第125話 ある意味最強
「はっはっはっ! さぁさ皆の者何をしておる! 早く目的地を目指そうではないか!」
おいおい、まだ出発したばかりだってのにずんずん先に行きやがって。
ペース配分も何も有ったもんじゃねぇな。
俺達の前方少し離れた所で立ち止まり、そう声を掛けてくる馬鹿が居る。
「おほほほほ~。とても空気が美味しいですわ。青空も綺麗。私、旅と言うモノが初めてでして、とてもワクワクしております」
しかも、二人も。
「そうだろうそうだろう。我も初めてだ。うむ、そうだ。少々遅れたがこれを新婚旅行としようではないか。婚姻の儀以降、色々と忙しくて行く事は適わなかったからな」
「まぁ嬉しいですわ!」
「はっはっはっ」
「おほほほほ~」
はぁ、頭が痛いぜ。
俺は能天気に笑っているバカ二人を眺めながら溜息を吐いた。
勿論そのバカは俺の事をマブダチかつ未来の弟と決めつけちまっている王子さんとのお妃さんだ。
王子さんは真面目な時との落差がひでぇな。
お妃の方は先日の悪夢の昼食会でも終始こんな感じだったけどもよ。
ピクニックとでも思ってるのかね?
これは何も俺だけがそう思っている訳じゃねぇみてぇだ。
先輩や勇者のお付きの爺さんに、同じお付きの治癒師のねぇちゃん。
さすがのダイスも苦笑してるな。
護衛として付いて来た近衛騎士達もげっそりしてやがる。
あぁ、コウメだけはそんな事を無視して、俺と旅が出来る事を喜んで俺の横を楽しそうに歩いている。
「おーい! 早く来たまえショウタよ。置いて行くぞ」
「はいはい。しっかし王子さん、出だしでそんなにはしゃいでるとすぐにバテちまうぜ」
王子さん相手にすっかりタメ口なんだが、周りの近衛兵は『無礼者!』とか言って取り押さえようとはしてこない。
いや、最初は顔を顰める奴もいたんだが、俺が敬語を使うと王子さんがへそを曲げちまうからな。
その内、誰も変な顔をしなくなった。
と言うか、逆に今じゃ敬語使うと近衛兵に顔を顰められちまう。
王子の機嫌を損なうなってな。
「だから王子さんはやめろと言っただろ。マブダチなのだからバルトと呼び捨てで構わん。あぁ、お兄様でもいいぞ。なんせお前は未来の弟なのだからな」
「俺の方が年上なんだから、お兄様はきついっての! って言うか、未来の弟じゃねぇーーーって!」
ったく、本当にこのバカは……。
目の前をずんずんと歩いて行くバカと言う名の親友に呆れながら少し駆け足で追いかけた。
◇◆◇
「やるじゃないか、バルト! 正直びっくりしたぜ」
俺は焼け焦げたワイルドウルフの群れを前にこちらに向かってピースをしているバカを心から称賛した。
ここは北の森のかなり奥、本来なら大猿の縄張りなのだが、世界が変わっちまった影響かワイルドウルフの群れが我が物顔で巣にしてやがったんだ。
そいつらが一斉に草葉の陰から先頭をズカズカ歩くバカに襲い掛かりやがった。
今までずっと魔物の姿が見えなかった俺達は、油断していた所為でバカのフォローに出遅れてしまった。
あわや大惨事! と思ったところでバカが手を振り上げたかと思うと辺りは炎に包まれる。
勿論バカが唱えた魔法による炎。
それによりこんがり焼かれたワイルドウルフの群れは昼食として美味しく俺達の胃袋に収まるだろう。
だが、本来ここは森の中だ。
炎の魔法なんて使っちまったら山火事が発生して俺達まで焼かれてもおかしくないのだが、そんな事は無かった。
驚いた事にバカが唱える魔法は、燃え盛る対象を指定出来るようで周囲の草木に一つも燃え移らない。
正直俺でさえこんな魔法の使い方が有るなんて知らなかった。
と言うか、そもそも攻撃魔法なんて魔力マシマシで適当に唱えるだけで大抵の魔物を倒せてしまっていた所為で、こんな繊細なコントロールなんて考えもしなかったってのが本音か。
俺がもし炎の魔法を周囲に燃え移らない様に森の中で使うとしたら、炎の周りをブリザードで覆うだろうな。
まぁそんな事したら森は滅茶苦茶になっちまうが森自体は燃えないだろう?
