いっぱつめ★失恋野郎にボコられる
えっ、なんだよみんな、ボコラレールがボコられるのを見て楽しもうってのかい?
趣味が悪いぜ?
複数の政府が協力して、どこぞの政府機関の謎の研究施設で極秘裏に生み出されたという噂の生物風物体ボコラレール。
ドラ〇もんみたいなフォルムのそいつは、銀色の肌に大きなくりくりお目々と粘土に空けたような歯のない口でしゃべる、見た目に愛らしいやつだった。
ただし、やつらの仕事は愛されることではない。その真逆━━人々の悪意を一身に受けることを使命として生まれた、悲しい道具なのである。
まあ、感情も痛覚も備わってはいないということなので、後ろめたく思う人間は少なかった。それでも優しい人間たちはボコラレールに積極的に関わろうとはしないのだが、かといって助けることもなかった。その行為が無意味であることを、重々承知していたから。
ボコラレールは世界中、どこにでも姿を現した。探しても見つからないということがなく、一定の範囲に一定数は必ずいた。
限界までボコボコにすると萎んだりいなくなったりしてしまうのだが、そうでない場合はつづけざまにボコることができるので、だいたい一体につき三人~四人を相手にすることも可能だった。
ボコラレールとは、要するにストレス発散のための━━さらに言うならば、暴力事件などの減少を目的とした一大プロジェクトなのである。
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高校二年のマサルは彼女にフラレたばかりでイラついていた。
口喧嘩で負けそうになったマサルが手を出してしまったことが原因なので、自業自得なのだが、それでもなにかに八つ当たりしなければ気持ちはおさまりそうにない。
そんな矢先に、電柱の影からひょっこりと現れたひょっこりボコラレールを見つけて、すぐさま飛び蹴りをくらわせる。
ベコッ、という気持ちのいい手応えというか足応えというかを感じながら、ボコラレールを見る。
「ぐぅぅぅ~」と痛そうな声を出してはいるが、これは演出にすぎない。
ボコラレールの表情はそれほど変わらず(というか、表情らしい表情はないのだが)、上向きの∪型だった口が∩型になるくらいなもので、ぱっちりお目々はそのままだ。
そして、ボコラレールは出血しない。演出として顔や身体が膨れ上がるだけで、内部には骨も臓器も存在しないのだ。
だから、思う存分ボコれるのだが━━
「くそっ、くそっ、あいつっ、くそっ!」
ボコラレールを地面に倒し、馬乗りになって拳を振り下ろしつづけるマサル。
「ぐはっ! ごべっ! あべべっ! いですっ! がばすっ!」ボコラレールはやけに高い声で盛り上げるためのやられ声を出す。それと一緒に「お前そんなに人殴ってどーゆう育てられかたしてきたんだよぉ、ちょっと親御さん見せなさいよ呼んできなさいよドアホー」などといった言葉で、喧嘩を売ることも忘れない。相手をバカにしたり否定したりして、わざと挑発するという習性が、なぜか備わっていた。
「ぐへっ、あべっ、てめこの、温泉たまごみてーな顔しやがって、かわいいおててで人殴るよりお勉強したほうがいいですよ将来的にも、ねえそう思わない思わないかゾウリムシレベルの脳ミソだものねあーた、ごべえっっっ!」
本気でぶちギレしたマサルはボコラレールの顔面を思いっきり踏み潰した。ボコラレールの顔面がものすごく凹んで、ちょっと愉快な表情に見えなくもない。
その後も散々、殴る蹴るの暴行をはたらいたマサルは、拳が痛くなったし体力的にも限界が訪れたあたりで、ようやくボコるのをやめた。
「はぁ、はぁ……疲れたぁ」
短い手と足がめちゃくちゃな方向に折れ曲がり、全身ボッコボコに膨れ上がり、しかし顔面の中央だけは陥没していてピクピクと痙攣の演出まで行っているボコラレールに興味をなくすと、マサルは帰宅することに決めた。
フラレたショックは大きいが、なんとはなしに、少しだけ心のモヤモヤが晴れたような気はしていた。
あー、痛ぇ。マジ痛ぇー。なんてね、ウッソぉ~ん! ボコラレールに痛覚はないから、まったく痛くないのさ! そう、痛むのはボコったヤツの心だけってね。どうだい、気の利いたセリフだろ?