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第117話 二人の『聖女』

「お、お前……。な、何でここに……?」


 俺は視線の先の今この場に居る筈の無い人物にそう問いかける。

 馬鹿な! 国王の話では明日って事じゃ無かったのか?


「『何でここに』? あらあら~小父様? 私がここに居たら何か都合の悪い事でもあったのですか?」


 ヒッ!

 この暗黒闘気! 本家(・・)に負けず劣らずの圧力だぜ!

 やっぱり、こいつはレイチェルによく似てやがる。

 怒ったら怖い所や、俺に反論させない意志の強さ、それに……優しい所とかよ。

 そう、目の前で暗黒としか言い様のない怪しい気を放ちながら俺の事をジト目で睨んで来ている人物はメアリだった。


「いやいや、そんな事はねぇよ。国王からは明日来るって聞いてたもんでな。びっくりしたんだよ」


 語尾に『の』が無ぇメアリって事はマジ切れじゃねぇか。

 こいつ何故こんなに怒って……、あ~信じ難いが俺の事が好きって話なんだっけ?

 正直今に今までなんかの間違いだと思っていたかったが、こりゃマジでそうらしい。

 信じたくねぇがこれって完全に嫉妬だよな。

 そう言えば、アメリア王国時代に俺が他の女の子と喋った所を見たレイチェルが、似た様な目付きで俺に絡んで来ていたのを思い出したぜ。

 何処までそっくりなんだこいつら?

 『聖女』って肩書が付く奴は皆同じ性格になるのか?


「えぇ、一日も早く小父様にお会いしたいと思いまして、私だけそのまま王都に向かったんです。……で、隣の女性は誰ですか?」


「あ~、こいつは……「あたしは、ショウタの元カノよ」


 俺がメアリの怒りを回避する為に無難な説明で誤魔化そうと思ったところに、レイチェルが爆弾発言と共に被せて来た。

 しかも、俺の方にしな垂れかかって、完全にメアリを挑発する様な口調で……。


「ちょ、お前、なに言って……」


「あら~? あたしは嘘言ってないわよ?」


 しな垂れかかったまま上目遣いで俺にそう言ってくるレイチェル。

 どうしやがったんだこいつ! メアリをそんなに挑発するんじゃねぇよ!

 先輩なんか顔面真っ青になって部屋の隅に退避してやがる。

 出来るなら俺もその隣に行きてぇが、当事者だから無理だよな。


「メ、メアリ。落ち着け。確かに昔はそうだったが、こいつとは久し振りに昨日会ったところだ。今はそんな関係じゃねぇって。それよりこの(・・)レイチェルは準聖……」


「まぁ、そうでしたの! それを聞いて安心しましたの」


 俺の言い訳を信じたのかメアリは突然嬉しそうな顔を上げた。

 

 『ほっ、良かったぜ。何とか機嫌が直ったか。こう言う所はまだまだ子供って言うこ……と……? ん? 若干瞳にハイライトが入っていない様な? しかも目が笑ってなくねぇか?』


「メ、メアリ?」


()カノと言う事は、()は他人と言う事ですの。ふふふふふ~」


 怖い怖い怖い。

 優しいメアリは何処に行った! すごく怖ぇよ!


「ほ~。あんたなかなかいい度胸してるじゃないか~。このあたしを『準聖女』って知っての事かい?』


 ぐおっ! レイチェルからも凄まじい暗黒闘気が噴き出して来た!

 お前ら本当に『聖女』かよ!

 どうすればいいんだこれ?


「えぇ、存じ上げていますの。何度かお会いした事も有りますもの。顔はお初ですが、その身を取り巻く魔力の色。魔道の力が使えなくなっても、それくらい分かりますの」


「ほぉ~。それなのに小娘の分際であたしにそんな『殺気』を放ってくるなんて、『聖女候補』か何だか知らないけど舐められたものだね」


 ひぃ~! 二人の魔力がバチバチと火花を散らしてやがる!

 だが、今がチャンスだ。

 二人がお互いを集中している間に逃げだそう……。


「舐めてなんていませんの。それに『準聖女』様と言う事は勇者様のお母様と言う事。小父様は人妻は苦手でらっしゃる事を知らないですの?」


 やめろ、メアリ! ここで俺に振るなよ。

 レイチェルの殺気が俺に飛び火したじゃねぇか!


