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夏祭りのお供に(前編)

短編で書き終わる予定でしたが、文章のボリュームが膨らんでしまいましたので、前編と後編に分割することにしました。

季節柄、夏祭りから着想した話なので、ストーリーの意外性はありません。

ほのぼのとした気持ちで読んで頂ければ幸いです。


2018.11.16 文章体裁を整えました。

 八月十六日。

 高校生は夏休み終盤、社会人はお盆休み。世の中が休日ムード一色で、新幹線や高速道路の混雑状況を、今朝のニュースキャスターが嬉々として語っていた。


「どうして俺は学校に来ているんだろうな……」


 生徒会室の窓から外を見れば、肌を刺すような日差しと、目に染みる青空、真っ白な入道雲が広がっている。


「青山君、サボってないで仕事しなさい」


「サボっていませんよ、ちょっと休憩していただけです」


 真夏の太陽の日差しに匹敵する程鋭い説教が飛んできたが、こちらは季節に関係ないので慣れている。軽く受け流す。


「休憩ついでに飲み物でも買って来ます。赤塚会長も何か飲みませんか」


「そうね。じゃあ、苺ミルク」


「そんな甘いのばっかり飲むと肥えますよ、椿ちゃん」


「ちょっと、椿ちゃんじゃなくて、せめて先輩を付けなさい!」


「じゃあ、ちょっと行ってきます」


「こら、ちゃんと謝りなさい! 青山君!」


 追撃してくる椿ちゃんこと赤塚生徒会長を残し、俺は生徒会室の扉を閉めて、自動販売機のある食堂へ向かう。普段なら賑やかな校内が、遠くから響いて来る運動部の掛け声や音楽系部活の演奏音以外の物音がなく、その遠くからの音が余計に静かさを強調している。

 自分を取り囲む静けさのせいか、少し感傷的になってしまう。


「こうして赤塚会長と生徒会の仕事をするのも、あと二ケ月か」


 夏休み明けの九月には生徒会長選挙があり、十月の文化祭が終わると、現生徒会長は次期生徒会長と交代する。俺と赤塚会長は、その生徒会長選挙と文化祭の準備のために、ここ三日だけ登校していた。

 生徒会長選挙の準備も、文化祭の準備も、去年とやることは変わらないので、二日目である昨日の夕方時点でほぼ完了している。今日は、ここ二日間の作業にミスがないか、忘れている事項はないか、午前中で確認し、昼には解散する予定だ。

 三年生の赤塚会長は、十月の任期満了をもって生徒会長を退任。大学も推薦入試で合格が間違いないために、残りの高校生活は悠々自適な日々を過ごすと豪語していた。

 二年生で会計担当の俺は、三年生になっても会計担当を任命される予定である。赤塚会長が欠けて、生徒会メンバーの入れ替わりがあっても、高校生活に大きな変化は訪れないだろう。

