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今日もみんなにボコラレール  作者: 鈴木智一
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じゅっぱつめ★もう人間にはボコられない

 未開の土地に暮らす非文明人の集落でも、ボコラレールの"肉"は食べられるようになっていた。味はもとより、これ一つ食べているだけであらゆる栄養素が補われ、すべての疾患がたちどころに治癒するのだから、食べないわけがなかった。だが、見た目だけで言えば、とても食べ物としては見られないのも事実。そんなものに、なぜ、情報もなにもない未開の部族が興味を示したのか━━それは、ある時からボコラレールが放ちはじめた『めちゃくちゃおいしそうな匂い』が原因だった。このため、なんの情報も入ってこないはずの人々も「あれ食えるんじゃね?」と思い、実際に、ほとんどの場合は我慢することが困難になり、口に運ぶということが頻発した。さらには、家畜や野生の動物たちもこぞって食した光景が、食べることへの抵抗を消し去ったのだ。


 痩せた野良犬が次の日には健康そのものの艶々した毛並みで道を歩き、食肉として加工された牛や豚は肉質のランクに関係なく全部が全部超絶美味のスーパーお肉と化した。


 全世界、すべての病院からすべての患者が姿を消して、医者は仕事がなくなったが、理想郷が現実になったと諦めるしかなかった。

 全員が全員健康になったことで問題もあったが、そもそも悪いことではないので、世界はこの事実に対応せざるを得なかった。


 子種も増え、少子化問題にも歯止めがかかったのは良かったのだが━━ボコラレ(・・・・)ールの遺(・・・・)伝子は生(・・・・)まれた子(・・・・)供にも引(・・・・)き継がれ(・・・・)るのだ(・・・)


 ㊤㊤㊦㊦㊧㊨㊧㊨㊥㊥


 大国の大統領が行った演説が、全世界で同時生中継された。


「まずはじめに言っておきたい。我々はなにも悪いことはしていない、と。

 たが━━こんなことに……こんな、クソッタレ……認められない状況になってしまったことはとても悲しい。何度でも言う。我々はなにも悪いことなどしていない。

 わたしはあんなものを食べることには反対した。実際に、食べていない。食べたという覚えもない。それなのに、あれはいつの間にかわたしの身体に入っていた。食べた覚えもないのに、だ。どうしてそうなったのか。それは、わたしが食した肉や魚が、そいつを食っていたからだ! 間接的に、あいつらの成分が、オレの中に入ってきやがったんだ、クソッ!

 今、これを見ている全世界、世界中の友人たちもみな、知らずわたしと同じ状況に置かれているはずだ。自らは食べた覚えのない"ボコラレール"の成分が、いつの間にか他の食品を通して体内に取り込まれている。

 気づいたはずだ。いつの間にか腰の痛みがなくなり、アソコはギンギン、運動をしても疲れにくくなっていたはずだ。そうだろう? 不思議に思ったはずだ。ボコラレールを食べた者たちのように、自分にも好影響が出ていたことに。そうだ、お前たちも同じだったんだ。その好影響は、紛れもなくボコラレールの成分が原因だ。

 健康になったのに、なにが問題なのだ? そう思っているのだろう。愚か者どもめ。ああ、お前たちは愚か者だ。わたしと同じようにな。我々は大きな勘違いをしていた。ボコラレールはけしていい物ではない。あらゆる病気を治し、身体を健康にさせる。しかし、それはあくまでも別の目的のための手段に過ぎなかったのだ。

 そう、我々全員にボコラレールを食わせるという目的のためのな。

 人間だけではない。あらゆる生物。肉食動物も草食動物も、鳥や魚、虫や微生物に至るまですべてに、ボコラレールの成分が行き渡った。あれは悪魔そのものだ。わたしはプロジェクトの許可は出したが、その隠された目的まではわからなかった。わかっていたら、あんなものは作らせなかった。これは本当だ。やつらは、わたしに本心を隠していた。本当の目的を表に出さず、このプロジェクトを進めた。

 一見して、世界は平和になった。人々は豊かになり、病気に苦しむことはなくなった。しかしそれはかりそめの平和に過ぎない。

 いいか、よく聞け━━すでに準備が整ってしまった今、我々にできることはもうなにも残されていない。今からゲロを吐いたところで、細胞に浸透してしまったボコラレールの成分を抜くことなどできはしない。

 この世界は終わる。我々人類は、今、この時をもって死滅する。さようならクソ野郎ども、今までありがとう。よい来世を━━」


 そのタイミングを見計らったかのように、大統領の身体が急に銀色になり、次の瞬間、どろりと全身が粘度の高い液体状になってしまい、衣服だけを残し水溜まりと化してしまった。そして、映像が途切れることもなかった。カメラマンもその他のスタッフも全員が、大統領と前後してスライムみたいな液体へと変わっていたからだ。テレビの前にいた民間人も、人によってはその時点で溶けてしまっていた。まだ無事である者たちだけが、かつてない戦慄の中で混乱していた。


 ㊤㊤㊦㊦㊧㊨㊧㊨㊥㊥


「嘘だぁーっ、嫌だぁーっ! せっかく金持ちになれたのになんでこんなことになったんだよぉーっ!」


 市街地のど真ん中で全裸になり、とりあえずボストンバッグに入るだけの万札を詰め込んできた滑川逝男は札束を投げまくった。

 すでに水溜まりと化した人々の上に、びちゃりとそれが落下する。右手に包丁を手にした中年女性がそれを目にするが、拾おうともしない。むしろ足の裏で踏んで、そのままどこかへ去っていく。

 もう金なんていくらあっても無意味だということを、すでに人々は理解していた。お店に入ったところで、レジのあたりに水溜まりがあるだけなので、だれも対応してなどくれない。というか、もうまともに働いている人なんて多分いない。