「ん~? 他にも人妻囲ってるのかい?」


「いやいや、滅相も無い。それになんだ『他にも』って。こらメアリ! いい加減な事言うなっての」


「いい加減な事? それは小父様の方ですの。口ではカモミールさんの事を嫌だ嫌だ言っていますが、この前のダンス講師をされた際、結構イチャイチャとされていましたですの。私もアンリも何度注意しようかと思っていたか。チコリーさんなんて『ちっ! 我が母ながらなんと言う狡猾さ』と唇を噛んでらっしゃいましたの」


「イチャイチャしてないっての! 俺は全力で拒否ってたじゃねぇか! ついには出禁にしたしよ」


 あいつが、チークでもないのにグイグイと胸を押し付けて来るのを必死で引き剥がそうとしていたつうの!

 いや、そりゃ押し当てられた胸の気持ち良さに、あまり強く離そうとしなかった……、いや違う違うカモミールと言ったって、相手はか弱い女性なんだから、力入れ過ぎると怪我させてしまうし仕方無くだ。

 それに、なんだかんだ言ってあいつとは出会いの所為で本音をぶつけ合ってなんだか掛け合い漫才みたいになっちまう所が有るが、それはアレだ。

 教え子の母親だから、冷たくあしらってモンスターペアレントになられたら、俺の評価に影響が有るしな。

 うんうん、そんな感じ。


「あんた、悲惨な逃亡生活って同情してたけど、実は結構よろしくやってたんじゃないの?」


「そうです。小父様は誰にでも優し過ぎるんです」


 ゲゲッ! 二人の標的が俺に向いちまった!

 二人の『聖女』からの獲物を狩る様な殺気に俺は動けなくなる。

 まるで蛇に睨まれた蛙だ。

 せ、先輩助け……、ダメだ。

 部屋の隅っこで縮こまって震えてやがる。

 筋肉ダルマの癖に頼りにならねぇぜ。

 いや、俺が先輩の立場でも同じ様に縮こまってただろうけどな!


「お、落ち着け二人共! 誤解だ! 別に俺は誰が好きとかねぇって!」


 ひぃ! 二人が無言で近付いて来る!

 こ、殺さる~!

 ふ、二人の手が俺の顔に……。


「ぷっ! ふふふ」

「ふふ、小父様ったら」


「へ?」


 二人が手を伸ばして俺の顔に触れそうになったその瞬間、二人は突然笑い出した。

 今度はちゃんと目が笑っている。

 な、なんだなんだ?


「ごめんごめん。怖がらしちゃったみたいだね。そんなに怯えないでよ」


「ごめんなさいですの。あの……どうか嫌わないで欲しいですの」


 そう言うと、二人は伸ばした手を俺の頬に当て優しく撫でて来た。

 俺はまだ現状が把握出来ず、頭の中にハテナマークが乱舞している。


「ど、どう言う事だ? 二人共グルなのか?」


 もしかして、二人が仕掛けたドッキリなのか?

 そして扉の向こうからダイスとかが『ドッキリ大成功~』とか言いながら、看板持って入って来るんじゃねぇだろうな?

 ここは異世界だからと言って、あの神達ならこれくらいやりそうだしよ。


「違う違う。グルじゃないよ。素顔を晒したのはこれが初めてだし、ちゃんと喋ったのもこれが初めてよ。なんたって王子の娘さんでしょ。どこであたしの事がバレるか分かったもんじゃないし」


「バ、バカ! その事(・・・)はメアリには内緒だっての!」


「え? そうなの? あちゃ~てっきり知っているものだと」


 王子がアメリア王国の王子で、メアリがアメリア王国の姫と言うのは秘密の事だ。

 王子は今後も喋るつもりは無いって言っていたし、少なくとも俺達部外者が言って良い事じゃねぇ。


「その事なら知っていますの」


「え? そうなのか?」


「はいですの。シルキーに小父様の秘密を教えて貰った際に、昔の小父様の事も知っていたものですから、なんで知っているのか問い質したんですの。その時……」


「シルキーの奴め~」


 くそっ! そりゃ俺の過去を話したらアメリア王国に行きつくよな。

 恐らくシルキーはシルキーで誤魔化そうとしたんだろうが、何しろ相手はメアリだ。

 矛盾点を突き捲られて、全部喋っちまったんだろうぜ。

 あいつはメアリのファンだし、懇願されたら嘘付けねぇだろうしよ。


「えぇっ! シルキーってあの(・・)? あの子、今王子の所に有るのかい?」


「ん? 『有る』? いや『居る』だろ? まぁ、確かに現在王子の家でメイドをしているが、なんでレイチェルはシルキーの事を知ってんだ? シルキーは俺の事を知っている様なんだが、俺にはあいつの記憶が無ぇんだ。知ってるんなら教えてくれ。あいつ勿体振って教えてくれねぇんだよ」


