第135話 フェルモントの町
『ソレはとても気持ち悪い虫だった』
そう、見るもの全てが同じ感想を持つだろうと思う。
それほど気持ち悪い虫だった。
僕がソレを目にしたのは、ある朝の何の変哲もない筈の通学時間。
都内有名私立中学に通っていた僕はいつも通りの時刻に家を出た。
バスで駅まで十五分、そこから電車で三十分の道程。
勿論それぞれの徒歩の時間も入れないといけないから合計一時間半くらいかな?
それなのに八時二十五分までに校門をくぐらないと遅刻しちゃうから大変だ。
乗り遅れとか事故での渋滞に電車遅延なんか考えたら最低三十分は余裕を見ないといけないんだよね。
それに通勤ラッシュも重なってるから、ぎゅうぎゅう詰めの電車からはみ出しちゃったりすると目も当てられない。
本当にそんな眠い目を擦りながらのいつも通りの朝だったんだ。
その日はたまたま事故が有った様でバスが十分以上遅延した。
更に電車まで人身事故でダイアが乱れまくっていたんだ。
バスと電車Wコンボの遅延で、やっと学校最寄りの駅に着いたのは遅刻寸前の八時十分。
とは言え、走ったらギリ間に合いそうなので遅延証明書を貰うのは止めて改札に向かってダッシュした。
その最中、ソレを見付けたんだ。
同じ考えの人達でごった返す中を進み何とか改札を出て駅の出口に向かっている途中で、ふと僕の視線は人々の隙間を縫うような形で少し離れた通路の床にあるソレを捉えた。
『ソレはとても気持ち悪い虫だった』
それが第一印象だ。
見ただけでサブイボが出そうな程の造形だった。
大きさはほんのごみくずみたいな小ささなのに、はっきりとその姿を視認出来たんだ。
一瞬不思議だとは思ったけど、それは僕の生来の性癖の所為だったんだろう。
あぁ性癖と言ってもいやらしい意味じゃないよ。
僕は昔から虫が苦手でモンシロチョウの芋虫でさえ悲鳴を上げるくらい嫌いだ。
アゲハチョウの幼虫なんか見た日には夢に出てきてうなされるレベル。
だから余計見たく無いモノに目が行っちゃった。
多分そんな感じなんだろう。
僕が目にしたソレは、蝶々の芋虫みたいにツルンとした造形じゃなく、蛾とかのグチャッてした毛虫の類だった。
しかも赤とか黒とか緑とか黄色とか、明らかに毒持ってますと自己主張しているようなカラーリング。
本来なら見て見ぬ振りして通り過ぎ、『今見たモノは虫じゃない、誰かが吐き捨てたガムだ』とか自分を騙して忘れようとしたと思う。
けど、何故か僕はその虫から目が離せなくなっちゃったんだ。
最初に頭に浮かんだのは、『なぜこんな所にあんな変な虫がいるんだろう?』と言う疑問だった。
南米のジャングルとか、そんな前人未到な地に居そうな感じの見た事もない気持ち悪い虫。
百歩譲って山とか森林公園、それか歩道の街路樹の近くなら居てもおかしくないと思う。
それなのに駅構内の雑踏の中にポツンと居るなんて場違いじゃないか?
そう思ったんだ。
次に浮かんだのは、『なんで皆虫の事に気付かないんだろう?』と言う疑問。
誰もその虫に気付いている人はいなかった。
平然と虫の上を急ぐ人々の足が通り過ぎていく。
これに関しては仕方が無い事かもしれない。
だって、電車が遅延した所為でいつも以上に皆が慌てている状況なんだもの。
足元の事なんて誰も見る余裕はないんだろうってね。
僕だって、こんな人込みの中で自分が気付いた事自体不思議に思ったんだし。
最後に浮かんだのは、『このまま放っておくとあの虫は踏まれて死んじゃう』と言う言葉だった。
その言葉が浮かんだ途端、自分でも分からないけれど身体が動いていたんだ。
「すみません! そこを通して下さい!」
僕は大声を上げながら少し離れた虫の場所まで人込みをかき分けて進んだ。
急いでいる大人達が僕を睨みながら舌打ちするのを尻目に僕は必死で虫を目指した。
なぜ身体が動いたんだろう?
なぜこんな事をしたんだろう?