「うわぁーっあ、うわぁーっあはん!」逝男の投げた札束が男性の後頭部に直撃した。


 マイチューバーのサトシだった。相棒のヤクチュウは愛用のビデオカメラを残し、この世を去った。貯めるだけ貯めた貯金は軽く億はあったが、それが無意味なものになったとわかった瞬間、サトシもまた人格を崩壊させていた。

 殺意しかない鋭い眼光を向けると、一直線に逝男に向かって猛ダッシュする。勢いそのままに蹴り飛ばすと、すかさず馬乗りになりホールドする。裸の逝男はなにが起きたのか理解できていない。蹴られた時に頭を地面に打ち付けており、意識は朦朧としていた。なんにしろ、滑川逝男の人生はそこで終わりだったのだと言わざるを得ない。いずれにしても、死ぬことはもう決まっていた。

 サトシにボコボコにボコられて、顔面がぐちゃぐちゃになり頭蓋も割れて、逝男は逝った。

 その数分後、サトシもまたドロドロに溶けて、あの世に逝った。


 その横を走っている男━━タクヤは、彼女であるマヤカを見捨てて逃げている最中だった。十人以上の少年たちに襲われて、マヤカを奪われてしまったのだ。マヤカはもう助からない。乱暴された上に、きっと殺されるだろう。助けたい気持ちはあったが、はっきり言って無理だった。相手が多すぎる。っていうか、相手がたとえ一人や二人だったとしても、負ける可能性が高い。普段はけっこうイキっているが、その実喧嘩なんてしたことがない。殴られたこともなければ、人を殴ったこともない。ちょっと考えただけで痛いし、恐ろしい。そんな思いをするくらいなら、逃げてしまおうと決意したのだ。どうせもう誰も助からないんだし、マヤカには悪いがこのまま殴られることなく死にたいという強い願望があった。溶けるだけなら、きっと痛みはないはずだ。少年たちにボコボコにされるくらいなら、断然そっちのほうがいいではないか。

 走るタクヤの眼前に横の路地から突然現れた高校生のヒメトが、手に持っていたバットをタクヤの顔面めがけてフルスイングした。

 ごしゃっという最悪な音がして、運の悪かったタクヤはその場で即死した。さらにそんなヒメトに背後から迫った同級生のマサルが首筋めがけてサヴァイバルナイフを突き立てると、ぶしゃーっと盛大な血しぶきが上がり、ヒメトもまた絶命する。さらに殺人者マサルもほどなくしてドロドロの液体となり、果ててしまった。

 その街で一番最後まで残っていた田中摩可広も、すでに死を覚悟していた。思えば、金なんてどうでもよかった。お金なんてなくてもよかった。家族さえ無事なら、それでよかったのに……家族を失った悲しみに浸る間もなく、摩可広もまたその後を追う。

 もう誰も、生きている人間はいなくなってしまった……。


 ぺた……ぺた……ぺた……と、足音。


 動物と、虫の一匹までも消え失せた世界の路上に。


 銀色の、嫌らしい顔をしたアイツが━━ボコラレールの姿があった。


 彼もまた、最後のボコラレールである。

 すでに役割を終え、ボコラレールもまた、この世界からいなくなろうとしていた。


 すべての人間を溶かし、霊魂にする。

 善なる魂は善なる世界へ、悪なる魂は悪なる世界へと堕ちて、すべてが終わりすべてが始まる。

 いつか来る終わりを待たず、その引き金を引くためのプロジェクトは大成功した。

 最後のボコラレールは「ケケケ」と笑うと、ドロッと溶けてなくなった。


 ㊤㊤㊦㊦㊧㊨㊧㊨㊥㊥


 1970年のアメリカでプロジェクトが始まった当初は、単に未知の生物であるエイリアンの細胞を研究することが目的だった。それが後年になるにつれて、万能細胞、新薬、遺伝子技術など多岐に渡る分野に拡大し、最終的にストレス発散ツールに偽装した完全食品として世界中に行き渡らせるということをもって、プロジェクトが完結した。厳密には、その後における全人類・全生物の最後を迎えることにより地球共々終わりとなった。


 ボコラレールの成分を取り込んだ生き物たちは、それがどのような生物かにはよらず、そのすべてが"ある種の宇宙線"を浴びることにより、全身の細胞が液状化して死に至る。


 その特殊な宇宙線を照射できる装置は、地球上には存在しない。技術を持つのは、遥か太陽系外から訪れた異星人のみであり、彼らの協力なくしては成し得なかった。

 プロジェクトの中で異星人とのコンタクトに成功した首謀者が、いかなる内容かはわからないが、彼らとの間で秘密裏に━━大統領にも知られることなく━━密約を交わしたことで地球最後の瞬間が現実のものとなってしまった。


 こうして人類史上最後にして最大の悪となったボコラレールの親は宇宙線照射の合図をしたその瞬間、あまりにも嬉しくて自らの身体が溶け出す前に心停止して亡くなっている。のちに地獄へ向かう彼の魂は、そのことを悔いるあまり成仏できなくなるところだったが、そもそも悪なる魂に成仏などというシステムは適用されず、誰もいなくなった世界に悪霊として留まることすら許されず、悪なる神の救いようのない最悪な絶望の世界へと強引に吸い寄せられて、終わりなき痛みと苦しみが与えられるのだ。


 悪いやつは、みんなそうなる。




(*^^*)おしまい(*^^*)

…………………………………………………㊤………㊤……………………㊦㊦………㊧………㊨…㊧……………㊨………㊥……………………………………………………㊥………………………………………


ピロリーン♪


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