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幕間 少女達の苦難 1

グロテスクな表現があります。

苦手な方、ご注意下さい。

  幕間 少女達の苦難 1



 それは突然起こった。

 夜、領主館の一室で寝ていた私は、侍女のサマンサに起こされた。


 「うぅーん、どうしたのですサマンサ。まだ夜中ですわよ。」


 「どうしたのではありません!早く起きて着替えて下さい。」


 「こんな夜中に何があったのですわ?」


 「魔物が攻めて来ました。今、正門で騎士たちが戦っていますがそこを突破されるのも時間の問題でしょうとの事です。」


 背筋が寒くなるのを感じた。今まで魔物が街中に入る事は無かった。街の防壁にたどり着く前に、騎士や冒険者達が魔物を排除していたからだ。

 固まって動けない私にサマンサが早く着替えるようにと促してくる。


 「動きやすい服装に早く着替えて下さい。」


 そう言ってスカートではなく、乗馬用のパンツスタイルの服を差し出してくる。

 私も素早くそれに着替えると身の回りの品を鞄に詰め込み脱出の準備を始める。


 「お父様やお母さま達はどうしましたのですわ?」


 「ゾルダン様は、騎士団の指揮をされておいでです。スパティフィラム様は脱出の準備をなされているかと。

 ご長男のマティーニ様は騎士団の指揮を執りながら前線で戦っておられます。」


 サマンサの言った意味を考える。そうすると、自然と涙が出てきた。

 父様と兄様は死ぬ気なのだ。誰かが残らなければ戦線は崩壊し人々が脱出する時間を稼ぐ事が出来ない。彼らが殿を務める事で自分たちを逃がそうとしている事が分かる。とうとうこの日がやってきたのだ。

 泣いてばかりいられないと気を引き締め、荷物の整理を始める。

 宝石やアクセサリーなど売ればお金になりそうな物から鞄に突っ込み鞄を背負う。

 サマンサも衣類などを鞄に入れ、持ち出す物はだいたい準備できたようだ。

 荷物を担いで廊下に出ると魔物の唸り声が聞こえてくる。一瞬ビクリとしたが、その唸り声はかなり遠くから発せられたものの様だった。ただ、そんな遠くから聞こえるほどの唸り声を発する事が出来る魔物が居るという事が分かる。


 「さあ、急ぎますわよ。」


 「だから、先ほどから私はそう申しております。」


 急いで廊下を駆け抜ける。外には緊急を知らせる鐘の音が響き渡っている。

 裏庭へ出ると、母であるスパティフィラムは他の兄弟を連れて脱出した後だった。


 「スパティフィラム様はクリスティーナ様がここに残ると判断して、他のご兄弟を連れて先に脱出いたしました。」


 数名残ったクリスティーナ付きの護衛騎士がそう報告してくる。


 「お母さまは、どちらへ向かったのですわ?」


 「はい、王都の方へ向かうと仰っておりました。」


 「そうですか。それでしたら私たちは、パラペーノの街へ向かいますわ。」


 「奥様を追わないので?」


 「ええ、今から向かっても追いつけないでしょうし、大勢の魔物を引き連れて行っておりますわ。追いつけても私たちが魔物の餌になるだけですわ。」


 「もう、ご家族と会うことが出来なくなりますが、宜しいので?」


 「構いませんですわ。」


 「お嬢様がそう仰るなら、その様にいたします。では、馬車の方へどうぞ。」


 馬車へ向かうと騎士やメイドのサマンサが荷物を積み込んでいる所だった。

 馬車に乗り込むためにステップに足をかけた所で、視界の隅にメイド服を着た少女が入った。


 「貴方は何をしていますの?」


 館の中で数度目にした事はあるが名前は知らない。たしか彼女は、母様付きのメイド見習いだったような。

 彼女は俯いたまま何も話さない。

 そうすると、先ほど話していた護衛騎士がこちらに駆け寄ってきて、彼女がなぜここに居るかを話し始めた


 「彼女は、スパティフィラム様に馬車が店員オーバーという事で、置いて行かれたようです。」


 「でしたら、貴方も早く準備を手伝いなさい。じゃないと、置いて行きますわよ。」


 「でも、私は、グズでのろまだから置いて行かれたかも。」

 