虫なんて大嫌いなのに、今だって目線の先にあるその虫を見るだけでサブイボが立っちゃっているのに。
とても不思議だった。
けれど、その虫の元に辿り着いてしゃがみ込んだ時に分かったんだ。
この虫は僕と同じなんだって。
僕の両親は立派な人達だった。
父さんは医者で、国境無き医師団の一員として世界各国の紛争地帯を駆け巡り、戦災に遭った人達を助ける事を生き甲斐にしているような人だ。
今もどこかの空の下、誰かの命を救う為に頑張っているんだろう。
母さんは有名進学高校の社会科の教師。
生徒思いで学校でも人気のある先生みたい。
家に居る時も生徒からの相談の電話が掛かってきたりするし、誕生日や卒業式には手に抱えきれない程のプレゼントを持って帰って来る程だ。
若い頃には国際的NPO法人の一員として和平活動に従事するような人の為に献身を旨とする人だった。
ある紛争地帯に行った時に父さんと知り合って恋に落ちたんだと、いつの日だったかそんな惚気を聞いた事が有ったな。
そんな本当に立派な人達だったんだと思う。
けれど、とても厳しい人達だった。
滅私を是とし、他者への奉仕を心の糧とする……そんな人達だ。
彼等としても息子の僕の事が嫌いだった訳じゃないだろう。
オフの日には遊んでくれたり遊園地に連れて行ってくれた事だって、他の家庭に比べると少ないだろうけど幾度か有ったんだから。
ただ、彼らの認識では僕と言う存在は、自分と言う範囲の中に居たんだと思う。
とても厳しく育てられた。
成績の事や素行の事は元より、『持てる力は人の為に使え』が口癖だった。
だけど、僕はそんな二人の事が嫌いじゃなかったし、それどころか大好きで誇らしかったんだ。
自慢の両親だった。
そんな二人に憧れて二人のようになれたらと、勉強を頑張ったり人が困っているのを助けたり……。
そんな事ばかりしていたような学生生活だった。
けれど、僕の心の中では幼い日より、どうしようもない疑問と寂しさが同居していた。
父さんも母さんもいつも家に居ない。
なぜ僕の両親は僕を置いて人助けに行ってしまうのだろう?
僕の寂しさは助けてくれないの?
勿論放置児ではなく、幼い頃は祖父の家に預けられたり母さんが今の高校に勤める様になってからは朝早く夜遅いと言っても毎日帰って来てくれる。
だけど、僕の心の中の疑問と寂しさは育っていったんだ。
友達は居たよ。
親友と呼べる人だって何人も居た。
でも、僕の信条である親から教え込まれた『持てる力は人の為に使え』は、時に人の心とすれ違いを起こすんだ。
今考えるとそりゃそうだよね。
小学生や中学生が正義の味方気取って正論を主張してもうざい奴と思われるだけだよ。
両親の教えが間違っているのか? 相談したくても家には居ない。
他の家みたいに学校から帰ったら母さんが台所で夕飯の用意をしている。
夜になると父さんが帰ってきて一家団欒のご飯を楽しむ。
そんな一般家庭では当たり前な幸せを夢見た事だって何度も有った。
だけど外で皆の為に頑張っている両親が、やっと羽を伸ばせる自宅に帰って来たと言うのに、そんな僕のちっぽけな疑問で両親を困らせたくないって思ったんだ。
だから僕の心にはいつでも疑問と孤独が住んでいたんだ。
親や生まれる環境を子供は選べない。
僕は神様の采配でこの両親の元に生まれて少し特殊な家庭環境で育った。
そんな僕は目の前の気持ち悪い虫を見て同じだと思ったんだ。
この虫だって、こんな醜い姿で生まれて来たかった訳じゃない。
こんな醜い姿から綺麗な蝶々になるのが想像出来ない、おそらく幼虫の姿と同じく醜い蛾になってしまうだろう。
この虫だって人々に愛される綺麗な蝶々に生まれたかった筈だ。
まぁ僕は蝶々も苦手なんだけどね。
それにここは木も草も無い駅の構内。
仲間も居ない独りぼっち。
そう思ったら何故かこの虫に親近感を覚えてしまった。
今僕が助けないとこの虫は誰かに踏まれて死んじゃう。
知らない場所で仲間を探して孤独を抱えたまま死んじゃうんだ。
次の瞬間、僕は虫を助けると言う以外の選択肢が頭から消えていた。
見た目の自己主張通り毒を持っていたんだろう。
虫を掴んだ瞬間に火に焼かれたような痛みが指に走った。
