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今日もみんなにボコラレール  作者: 鈴木智一
3/10

さんぱつめ★ショッピングモールでボコられる

 その日、タクヤとマヤカのバカップルは日本限定販売で、しかもわずかに三百個限りというハリウッド女優ニコ・メンソレータスがプロデュースした高級ブランドバッグを求めて、長蛇の列の中頃に並んでいた。


「これ、買えっかなマジで」


 ネット予約がなく、当日の先着順で整理券すら配られないという、今時不親切にも程がある販売形式の人気商品なのだが、これには理由があって、販売を行うショップが入っているモールの周辺が、別に人が並んでも他に迷惑がかかりにくいということと、ニコ・メンソレータスが自分が本気でプロデュースした商品に日本のファンたちが群がる様子が見たかったのと、バッグだけではなく他の商品も買ってほしいショップ側の思惑などいろいろな要素が重なった末の結果だった。もちろんそれなりの数の警備員を動員しているので、今のところ混乱も起きていない、元々おとなしく並ぶ習性のある国民なので、長蛇の列にかけては世界でもトップクラスの実力を誇っているだろう。長蛇の列がオリンピックの正式競技に選ばれれば、初回からのメダル獲得も夢ではない。閑話休題。


「大丈夫っしょ、この辺なら三百いってないって」手鏡でやたら濃い化粧を手直ししながら、マヤカが決めつける。


 タクヤは自分から話しかけたくせに答えを聞きもせず、スマホゲームのセミの脱け殻ツミツミをやっていた。最高スコアの七京点を越えたあたりで急に飽き、市内のソープランドを検索しはじめる。マヤカが相手をしてくれない時、ごく稀に行くことがあった。女の子よりも待合室にいるオッサンや貧相な男性客に話しかけるのが楽しみなのだ。


「にしてもさぁ」マヤカが前後の客をチラチラ見ながら、変な顔をする。この顔が一番ブサイクだなと、タクヤは密かに思っている。


「なんでオタクっぽいやつばっか並んでるわけ? こいつらみんなニコのバッグ買うのかよ。なんかマジで嫌なんだけど。なんなのこいつら」


 聞こえてしまうのなどお構い無しに、マヤカは普通の音量で喋る。タクヤもタクヤで気にしないので、普通に喋る。相手の気持ちなど考えもしない。そんなものが存在するということすら、頭にはないのだ。


「あれじゃね、なんか看板あんじゃん」


 けっこうデカイ急造らしき看板に『魔法少女デスペレーション落ち子 プラチナゴールデンモール限定販売ver、本日10時より販売開始! *整理券の配布はありません』という表記があった。


「なにあれ……フィギュア? うっわ、そーゆーことかよ。なんでニコのバッグと同じ時にやんだよ」


 マヤカは不満そうだが、アニメショップもテナントとして入っているので仕方ない。バッグを販売するオ・ションベーノもそうだが、ほとんどのテナントはモールの開店時刻である午前10時から営業がはじまる。そのために、開店待ち必至の商品の発売が重なると、度々このような大規模イベントさながらの列が発生することはあるのだった。


 そして、本来であればこの時点で気づいていなければいけない大事なことに、二人が気づくことはなかった。タクヤもマヤカもアホだったから。


「つーかいつまで待たせんだよマジで。デブ臭がすげーんだけどデブ臭が。マヤカの匂いかいでねーとマジ終わるこれ」タクヤがマヤカの首もとに鼻を近づけてクンカクンカとやる。


「もーすぐ10時んなるっしょ。あっ、あれなんだっけ━━ドラ〇もんみたいなやつ。あれいるんだけど」マヤカが発見したボコラレールは、前方5メートルくらいをとぼとぼと横切っている。誰にもボコられておらず、ツヤツヤの新品だった。


「ボコラレくんだっけ? やりぃ、ちょっとあれボコってくるわ。ストレス発散だしぃ」


「あ、ちょっと」


 マヤカから離れたタクヤはすぐにボコラレールに追いつくと、その脳天に思いきり拳を振り下ろした。


「いですっ! あっあーん? なぁによキサマはぁ~、いきなり背後からなんてぇ、さてはキサマあれだなぁ、腐ったバナナ野郎ですねおそらく。意外といいにおいするやつぅ~。げへっ、げへっ、生ゴミくぅぅぅ~ん」


 ━━うおっ、なんかキメェぞこいつ……二三発殴ったら戻るべ。


 ボコッ、ボコッ、ボコッ。


「ぶびっ、らびっ、ばびん! キサマぁ、こんなことしてなにが楽しいと言うのかね、んん? 答えはいつもひとつ以上あるからさぁ、いっこか半分くらいの物事しか思考できないキングオブ単細胞にはまだ進化の道筋は見えねっスかぁ。はっはーん、さてはキサマ、カスだな?」


 ━━なんかほんとキメェな。もういいや。


 そう思ったタクヤはすぐにマヤカのところへ戻ったが、ボコラレールにしばらく見られているのが気持ち悪くて仕方なかった。数分後、ボコラレールがなにごともなかったかのように歩き去るのを見てから、ようやく安堵のため息を漏らしたのだった。

人間ってさ、悪意すごいよね。悪意しかないよね。悪意と悪意の間にさ、ほんのちょっとだけ善意挟んだってさ、なんでもないよそんなのさ。プラマイでマイナス徳だよキサマらさ。偉そうにしてたってさ、最後は魂腐らせて終わるのさ。

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