 それでも、親しい先輩が卒業して居なくなってしまうのは、人並みに寂しいと思っている。


 食堂前の自動販売機に辿り着く。


「まずは、赤塚会長の苺ミルク」


 硬貨を投入し、ボタンを押すと、ガコンと音を立てて缶が落ちて来る。


「たまには俺も同じものを……売り切れ。これが最後の一本だったのか。自動販売機にも愛される生徒会長様とは、恐れ入りました」


 最近気に入っているペットボトルの炭酸水を購入し、両手に一本ずつ持って、生徒会室へ戻ることにした。


「おう、空也! 今日も生徒会か!」


 後ろから声を掛けられて振り返る。


「お疲れ。樹は今日もサッカーか、熱中症にならないようにな」


「そのために自販機に来たんだよ。家から持って来たヤツ全部飲んじまった」


 緑井樹は、クラスメイトだ。サッカー部の副部長をやっている。

 樹は自動販売機でスポーツドリンクを二本買いながら話し掛けて来る。


「生徒会長選挙、本当にお前立候補しなかったんだな。お前が出るなら、投票するって奴、俺も含めて結構居たぜ」


「柄じゃないんだよ。裏方作業の方が性に合ってる」


 樹は買ったばかりのスポーツドリンクの一本を開けて、半分くらいを飲んでしまう。

 この炎天下で走り回っているのだから、脱水症状にもなるだろう。樹も含め、屋外の運動部員は小麦色のいい色になっている。


「そう言えば、今日は赤塚会長は来てるのか」


「うん? ああ、ここ三日毎日来てるよ。それがどうかしたか」


「今日聞いた話なんだが、昨日、バスケ部の黒田先輩が、赤塚会長に告って振られたらしいぜ」


「マジか」


「マジだ」


「いつも同じ様子に見えたけど、そんなイベントがあったのか」


「これで何人だ、赤塚会長が振った奴」


「さあ、俺が知ってるだけで五人くらいだったと思う」


「俺もそれくらいだな。お前、赤塚会長と二年間も一緒に仕事してて、何か攻略情報とかないのか」


「知るか。俺は赤塚会長の攻略情報探りに生徒会の仕事してる訳じゃない」


「赤塚会長、やっぱ人気あるよな。とびきり可愛いって訳じゃないけど、普通に可愛いし。生徒会長やってるからって変にいい子いい子してないし。身長と胸はちっちゃいけど」


「最後の、赤塚会長に聞かれたら抹殺されるぞ、社会的にも生物学的にも。重度のコンプレックス抱えてるんだから」


「言わねえよ。つーか、生徒会やってるお前と違って、赤塚会長と会って話する機会なんて無いし」


 校庭の方から、集合の合図らしきホイッスルの音が聞こえた。


「やべっ、休憩終わった。じゃあな、空也」


「あいよ」


 樹と別れ、少し水滴が付いてきた飲み物を持って生徒会室へ戻ることにする。


 樹との会話を思い返しながら、生徒会室の扉を開ける。


「……あっ」


「何してるんですか、赤塚会長」


 窓際に立っている赤塚会長は、何故か、制服の上から自分のお腹をつまんでいた。

 赤塚会長は慌てて制服の皺を直すように叩き、


「なんでもないわよ! っていうか、ちゃんとノックしなさい! あと、ジュース買いに行って来たにしては時間かかり過ぎ! やっぱり、サボってたんでしょ!」


「……とりあえず、苺ミルク買って来ました」


「ちょっと待ちなさい! どうして、私の質問は全部スルーなの!」


「ノックは普段からしてません。ジュース買いに行ったら、クラスメイトに会ったので話をしてから戻りました。サボってたって言うなら、椿ちゃんだって自分のお腹つまんで仕事していなかったじゃないですか」


「い、今のは違うの! 最近ちょっと体重増えたとか、お腹周りサイズが気になった訳じゃなくて! あと椿ちゃんって言わない!」


「語るに落ちてますよ、赤塚会長」


「ぐっ……、もういいわよ。もぅ」


 不満げに呟きながら、赤塚会長は苺ミルクを受け取り、着席した。


「あくまで個人の感想ですけど、赤塚会長くらいの体型は標準だと思いますよ。さっきのは冗談です」


「青山君、デリカシーって知ってる?」


「繊細さ。微妙さ。感覚や感情の細やかさ、です」


「うん、正解なんだけど、そうじゃなくって。女性に体型の話をしないでって意味で言ったの」


「ちなみに、デリカテッセンはハムやソーセージなどの洋風の惣菜です」


「嫌味だよね、青山君、今のは完璧に体型を気にしてる私に対する嫌味だよね! 悔しいことにちょっと面白いって思っちゃったじゃない!」


「怒りながら褒めるとか、器用ですね」


 俺も着席する。炭酸水のペットボトルの蓋を開けようとしたところで、赤塚会長がこのペットボトルを見ていることに気付く。


「青山君、最近それよく飲んでるわね。美味しいの?」


「美味しいか、と聞かれると返答に困ります。炭酸水に味はありませんから。最近は味のある炭酸水もありますけど」


「じゃあ、どうして飲んでるの?」


「炭酸が強いので、気分がスカッとするから、ですかね。強いて言えば」


「ふぅん。砂糖とか入ってないのよね? カロリーゼロなのよね?」


「はい、そうです」


 少し考える赤塚会長。


「ねえ、青山君。私の苺ミルクと交換してくれないかしら?」


「構いませんけど、急ですね。折角最後の一本の苺ミルクを買えたのに、いいんですか?」


「うっ……いいわ。今日はいいの。はい、じゃあ交換」


 赤塚会長の苺ミルクの缶が目の前に、渋々、押し出される。対して、俺は炭酸水のペットボトルを差し出す。

 赤塚会長は受け取った炭酸水を珍しそうに観察し、口に含んだ。


「本当に無味無臭なのね。面白いわ」


「夏祭りのラムネ味を期待して、裏切られた連中が何人も居ましたけれど」


「私も、最初はサイダーと同じ物だと思っていたわ。青山君が言った、気分がスカッとする感じも分かるかも」


 俺は、赤塚会長から貰った苺ミルクを開けて、強烈な甘さに驚いた。思わず、一口飲んで机に置く。


「夏祭りと言えば、今日と明日は夏祭りじゃなかったかしら?」


「はい、そうです。商店街は先週から飾り付けしてましたから、先週からお祭り気分ですが、本番は今日と明日です。今日は町の花火大会もありますから、人出が多いと思います」