「なーーに親友。王族である私に取ったらこれくらい容易い物だ」
バルトは嬉しそうに俺の言葉にそう言ってドヤ顔を披露している。
そしてその言葉に俺はとても納得した。
「あ~なるほど。そう言えばそうだった。王族は漏れなく神から力を与えられてるんだったっけな」
「うむ。と言ってもまぁ、私の所は男性のみに、だがな。妹達などは人並みの魔力しか持っておらんよ」
「へ~。王家によって変わるもんなんだな。ヴァレンさんとこなんて男女の関係無いようだし」
あぁ、そう言えばこの国は男子にしか口伝を伝えていないって話だったか。
この事が関係してるんだな。
それに嬢ちゃんが魔法使えないのも頷ける。
てっきり姐御の遺伝子が馬鹿強ぇからかと思っていたが、そもそも神の恩恵が遺伝しないって事か。
「私のような所は結構存在している。中には女系のみにしか伝わらず女帝が治める国も有るのだよ」
へぇ~、今まで王家だなんだなんて全く縁が無かったから知らなかったぜ。
いずれ各国の王族に話を聞きに行かねぇといけねぇんだろうし、暇が出来たら色々と聞いてみねぇとな。
「まぁ、どっちにしろ、お荷物になるかと心配してたんだ。安心したぜ」
「当たり前だろ。そうじゃなきゃ俺が同行を許す訳もないしな」
俺とバルトが喋っている所に、先輩がそう言ってきた。
まっ確かにそうだな。
「そりゃそうか。いや~それにしろ、まさか付いて来るって言い出だした時はビックリしたんだぜ? なんたって世界の均衡がおかしくなっちまった今のご時勢、次期国王たるバルトを祭壇跡まで同行させるなんてのは危なっかしくて仕方がねぇってな」
そう、現在俺達は祭壇跡……いや、『旅する猫』に登場した『世界の穴』を目指して森を横断しているところだ。
あの悪夢のような晩餐会の翌日、改めてバルト含め関係者達で情報共有を行う為の会議を行った結果、どうしても付いてくるとバルトが言い出した。
理由としては、元々近々行われるはずだった封印の儀式には王族として参加予定だったのだから同行は当たり前との事だが、なんせ噴火以降魔物達がおかしくなっちまった所為で予定通りなんて言葉は通用しねぇからな。
「それに、儀式用に整備されてるって言う北周りの抜け道を通らずに森を突っ切ると言い出すんだもな」
「ははっ。弟よ、それを口実に時間が掛かるから一人で行くと言い出そうとしていたのは分かっているぞ。その道を使うと確かに安全だが、一週間は掛かるからな」
「ぐッ、バレてたか。まぁ、そん時にバルトの力を知ってりゃ最初から了承してただろうな……。だかよ、なんで嫁さ……王子妃さんまで連れて来てんだ? さすがに危ないだろ」
バルトは先程の戦闘で実力の程が分かったから良いんだが、嫁さんに何か有ったらヤバイんじゃねぇのか?
それとも守るだけの力が有るって自信なのか?
そりゃ俺達が全力で守りはするがよ。
万が一ってのも考えられるし、なにより『三大脅威』がまた現れないとも限らねぇ。
俺はそんな事を考えながら、こんな森の中だってのに王宮の中かと思うような華麗なドレスに身を包んでニコニコと微笑んでいる王子妃さん……えーと確か名前はアナスタシア……だっけ? を見る。
う~ん、なんだかバルト以上に緊張感の欠片もねぇなこの人。
既に森に入って結構経ってるってのに不思議な事に息も上がらず笑っていやがる。
「あらあら、私の事を気遣ってくれているの? おほほほほ、ありがとうございます。お優しいのですねショウタさんは。ですが……あら?」
俺の心配をよそに相も変らずのんびりとした雰囲気で笑っているアナスタシアだが、何かに気付いたのか急に眉を顰めて変な声を上げた。
「ん? どうかしたのか……?」
俺が理由を聞こうとして声を掛けたその時――。
「キシャーーーー!!」
と、突然辺りに奇声が木霊した。
それと同時にアナスタシアの背後に立ち上る影が現れる。
「なっ! いつの間に!」
皆が警戒して身構えていたが、よもや地面から現れるなんて思ってもみなかった。
それが油断に繋がり、俺達の目にはアナスタシアの背後に立ち今まさにその鋭い爪を振り下ろさんとする怪物の姿が映る。
それは、ただの杞憂でもう居ないのかと思っていた女媧モドキ。
その顔にはチコリーの止めを刺そうとしていた時のような歪んだ笑みを浮かべていた。
クソッ! 油断した! このタイミングじゃ何しても遅ぇ!