それは手の平に乗せた時も感じてその激しい痛みに思わず落としそうになったけど、僕はその痛みに耐え虫を手の平の上に乗せたまま駅の人込みの中を出口に向かって進んだ。
近くに森林公園が有るし、多分この虫はそこからやって来たんだろう。
そこへ戻してあげよう。
そう思って僕は駅から出て、その公園を目指して走る。
その途中、痛む指を見たらぷつぷつと赤い点が付いていた。
多分この虫の毒毛にやられたんだろう。
僕はなんて馬鹿な事をしたんだ。
それが最初に思った感想だった。
嫌いな虫を助ける為に、こんな痛い思いをしてなんになるんだってね。
こりゃ今晩この虫の悪夢と毒の痛みの所為で寝れないなと落ち込んだ。
それどころか、ただでさえバスや電車が遅れたと言うのに今から公園に行ったら確実に遅刻しちゃう。
今まで無遅刻無欠席、小学校はそれで表彰された事さえある。
それが自慢事の一つだった。
人生初めての遅刻。
記録の中断の事より脳裏に両親の顔が浮かんで来て、申し訳無いと言う思いが毒の痛み以上に胸の奥にちくりと痛みを走らせた。
『他人の為に力を使え』と言う両親でさえ、ただの虫を助ける為なんて理由を許してくれる筈もないだろう。
だけど僕の心には後悔は無かった。
この虫は僕なんだ。
一人孤独に震えている僕なんだって、そう思えて仕方が無かったから、優しく抱き締めるように虫を抱えて目指す森林公園まで走った。
やがて森林公園に辿り着いた僕は、更に木々が生い茂っている場所を探した。
だって、人目に付く所に逃がしちゃうと、虫を見付けた人間が気持ち悪がって殺しちゃうかもしれない。
それに見た事もない虫なんだから人気の無い場所に住んでいた可能性が高いと思う。
あちこち歩き回ってやっとそれらしい所を見つけた。
まぁ少しはもうここで良いやって妥協した気持ちも有ったけどね。
だって、指や手の平に走る燃える様な痛みは、そろそろ僕の忍耐の限界を迎えそうな程痛かったんだもの。
僕は茂みの葉っぱに虫を乗せてあげた。
虫は大人しく葉っぱの上に乗り辺りをキョロキョロと見回す素振りを見せている。
そして驚いた事に僕の方を見てお辞儀をしたんだ。
いや、これはただの虫の習性で、別に僕にお辞儀をした訳じゃ無いのは分かっている。
でも助けた事によって親近感が湧いてしまったんだろうね。
僕には虫が頭を下げた行動がお辞儀に思えて仕方無かったんだ。
「助かって良かったね。それともうあんな所に行っちゃだめだからね? じゃあ、元気に暮らすんだよ」
僕はそう声を掛けて虫を乗せた茂みを後にした。
その時ふと『ありがとう』って声が聞こえた気がしたけど、それは僕の心に湧いた『なにかを助けた』と言う満足感が聞こえさせた幻聴だろう。
だって『ヒヒヒヒ』なんて気持ち悪い笑い声まで聞こえて来たんだもん。
それが幻聴じゃなかったら怖いじゃん。
僕は振り向かずそのまま走って遅刻確定の学校を目指した。
勿論学校にも両親にも怒られた。
でも日頃の行いが良かったからかな?
バスと電車が遅れたと言う事実も有ったのだと思う。
二三お小言を貰っただけで許して貰えた。
先生も両親も「お前の事だ。また困った人を助けていたのだろう」ってね。
『情けは人の為ならず』の本当の意味を初めて実感したよ。
まぁ、けどそれは当たらずとも遠からず、ただそれは人じゃなくて虫だったけど。
そう言えば不思議な事にその日の晩には手の痛みも腫れも引いていて、悪夢も見る事無くぐっすり眠れた。
それから三日後の事だった。
ショッピングモールの大火災。
ただの中学生の僕が身の程を弁えず、人命救助の真似事なんてしてしまった所為で僕は一人火の海の中に取り残されて焼かれて死んだ。
そして、あの虫がただの珍しい虫じゃなくて、神が選別の為に遣わした虫だったって事を知ったんだ。
……。
…………。
………………。
……………………。
…………………………。
「……ん……? 夢……か?」
……久し振りに死ぬ前の夢を見た。
丁度俺が死ぬ三日前だったか。
ちっ、あれが『蜘蛛の糸』にかぶれた神達のオーディションだって知ってたら助けなかったぜ。
ガイアの奴はショッピングモールの大火災で俺が死ぬ運命だったと言っていたが、本当はあいつ自身が定めた運命って奴じゃねぇのか?