「さすが、詳しいわね」


「まあ、その関連で、毎年父親の屋台の手伝いしていますからね。純粋に夏祭りを楽しんだのは、小学生までです」


「青山君のお父さんの屋台、焼きそばもお好み焼きも美味しいって、皆褒めていたわよ」


「赤塚会長は、今年も桃井先輩達と一緒に来ますか?」


「ううん、今年は桜子達が親御さんの実家に帰省しているから、都合が合わなかったの」


「生徒会の他のメンバーも部活の遠征やらで、結局この三日も会長と俺だけでしたからね。屋台の手伝いしながら、知り合いが夏祭りを楽しんでいるのを見るのが、俺の楽しみなんですが、今年は少ないかも知れませんね」


「そっか、今の会話の流れで青山君が私をお祭りに誘ってくれるんじゃないかと期待したのに、青山君はそれどころじゃないのね。残念」


「赤塚会長なら、俺が誘わなくても、引く手数多でしょう。昨日だって……」


 思わず口が滑った。


「昨日?」


 口から出てしまった言葉は戻らない。赤塚会長のプライベートに立ち入るべきじゃないと、普段から注意していたのに、今のは失態だった。


「青山君、もしかして、昨日の件、知ってるの?」


「すみません。飲み物を買いに行った時に、クラスメイトから聞きました」


「そう。まあ、話が広まっているなら、黒田君が言い触らしているんだろうから、それはそれで気が楽でいいのかしら」


「人気者は大変ですね」


「う~ん……青山君、ちょっとだけ愚痴を聞いてくれる? あと、他言無用でお願い」


「わかりました」


「ありがとう」


 赤塚会長にしては珍しいな、と思う。

 赤塚会長は、ゆっくり深呼吸をすると、炭酸水のペットボトルに視線を落としながら語る。


「私、黒田君とこの三年間まともに話したことなんて数えるくらいしかないの。同じクラスになったこともないし、共通の友達も少ないから、一緒に遊んだこともない。もちろん、黒田君はバスケ部で活躍しているから、友達から話を聞く機会もあったし、何となくどんな人なのかは知っていた。でも、その程度の認識だったの。昨日、用事があるからって、青山君に片付けをお願いして、先に帰ったでしょう?」


「はい」


「昨日の朝、昇降口で黒田君と会って、夕方、話があるから時間を取ってほしいって言われたの。その時点でおおよそ察しはついていたわ。それで、夕方に黒田君のクラス、三年四組の教室に行ったら、まあ、その、案の定というか」


「黒田先輩から、男女交際の申し込みがあったんですね?」


「ふふっ、男女交際って、今時、青山君しか言わないと思うけど。うん、その通り。黒田君には悪いけど、私は最初から断るつもりでいたの。でも、黒田君、開口一番、何て言ったと思う?」


「分かりません」


「俺達絶対相性いいから付き合おうぜ、だって」


「……根拠は?」


「あははっ」


 赤塚会長が、突然笑った。


「私も、青山君と同じことを黒田君に言っちゃったの。そうしたら黒田君、直感でそう思った、本当に相性がいいかどうかは付き合ってみてから分かるから、まず付き合ってみようって。最初のデートは明日の夏祭りにしようって。私の返事を聞きもしないで、どんどん話を進めるの」


「断られると思っていなかったのか、それとも、勢いで押し切ってなし崩し的にデートを成立させようとしたんでしょうか?」


「多分、後者だったと思う。勢いで私に返事をさせない作戦だったと思うの。自慢じゃないけど、何度か告白をされた経験の中で、こんなに私の話を聞こうとしない人は初めてだった。だから、どうにか丸く、後腐れなく断ろうって悩んでいた分、ムカムカしちゃって。思わず、貴方みたいに話を聞かない人嫌いです、って怒鳴って帰ったの」


