はっぱつめ★運のいいやつにボコられる
ヤスオは暇過ぎてわけがわからなくなり、朝からアニメ街をうろついていた。
特になにか目的があったわけではなく、ただ街の様子や店の商品を眺めながら、買うでもなく時間を潰しているのだ。
そんなヤスオが十八番くじのラインナップが豊富な『感電豚野郎』という名前の、確か外国から来たはずのゲームショップの前にさしかかると、そこに大勢の人間が集まっていた。
なにかのイベントか、それとも人気商品の店頭販売分を求めての人だかりだろう。
そんな予想をしながら、暇なヤスオはやはりその周囲を無駄にうろついて、様子を見る。わりと広い店内にすごい列ができていて、それが店の外まで溢れている。いったい、なにが売られているというのか。気になるヤスオは離れられない。
すると、あるタイミングでなぜか購入意思のなかったヤスオが整理券を受け取ってしまった。
仕方ないのでほぼ最後尾に並ぶ。
ヤスオが並んでからも客はどんどんやって来て、列はまだまだ伸びていく。
ほんとなに売ってんのこれ、なんの列なの?
整理券には『ゾウ』としか書いてない。
ゾウ?
そんなゲームの発売予定はなかったはずだ。ヤスオは暇なので毎週ゲーム雑誌の週刊ゲム通をコンビニで立ち読みしている人間なので詳しいのだが、ゾウというタイトルのゲームは確かになかった。
とすると、ゲームソフトではなさそうだが。
じゃあ、なんなんだという話だ。
そこで思い出すのは、この店がゲームはもとより、十八番くじに力を入れているという事実である。
なるほど、これ、もしかしたらくじの商品だなと思い至る。
でもゾウってなんだろう。そんな作品、聞いたことない……。アニメでも、マンガでも、そのようなタイトルの作品はない。
列が進み、店内に入れるようになった段階で、その正体が明らかとなった。
〈十八番くじ ゾウ 感電豚野郎限定販売〉という文句のあとに、等級と商品が書かれてあるポスター。
なんのことはない、ゾウは動物のゾウで、漢字で書くと『象』な、あのゾウだった。
その商品である。
なにが……って、ヤスオは正直思った。だってゾウだもの。キャラクターとか作品とか、そういうアレじゃなく、ほんとただ実在する生き物の商品なのだもの。
それのなにがよくて、なんでこんなに購入希望者がいるんだろうと、不思議で仕方ない。
生まれる以前の昔に、この国の動物園にはじめて象がやって来ました、みたいな時代であればこの商品も納得できる。きっとみんな、我先にと欲しがったであろうことは想像に難くない。
だが、今の時代は違う。
たかが象ごとき(ゾウさんには失礼だが、言葉の綾だ)に夢中になるような時代ではないはずだ。それこそ、見たことのない人間などいないだろうし、そこいらの動物園に行けばいつでも会える。
映像だけなら、家のトイレでだって見ることができる━━そんな動物の商品が、なぜ。
商品のラインナップも、あまり他の商品と変わることなく、いつも通り。ただ、なぜか知らないけれどA賞とB賞の商品が同じだった。なら最初からまとめろよって思う。A賞とB賞の商品がまったく一緒なのにA賞とB賞に分けている意味がわからない。ただの手抜きにしか思えないが、作り手側からすると、なにか意味や意図するところがあるのだろうが、伝わらなければ意味はない。ちなみに商品は『ゾウ』の大きなぬいぐるみだった。大きな━━とは言っても、ヤスオの肩幅くらいの物である。それでもくじの商品とすれば、確かに良いものだが……。
以下、C賞が上二つのものより小さいぬいぐるみでD賞がマスコット付きのキーホルダー、E賞が毎度お馴染みクリアファイルといった、いつもの感じである。
間違いなくクリアファイルは〈ハズレなし〉くじの中ではハズレだろうが……デザインが……もちろん『ゾウ』のくじだから、そうなんだろうけど、それにしても……実物のゾウや、あるいはイラストとかじゃなくて、マジで上位賞の商品であるゾウのぬいぐるみがデザインされたクリアファイルだった。
魅力はないが、ダサさがある。
正直、絶対にいらない。必要ない。
しかも捨てるに捨てられない、つまり誰もがリサイクルショップへ横流しするような、そんなやつ。
一回五百円以上取って、あのクリアファイルはひどすぎる。これはもう、ぬいぐるみを狙うしかない。
ヤスオが並んでいる間にも、当たりは何度か出ている様子だったので、自分の番まで残らないのではと心配していたのだが、どうやらそれは杞憂だった。
なぜならばくじの総数が圧倒的に多く、ほとんどの客は上限である五回の引きだけではクリアファイルかキーホルダーしか当てることができなかった。
五回引いてクリアファイル五個という人すらけっこういて、ぬいぐるみへの壁は厚そうだ。
そうこうしているうちに、ヤスオの番が回ってくる。
商品はだいぶ減っていたが、それでもまだすごい数のクリアファイルが置かれている。キーホルダーのほうが少なくなってきている。ただ、当たりのぬいぐるみもわりと数は残っていて、まだまだ期待が持てる状況。