俺は心の中で自分の馬鹿さ加減に悪態を吐く。
一瞬後にはその爪によってズタズタにされるであろうアナスタシアの姿が脳裏に浮かんだ。
しかし、生きてさえ居れば俺の魔法で何とか出来る。
いや、もし死んだとしたって、無理を承知で蘇生だってやってみせる!
俺は新しく出来た親友の大切な人を救う為に、祈る気持ちで剣に手を掛け踏み込んだ。
しかし……。
「おほほほほ、あらあら大変ね」
アナスタシアは俺達の心配を分かっているのかいないのかは知らねぇが、この期に及んでのん気な声を出した。
しかし、その背後に迫る女媧モドキの爪はもうすぐそこだ。
俺はその焦りからか、まるで走馬灯のようにその様がスローモーションに見えている。
そして、そのスローモーションの風景の中、視界の隅から幾筋もの影がスローモーションを越えるスピードで飛び出してくるのが見えた。
「え?」
その光景に俺だけじゃなく、他の皆もハモッたかのように驚きの声を上げて目が点になって立ち止まる。
本来立ち止まる暇なんて無いはずなのだが、目の前で起こっている信じられない出来事を見ると仕方がない。
なんせもう焦る必要なんて無いしな。
「お、おい。なんだそれ……」
俺は皆の気持ちを代弁してアナスタシアに尋ねた。
ちらと横目でアナスタシアの旦那であるバルトを見ると、どうやら最初から焦った様子は無かった。
立っている場所やその姿勢に変化ない。
俺は皆がアナスタシアを助ける為に動き出したのかと思ったら、バルトだけはこの結果が分かっていたようだ。
その目には『どうだ? 我が嫁の力は素晴らしいだろう』とでも言っているようなどや顔をしている。
「ギャギャギャーーーー!!」
先程まで勝利を確信したいやらしい笑みを浮かべていた女媧モドキは、苦痛に歪んだ顔で悲鳴を上げた。
無理も無い、なんせその身体には幾つもの蔦が絡まり、その蛇身と化した身体を締め上げていたからだった。
どうやら目に映った幾筋もの影の正体はこの蔦だったようだ。
いや、それは良いが、一体何が起こったんだよ。
「おほほほほ、私の家系に伝わる神の恩恵ですわ。あれ、もう一体居ますわね。えい!」
アナスタシアはそう言うと、少し離れた場所に目をやった。
そして、その目線の先の地面が急激に盛り上がったかと思うと、何かが地面の中から飛び出してくる。
「え? な……」
それは、アナスタシアの背後で悲鳴から既に事切れる間際の呻き声に変った女媧モドキと同じ姿。
違うとすれば身体を締め付けているのはどうやら蔦ではなく木の根っこだろうか。
女媧モドキの身体を締め上げながら持ち上げている。
「おほほほほ。お騒がせしました。これが私の家系の力。緑使いの力ですわ。えいっ!」
「ゴキャッ!」
アナスタシアが掛け声と共ににっこりと微笑んだかと思うと女媧モドキの身体に絡み付いているソレは更に力を増して締め上げて、女媧モドキ達の命の火を摘み取った。
◇◆◇
「で、一体何なんだ。その緑使いってのは?」
一段落ついてまた歩を進めだした俺達はバルトと並んで楽しそうに俺達の前を歩くアナスタシアに尋ねた。
あんな事が有ったって言うのに相変わらずのん気なもんだ。
「言葉の通りですわ。私の家系に伝わる力はその魔力によって植物を自在に操る力。自らの意思に関わらず我が身を守り仇名す敵を排除いたしますので、不意打ちなど通用いたしませんわ」
「は、はぁ……そんな力が有るなんて知らなかったぜ……。それに王子妃さんも王族だったんだな」
「はっはっはっ。そうなのだ。我愛する妻は北西に隣する森に覆われしバスティア王国の第二王女。およそ森の中では彼女に敵う輩などいないのだよ」
「おほほほほ、バルト様ったら、愛する妻だなんて。ポッ」
まぁ言いたい事は色々有るが、なんでバルトがアナスタシアを危険な森に連れて来たか分かったぜ。
下手すりゃ俺なんかより、余程心強いボディガードって言えるじゃねぇか。
俺は目の前でいちゃつきだした二人を呆れた目で眺めながら、火と木の能力を持つ有る意味最強な凸凹夫婦に感心していた。
すみません、更新が遅れました。
書き上がり次第更新いたします。
大変な状況でありますが、皆様の健康をお祈りしております。




