第123話 純粋
「プフゥゥーーーアハハハハハッ」
レイチェルはとうとう堪えきれなくなったのか、盛大に吹き出した。
そしてお腹を抱えて笑っている。
ど、どう言う事だ?
突然の出来事に俺の理解が追い付かない。
なんでレイチェルは笑っているんだ?
大切な娘が死んじまうんだぞ?
「どう言う事だよ! 何で笑ってられるんだよ!」
俺は混乱の中、不謹慎と言えるレイチェルの信じられない行動に思わず声を荒げる。
レイチェルは吹き出すのを止めて、笑いを堪えながら目に溜まっている涙を手で擦り拭き取っていた。
「ごめんごめん。あまりにもショウタが純粋なもんで、思わず吹き出しちゃったのよ」
「な、なんでだ……? まっ! まさか騙したのか! 勇者が死ぬってのは嘘だったのか! い、いや、しかしコウメの寿命は……」
一瞬騙されたのかと思ったが、コウメの寿命は確かに十五歳になっていたのは確かなんだ。
持病も無ぇ事も確認したし、生活習慣なんてので寿命が伸びるならレイチェルが既に試している筈だ。
だから、コウメは十五歳になった死ぬ。
これは間違いない筈なんだ。
「嘘は付いてないわ。勇者は戦いの中で死ぬし、勇者としての寿命は成人まで。これは本当の事」
笑顔のままのレイチェルが勇者の宿命をもう一度語った。
レイチェルの言葉が、態度が理解出来ない。
「なら何でそんな顔してんだ! 小さい子が死ぬんだぞ! しかも、コウメはお前の娘だろ! 何で笑ってられるんだ!」
「まず、勇者は死ぬものってのは本当。……と言うか、本当だった。と言うべきなのだけどね」
「だった? 意味が分からねぇよ。ちゃんと教えてくれ!」
「ねぇ、ショウタ。『二人のケンオウ』って知ってる?」
レイチェルは突然俺の記憶の中の両親の名前を言った。
最近までその呼び名については全く知らなかったが、ある意味この世界で一番知っている相手でもある。
「あぁ、知っている。突然なんなんだよ」
「じゃあ、『二人のケンオウ』が昔勇者に稽古を付けてたって話は知ってるかしら?」
勇者に稽古を付けた?
それは初耳……いや、そう言えば勇者パーティをボコってたってのは聞いたな。
まぁ、それを稽古と言えなくはないか。
少なくとも力に驕って伸びた天狗の鼻をへし折られたら、勇者達も多少は反省するだろうしな。
負けた事は十分経験に繋がるだろうぜ。
俺はレイチェルの言葉に頷いた。
「ケンオウ達はね、そうやって勇者達を鍛える他に各国の王達に勇者の在り方を説いていったの」
「在り方?」
「そう。簡単に言うと『小さい子に何させてんだ』ってね」
「ははっ」
その言葉を言い放つ母さんの顔が思い浮かぶ。
俺は思わず笑いが込み上げて来た。
「ふふふっ。それまでの勇者はある意味ただの兵器として使い潰されていたと言っても過言ではないわ。魔物相手だけじゃない、戦争にだって駆り出されていたの。けど『二人のケンオウ』が始めた勇者改革運動のお陰で、勇者達を護る為の協定が各国で結ばれたのよ。戦争に参加させない事、凄腕の従者を付ける事、まぁ他にも勇者となった子供達を守る為の取り決めは色々と有るのよ」
「そうなのか……」
記憶の中の両親だが、二人が行った偉業を誇らしく思った。
そして、この事も神による歴史の改竄だと分かっちゃいるのだが、少しだけ神を許してやっても良い気になった。
「勇者が死ぬものと言う言葉は、『二人のケンオウ』の手によって過去の話となったのよ。と言っても、それでも不慮の事故等で死なないと言う訳じゃないし、さっきも言ったように悪い奴らの手に掛かったり、利用されて命を落とすと言う悲劇も無い訳じゃないわ」
「それは……そうだろうな。けど、国の道具として利用される事は無くなったんだ、本当に良かったぜ。しかし、母さん達は本当に偉大な冒険者だったんだな」