 「そんな事はどうでもいいですわ。さっさと準備なさいですわ。」


 「はいかも!」


 彼女は荷物を運ぶために駆けていく。

 気が付くと、危険を知らせていた鐘の音が止んでいた。


 「サマンサ、急ぎますわよ。もう、時間がありませんわ。」


 「どうしました?」


 「門が突破されたみたいですわ。荷物の搬入は中止して、すぐにでますわよ。館内に居る人間をすべて集めなさい。」


 中央広場にある教会の鐘が止んだという事は、そこまで魔物が入り込み、金を叩いている人たちを蹂躙したという事だ、

 堅牢な教会の中にまで入り込み、中に居た人達が殺されたという事は、もっと先のこの館の近くまで魔物が迫ってきているという事になる。

 教会には相当数の住民が避難していたであろう。子供や老人、妊婦などもいたであろう。この街の周辺の魔物はコボルトや狼系の魔物が多く、ただ人を食らうだけの魔物だ。そう、大人も子供も分け隔てなく食らう、それだけの魔物だ。犯された後に食われるオークやゴブリンよりはマシなのかもしれないが。


 「お嬢様、全員揃いました。騎士15名、門番兵6名、使用人がサマンサとマリーと御者2名です。他の者は奥様に付いて行ったものと思われます。」


 「わかりましたわ。門番の者で馬に乗れる者は何名ですの?」


 「全員乗れますが、馬の数が足りません。騎乗用の馬は我々騎士隊の分しかありません。」


 「分かりました。それでは各自、馬と馬車に分乗し出発しましょう。」


 自分たちの馬車には、私とサマンサ、マリーというメイド見習いの少女、それと門番の兵士が乗り込んだ。

 領主専用の門を開け荷物を積んだ幌馬車を先頭に出発する。



 私達の馬車は、前に食料などの物資を積んだ幌馬車、その後ろに私たちの乗る箱馬車が続き、その周りを囲むように騎士たちの馬が走る。

 私の馬車は真っ白に塗装され、沢山の装飾が施されていていかにも貴族の乗る馬車という見た目をしている。そんな事もあってか、この馬車を見た住民や商人達が私達の馬車を追いかけ追従しはじめたのである。

 馬車の列が連なり、魔物から逃げる車列の横から後方の馬車に向かって狼の魔物、シルバーウルフが襲い掛かる。

 後方からは悲鳴や怒号が聞こえてくる。さらに後方では、冒険者の魔導士が魔法でも使ったのであろう、大きな火柱と轟音が聞こえてきた。

 十数年前まではまだ魔法は普通に使われていたが、今は小規模魔法以外は魔素が濃すぎるために魔法が暴走するため、危険と見なされ使われなくなっている。

 あれだけの火柱と轟音が聞こえてきたということは、術者もその炎に巻き込まれただでは済まないだろう。

 仲間を助けるために放ったのか、それとも魔物に囲まれ逃げる事も出来なくなり、最後の足掻きとして放ったのか。そして今現在、逃げる馬車の列のどれだけの数が逃げ切れるか、街の住人のどれだけが逃げ切れたか、まったくわからないのである。



 外を眺めていると一人の騎士が馬を寄せてくる。


 「お嬢様、魔物共が並走しております、お気を付けください。」


 私からは、魔物の姿は確認できない。馬車の中に居る兵士がショートボウを取り出し構える。

 魔道具のランプに照らされた前を走る馬車からも、同じように弓矢が放たれていく。

 こちらも動いているのに、動いている魔物に当たる確率など非常に低い。それでも時折聞こえてくるギャンとかキャンろ言う鳴き声とともに地面を転がる音が聞こえてくるのだから、彼らの弓の腕はかなりの物なのであろう。