「五回でよろしいですか?」
まだなにも言ってないのに、他のみんなは全員上限いっぱい引いてるからお前もそうなんだろと決めつけて言ってきた店員にしかしヤスオは「いえ、一回でいいです」と告げる。
「あ、そうですか」
ちょっとバカにしたような笑いは気になったが、そんなものを気にしても仕方ない。ヤスオも「そうですよ」とちょっとバカにしたような言い方で返すと、整理券と金額を渡した。
「では、一回引いてください」
たった一回引いたところで、どうせクリアファイルだろーなぁ、なんて心の中では考えながらくじを引く。昔は底のほうに当たりがあるとか、いやいや素直に上のやつを引いたほうが意外に当たるだとか、いろんな独自の攻略法なんかがあったものだが、結局のところどこから引こうが当たる時は当たるし、当たらない時は当たらないのだ。その時どれを引くのか、すべて含めて運次第なのだから。
てなわけで、ヤスオは特に当てるつもりもなかったので適当にごちゃごちゃっとやってから一枚取った。ペリッとめくると、すぐに「ぬい」の文字が見えた。
『B賞 A賞デカいゾウのぬいぐるみ』とあった。AなのかBなのかわからない。B賞がA賞と同じだからB賞はA賞だよって表記してあるのだろうが……わけわかんねーな、と思う。
とにもかくにも、当たりを引いてしまった。
見守っていたギャラリーから「B賞でた!」とか「あんなやつが」とか「くそしね」とかいった声が飛ぶ。
ヤスオは変な汗をかきながら、なんだかカツアゲでもされた時みたいな気分で店を出る。袋に入れてもらったゾウ。その袋に視線が集まるのを意識すると、なんだか悪いことでもしたような気になってくる。
ヤスオは逃げるように店を離れると、わざと裏通りのほうに入った。するとそこで偶然ボコラレールに出会ったので、「くそがっ!」と言ってぶっ叩いた。
当たりを引いたのに嬉しいどころかイラついていた。嫌な気分だった。それもこれも、口の悪い一部の客のせいだった。怖くて顔は確認しなかったけど、どうせろくなやつじゃない。
そうは思っても、怒りがおさまるものでもない。だからボコラレールに会ったのは、結果的にこれも運がよかったのだと思う。
もしかして今日は、ツイているのかもしれない。それに気がつくと、先ほどまでの怒りは急速に萎んでいった。
なんだ、ボコラレールをボコることもなかったな……思い見ると━━。
ボコラレールは気持ちの悪い目を細めて、その口は嫌らしく口角が上がっている。
しかも、なにも言わない。
「こわっ……」
不意に鳥肌の立ったヤスオは、すぐさまボコラレールから離れ、振り返ることなく帰路についた。
帰宅後あらためてネットで調べてみると、どうやらゾウが流行っていた。
ツブヤキッターなどを発端にして大流行しており、なるほど、さっきのくじに人が群がったのも納得だった。
しかし、なんでただのゾウがそこまで大流行したのか。さらに調べてみると、有名芸能人や歌手、マイチューバーなどが中心になって流行らせたらしいことがわかった。
時代は変わったなと、五十代も半ばのヤスオはしみじみ思う。
これが完成されたネット社会だ。
昔はむしろ他人の真似なんてしたくない、人と違うことをするのがカッコいいものだと思っていた。しかし今は違う。
他人が持っている物がいい物で、他のみんながやっていることは自分もやりたい、やらなくてはいけない。それが基本なのだ。
しかも間違いじゃなく、実際に他人がハマっているもの、人気のあるものはいいものなんだ。
超一流のいいものだけが広まって、二流三流のものには誰も触れない。
そしてそれが自分の世界を狭めていることに、気がついていない。
下があるからこそ、上がある。
一流のものばかり見ているから、それ以外のものの楽しみかたを知らない。遊びかたがわからない。
誰もが同じものを見て、同じことをして、同じような話をしている。
逆に、話や考えの合わない人間には興味すら示さない。理解をしようともしない。
もはや人間は個別である必要はないのか。
考えを巡らせていたヤスオの目に、真新しいニュースが飛び込んできた。
『ボコラレールは食べられるらしい!』
『めちゃくちゃ美味くて、健康になる!』
『ガン細胞が消えた!』
『チンコが三十センチ越えた!』
などなど、眉唾もののコメントがあとからあとから涌き出てくる。
いったい、なにがあったというのか。誰かがボコラレールを食べてみたのか。あんなメタリックなやつを食べられるかもなんて思ったやつ、マジではじめてナマコとか食べた人類なみにすげーやつだな……。
どうせ嘘だろ━━最初こそそう思っていたヤスオであったが、一週間もしないうちに、自らもボコラレールを食すことになるとは、この時はまだ考えもしなかった。
いただきますしましたか~?
食べる前にいただきますしよ~ね~。
どーせボコラレールを食べるんだろ?
わかってるぜ、だってよ、ボコラレールっていうのはね……げへへへへへへへ!