俺の記憶の中では普通に母親していたけど、世間ではそんな冒険を繰り広げる活躍をしていた事になっていたのか。
確かに主婦にしては、とんでもねぇ量の知識を叩き込まれたがよ、記憶の中の俺にゃそれに疑問なんて言葉は浮かんで気やしなかった。
くそ~神の奴め~、そこら辺の話も本人達から昔話って形で聞かせてくれてても良かっただろ。
まぁ父さんが喋る所は想像出来ねぇけどな。
本当に何で自分の両親の活躍を他人経由で聞く羽目になってんだ。
「は? 今なんて? 『二人のケンオウ』の事を母さん達って言ったの? え? た、確かに二人は結婚して隠居したって聞いたけど。嘘っ! もしかしてショウタの両親って……?」
なんかレイチェルが目をキラキラさせてやがる。
レイチェルも『二人のケンオウ』の話が好きなんだな。
しかし、レイチェルは俺の両親が『二人のケンオウ』って事を知らなかったのか。
てっきりダイスが俺の過去をべらべら喋った時にその事も聞いていたものとばかり思っていたぜ。
詳しく語ってやってもいいが、まだ話は終わってねぇ。
これも結局は対処法であって解決法じゃねぇんだからよ。
「そんな事は後だ後! それより、寿命の話だ! いくら勇者が戦いで多少死に難くなったと言っても寿命は変わらんだろ」
「そんな事って……。ん~、寿命の話は本当だし現在進行形の事実。勇者の肉体寿命は成人までよ」
少し不貞腐れた顔したレイチェルは口を尖らせてそう言った。
「やっぱり死ぬんじゃねぇか!」
俺はレイチェルの肩を掴み怒鳴った。
自分の娘の寿命より俺の両親の話の方が大事だとでも言うのか?
それとも、この世界の住人は神の定めた運命にそこまで割り切れると言うのか?
「痛いって、もう本当に困った人だねぇ。まぁ、知らないあんたをからかった私も悪いんだけどさ」
「からかったって? いや、だけど、寿命は本当の事なんだろ?」
痛がっているレイチェルから手を放し、改めて事情を問い質した。
「さっきから言ってるじゃない。勇者の肉体寿命って。勇者はね、十五歳前後になると普通の肉体に戻るのよ。まさか、こんな事も知らないなんてねぇ。だから思わずからかいたくもなるってものじゃない」
「は? え? 普通の肉体に……戻る? いや、え?」
「そう、勇者としての力を失い一般人に戻るの。診察魔法はね、今現在の肉体での寿命が分かるだけで、勇者じゃなくなった後の肉体の寿命までは現時点では分からないのよ。だから勇者に診察魔法を掛けると、その子が勇者で居られる年齢までしか表示されない」
「はぁーーーーー!! なんだそれ!! も、もしかして偶に顔を真っ赤にして身体を震わしていたのも、全部涙を堪えてたんじゃなくて、笑いを堪えてたって事か!」
そういや最初の『ふ~ん』って笑った時から違和感は有ったんだ。
それにあれだけ可愛がっているコウメの死をレイチェルが簡単に受け入れられる筈もねぇって事もな。
「あはははははっ、ごめんごめん。診察魔法をコウメに使った後に真剣な顔して大切な話があるって言うんだもの。ピーンと来てカマ掛けてみたのよ。いや~ここまで見事に騙されるなんて思わなかったわ~」
「ぐはっ! そ、そう言う事か!くそ~俺の心を弄びやがって! 本気で心配したんだからな」
「本当にごめんって。泣きそうになってるショウタがとっても可愛くてついね。あ~、あと例外の話なんだけど、勇者の力は純粋無垢な心に宿るとされているわ。成人になるとその力が消え失せる事については、仮説として大体その頃になると現実が見えてくるからだろうって言われてるのよ」
「えぇと? つまりどう言う事だ?」
「簡単に言うと子供から大人になったって事ね」
「はっ?」
勇者になれるのは子供だけで、大人になったら勇者じゃなくなる?