「あ~、あの子がそう言うならあたしも黙ってるよ。あんたに思い出して貰いたいんだろうさ」


「何だよそれ! 訳分かんねぇな。けど、良いのかよ。あいつも女だぜ? なんかあいつの事を理解している様な口振りだがよ。さっきみたいに嫉妬で怒ったりとかないのかよ」


「う~ん、あの子はそんなんじゃないから。まぁ、勿論あの子にだって()()()()()()()()んだろうから、悩む所では有るんだけどね~」


 レイチェルは腕を組みながら目を瞑ってそうぼやいている。

 そんな事って、どんな事だよ! 気になる言い方するなよ。

 と言うか、シルキーって一体何者なんだ? 訳が分からねぇぜ。


「チッ。まぁ、良いや。レイチェルが知ってるんなら本来俺も知ってておかしくないんだろう。だけど何せ一度は忘れようとした過去だ、実際細かい所は忘れちまってるしな。忘れてても王国に行けばなんか思い出すだろ」


「そうしておやりよ。あの子にはそれが一番さ。そりゃ嫉妬しない訳じゃ無いけどね」


 ますます訳が分からないぜ。

 なんだってんだよ。

 

「小父様、アメリア王国に行かれますの? そんな遠い所に行かれるなんて、私も付いていきますの!」


 王国に行ったら本当にシルキーの事を思い出すのかね、と思って首を捻っているとメアリが、自分を置いて王国に行くって事に怒りながら、自分も付いていくと言い出した。

 しまった、メアリならそう言うよな。

 故郷を見せてやりたい気もするが、少なくとも今回はそれは無理だ。


「メアリ。残念だがそれは今回諦めてくれ。ただ、すぐに行って帰って来るって手が有るからよ。そんな長い事留守にはしねぇ」


「え? そんな事出来るんですの?」


 魔法オタクの血が騒いだのか、俺の言葉から何らかの魔法での移動と察した様だ。

 正確には『城喰いの魔蛇』の能力っぽいんで魔法な訳じゃねぇんだが、理屈的には似た様なもんだろ。

 なんたって、神の仕業なんだからよ。


「あぁ、実はヴァレン……あー、王子。まっお前父親だな。その王子が資料を持って来てくれる事になってんだよ」


「そうでしたの! ではなぜ今回は諦めてくれって言いますの?」


「まだ仮定の話でよ。今回は本当に出来るかの実験だからなんだ。なに、俺なら何が有っても死にはしねぇから安心しろ。だが、他の奴等はその保証が無ぇ。だから、今回は取りあえず諦めてくれ。頼むよ」


 俺がメアリの頭をポンポンと軽く叩きながらそう言うと、メアリは渋々と『分かりましたですの』と納得してくれた。


「良い子だ、メアリ。それよりさっきのアレは何だったんだ? 二人息ピッタリだったぜ?」


 何とかこの場が収まったので、先程の騒ぎの事を聞いてみた。

 レイチェルが言うには打ち合わせした訳じゃねぇとの事だが……。


「少し、チェルシー様を試したかっただけですの」


「試す? どう言う事だ?」


「あぁ、あたしも同じよ。メアリを試そうとしたの」


 二人して同じ事を言っている。

 試すってなんなんだ?


「小父様の事を本当に好きなのかって事ですの」


「そうそう、この子もただの憧れなら諦めなってね。あんたを好きになると言う事は普通の人生は送れなくなるからね」


「おいおい、そんな大袈裟な」


 いや、まぁ大袈裟じゃねぇってのは分かってはいるが、何だって二人して同じ事を言いやがるんだ。


「だってあんたは普通じゃないからね」

「そうですの。小父様は『神の落とし子』ですもの」


「なっ! メアリもその事を知って……るよなぁ~」


 一回治して貰ったしな。

 そりゃ気付かれてるか。


「それに、小父様が誰を好きになろうが、関係無いのですの!」


 俺が気付かれていた事にため息をついていると、急に満面の笑みで俺の事を見詰めながらメアリはそう言い切った。

 え? どう言う事? 俺が誰を好きになろうが関係無い?

 と言う事は、もう俺の事なんて好きじゃねぇって事なのか?

 今の今、そんな話の展開じゃなかった気がしたんだが……。


 ……でも、まぁ、うん。

 そ、それが普通だよな。

 十四歳の女の子が三十八歳のおっさんを好きになるって方がおかしな話だからよ。

 目が覚めたって奴だろうぜ。


 ……しかし、何だろうな?