 魔物の行動範囲は20km位だと言われている。その行動範囲から抜け出せばひとまず安心だと思われる。馬車は全力で走ればそこそこ速度は出るが、長時間全力で走れるはずもなく、どんなに急いでも1時間に10km位進むのが限度であろう。

 2時間逃げ切れれば勝ちである。そう思い、騎士も馬車に乗る兵士も私達も必死になって耐えた。


 それでも犠牲は出た。

 右側を守っていた騎士が馬ごと転倒し魔物に襲われた。

 最初うち魔物は、騎士を目掛けて襲ってきていたが、しばらくすると馬を狙い始めたのだ。そして馬の首に食らいつかれて転倒し、それが最初の犠牲者となった。


 「アッ!」


 マリーの短い声に窓のの外を見ると、転倒した馬とともに後方へと置いて行かれる騎士の姿が見えた。

 マリーはギュッと目を瞑り顔を背けている。

 私達のために命を散らせた者がいる、それだけで心が痛む。

 騎士達が、彼がいなくなった穴を埋めるために間隔を少し窄める。

 後ろから付いて来る住民達の馬車も、かなりの数を減らしていた。彼らには防衛する手段が無いのだ、中には弓や剣を使い、魔物を追い払っている者もいるかもしれないが、私達のように騎士や兵士の様な戦いの専門家など付いていないのである。

 狙われれば逃げようがない。狼の魔物は、ただ馬車を引く馬を狙えば良い。馬の足が止まれば馬車に乗っている人間など、容易く食いちぎる事が出来る。

 逃げる住人は、自分の馬車が襲われないように祈るだけである。

 隣の馬車が襲われれば、それに乗っていた者の死を悼み、そして安堵する。安堵し、気が抜けた次の瞬間に自分が食われるのである。

 馬をやられ、辛うじて横転しなかった馬車に乗っていた男が、長い棒を振り回し家族を守ろうと狼の魔物と対峙するが、横合いから別の狼の魔物に跳びかかられ喉を食いちぎられ絶命する。

 

 「お父さん!」


 父を呼んだ瞬間に、娘も首を噛まれ食い殺される。

 お腹の大きかった母親も、胎児ごと内臓を食われてる最中だった。

 そんな光景が街の中や街道のあちこちで繰り広げられていた。

 もう、地獄である。


  そんな悲惨な光景を、馬車列の前の方を進んでいたため、クリスティーナ達はあまり見る事が無かったが、それでもチラホラと横転した馬車や、食い散らかされた死体などを目撃し喉からこみ上げる物を我慢する羽目になった。マリーなどは、耳を押さえ、顔を伏せ、今にも発狂しそうな状態だった。

 クリスティーナはマリーを引き寄せ抱きしめる。小さな子供をあやすように頭を撫で「大丈夫、大丈夫だから。」と言ってマリーの頭を撫で続ける。

 そうでもしていないとクリスティーナも、どうにかなってしまいそうな気がした。誰かがパニックになる事で、自分は冷静でいられる、そんな心境だろうか?

 さすがに1時間以上魔物の対処をしていると、騎士団やその馬にも疲れが見える。その疲れを見逃さず狼の魔物が襲ってくる。

 一人の騎士のちょっとした油断で、乗っていた馬の後ろ脚をシルバーウルフに噛まれ落馬してしまう。そこに突っ込む形でもう一人の騎士も馬ごと転倒する。

 後から落馬した騎士はすぐに立ち上がり、剣を構え最後の抵抗をしているようだ。

 暗いし馬車も常に移動しているので、すぐに彼の姿は見えなくなる。

 彼ら2人が抜けた穴は大きい。手薄になった箇所を魔物は執拗に攻撃してくる。しかし、あと少し走れば彼らの勢力圏外へ出られる。

 そこまで行けば、襲われる確率も大分減るだろう。

 空も白み始めうっすらと明るくなってきた頃、狼の魔物の攻撃が段々とまばらになってきた。

 魔物の襲撃が完全に無くなった頃、騎士が馬車に馬を寄せてきて馬を休ませるために一旦止まろうと話しかけてきた。その時それはやってくた。完全に気が抜けていた、という訳でもないだろうが、気が抜けていたのは確かだ。御者もやっと休めると、ホッとしていたのも確かだろう。