<<この子良いねぇ~。サクッと殺ってこっちに呼んじゃう?>>とか他の神達と笑いながら話してたんだろ?
あ~身体がだるいぜ……。
まだ全身が重くて動かねぇ。
ロキが言っていた通りだな。
そう言や十年前の『大消失』の際も、逃げ延びた先で三日三晩寝込んじまってたな。
すっかり忘れてたぜ。
あの時は自分が『大消失』を起こしたと言う恐怖に無我夢中で逃げ出して、そしてエルフの森の前で倒れたんだ。
まぁ、そこがエルフの森って後から知ったんだがよ。
それと同時に自分にとんでもない力が備わった事を自覚した瞬間でもあった。
なんせ『大消失』を起こした森からエルフの森まで百キロ近くは有るって言うのに、休みなく走って数時間なんて人間業じゃねぇからな。
エルフ達は俺が寝ている間に俺の身体を調べたんだろう。
起きたら王の間に連れてかれて色々と喋らされたっけ。
聞く所によるとエルフは長命の種族だからと、ある程度人間族には伝わってねぇ神側の事情を知っているらしい。
だから俺と言う存在も把握していると言っていた。
おそらく俺の身体が『カドモン』って事に気付いてたんだろう。
まぁ、俺は『大消失』のショック冷めやらず神関係の事は聞きたくないと、奴らの話を突っぱねて聞く耳持たなかったんだけどな。
だが、そんな捻くれていた俺に彼らは色々と優しくしてくれた。
それに滞在中に仲良くなった女性もいた。
それどころかこんな俺に『出来ればこのままここで暮らしましょう』とまで言ってくれたんだ。
もしかすると俺が不老不死ってのも分かってたのかもな。
何しろエルフ寿命と釣り合える唯一の人間だしよ。
だけど俺は断った。
その当時、なぜ俺が彼らの誘いを断ったのか自分自身分からなかった。
けどあれから十年、イシューテル王国で暮らした今なら分かる。
エルフの奴らにゃ悪いけど、俺は特別な存在じゃなく普通の人としてのんびり暮らしたかったんだって事をな。
だが、ロキの野郎の介入で今はこんな状況だ。
一度エルフの里に行ってみるのも良いかもしれねぇ。
どうせ神の奴らがなにかイベントを仕込んでるんだろうしよ。
なんにせよ、今はメイガスに会ってタイカ国の魔族をぶっ殺すのが先だ。
それにはまず、起き上がれるようにならなきゃなんねぇ。
……ん?
そう言や、ここは何処だ?
今、俺は何処で寝てんだ?
やわらかいマットにふかふかの布団?
ベッドで寝てるってのか?
なんでそんなところで……?
俺がロキの胎内から戻って来てから何が有ったんだ?
確か扉の中の光に飛び込んで……。
そうだ! 気付いたら草原に立っていたんだ。
そして、俺の目には懐かしのフェルモントの町。
その向こうには俺が生まれ育った故郷の山……。
懐かしさのあまり、身体の疲れも忘れて茫然と立ち尽くした。
その時だ。
後ろから俺の名前を呼ぶコウメの鳴き声と凄まじい衝撃によって俺の意識が途切れちまった。
ありゃ、俺が戻って来たんで嬉しくて思いっきり抱き着いて来たってんだろう。
あいつにゃ加減ってのを教えていかないとダメだな。
「……うん……。俺がベッドで寝てるって事は、ここはフェルモントの町なのか……?」
俺は重い瞼を開け何とか首を動かして周囲を見回した。
部屋の様子は……宿屋じゃねぇっぽいな。
高級ホテルは知らねぇが、冒険者が泊まる様な宿屋独特の部屋の中が質素な造りじゃなく、壁紙や家具やらから民家の匂いがしやがるぜ。
どこだここ? 何故か俺の記憶を刺激する……?
見た事が無い筈の部屋なのに、不思議と既視感が湧いてきた。
「ん? くんくん……。この匂い……どこかで……?」
いや、別に物理的な民家の匂いって訳じゃねぇよ。
普通の民家じゃこんな匂いは漂って来ねぇしな。
どこか懐かしいこの匂い。
そう言えば最近も嗅いだっけか?
