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今日もみんなにボコラレール  作者: 鈴木智一
4/10

よんはつめ★リーマンにボコられる

 滑川(なめりかわ)逝男(いきお)、四十八歳は妻の公子ことハム子ことロースにそろそろ本気で嫌気がさしてきていた。ロースはもちろんロースハムのロースで、ハムみたいな公子にはお似合いの名前だと思っていた。が、もちろん本人の前でそんなことは言えない。


 そして妻の公子だけでなく、娘の真子(まこ)のことすら、逝男が心の中でビッチと呼んでいるくらいに、家庭は崩壊しかけている。原因は長年にわたり逝男がないがしろにされつづけ、バカにされつづけたことによるのだが、女二人は今でもたいしたことではないと思い込んでいるはずだ━━と、逝男は確信している。


「いってきます」

 出勤時間になり━━これは形だけのものだが、それでも毎日口に出す。もちろんロースとビッチから返事が返ることはない。

 ロースとビッチで、ローストビーフならぬローストビッチだななんて、逝男は心の中でバカにして、自分を慰めていた。それでもって弁当などは作ってもらえるわけもなく、軽いビジネスバッグひとつで出かける逝男。


 そんな逝男だったので、当然のようにストレスは日毎に溜まっていき、かといって発散する機会もそうそうあるわけではなかったので、ボコラレールという存在が世に出た時には歓喜したものだった。


 さっそく探しにでかけて、人気のない工事現場で発見したときのことは、今でも鮮明に覚えている。

 我を忘れて暗くなるまでボコボコにしてやったものだった。当初、ボコラレールが現れてすぐの頃は、あまり言葉を発することがなくとてもボコりやすかったのだが、なぜかすぐに文句を言ったりこちらをバカにするようなことを言うようになり、快適ではなくなってしまったのが残念だが、政府に言っても仕方なく、どこに文句を言うべきなのかもわからないのでみんな受け入れるしかなかったのだ。もちろん逝男もそうせざるを得ず、ネットの仲間たちと『初期型ボコラレール』談義をするくらいしか、やれることがなかった。


 出勤途中に、バス停へ向かう途中で運よくボコラレールと遭遇した逝男だったが、バスの時刻があるのでゆっくりボコっている暇はない。それでもせっかく見つけたのにみすみす逃す手もないので、思い切りサッカーボールキックでコンクリの壁に叩きつけてやった。


「ごびゃっばうわーっ! てっんめー、この虫ケラさんよぉ、いきなり蹴っておさらばたぁどーゆー了見、バーカ!」


 うしろから「バーカ」と言われたが、それよりも思い切り蹴飛ばせた気持ちよさのほうが上回り、たいして気にせず歩き去ることができた。


 バス停の列の最後尾についたところで、ちょっとヒビが入ってはいるが壊れていないスマホを取り出すと、ネットニュースを閲覧する。

 トップニュースに、気になるものがあった。というか、すごいニュースになっていて、気にしないわけにはいかなかった。


 近頃海外進出も果たした大手IT企業ロングハンドのCEOである柳井(やない)桃金(ももきん)太郎(たろう)氏が前代未聞のキャンペーンを発表したというものだった。


 ずばりそれは『日本宝探しプロジェクト』と題するもので、柳井社長がお宝を探すとか、人材発掘━━みたいなことではまったくなくて。

 その概要は━━「日本全国のあらゆる場所に高額な額面の現金小切手を隠しました。総額で数兆円、最低額面が百万円から、最高のものでは十億円のものまで用意しました。小切手の総枚数は未発表とさせていただきますが、これは、みなさんが驚くべき数を用意してあります。額面が億のもの、さらには最高額面のものすら複数枚存在します。もちろん、額面の高いものはそれに見合った難易度の場所に隠されています。期限はありません。期間は特に設けません。見つけた方が、ただ、その現金を手にするというだけです。わたしはこれがやりたいがために会社を興し、成長させ、お金を蓄えました。この企画による会社への影響はありません。このための予算は、設立当初から運営費とは別のところに置いていましたからね」ということだった。

 要するに、小切手は見つけた人にあげますよという話である。


 このプロジェクトは、すぐさま社会現象となった。実際、逝男も含めたバス待ちの人間たちが停留所の周囲やベンチの裏などを探したほどである。情報を知った人間は、少なからず自分の行動範囲の中でそれらしい物がないか、注意を払った。


 柳井社長は警察からの警告と、小切手の自主的な回収やプロジェクトを中止するようにということなどを言い渡されたが、それらをすべて無視して拒否した。社会を混乱させ、事件事故などを誘発するとして、当然の注意を受けたのだが彼は諦めなかったし、謝りもしなかった。


「すでに小切手は隠されたあとです。しかも、わたしが一人でそれを行いました。他の誰にも、隠し場所は伝えていません。そしてわたしは、それを教えるつもりがない。事件や事故に繋がることもあるかもしれない。しかし、それらはあくまでその人たちの自己責任です。これは一種の宝くじのようなものと捉えていただきたい。偶然見つかることはあるかもしれない、しかし、探してもそう簡単に見つけられるような場所には、わたしは隠しておりません。額面の低い物のいくつかについてはその限りでもありませんが、当然、高額なものほど見つけ難い場所に隠されています。これはヒントにもなりますが、大勢の人間が同時に見つけるような事態は少ないはずです。ですので、その時点での奪い合いにはなりにくいはず。ですので見つけたかたは誰にも喋らずお一人で、銀行にて手続きをお願いいたします。何度も言いますが、お金は見つけたかたに差し上げます。すべての責任は、わたしにあります。これも何度でも言いますが、わたしはこういうことがやりたかった。すべての国民が必ず無関係ではいられなくなるような、史上最高の宝探しゲームをね!」