要するに勇者の力の源は、まさに『中二病マインド』って事なのか?
そんな馬鹿な……。
「そ、それじゃコウメが俺の所為で無理と言う話はどう言う事だよ」
「あ~、それはね。コウメがあんたの事を本気で好きになったって事。ダイス相手みたいに初恋の憧れじゃない。本当に愛する相手を見付けたってワケ。要するに大人の階段を登る第一歩って奴ね」
いやいやいやいや、それはどうなんだ?
俺への想いもダイスへの想いと似たようなものだろう。
まだ九歳なんだし、好きの違いなんて分からんだろうに。
……いや、まぁ、なんか地下道で俺に子供が作れるかってのを必死で確認したりしてはいたがよ。
「じゃ、じゃあ、例外ってのは?」
「ふふふふ~。それはね~、いつまで経ってもウブな子供みたいに純粋さを忘れないあんたの様な人はね、成人になっても勇者の力を持ち続ける場合が有るって言う話なのよ。ぷぷぷぷ、もしかしてあんたが勇者の魔法を使えるのって『神の使徒』ってだけじゃなく、純粋な心の持ち主だからなのかもね~」
「なななな! だから事有る毎に俺の事を純粋純粋って言ってやがったのか! ち、違うぞ! 俺はお子ちゃまなんかじゃねぇ! 酸いも甘い知ってる大人だっての!」
「そうやってムキになる所が子供だって言ってるのよ。本当に可愛いんだから」
そう言ってレイチェルは子供をあやす様に俺の頭をぽんぽんと軽く叩く。
ムカッ!
なんか完全に子供扱いされてるな。
「テメーー! レイチェル! 許さねぇ!」
「キャーーー!!」
俺が怒鳴るとレイチェルがわざとらしく悲鳴を上げながら逃げ出した。
俺はそれを追いかける。
本気で追いかけてる訳じゃねぇけどな。
しかし、俺は心の底から安堵していた。
コウメの寿命を見た時は生きた心地がしなかった。
それが勘違いだった事が本当に、本当に嬉しかった。
「「「じ~~~」」」
暫くの間、俺達はまるで浜辺でいちゃつくカップルみてぇな鬼ごっこを繰り広げてたら、何やら刺すような視線を感じたのでそちらに目を向ける。
まぁ今は二人共々位相変異と疎外の魔法範囲外だしバッチリ人目に映っている状態だ。
いや、そんな魔法が掛かっていようとも関係無く俺を見つけて来る奴らも居るけどよ。
そして、目を向けた先の相手は予想通りそんな奴らだ。
「先生!」
「元恋人相手と!」
「なにイチャついてるのだーーー!」
うん、言うまでもないがそこに居たのは俺達が戻って来ない事を心配して様子を見に来た姫さんとメアリとコウメだ。
「やっぱり二人していかがわしい話をしてましたのね」
「チェルシーさん! 抜け駆けはしないと約束しましたのに酷いですの!」
「やっぱりお母さんはライバルだったのだーーー!」
そう言いながら俺達目掛けてダッシュで走ってくる三人。
うわっ! むっちゃ早ぇ!
勇者であるコウメは分かるが、何で姫さんとメアリまで同じ速度でやってくるんだよ!
「ご、誤解だっての!」
「「「問答無用!!」」」
この後、無事?に捕まった俺達は、三人にこってりと絞られましたとさ。
めでたし、めでた……って、めでたくはねぇな。
いや、やっぱりコウメが死なねぇってのはめでたい事か。
書き上がり次第投稿します。