あれはチコリーの実家だった。
そして、俺の実家でも毎日嗅いでいた匂い。
「ここは……薬屋か……?」
匂いの所為で既視感湧いた……って事じゃねぇ。
そうだ……ここは母さんが薬を卸していた麓の町の薬屋だ。
俺がこの世界に初めて降り立った時、元の世界の記憶とこの世界で育った十四年間の造られた記憶の混乱で気を失って倒れた。
そして次に目が覚めた時に見た光景がこの部屋だったんだ。
薬屋の二階にあるこの部屋の窓から見た、いまだ燻ぶる煙が上がる故郷の景色。
その時にゃガイアの声は聞こえていたが、異なる二つの記憶の整合性が取れてない俺はただ号泣した事を覚えている。
落ち着いた時にゃガイアに笑われたがな。
<<『私の可愛い正太ちゃん』。そんなに母さんに会えなくなったのが悲しかったのかい?>>ってな。
造られた記憶がリアル過ぎるんだってんだ、クソッタレ!
俺がここで寝ていた理由ってのが、あの時『大陸渡りの魔竜』騒ぎで町が大変だってってのに、この薬屋の主人が町の入り口で倒れていた俺を見付けて自分の家まで運んで介抱してくれていたって事らしい。
まぁ俺も母さんと一緒に何度も来た事が有る設定だったしな。
神の歴史改変のご利益なのか、所謂顔馴染みって奴だったんだ。
そりゃ知ってる奴が倒れていたら助けもするか。
「もしかしてまた助けてくれたってのか……感謝の言葉も無ぇや」
俺はそんな昔馴染みのご厚意に感謝する気持ちが湧いて来たが、それと同時に……。
「おい……ちょっと待て。俺の事に気付いてるって事は指名手配の件はどうなってんだ?」
俺の心に不安と恐怖が走る。
ヴァレンさんや先輩の話では国が滅んだ時に俺の指名手配は取り消されたって話だ。
それにメイガスが俺を庇う為に手を尽くしてくれたとも言っていた。
だが、こんな田舎町にその事がちゃんと知れ渡ってんのか?
馴染みの奴が大量殺人事件を起こしたんだ。
しかも騎士団半壊の魔族の手先なんて御触れで山狩りまで行われたんだぜ?
いまだに俺の事を良く思ってない可能性が高いって話だ。
「やべぇ、早くここから去らねぇと……」
説明したら分かってくれるだろうが、これ以上昔の知り合いにあの目で見られたくねぇ。
俺はいまだ第二覚醒の影響で満足に動かねぇ身体に活を入れてベッドから起き上がった。
立つのもまだ辛ぇが、ブースト掛けたら逃げ出すくらいはなんとか持つだろ。
「さぁて、連続ブーストは衝撃波がやべぇからな。取りあえずは痛覚遮断と脚力強化だけで十分だな。コウメは落ち着いてからこっそり回収したらいいだろ」
俺はそう言って気合を入れ重い身体を引き摺りながら部屋の窓際まで歩く。
ブーストを唱える為にもう一度気合を入れ、窓に手を掛けた瞬間――。
「あっ! 先生が起きてるのだ!!」
突然コウメがノックも無しに部屋に飛び込んできて大声で叫んだ。
その声はおそらく薬屋中に轟いただろう。
下手したら外まで聞こえたかもしれねぇ。
「ちょっ! コウメ! 静かにしろって」
慌てて黙るように言ったが時既に遅しって奴だ。
コウメの大声に気付いた住人が階段を上ってくる音が聞こえてくる。
俺はそいつが来る前にコウメを抱えて逃げ出そうとしたが、足が縺れて転んじまった。
くそっ! ブースト先に掛けとくんだったぜ。
立ち上がろうとするが、身体が満足に動かねぇ。
心配したコウメが駆け寄って来たかと思うと、俺の名を呼びながらを激しく揺さぶって来た。
おいおい、病人にそれは無いっての。
こういう常識もこいつにゃ教えねぇとな。
って今はそんな事言ってる場合じゃねって!
俺の焦りをよそに階段を登り切った住人が廊下を歩いてくる音が近付いてくる。
万事休すだ。
俺は死刑宣告を待つ囚人の様な気持ちで部屋の扉の方を見詰めた。
新章突入です。
故郷での冒険、そして次なる魔族、消えた『神の落とし子』の行方。
物語が大きく動いていきますので楽しんでいただけたら幸いです。
書き上がり次第投稿します。