 その後、柳井社長は逮捕される事態となったのだが、もちろんそれにより事態が終息することはなかった。

 すでに、宝探しはスタートしている。

 すべての国民が懸命に、あるいはそれとなく、自分の生活圏内を中心とした宝探しに夢中になった。


 ある者は会社を休み、ある者は会社を辞めてまで探しに出かけ、時間の有り余る学生たちは徒党を組んで宝探しを計画した。

 マイチューバーなどの配信者たちも宝探しに関連した企画を連発し、社長のヒントを元に、そもそも人が訪れないような場所を狙って小切手の捜索をつづけていた。

 富士の樹海や廃村となった無人地帯など、ともすれば心霊企画にもなりそうな場所へも赴いたが、期待した成果は上がらなかった。

 軍艦島なども捜索対象になったが、そもそもここを柳井社長が訪れたのかというところから議論しなくてはいけなかった。

 防犯カメラなどを見れる立場の人間などは、それらの映像記録に柳井社長の姿を見つけようとしたが、このアプローチも成功した事例はなかったようだ。


 そんな中、公に、おそらくはじめての発見者と言われる人間が、やっと誕生した。プロジェクトが発表されてから、三日後の出来事だった。全国民が躍起になって探したにしては、この第一発見者の報は遅いように感じるが、これはあくまでも"公になっている"第一発見者ということなので、この時点ですでに他の発見者はいたのかもしれないが、少なくともテレビ局などに寄せられた情報は皆無だった。


 発見したのはテレビ番組の企画で路上のゴミを集めながら国道沿いを南下していた男性お笑い芸人であった。

 名前を不能(ふのう)くんと云い、言わずもがなだがこれは芸名である。

 発見した状況は、次の通りだった。


 雨上がりの国道の縁石付近で、捨てられたボロボロの、片方だけの軍手を拾おうとゴミ用のトングで挟んだところ、違和感を感じたという。中に、なにかが入っているような硬い手応えがあったのだ。なので不能くんはそのままゴミかごには入れずに、素手で軍手の中を確認してみた。すると、中にラミネート加工されたなにかが入っていて、取り出してみるとそれは━━本物の小切手だったという。


 額面は、なんと一千万円だったらしい。


 このニュースはすぐに全国を駆け巡り、誰もが知るところとなる。そして、その日のうちに無数の人間が捨てられた軍手を探しに出かけた。

 だが、誰ひとりとして不能くんと同じ発見をするには至らず、最終的には"同じ隠しかたはしないだろう"という結論が出された。

 なにしろ隠したのは大企業のCEOを務めるほどの人間である。ちょっと考えればわかりそうなことなのだが、そのちょっとも考えない人間というのは、わりと意外なくらい大勢いたのだということが明るみに出ただけに終わった。事件現場から野次馬が消えることがないように、ドラマや映画で無表情に事件現場を撮影するスマホを構えた有象無象の不気味で愚かな行為を目にしているにも関わらず、その行為を行う人間がいなくならないように━━そうせずにはいられないことばかりで、人間たちの進化は退化と同義であると、ボコラレールなどは呟いていた。


 ともあれ額面一千万円の小切手は不能くんの物と正式に認められたらしく、彼は「こんな仕事やってて報われる日がくるなんて、思ってもいませんでしたよ!」と開かれた会見で嬉しそうに報告していた。


 さて、ここで話は滑川逝男へと戻る。

 この人生の敗北者とも言える夢も希望も金も体力もなにもない、長く生きただけの男はこの時すでに決断していた。

 たいして高くもない給料を、豚とビッチに上納するためだけの人生には、すでに嫌気はさしていた。けれど、だからと言って逃げ場もなく、なんの可能性も自分にはなかったので、なにも行動が起こせずにいた。

 だが、今はどうだ?

 柳井社長の心意気で、世の中には希望の風が吹いている。

 彼は宝くじのようなものと言っていたが、そんなことはない。どんな宝くじよりも確率の高い━━つまりは、偶然でもなんでもいい、それを見つけてさえしまえば大金持ち確定という状況をすべての国民に平等に与えてくれたことに意味があるのだ。

 そしてそれは、滑川逝男のような男にすらも与えられたチャンスでもあった。


 社畜としての自分を捨て、家庭という牢獄を抜け出し、しかし可能性という光が見えるのは今しかないと思っていた。

 なにかを変えるのならば、もう、今を置いて他にはない、と。


 逝男はその日のうちに突然の辞表を提出し、誰の制止も無視して社会的な責任や立場をぶん投げた。家に帰るつもりはなかったが、それでも通帳と印鑑を回収するために一度は帰宅し、しかし誰にも気づかれることなく再び外へ出ると、そこはもう、自分を縛るものがなにもない、本当の自由な世界なのだと思われた。いつまでも持ち主の現れない錆びた自転車のサドルですらも、輝いて見えるような気がした。


 もちろん、そんなものが輝いているはずもなく━━滑川逝男は得体の知れない運命を切り開くため、とりあえず駅へと向かったのだった。

なんだいなんだい?

人間がまた、なんかバカげたことを始めたみたいだねー。まあ、せいぜい楽しむといいよ。どーせ今だけのことなんだからさ。

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