 俺がメアリの気持ちに気付く前に目覚めて欲しかったぜ。

 なんか、告白の返事を言う前に振られちまった感じで心が痛いんだが……。



「そ、そうか。うんうん、それが普通だよな」


「えぇ、だって、何が有ろうと、私が小父様の事を好きな気持ちは変わらないからですの!」


「え?」


 俺の事が好きな気持ちは変わらない?

 嫌いになった訳じゃねぇのか、それは安心……じゃないっての!


 言葉の意味が良く分からなくて俺はメアリの顔を見詰めた。

 そこには相変わらず満面の笑み、……だが。


 『げぇーー! 目が普通じゃねぇ! なんか瞳孔開いてやがるし、何より完全に狂気に染まってるじゃねぇか!』


 狂気に染まった目をしながら満面の笑みで俺を見詰めて来る少女。

 

 ……怖ぇぇよ! むっちゃ怖ぇぇっての!

 まだ暗黒闘気の方が百倍マシだ!


「メ、メアリ? どう言うこった?」


 あまりの恐怖に恐る恐るメアリに事情を尋ねる。

 もしかしたら、魔族の洗脳かもしれねぇ。

 タイカ国の奴じゃ無いだろうが、『三大脅威』以外にも自由な奴が居ないとも言い切れねぇしよ。

 そ、そうか! やはりテラとか言う占い師は魔族だったのか。

 王都で情報を集め、南の宿場町でメアリを待ち構えてたのかも知れねぇな。

 くそ! 早く洗脳を解かねぇと……。


「アンリのお母様に良い事を教えて頂きましたの」


「へ? 姉御が?」


 メアリに洗脳の解呪を掛けようとしたら、メアリはこの狂気の原因は姉御だと言って来た。

 姉御の話が出たので、先程まで隅で怯えていた筋肉ダルマが立ち上がって近付いて来る。


「えぇ、あの日小父様が、止める私達を置き去りにして逃亡した後の事です」


 置き去り……逃亡……、いや実際そうなんだけど。

 この言い回し、メアリの奴ってば実はまだ根に持ってるっぽいな。


「逃げる小父様を追いかける私に、バーバラ様は新しい道を優しく諭してくれました」


 あの姉御が優しく新しい道を諭す?

 ……悪い予感しかしねぇ。


 先輩も同じ考えの様で、額から滝の様な汗を垂らしてやがる。

 任せておけって言ったから任せたんだが、よく考えると姉御に任せて無事に解決した事無かったじゃねぇか。

 全部が全部力技。

 一の騒動が二や三で終わりゃ儲けもので、何するにも雑だから大抵大事になるんだった。

 最近はちゃんと主婦業出来ていた所為で忘れてたぜ。


「おい、メアリ! 正気に戻れ! 一体何を姉御に吹き込まれたんだ?」


「うふふふ。小父様みたいな偉大な方を独り占めするのは良くない事でしたの」


 メアリは相変わらず瞳孔開いた眼で理解しがたい言葉を吐いて来た。

 なんだかつい先程似た様な話を聞いた所だぜ。

 レイチェルが『あぁ、そう言う事ね』と言う顔してやがる。

 先輩も何が言いたいのか分かったんだろう。

 頭に手を当てて『やれやれ』と困った顔をしていた。

 本当にやれやれだぜ。


「みんなで仲良く小父様をお慕いすれば良い事でしたの。こんなに簡単な事に気付かなかったなんて私もまだまだ子供でした。テヘッ」


 すごく可愛いテヘペロをするメアリだが、目は相変わらず瞳孔開いてやがるんで無茶怖ぇ。

 と言うか……。


「姉御ーーー! 何とんでもない事をメアリに吹き込んでんだーーー!」


 俺は思わず部屋の中からシュトルンベルクに居る姉御の方に向けて絶叫した。

 なんだか、姉御が舌を出しながら良い笑顔でサムズアップしている姿が目に浮かぶぜ。

 クソッたれ!


「あぁ、その事なんだけどね。メアリ耳を貸しな」

「何ですの? チェルシー様?」

「良いから良いから。あのね。昔英雄王がごにょごにょ」

「あらあら!」

「沢山の妻をごにょごにょ」

「まぁ! そんな事が!」


「こらーー! そこーーー! 更に変な事を吹き込むんじゃねぇよ!」


 ったく、勘弁してくれよ。



書き上がり次第投稿します。

お久し振りで、すみません。

もう一作の方に手が掛かってまして更新が遅れました。


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