「赤塚会長が、こうやって俺に話すくらいだから、よほど腹が立ったんですね」


「そうなの、本当に、一朝一夕で角が立たずに断る理由考えるの大変だったのに、それが全部無駄になっちゃったでしょう? 家に帰って、夕飯食べて、お風呂入っても落ち着かなかったから、本当は昨日のうちに青山君に電話して愚痴ってしまおうと思ったくらいなんだから」


「どうして俺なんですか、それこそ桃井先輩とか、相談できる人は他にも居るでしょう」


「桜子はお喋りだから、ダメなの。一応、黒田君のプライバシーに関することだから、他言無用にしかったし。青山君の口の堅さは信頼しているもの。でも、我慢したのよ」


「ああ、それでさっき、気が楽でいいって言ったんですね。黒田先輩が他人に話しているなら、赤塚会長が俺に話しても気に病む理由がなくなったから」


「その通り。あ、でも、他言無用でお願いね。黒田君が言い触らしているからって、私も同じことをしてしまったら、何だか同類みたいで嫌だもの」


「わかりました。この話は墓まで持っていきます」


「はぁ~、すっきりした」


 ん~、と赤塚会長は両腕を伸ばして大きく背伸びをした。


「ところで、確認は終わったんですか?」


「あ、うん、青山君が戻ってくる少し前に終わったの。余計な話しに付き合わせてごめんね」


「赤塚会長の気晴らしになったなら、お役に立てて光栄です」


「ううん、青山君には助けてもらってばかり。折角の夏休みなのに、しかも、他の役員が来ないところで、三日も生徒会の仕事やってもらっちゃったし。あ、そうだ、青山君お昼ご飯一緒に行かない? お礼に牛丼奢ってあげる」


「牛丼限定なんですね。折角ですが、すみません、午後から夏祭りの準備に参加することになっていて、ぼちぼち行かないと遅刻なので」


「そっかぁ、わかった。じゃあ、牛丼はまた今度にしましょう」


「そんなに牛丼食べたいなら、食べたらいいじゃないですか」


「嫌よ、一人ぼっちで牛丼屋に行ったら、友達居ない可哀想な子だと思われるでしょう」


「持ち帰りもありますよ」


「私は作り立てが食べたいの。レンジで温め直すと、味が落ちる気がするわ」


「我儘だなあ」


「ほら、無駄口叩いていないで、片付けして解散しましょう」


 手早く片付けを済ませ、ドアに施錠し、赤塚会長が職員室に鍵を返すのに付き添い、自転車小屋で俺の自転車を回収してから、赤塚会長が乗るバス停まで来た。タイミングのいいことに、あと五分程で次のバスが来るらしい。

 一口だけ飲んだ苺ミルクは、とりあえず持って帰ることにする。


「そう言えば、青山君に一つ、質問してもいいかしら?」


 赤塚会長は、バスの時刻表を見ながら、後ろの俺に問う。


「俺に答えられることであれば」


「私が昨日黒田君から告白されたって聞いて、青山君はどう思ったの?」


「黒田先輩が告白して振られた、と聞いたので、驚きは少なかったです」


「ふぅん……」


 赤塚会長は、バスの時刻表から目を離さない。こちらを見ようとしない。

 恐らく、赤塚会長が聞きたい答えではないのだろう。勘違いかも知れない。どうしたものか、迷った挙句、俺は飲み残しの苺ミルクを一気に飲む。強烈な甘さで、頭がくらくらする。


「赤塚会長が、黒田先輩から告白された、という部分だけ聞いていたら、きっと、告白を受けたのか断ったのかを、どうにかして聞き出そうとしていたと思います」


 口の中の後味に比べ、俺の言葉にはその恩恵が少なかったと思う。


「……ふふっ。私も今の質問はちょっと狡かったわね、ごめんなさい。でも、青山君もちょっと狡い」


 赤塚会長が振り返り、少し寂しげに微笑んだ。そこでバスが来て、赤塚会長が乗り込む。入口側の一番近い座席に座り、俺を見下ろすと、小さく手を振ってくれたので、軽く会釈をして返す。

 窓越しに話し掛けられたが、口の動きだけでは赤塚会長が何と言ったのかは分からなかった。

 バスが走り去るのを見送り、自転車に跨って、赤塚会長とは反対方向へ向かって漕ぎ出す。

 俺が、赤塚椿に好意を持っていることは、多分彼女に悟られてしまっているのに、それでも言葉に出せない自分が情けない。

誤字脱字は、適宜修正していきます。

後編までお付き合い頂ければ幸いです。

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