 それは突然やってきた。

 御者の目には、2頭で引いていた馬車馬の1頭が突然消えたように見えた。そして馬車が傾き、横転した。

 話しかけるために横に居た騎士を巻き込んで、激しく横転する馬車。

 横転する馬車の中では、とっさに同乗していた兵士がクリスティーナを抱きとめてくれたため大きな怪我をすることは無かった。


 「いたたたた、ですわ。」


 横倒しになった馬車の中で、自分がまだ生きている事を確認したクリスティーナは、助けてくれた兵士に礼を言おうと向き直る。

 そこには、首をあらぬ方向に捻じ曲げた兵士がいた。


 「貴方のおかげで助かりましたわ。有り難う。」


 物言わぬ家臣に対し、目を瞑り頭を下げる。そして、すぐに気絶しているサマンサとマリーの頬を叩き起こして馬車の床下に有る緊急時の脱出用のハッチから3人で外に出る。

 辺りを確認し、見える範囲に何もいない事を確認してから外に出た。

 倒れた馬車の陰から前を走っていた馬車がいるであろう方向を確認する。そこには上を見上げた騎士が数人見えた。

 後ろを見ると後を付いて来ていた住民達も馬車を止め、上を見上げている。

 自分も、その視線を追って上を見上げる。

 そこには大きな顔があった。大きな狼の顔だ。顔だけでも馬ほどの大きさがありそうだった。


 「・・・・・・フェンリル。」


 私がそう呟くのと同時に、一人の騎士がその巨大な狼の魔物に突撃した。


 「うぉおおおおおぉ・・・・・・。」


 雄たけびを上げながら突撃する騎士。

 しかしその騎士は、フェンリルの前足の蹴りによって吹き飛ばされる。数十メートル吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた騎士は動かなくなった。

 それを見た私は、股の間を温かい物が流れていくのを感じる。足がガタガタと震え、身動き一つ出来ない。

 マリーとサマンサも同じの様で、ガタガタと体を震わせ硬直している。

 騎士たちは吹き飛ばされた騎士を見て、全員での突撃の体勢に入る。

 騎士が馬で駆けだした時に、私は叫んでいた。


 「逃げなさい!」


 騎士が私の方を見て馬を止める。


 「貴方たちは逃げなさい。生きてパラペーノの街へ行き、私達の街がどうなったのか伝えなさい。」


 騎士たちは動こうとしない。剣を手に持ち、如何して良いか分からないといったふうだ。


 「早く行きなさい。生き残れる者が生き残り、この惨状を伝えるのです。」


 震えは止まっていた。生きる事を諦めたからか。それとも覚悟を決めたからか。

 騎士たちは一礼し馬を翻し駆けて行った。

 それに釣られたように後方に居た住民達の馬車も蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 誰も居なくなった大地に巨大な狼の魔物フェンリルと私達3人が残される。

 住人達や騎士が逃げる間、フェンリルは動かずじっと私を眺めていた。私も、さあ何時でも掛かって来いという気持ちで睨みつけてやる。

 その数秒後に朝日が昇り、日の光が私達を照らす。

 チラリと朝日を見たフェンリルは、忌々しそうにチッっと舌打ちをしたような顔をし、倒れた馬車に繋がれてまだ生きている馬を咥え、跳ねるように去って行った。

 3人で地面にへたり込む。3人とも股の間が濡れていた。

 ハハハと乾いた笑いがこみ上げてきた。







お読みいただきありがとうございます。

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