりゃただの鉄塊。
今俺の眼下で赤茶にまで変色したタロスがまさにその状態って訳だ。
「いっくぜ!! 止めだ! 大巨人! 神雷!!」
俺が呪文を唱えた瞬間、辺りは眩い光と轟音が駆け抜けた。
◇◆◇
「ふぅ、やったな」
穴の底で黒く焼け焦げバラバラになったタロスを見下ろしながら俺は一息吐いた。
溜まっていた水は俺の神雷によって蒸発しちまったようで、穴の壁のあちこちが溶けていた塩で真っ白になっている。
まぁ無人の荒野だから塩害とかは気にしなくてもいいだろ。
そんなこと考えていると何やら後ろが騒がしい。
なんだと振り返ると、そこには三人のちびっ子勇者達が何故か全員ほほを膨らませながら涙目になって拗ねている。
一体どうしたってんだ?
「先生酷いのだ!! いきなりあんな眩しくてうるさい魔法使うなんて!」
「そうだよーー!! まだ目がチカチカするし、耳がキーンとするよーー!」
「一言声を掛けて頂いていたら……」
あっ、しまった。
ついついバトルに興奮して声掛けるの忘れちまってたぜ。
「すまん皆! 街に戻ったらなんか奢ってやるからよ。それで勘弁してくれ」
三人にそう謝ると、鳴いたカラスが何とやら。
全員嬉しそうにはしゃぎだした。
っとに、三人とも仲がいいな。
最初出会った時は喧嘩していたってのによ。
あれが食べたいこれが食べたいと嬉しそうにじゃれ合ってる小さい勇者達を見ながら俺はため息を吐き、すっかり夕暮れになった空を見上げる。
大変なのはこれからだ。
「ロキの奴め、本当に要らん事ばかりしやがるぜ」
イヨに聞いた最後の預言を思い出しながら俺は頭を掻いた。
九章の始まりです。
書き上がり次第投稿します。




